#3 ろう者×映像制作(前編)

NHK
2022年7月19日 午後6:00 公開

ふだんは塾生たちの近況などをお届けしていますが、今回は俳優養成塾のスピンオフ企画!「ろう者×映像制作」について、2回シリーズでお送りしていきます。

「耳が聞こえない映像制作者って、日本ではどんな感じなんだろう?」

入局5年目・「バリバラ」ディレクターの田中Dです。これまで、「女性障害者の恋愛」や「外国人パパママの子育て」などを取材してきました。今回、「神戸塾」チーフマネジャー・みそじDに代わり、俳優企画ブログを担当にすることになりました。よろしくお願いします!早速ですがみなさん、今年のアカデミー賞で作品賞に選ばれた映画「コーダ あいのうた」をご存じですか?この映画は、耳が聞こえない、ろう者の両親や兄と暮らす、高校生の娘が主人公の物語です。

「コーダ あいのうた」© 2020 VENDOME PICTURES LLC, PATHE FILMS

両親と兄の役は、全員ろうの俳優たちが演じていることでも注目されました!さらに、俳優だけではなく、ろうの制作スタッフが「手話監督」として参加。手話監督の主な仕事は、「ろう文化の取材・調査」「台本の翻訳や監修」「撮影現場での俳優とスタッフの橋渡し」などを行います。

映画「コーダ あいのうた」のシアン・ヘダー監督は、「ろう文化と演技両方に精通したスタッフが必要」という考えのもと、ろうの俳優・ダンサー・映画監督として活動するアレクサンドリア・ウェイルズさんを手話監督として招き、いっしょに制作しました。

「コーダ あいのうた」の手話監督 アレクサンドリア・ウェイルズさん

© 2020 VENDOME PICTURES LLC, PATHE FILMS

この映画で、「手話監督」という存在を初めて知った私。ひとつの疑問が出てきました。

田中:(耳が聞こえない映像制作者って、日本にもいるのかな?)

さっそくリサーチして、当事者の方たちへコンタクトをとってみると、快く取材を引き受けてくださいました!

ろう者がマジョリティーの制作現場!

取材を受けてくださったのは、映画作家の牧原依里(まきはら・えり)さんと映画監督の今井ミカ(いまい・みか)さん。お二人は、ろう者です。

今回は、手話通訳者を交えて、オンラインでお話をお伺いしました。

【左:牧原依里さん、中央:田中ディレクター、右:今井ミカさん】

牧原さんは、両親共にろう者。家族の影響で子どものときから、洋画を見ることが多かったそうです。8年前、旅行で訪れたイタリアで、ろう者の監督が制作した映画を見たことをきっかけに、牧原さんも映画を制作するようになりました。

【牧原依里(まきはら・えり)さん。映画作家。ろう者】

牧原「基本的に私が制作を進める場合は、ろう者がマジョリティーの環境で行っています」

牧原さんが制作した作品のひとつ、ろう者と音楽をテーマとした映画「LISTEN リッスン」(2016)。15人のろう者がそれぞれ自分なりの「音楽」を表現する、無音のアート・ドキュメンタリーです。この映画は、出演者だけではなく、制作に関わったスタッフ全員がろう者でした。

牧原「当たり前ですが、ろう者同士だと言語が同じなので、コミュニケーションが早くて、仕事がスムーズなんですよね」

今井「ろう者の制作スタッフで映画を作るときは、ホワイトボードを活用しますよ」

映画監督の今井ミカさんも、両親共にろう者です。子ども時代、映画「マトリックス」を見て、映像制作の世界にのめり込んでいきました。大学生の頃から映像制作について学び、ろう者のスタッフと映画を制作しています。

【今井ミカ(いまい・みか)さん。映画監督。ろう者】

今井「ろう者の制作スタッフは、ホワイトボードに企画の内容、タイムスケジュール、ロケーション、キャストの関係図などを詳細に書く習慣があります」

今井「ボードに書かれたものをみんなで見て確認しながら手話で話を進めていきます。一方、聴者と仕事した時は、ボードに書いて話すということはなく、音声言語でやりとりすることが多いと感じました。仕事の進め方ひとつとっても、おそらく聴者のやり方とは異なっていると思います」

【今井さんの制作現場で活用されていたホワイトボード】

「ろう者と聴者で映像を制作するのは、大変!」

ふだん、ろう者スタッフと映像制作をすることが多い牧原さんと今井さんですが、聞こえるスタッフがマジョリティーの環境で、「ろう」をテーマにした映像制作に関わることもあるそうです。

牧原「聴者と制作するとき、手話通訳者だけいればOKという問題ではありません。ろう者は、聴者とは文化や考え方が違います。その違いが結果的に、脚本や演技、映像の撮り方などにかなり影響を及ぼしているんですよね」

どういうことなのか?話を詳しくうかがいました!

<手話が第1言語だと、コミュニケーションも、考え方も全然違う!>

今井「私の第1言語は日本手話で、常に日本語から手話に訳して考えています」

今井さんは、第1言語として、日本手話を習得しています。日本手話は日本語とは異なる独自の文法ルールをもち、表現方法が異なる日本語とは別の「言語」です。

今井「聴者が書いた日本語での脚本は、日本語が第2言語であるろう者にとって、日本語から手話に翻訳する時間が必要になってきます。さらに、日本語と手話は表現方法が異なり、それぞれの背景にある文化も違うんです。そのため、脚本の文面から意味をはっきり捉えないといけないんです。ろう者にとっては、“ここの場面はストレートに表現してもいいのだろうか、聴者はキツく感じるのではないだろうか”と考えることがよくあります」

今井「一例をあげると…ベタかもしれませんが、プロポーズをするシーン…

A「毎日、君が作った味噌汁が飲みたい」

B「嬉しい…」

「結婚したい」を遠回しに表現した日本語の文化が描かれていると思いますが、

手話の文化では、ストレートに表現する文化があります。

先ほどのAさんの言葉を手話で訳すと…

A「私/君/必要/結婚/お願い」

B「嬉しい…」

となります。

もし、日本語の脚本のままで、ろう者が演じてしまうと…

A「毎日、君が作った味噌汁が飲みたい」

B「いいよ、いつ作ればいい?」

という流れが一般的になると思います(笑)」

日本語は前後の文脈や共通する文化のもと、物事を直接的に表現しない「ハイコンテクスト」だと言われています。一方、日本手話は日本語よりも具体的・直接的に表現する「ローコンテクスト」なんだそう。こんなにも、日本語と日本手話の表現に違いがあることに驚きました!

<ろうの生活・文化が全然知られていない!>

さらに、「ろう」をテーマとする映像作品を制作するとき、聞こえるスタッフがろう者の生活や文化を十分に知らないまま思い込みで制作を進めてしまう…ということも。

今井「例えば、ある脚本で『ろう者は車を運転しているとき、会話できないだろう』という固定観念から、ろう者が乗車中に話をしないシーンがありました」

今井さんによると、ろう者は幼い時から24時間視覚情報で生活しているため、視界に入る情報に敏感です。また、手話が完全に見えなくても推測してやりとりができます。そのため、ろう者が車に乗っている時に会話をするのは、普通のことなんだそうです。 

今井「“ろう者が車を運転しているとき、会話ができないという設定のまま企画が進んで、最終チェックだけで呼ばれても戸惑ってしまいます。聴者のステレオタイプで企画を進めてしまわないように、ろう者の当事者と一緒に企画の段階から取り組めば、お互いにとってスムーズに進めることができ、よりリアリティーのある作品ができると思います」

今回、私は初めてろう者を取材させていただきました。「ろう者は運転しているとき、話せない」という思い込み以前に、「ろう者は運転できない」という思い込みがありました。「ろう」をテーマにするときは、映像制作の初期段階から、ろう者と共に制作する必要性が身に染みました…。

牧原「手話という言語で生きるろう者を“外国人”と考えると理解しやすくなるかと思います。聴者とは言語だけではなく、考え方や生活スタイルも異なります。この違いが作品に反映されています」

牧原「日本映画を日本映画たらしめているのは何なのか、フランス映画をフランス映画たらしめているのは何なのか。それと同じように、ろう映画もろう映画たらしめているものがあります。聴者と協力して制作していくためには、まずそれらを知ってもらうことからスタートして、必ず衝突が起こるので、正直言ってかなり労力使うし大変です」

手話通訳者がいれば、ろう者と聴者はコミュニケーションができて問題なく映像制作できると、私は思っていました。牧原さん・今井さんにお話を聞かせていただいて、同じ日本生まれ・日本育ちでもコミュニケーション方法が異なり、さらには文化や価値観、身体感覚など多方面に渡って、違いがあることがよく分かりました。そして、その違いが無意識にも作品へ反映されていることが新しい発見でした。

次回は、牧原さんや今井さんに、「ろう者×映像制作」の育成面での課題について教えていただきます!