11月16日放送 “日本最後の秘境”へ~北アルプス・黒部源流~

NHK
2023年11月8日 午後0:15 公開

「ロマンチストであれ」 ディレクター川崎彰子

この番組の主人公は、黒部源流の開拓者で山小屋経営者の伊藤正一さんだと思う。

伊藤正一さんは2016年に鬼籍に入られ、残念ながら面識がない。

ロマンチストな人だったという。

でも今回取材でお世話になった、山小屋を引き継がれた2人の息子さんたちを見ていると、

正一さんがどんな人だったのか、想像できた。

伊藤正一さん

息子さんたちは、個性豊かな方たちだった。特に今回、次男の二朗さんは、取材を受けることに慎重だった。山に登って景色を眺める番組に興味がなかったのだ。「テレビは“オワコン”」とも言われて、取材に前向きではなかった。

ガツンとやられた。私自身が問われていた。テレビで何ができるのか、突きつけられた気がした。

取材中の一コマ

取材に快く受けてもらった長男の圭さんからも、取材中、少しさみしそうな表情で

「前も別の番組でこの話、したんだよな、同じ話していていいのかな」と言われた。

私は、「『にっぽん百名山』を見ている人は、この話は初めてなので、もう一度お話しください、お願いします」と言いながら、本当にそれでよいのか、今も考えている。

取材中の一コマ

伊藤正一さんはわずか22歳で山小屋を買い取り、黒部源流の開拓という一世一代の大勝負に出て、道なき道を駆け抜けた。まさに探検的なロマンあふれる人生を歩まれた。2人の息子たちにもしっかりその遺伝子は引き継がれている。

人と同じ道を歩まない2人から、制作者として、お前は何を見せてくれるのか?その問いを突きつけられた取材だった。

雲ノ平山荘と水晶岳

心に残っているインタビューがある。

圭さんは、40年ぶりに復活させた伊藤新道のことを「僕が何よりもファンだから」と言った。その言葉に代表されるように、圭さんも二朗さんも、子どもの頃から親しんできた黒部源流域のこの地が大好きで大切な土地なのだ。

2人は父・正一さんから山小屋を引き継ぎ、それぞれの形で未来に残すためにどうすればよいのか、模索し奮闘している。正一さんがやってきたことの延長線上に立ちながら、常にこの黒部源流域への並々ならぬ愛を感じた。

ロマンチストであれ、と。

ひるがえって、私は山や自然を愛する1人として、息子さん2人から出された宿題に答えられたか。果たして「山に登って景色を眺める」だけではない番組が作れただろうか。

40年ぶりに復活した伊藤新道を行く取材班

伊藤圭さんと取材班