障害者専門の俳優養成塾「神戸塾」。
ふだんは塾生たちの近況などをお届けしていますが、今回はスピンオフ企画!「ろう者×映像制作」2回シリーズの後編です。前回は、ろう者で映像制作に携わる牧原依里(まきはら・えり)さんと今井ミカ(いまい・みか)さんに、聴者とろう者のスタッフがいっしょに映像制作する際の難しさなどをうかがいました。
今回は、「ろう者×映像制作」の人材育成について考えます。
ろう者が作り手になるのは、難しい
牧原「世界中にはろう者の制作者は沢山いますが、日本では少ないです。というのも、情報保障や学ぶ場所が限られているんです」
世界では、欧米を中心に、手話で演劇や芸術を学ぶ大学やプログラムが多数存在していますが、日本では、まだまだ、制作者の育成現場が充実していないそうです。牧原さん、今井さんが制作者になるまでの道のりも険しいものでした。
【左:牧原依里(まきはら・えり)さん、中央:田中ディレクター、右:今井ミカ(いまい・みか)さん】
<情報保障が不十分で学べない!>
牧原依里さんが映画を本格的に学ぶようになったのは、社会人になってから。8年前、旅行で訪れたイタリアで“ろう映画祭”に参加、そこで初めてろう者の監督が制作し、ろう者の俳優が出演した映画を見ました。そのときに、「自分も映画を作ってみたい」と思ったそうです。早速、映画学校で学ぶことにしますが、授業は「日本語」。「日本手話」が第1言語の牧原さんが授業内容を理解するには、手話通訳者が必要です。
手話通訳者の費用は、1時間あたり5000円ほど(※通訳内容や環境によって、値段は変化します)。日本では日常生活で手話通訳者が必要な場合、自治体が公的に派遣を行っていますが、利用目的や上限時間数が決められています。地域によっては、病院や役所などにしか派遣できないところも。
牧原さんは映画を学ぶため、手話通訳者の派遣を自治体に交渉しました。半年間交渉した結果、「月4回までの利用」が認められましたが、それ以上の利用は自己負担という形になりました。
牧原「交渉して、OKが出たのは珍しいほうですよ。“仕事として通うならOKだ”と言われたんです。“映画を学ぶのは趣味なのか仕事なのかどっちなのか”と言われたことに対して違和感でしかなく、本来であれば趣味にも手話通訳をつけて楽しむ権利があるはずだと思いました」
【牧原依里(まきはら・えり)さん。映画作家。ろう者】
今井さんは2007年に、映画制作を学べる大学に入学。しかし、手話通訳者は派遣されず…学生に講義内容をパソコンの画面に打ってもらう「ノートテイク」で授業を受けることになりました。今井さんにとって第2言語である日本語。さらに、筆談という環境の中、授業についていくのは非常に難しかったそうです。
今井「聴者と同じ学費を払っていたにもかかわらず、大学で学べたことはほとんどなくて、苦しくて、悔しい思いをしましたね」
その後、ろう者コミュニティで映像制作の経験と積んできた今井さん。昨年、専門的な映画技術をさらに磨くため、再び映画の学校へ通うことを決断しました。今回は自治体と交渉の結果、通訳派遣を利用できたものの、時間数に制限が。そのため、学費とは別に手話通訳費として月10万円ほど自己負担で支払って映画の勉強をせざるを得なかったそうです。
今井「手話通訳費の自己負担が本当に大変でした。国として、必要な人にキチンと手話通訳者を派遣する制度が十分に整っていないと思います」
<ろう者にとって、映像制作を学びやすい環境がない!>
ろう者が制作者になるためには、「情報保障」だけではなく、「制作スキルを磨きやすい環境づくり」も必要だと言います。
牧原「聴者が映像制作を学ぶ時は、聴者から学べます。自分と同じ言語・身体感覚の人たちから撮影スキルを教わることができるのですから、恵まれている環境です。ろう者の場合、聴者からスキルを学ぶことが多くなります。ろう者に合った映像制作の方法をいろいろと試行錯誤しなくてはいけません」
今井さんは撮影方法について、こんな試行錯誤をしたことがあるそうです。
今井「バーで数人が会話しているシーン。聴者の文化は音声言語で話すので、画面の中に全員の顔が映っていなくても、音も含めて状況を理解できます」
今井「しかし、同じ撮り方でろう者の数人が会話する場面を撮影すると、画面に映っていないろう者が何を話しているのかが見えず、状況がわかりません。撮影する目的やメッセージ性によりますが、ろう者同士が話している時はカメラをパン(※カメラを固定したまま横に移動)するなど、撮り方を工夫しながら撮影していきます」
編集方法も、聴者の制作者と違います。
牧原「編集する時、聴者はどちらかというと“音”に比重を置き、会話のテンポやタイミングで切り替えます。一方で、ろう者は“手話や視覚”に比重を置くので、手話のテンポやタイミングで切り替えます」
牧原「このように聴者から、“聴者の制作スキル”を教わることができても、手話の会話の構図や、ろう者俳優への演出、編集に対するテンポやカットの仕方など、“ろう者の制作スキル”を教わることはできません」
牧原「つまり、聴者が考えた既にあるスキルに、ろう者としての身体感覚を組み込んでいかなくてはいけないのです」
牧原「まずは同じ言語や文化を持つろう者たちと制作する経験を積み重ね、その上で文化や思考が異なる聴者たちと協働していく…そのステップを踏んでいけたら、お互いにとってもポジティブな意味で新しい作品を生み出していけるのではと思っています」
「ろう者×映像制作」のこれからに向けて…
ろう者が映像制作を学ぶ環境が整っておらず、作り手が育ちにくい日本の状況を踏まえて、牧原さんたちは2018年から、ろう者・難聴者の表現者育成の場づくり「育成×手話×芸術プロジェクト(母体:トット基金)」に取り組んでいます。このプロジェクトでは、ろう者の制作者志望者に対して撮影や編集の基礎を教え、グループで映像を制作するワークショップや演技ワークショップなどを行っています。
今井「(前回は)オンライン開催でしたが、手話で行ったこともあってワークショップは大盛況でした。しかも参加者の制作したコメディ作品が今年、『さがの映像祭』で大賞を獲得したんです。ろう者が映画の世界にどんどん参加するようになって、映画を通じて手話やろう文化を広めていって欲しいと願っている自分にとって、本当にうれしい出来事でした」
【今井さんが講師として登壇した ろうの制作志望者向けのオンラインイベント】
さらに、今年3月には聴者の制作者に対して、「ろう者/手話が登場する映画を制作する際に留意するべきポイント」をテーマにしたレクチャーも実施しました。牧原さんや今井さんなど、映画・映像関連の仕事に携わっているろう者4人が登壇。「ろう」や「手話」の基礎知識や、当事者俳優が演じることによる映画表現の可能性、手話通訳者の手配など、実体験に基づいて話しました。
【牧原さん・今井さんたちが登壇した、ろう者/手話が登場する映画を制作する際に留意するべきポイントをレクチャーしたオンラインイベント】
イベントには、芸術制作に携わる関係者およそ100人が参加!「聴者の俳優がろう者の役を演じることがなぜ難しいのか、今までピンと来ていなかったが、このレクチャーでよく分かった」といった感想が寄せられたそうです。
今井「ろう者と聴者は同じ日本人ですが、文化や言語が違うということを理解して欲しいですね。“手話ってかっこいいね”と表面だけで捉えて欲しくないと思っています。ろう者には独自の文化があり、歴史があり、長きにわたって差別を受けてきたという事実があります。まずはろう者に会い、ろう者やろう文化について知っていただき、本質を理解いただくことが、制作スタッフのアップデートの第一歩になると思います」
牧原「聴者が優位ではなく対等に向き合う。まずはそこからだと思います。繰り返しになりますが、まずは知る、関わっていく。お互いが尊重しあえる環境をつくっていくことが、最終的に芸術全体の質をアップデートすることにつながるはずです」
これまで私は、ろう者の映像制作者はもちろん、ろう者にも出会ったことはありませんでした。牧原さんや今井さんからお話を伺う中で、聴者とろう者は言語だけでなく、文化や身体性、さらに映像制作の方法が異なることを学び、新しい世界を知れました。今後、ろう者がふつうに映像を制作し、すぐれた作品が次々と送り出されるようになるといいな、と思いました。
牧原さん、今井さん、貴重なお話をありがとうございました!