シリーズ インクルーシブ教育 (2)「ともに学ぶ」ことの意味

NHK
2023年10月31日 午後0:15 公開

インクルーシブ教育。「障害があってもなくても、すべての子どもがともに学び合う」とはどういうことか、大阪のある小学校から考えてみる!第2弾!

<番組の内容>

▶︎「ともに学ぶ」ことの意味

▶︎「安心の場」をどうつくるか

▶︎大阪・豊中市で50年前に始まった画期的な取り組み

▶︎「ともに学ぶ教育」を子どもたちはどう考える?

<出演者>

赤江 珠緒さん(フリーアナウンサー)

津田 愛土さん(小学5年生/視覚障害)

畑 晴稀さん(小学5年生)

大本 優真さん(小学5年生)

福島 利空さん(小学5年生)

香川 桜花さん(小学5年生)

佐藤 貴宣さん(大阪大学招聘研究員/視覚障害)

レモンさん(番組MC)

玉木幸則(番組ご意見番)

あずみん(番組コメンテーター)

「ともに学ぶ」ことの意味

<VTR>

インクルーシブ教育。障害があってもなくても、すべての子どもがともに学び合う。

そんな教育を50年前から実践してきた町がある。教室をのぞいてみると…。目の見えない子ども、ダウン症の子ども、医療的ケアの必要な子ども、外国にルーツのある子ども。

いろんな子どもたちが、一緒に過ごしている!

特別支援学級担任「いろんな人がいて当たり前、ともに過ごしていく中で、よりよい社会、よりよく過ごしていくための方法をお互いに考えていく」

シリーズ・インクルーシブ教育。多様な子どもたちがともに学び、ともに暮らすことの意味とは?みんなで考える!

<スタジオ>

レモン:バリバラ!先週と今週は「シリーズ・インクルーシブ教育」。すべての子どもがともに学び合う教育について、みんなで考えています。ゲストにはフリーアナウンサーの赤江珠緒さんです!今週もよろしくお願いします。先週はいかがでしたか?

赤江:親としても考えさせられましたね。親ってすごく欲があって、自分の子どもを、ちょっとでも上に伸ばしたいっていうか、上ばっかり目指しちゃうんですけど。ああいう学校の取り組みを見て、いろんな違うタイプのお友達のことも理解し合って、お互いに助け合ったり。上と横に伸ばして、そうすると大きな木になるっていうか。

あずみん:たしかに。

レモン:まずは先週のおさらい。あずみん、インクルーシブ教育とは?

あずみん:インクルーシブ教育とは、「障害があってもなくても、すべての子どもがともに学び合う教育」のことです。国連で採択された障害者権利条約で、世界がこの目標に取り組むと宣言されています。もちろん、この条約には日本も批准しています。

レモン:要は、僕らもやります!って言ってるわけですよね。でも実際のところ、どうすればそんなことができるのか、大丈夫なの?いろんな不安を持ってる人もいますよね、あずみん!

あずみん:いろんな子どもたちのニーズに合わせた、いわゆる「合理的配慮」が必要っていう話を前回しましたね。

レモン:今日は、「障害のある子もない子もともに学ぶことの意味」ですね。子どもたちどうしが気づきを得て、どのように成長していくのか、考えていきたいと思っています。

<VTR>

全校児童800人あまりの豊中市立南桜塚小学校。およそ50人が、障害などがあって支援の必要な子どもたちです。

5年生の津田愛土さん。生まれたときから目が見えない。自宅から学校まで、20分の道のりをガイドヘルパーと一緒に通学している。

子どもたち「よーい、どん!愛土はやい、愛土はやい!愛くん走れ、愛くん早いよ!」

女子「めっちゃ早く走ってたやん、これまでの記録覚えとる?」

愛土「40秒やったかな、前はかかったと思う」

女子「愛くん、今日は23秒やって!」

学校では、登校から下校まで、ずっとほかの子どもたちと一緒。

この日は計算テスト。ほかの子どもたちは、筆算で計算しているが、目の見えない愛土さんは…。

点字で書かれた問題を読み、視覚障害者用のソロバンで計算。点字タイプライターで解答を打ち込んでいた。

先生「(テストの提出を)お願いします」

愛土「(時間がかかったのは)いかに正確にできるか」

先生「全問正解?」

愛土「・・・わかんない」

愛土「(5年生になって)かけ算が難しくなった。(時間がかかるのは)小数点のやり方がみんなと違って特殊だからというのがあると思う」

授業以外の活動にも、すべて参加している。1人で難しい作業は、子どもたち同士で助け合っていた。

そんなある日のこと。給食を食べるのが遅い愛土さんは、食器の片づけができずに廊下に置かれた返却用のワゴンの前で立ちつくしていた。しばらくして、気がついた友達が助けてくれたものの・・・。

この後、クラスで話し合いがもたれた。

先生「今日、(愛土さんが)困っていたように見えた、先生は。食器もって。でもみんな片づけてしまっているから、ワゴンは埋まってしまってる。津田さん、ワゴンの前まで行って固まってしまっている状態。ああいう場面でもヘルプは出せませんか?」

愛土「自分自身、ヘルプを出せないときがあるから…」

女子「ヘルプがほしいときは、『助けてほしい』と言ったら絶対誰かが助けてくれるから、言ってくれたほうがいい」

先生「自分やったらどうなん?そういう場面でヘルプ出せる?」

男子「出せへん人だっているやん」

先生「声を出せない人もいるんじゃないの?」

子どもたち「いる!」「ぜったいいる!」

愛土さん!ほんとうのところ、どうしてヘルプを出せなかったの?

愛土「(食器を)置くところがなかったけど、それを言えんかったんよね。誰か近くにいるっていうのが分かんなかったんよ。やっぱ見えてないと。誰かが近くにいるのは、しゃべってくんないと分かんないんだよね。こう、近くに(立って)いたとしても、こういうふうな感じで(黙って)待っていたら分かんないんだよね」

放課後、愛土さんと仲のいい友達が集まった。いまのクラスは、目の見えない愛土さんのこと、ちゃんと分かっている? モヤモヤした気持ちを話し合いたいと思ったのだ。

幼稚園のときから愛土さんと仲良しの大本さんは・・・。

大本「愛くんと一緒に過ごすっていうのは、当たり前やってん、自分たちにとっては。でも、ほかの人たちにとっては当たり前じゃないねん」

邑瀬さんは、初めて愛土さんと同じクラスになったときには、距離があったという。

邑瀬「僕も、なんか障害者と関わるのがちょっと苦手で、なんか嫌やなと思ってて」

大本「最初はな」

邑瀬「あんまり関わりたくないと思っていたけど、なんか今になってくると、そういうのがだんだん慣れてきて。どんどん関わりを深くしていったほうがいいかなっていうのは、思ってくる」

「だんだんなんか、普通の友達みたいな」

邑瀬「そうそうそう」

目が見えないって、どういうこと?愛土さんのことを考えてみる。

大本「(誰でも)初めての人とかに会うと、どんな人かも分からへんし。愛くんにとっては見て感じれへんから、しゃべっていくうちに、どういう人なのかを考えなあかんやん」

わかり合うためには、みんなで話し合うことが大事!

「4年のときに、愛くんのことをちゃんと話していたのに、(最近は)なくなったから。愛くんの(話をすること)を、またやりたいなと思っていたけど、しゃべり出せず」

愛土「愛くんとしては、話し合いできひんかったことで、いろいろ悩みごとみたいなんもあって、それで結構ストレスになっていたりしたから。それもこの間みたいな話し合いで解決できたらいいなとは思っている」

「安心の場」をどうつくるか

<スタジオ>

レモン:いや子どもたちね、めちゃくちゃ熱く語り合っていましたけど。

赤江:いや良いお友達!グループでみんなね。

レモン:みんな自分のこと話してくれて。その南桜塚小学校のみんなにもスタジオに来てもらいましたよ。よろしくお願いします!

津田愛土くん、よろしくお願いします!

そして南桜塚小学校の同級生たち、よろしくお願いします!

大阪大学でインクルーシブ教育を研究、南桜塚小学校のスクールサポーターでもある佐藤貴宣さんにもおいでいただきました。

愛くん、教室の人が大勢いるところで話すのと、親しい友達と話するのと違う?

愛土:違う違う違う。

レモン:どう違う感じ?

愛土:うーん。大勢いるほうがやっぱ恥ずかしい。

レモン:あっ恥ずかしい?

愛土:学年の最初のほうは絶対そうなる。

:知らない人とかいると、安心できないっていうのは俺らも(同じ)で、最初は緊張しちゃう。けれど、愛土は目が見えへん分、それがちょっと多かったり激しかったりするんかな?

愛土:多いというか、長いな。だって、このように2学期になっても、まだ緊張する。  

南桜塚小学校のみんなは「安心の場」をどうすればつくれるのか、ずっと考えてきたんだって!

レモン:「安心できる場」ってどんな場所だと思いますか?

香川:付き合いが多い人が集まっていたり、愛くんに対しての接し方とかがわかっている人がいるところかな。

大本:愛くんに限らずやけど、自分のことを分かってくれてる人が、やっぱ信頼できるし、信頼されているって思えると思う。じゃあ、この人にやったら言えるなとか。それが「安心の場」になるんじゃないかな。

:ほかの人でも、安心できてなかったら愛土と一緒でしゃべれへんから、愛土のためだけじゃなくて、みんなのためにも「安心の場」があると思う。

愛土:でも、待って!

:どうしたん愛くん。

愛土:(障害のあるなしで)分けてなくても、いじめられちゃう子がいたら安心できなくない?

:そやな。

福島:自分もそうなるんじゃないかって?

あずみん:愛くん、「みんなから僕のことは理解されてないな」って感じることってある?

愛土:う~ん・・・、無いな。

レモン:周りのみんなはどう?

大本:愛くんが、「(みんなから)離れてるな」って感じるときはあるけど。でも、必ずそういうことがあると、(愛くんのところに)戻って、また一緒に進むみたいな。

:「愛くんは目が見えてないから」って言う人もおったけど、別に目が見えへんからとかで特別扱いされるぐらいやったら、みんな同じにしたほうがいいかなと思う。俺と愛くんもなるべく同じになれるように頑張ってるかな。

赤江:みんな自身が、すごく学校を楽しんでるっていうか、安心して学んでるなっていうのが伝わってきましたね。

レモン:お互いに助けるとか言うてるもんね。お互いさまやっていうね。佐藤さん、(こういう場が生まれる)きっかけは何だったんですか?

佐藤:最初から(みんながともに学ぶ教育)だったわけじゃない。豊中だって最初はめっちゃ分離教育だったんですよ。「(障害児は)小学校来るな、来なくていい」っていうのが最初の状況でしたから。そういう(状況を変えてきた)歴史がある中で、今、愛土くんとか含めたこの5人の子どもらの状態・状況がある。

レモン:50年前、「ともに学ぶ教育」を受けた人たちを取材しました。

大阪・豊中市で50年前に始まった画期的な取り組み

<VTR>

豊中市内のアパート。ヘルパー制度を使い、1人暮らしをしている末弘和美さん57歳。筋力が低下する難病で、幼い頃から自力で立つことはできなかった。

末弘さんが幼かった頃、多くの障害のある子どもたちが、義務教育の「就学猶予」や「就学免除」とされ、教育の機会を奪われていた。やがて障害児のいる家族や教職員の間から、すべての子どもの教育保障を求める声があがりはじめる。

そして1973年、末弘さんが7歳のとき、豊中市で画期的な取り組みが始まった。公立の小中学校に障害児学級が設けられ、障害があってもなくても、可能な限り同じ教室で学べるようになったのだ。

1970年代 豊中の取り組みを伝える映画。

ナレーション「豊中の子どもたちは隔離されていない。いつも健常児のなかにいる。」

この年、末弘さんも小学校に通いはじめる。みんなと同じ教室で多くの時間を過ごし、一緒に遊んだ。

末弘「仲間の輪に入ってるってのが楽しかった。それまで(機能)訓練しかやってなかった。みんなと遊んだりってことが全然なかった。遊ぶのは1人でしか遊んでない」

1979年、末弘さんは豊中市内の公立中学校に入学する。中学時代の親友、浜口美保さんとともに、卒業して初めて母校を訪ねた。

浜口「全然変わってないもんね」

当初は豊中でも、すべての学校に障害児学級が設置されていたわけではなかった。一緒に入学したほとんどの生徒にとって、障害のある子どもたちと出会うのは初めての経験だった。

浜口「入学式とかはここ(体育館)で。(障害のある人たちは)みんなそれぞれ個性的で、立ち上がって声出したり。中学1年で初めて出会ったので、どうしていいかわからなくて、びっくりしました」

この年、末弘さんと一緒に、障害のある子どもたち10人以上が入学した。

障害児学級「ひろがり学級」には、毎日、多くの生徒が遊びに来た。そのなかに浜口さんもいた。

浜口「ちょっと違うね。カーペットというか、敷物が敷かれていて。もっと広く感じたね」

「ひろがり学級」の子どもたちは、クラスメートに連れ出されるように、授業や課外活動に参加していった。

末弘「車いすの乗り降りも生徒がやってくれた」

浜口「和美ちゃんが座りいいように、キュって上げるねんね。それで『和美ちゃんどう?』って聞いて。(先生から)『これやりなさい』(と言われてやるの)じゃなくて、自然に」

やがて、卒業の時期を迎える。当時、府立高校では、障害がある生徒の受け入れは、まだ制度化されていなかった。これに対し、大阪のほかの町では、同級生を受け入れるよう求める中学生の運動も起きていた。

浜口さんたちも、末弘さんたちの将来を案じて話し合いをはじめたという。

浜口「『和美ちゃんたち、『ひろがり生』の進路はどうなるんやろ?』って疑問から始まって、みんなで考えてみよって、いろんなことをしゃべりながら新聞つくって、自分たちの考えをまとめて書いてた」

当時の3年生が書いた新聞。受験制度によって、「ひろがり学級」の友人たちはふるいにかけられ、進学の道を絶たれてしまう。自宅にこもり、「誰からも見えない存在」になることのないよう関わりを持ち続けていこうと呼びかけていた。

高校進学をあきらめた末弘さん。卒業に当たり、先生から、あるアドバイスをもらった。

末弘「先生から『今の友達を離したらあかんよ。いまの友達を大事にしていかないと』って。自分ができることは手紙を書くことかなと手紙を書き始めたんですけど」

浜口「『変わっていきたいから、しゃべりたいんだ』って手紙に書いてきてくれて。すごくうれしくて・・・。むちゃくちゃ、うれしかった」

中学卒業から40年。末弘さんと浜口さんたちとの友情はいまも続いている。

浜口「私がつらいことがあったときに、なんかちょっと贈ってきてくれたりとか。何回も助けてもらってる」

末弘「みんなと出会ったおかげで、いろんな人と話もできるようになったし、いろんな人と交流してみようと気持ちも変わったし。みんなと出会えてよかったなって思います」

「ともに学ぶ教育」を子どもたちはどう考える?

<スタジオ>

レモン:すごいな、今も続いてるって、どうですか?

赤江:学校を卒業してからもその関係性とかね。まだまだ深まっていくとこが、すばらしいですね。

レモン:同じ学校でね、ほんとに同じ教室で学ぶということは、「存在が可視化される」という、存在してるんですよっていうことですよね。

:どうする?学校のみんなと会えんとずっと家おったら?

愛土:扉、蹴っ飛ばして、逃げだすかな、たぶん。

:そんぐらい嫌ってことやな?

愛土:1人やったら、たぶん、ぜったい愛くんにはできひんなって思うことがいっぱいあるもん。だって、今まで小学校生活5年間で、みんながいることで助けられたことって何回もあるから。

レモン:末弘さんの時代は、はっきり言って、高校行く門戸が、閉ざされていたわけですけども、玉木さんは、高校はどうやったんですか?

玉木:小学校、中学校は、みんなと一緒に勉強してた。高校進学は、”体育の単位が取れへんから”っていうんで、「無理やから養護学校に行って」って、言われたんよ。

佐藤:今でも、高校入試の段階で、「“能力”のある人間は来ていいけれども、“能力”のない人は来るな」というような考え方はあります。とはいえ、ある程度受験は認めてもらえる、身体障害の場合は。それ以外に、「基本的には『定員内不合格』は出しませんよ」「なかなか点数が取れない子でも受け入れますよ」っていうのは、大阪でできてることです。それはやっぱり下からの運動によるものなんです。いろんな障害のある人や障害のある人の周りにいる人たち、例えば、ビデオにあったかもしれませんけれども、中学生たちが、自分と一緒に卒業する障害のある友人が、「なんで(一緒に)高校に行けないんだ」って働きかけを教育委員会にする。一緒に学べる機会を、子どもたちの手で切り開いてきたっていう歴史がある中で、今があるんだっていうことは大事なポイント。

福島:ぼく、目が見えない人とかがいない学校があるってことに驚いて。幼稚園でもダウン症のこうちゃんがいたし、そういう人がいない学校、そんな珍しい学校があるんだなって最初は思っていて。そういう学校がほとんどだってことを聞いて、もっと驚きました。

レモン:なるほど。例えばね、小学校にはいろんな個性の障害がある人が来てるよね。そういう人たちと一緒に学校に通っていて、なんか、気づいたこととかある?

大本:愛くんは、目が見えてないからこそ、なんか感じることだってあるから。違う考えを持ってる子と、また違う考えを持ってる子が、たぶん一人ひとり絶対違うと思うから。そういう違いを生かしていけたらいいんじゃないかなって。

福島:「障害」っていうのは「個性」で。なりたくてなったわけじゃないんだし。その人が変わることって、多くの場合できないっていうのが普通だから、周りの人とかが変わらないといけないし・・・。

レモン:工夫してね。周りも。

福島:学校とかで、そういうことを教えたほうがいいんじゃないかなって。(障害のある子を)学校で分けちゃうと、その後、交わらないから。

レモン:なるほど。最初から交われへん、何にも学ばれへんしみたいな。離れたまんまで。

レモン:じゃあ、いろんな人おるけど、みんなが、一緒に生きられる社会はどうやったら作れると思いますか?

香川:たぶん喜んでくれるだろうと思ってやったことでも、もしかしたら、その人が逆に「うれしくない」って傷つくかもしれないから、自分の想像だけでやったりするんじゃなくて、本人に聞いて、どうしたらいいかを考えたり、本人ができないことは自分たちで補い合ったりして。ほかの人たちにもそれを伝えていったりすることが大切だと思います。

レモン:なるほどね。

愛土:向こう側の気持ちになってやる、1回考えてみるのもいいと思う。

レモン:相手の気持ちを考えてね。

愛土:うん。相手に1回なりきるべきやと思う。

レモン:なるほどね。

:「自分や周りや社会が変わらんといけない」って、まさにそうやと思うし。そのためにも、身近なこととかでいいから、ちょっとずつ変えていこうかなって思う。

佐藤:「インクルーシブ教育」っていうのは、「そこにいること」は当たり前の権利だということ。何か「そこにいること」についての資格があるんじゃなくて、大本さんも、愛土さんも、香川さんも、福島さんも、畑さんも、みんな「ここにいるのが当たり前だから、いる」んですよね。それは何かの許可を誰かから受けるようなものではない。

レモン:2週にわたり、インクルーシブ教育をテーマに考えてまいりました!

赤江:学校って、花壇じゃダメなんだなと思った。画一的とか、選別してるとか、そういうお花畑じゃなくて。なんかほんとに野原みたいに、日陰が好きな子もいれば、日向の草木もあるし。そういう場であることが社会そのもので、それをこんなに自然に学べている。いや、うらやましいなって正直思いました。

レモン:あずみんはいかがだったですか?

あずみん:今のみんなが、将来大人になった時に、いい社会になっていくためには、「分ける教育」をこのまま続けていって本当にいいの?って改めて思いました。

レモン:これからもバリバラでは、「みんな違ってみんなええねやん」という世の中にしていくために、どうすればいいか考え続けていきたいと思います。ありがとうございました! みんな、ありがとね!

※この記事は 2023年10月27日放送【シリーズ インクルーシブ教育②「ともに学ぶ」ことの意味】を基に作成しました。情報は放送時点でのものです。