多くの投資家を魅了してきた暗号資産。しかし11月、暗号資産の交換業大手「FTXトレーディング」が突然、経営破綻し、業界全体が大きく揺らいでいます。
暗号資産の時価総額は、FTXの財務の健全性を疑問視する報道が出た11月初めから800億ドル、日本円で25兆円も下がる事態になっています。
そのFTXを率いていたのが、サム・バンクマンフリード氏(写真)。2019年27歳でFTXを立ち上げ、暗号資産ブームに乗って瞬く間に業界最大手にまで上り詰めます。
巨万の富を手にしてもTシャツとボサボサの髪型というスタイルを崩さず、様々な事業に投資を広げる若き天才経営者としても注目されていました。しかし、現在は顧客の資金流用や相場操縦を行った疑いが持たれ、当局の捜査の対象にもなっています。
FTXの失敗の背景に何があるのか?
暗号資産の未来はどうなっていくのか?
暗号資産について研究している京都大学公共政策大学院の岩下直行(いわした・なおゆき)教授に話を聞きました。
(「キャッチ!世界のトップニュース」で12月12日に放送した内容です)
・暗号資産=値上がり前提のビジネスと考えられていた
小林キャスター:FTXの創業者のサム・バンクマンフリード氏は、カリスマ経営者としてアメリカでも有名だったようですが、彼が掲げていた理想はどういうところにあったのでしょうか。
岩下教授:多分、彼は「自分が世の中のために働きたい」と必死に事業拡大しました。
拡大するプロセスで、彼らが直面したいくつかの投資事業は正直、ある意味“詐欺的なもの”だったと思いますが、彼自身は詐欺を働こうと考えていないと思うんですよ。ただ、彼が投資した先が、ある意味で暗号資産が値上がりし続けていくことを前提としたビジネスだった。
広めようとしていた事業の先々で彼らが失敗し、結果として破綻に至ったということは、その多くが大変リスクが高く、かつ彼らが思い描いていた“金融を代替するもの”に当たらないことが明らかになったということだと思います。
FTXはなぜ破綻したのか。
FTXは、暗号資産を安全に保有する技術を持たない投資家から資金を預かり、暗号資産の売買や運用を行っていました。その過程で、顧客が取引に使えるFTXトークンと称する独自の暗号資産を発行。暗号資産ブームの中、そのトークン自体が急激に値上がりし、成長を後押ししてきました。
しかし、「こうしたビジネスモデルそのものが、実態を伴わない幻想に支えられたものだった」と岩下さんは指摘します。
岩下教授:今回でいえば、FTX社がFTXトークン(FTT)というものを自分で発行しました。トークンは株式を発行するようなものだとよくいいますが、株式は、株主の議決権や配当を受け取る権利、残余財産を受け取る権利などがあるから“株式”であり、その会社に価値があるから株式も価値があると。
けれども、トークンには株主が持つような権利などが一切なく、ほとんど何の価値もないものが「値上がりするかもしれない」という期待だけで値上がりした。結果として「値上がりしているのはマーケットが勝手に上げているから」という話になるわけです。
・“タヌキが木の葉を金貨に変えた”
暗号資産ブームが突如として終わりを告げ、幻想が崩れたのが去年11月。[吉嶋 亜実4] 暗号資産の値段が下がり始め、値上がりを前提としていたビジネスモデルの歯車は、大きく狂い始めます。
岩下教授:顧客の資産や預かったお金に対し、実際に持っている資産はFTTという、いってみれば、タヌキが“木の葉”を金貨に変えて、打出の小づちのような形で金貨が出てくる。けれども、夢が覚めるとその金貨はやっぱり“木の葉”だったことがわかってしまった。
「FTX社は会社がすばらしい巨額の富を持っていて、CEOは雑誌のフォーブスに載るような億万長者で、すばらしいことやっている大企業だ」という幻想があっという間に剥がれてしまった。
そうして「FTX社を信頼できない」となってしまった結果、資金が大量に流出して、顧客にお金を払うことができなくなり、事実上破産せざるを得なくなったということだと思います。
・量的緩和終了で“錬金術”が消滅
暗号資産ブームを終わらせたのは、アメリカやヨーロッパの金融政策の転換です。
世界的なインフレが起きる中、各国の中央銀行は金利を引き上げ。市場に大量の資金が出回る金融緩和から、金融引き締めへと大きく舵を切りました。
岩下教授:最初の暗号資産であるビットコインが世の中で保有されたのは2009年ですから、この13年間はずっと金融緩和局面だったということです。
とりわけ2020年3月以降、日米欧で急速に量的緩和が拡大され、一種の副作用として暗号資産が上がってしまった。金融当局は暗号資産を上げるために金融緩和をしたわけではないので結果、暗号資産の世界にあたかも素晴らしい知恵が築かれたように“錯覚”したんですね。その錯覚、夢が覚めたのがおそらく、去年11月のFRBによる量的緩和終了の政策変更でした。
暗号資産は値段が右肩上がりに続くことを想定した事業で、まだ生き残っているものはたくさんありますけれど、それらがどうなるかと私も戦々恐々としながら見ています。
小林キャスター:暗号資産はこのまま投機の対象で終わってしまうのか、それとも何らかの形で新しい金融、新しい通貨のありかたを打ち出していく大きな可能性を秘めたものとして発展していくのか、どのようになると思いますか。
岩下教授:暗号資産を中心としたクリプトエコノミーやトークンエコノミーは、過去のものになる可能性は高いのではないかと私は考えています。一種、詐欺的な感じで、紙切れや葉っぱが小判に変わるような錬金術を追及するのは永続性がないですから。
私自身は、暗号資産自体が生まれる前からそういう技術について研究している人間ですので、暗号資産的なものやデジタル証明、ハッシュチェーンを利用した新技術には可能性があるとは考えています。
これからインターネットをベースにした“新しい金融”を、既存国家の信用や企業の成長性をもとにして作っていくことは十分に可能だと思いますね。
・“暗号資産の技術は応用や発展の可能性”
高橋キャスター:誰かが勝手に作った暗号資産が、なぜこれほどの価値を持つのか不思議だったのですが、実は「値上がりする」という人々の期待だけで値段が上がっていたのですね。
しかし、金融引き締めでお金の流れが変わると、一気に期待もしぼみ、夢が覚めて小判が木の葉に戻ってしまった。
小林キャスター:暗号資産には既存の金融、例えば株式や預貯金などを持たない若者世代を中心に“新しい金融の形”として期待を集め、盛り上がった部分もあったということです。
ただ、既存の金融を大きく変え、新しいビジネスを打ち立てていくには、あまりに寄って立つ基盤が脆弱だったと岩下さんは指摘していました。
高橋キャスター:今後、暗号資産はどうなっていくのでしょうか?
小林キャスター:いま各国が暗号資産に対する規制や監視を強める方向で議論を進めています。ただ、暗号資産の発行や運用は世界中どこでもできますから、一部の国で規制が強まっても規制の緩い国に行ってしまえばいいということになり、効果的な規制ができるか疑問視する見方もあります。
岩下さんは、暗号資産の技術自体は、これからもさまざまな応用や発展の可能性があると話していました。ただそれは、一夜にして大もうけするようなものとしてではなく、それほど値上がりはしないけれど、実態のある経済と結びついたまっとうな形であるべきだとも話していました。
暗号資産の発展は、今回のFTXに代表される業界の失敗の教訓をしっかりと活かせるかにかかっているといえます。
<12月14日の放送内容を追記>
小林キャスター:バンクマンフリード氏は12日、会社が拠点を置く大西洋の島国バハマで逮捕されました。13日ニューヨークの連邦地検が明らかにした起訴状の内容によりますと、バンクマンフリード氏は、詐欺や資金洗浄など8つの罪に問われています。アメリカ証券取引委員会もバンクマンフリード前CEOを投資家への詐欺行為で提訴し、今後、破綻の原因などが明らかにされるかが焦点になります。
起訴状では、顧客をだます行為は2019年から行われていたとされていることです。2019年というとFTXが立ち上げられた年です。創業当初から本当に顧客をだますつもりだったのか、それとも次第に経営が厳しくなってやむをえず損失の穴埋めに顧客の資金を使い込んだのか。
暗号資産の信用や今後の運用や規制の在り方にもかかわる問題だけに、経営実態の徹底的な解明が求められています。
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