◎制作こぼれ話 「ライチョウのために“あの飲み物”を開発中!」
皆さんは、ライチョウを見たことがありますか?「山で見たよ!」という方は少ないかも知れませんが、「動物園で見た」という方ならもう少し多いでしょうか。現在、国内6か所ほどの動物園でニホンライチョウを見ることができます。貴重な姿、機会があればぜひご覧ください。ところで、ほとんどの動物園で飼育されているライチョウは、野生とは“ある部分”が変わってしまっているため、そのまま野生に帰すことはできません。さて、どこでしょう?ヒントは、おなかの中の大切なものです。
ライチョウたちのおなかの中には・・・
答えは、腸内細菌。番組でもご紹介した通り、野生のライチョウは主に高山植物を食べていますが、これがちょっとやっかいで、消化を妨げる成分など、いわば“毒”のようなものが何種類か含まれています。それでも平気なのは、“毒”を分解してくれる特殊な腸内細菌を持っているから。しかし、動物園のライチョウの多くは、高山植物ではなく小松菜などの野菜を食べているため、分解してもらう必要がありません。そのため、代々、動物園で暮らしてきたライチョウのおなかには、特殊な腸内細菌がほとんどいなくなっているようなんです。この事実が発見されたきっかけは、「ケージ保護」と呼ばれる野生のライチョウの特殊な保護方法でした。
ライチョウ保護のための「ケージ」組み立ての様子
生後間もないヒナを天敵や寒さから守るために、およそ1か月、夜間は母親とともにケージで保護するというもので、これまで北アルプスや南アルプス、中央アルプスで行われてきました。ヒナの死亡率を格段に下げることができる画期的な方法ですが、もう1つの利点がありました。それは、野生のライチョウの子育てを間近で観察できること。信州大学名誉教授の中村浩志さん率いるライチョウ保護チームは、ケージ保護の活動中にある発見をします。
ケージ保護中にライチョウを観察する中村さん
生後間もないヒナの前で母親が「盲腸糞(もうちょうふん)」と呼ばれる特殊なフンを出し、それをヒナが食べたのです!そう、番組でもご紹介した、あの行動。野生下ではめったに見られない貴重なものです。母親の特別なフンを子どもが食べる行動は、コアラなど他の動物でも知られており、生きるために必要な腸内細菌を母親から受け継いでいると考えられています。ライチョウにも同じ生態があるのではないか?腸内細菌の専門家も交えてライチョウの腸内細菌の研究が本格的にスタートしました。
コアラもユーカリを消化するため腸内細菌を母から子へ引き継ぐ
すると、高山植物を食べる野生のライチョウと動物園で飼育されているライチョウでは、腸内細菌の種類に違いがあることが分かりました。消化を妨げる成分・タンニンを分解する乳酸菌の仲間などが、野生のライチョウから多く見つかったのです。今後、動物園のライチョウを野生に帰すためには、この腸内細菌の違いを何とかしなければなりません。どうすればよいのでしょう?実は、今回の里帰り大作戦も、解決のための第一歩なのです。
母親のフンをついばむヒナ
山で暮らす野生のライチョウを動物園に連れてきて繁殖させ、また山へ帰す。その過程で、生態の理解をさらに深めることができます。実際、母親の盲腸糞をヒナが食べ、見事に腸内細菌が引き継がれた瞬間を今回も観察することができました。盲腸糞を食べたヒナたちは、高山植物を消化できるようになり、すくすくと成長。「動物園生まれ」ですが、無事に野生へと帰ることができました。これを、もともと飼育されているライチョウたちにも広げていこうとしています。
「野生の母親の盲腸糞を、動物園のヒナに食べさせればいいよね!」というアイデアもあると思いますが、野生の個体には寄生虫がいるため、なかなか簡単ではありません。現在は、野生のライチョウの特殊な腸内細菌を詳しく解析し、培養する方法の研究が進められています。つまり、「ライチョウのための乳酸菌飲料」を作って、野生で生きるための腸内細菌をゲットしてもらおうという作戦です。うまく行けば、野生復帰のハードルも格段に下がり、ライチョウの保護がまた一歩前進すること間違いなしですね。
◎撮影の現場から「遠隔操作カメラの思わぬ利用法」
卵が破裂してメスが抱卵放棄してしまったり、孵化直前で卵がダメになってしまったりと数々のハプニングに見舞われながらも奮闘した長野市茶臼山動物園の田村直也さん。なかなか孵化しない様子にため息をついたり、無事に生まれてくれるよう卵にお祈りしたり、必死な姿がとても印象的でした。
「孵化してくれ~」とお祈りする田村さん
田村さんへの密着取材に一役買ったのが、ライチョウ撮影用に準備したリモートカメラ。今回はライチョウへの影響を極力少なくするため、檻の中にカメラマンが入らなくても済むように、遠隔で細かい操作ができるカメラを複数台用意しました。しかし、取材を進めていくうちに田村さんの必死さをもっと撮影した方が、よりライチョウ飼育の難しさを伝えられる!と思うようになり、方針転換。ライチョウ用リモートカメラで田村さんの表情も狙うことにしたんです。自然番組で人間の表情を撮るためにカメラを割くことは、なかなかありませんが、その作戦が功を奏し、田村さんの表情を存分にとらえることができました。
◎ディレクターのお気に入り「ボロボロの登山靴」
登山靴があっという間にボロボロ!ライチョウ取材は過酷です。
去年、ライチョウの取材を始めるにあたり新品で購入した登山靴。修理をしながら使っていますが、もうボロボロです。ライチョウの保護活動の撮影は、過酷の一言!調査のたびに2500mを超える険しい山に登らなければなりません。さらに、ライチョウを探すためにとにかく山を歩きまくるんです。1日に6時間以上歩くことも。山に入った日を数えてみたところ、なんと90日以上でした。ボロボロになるわけですね。そのおかげもあってか、体重はピーク時と比べて5キロ以上減り、ポッコリお腹もへこみました。このボロボロ登山靴は、太りはじめていた自分への戒めとして部屋に飾っておこうと思います。
ディレクター 小坂 一之
◎ブログ担当スタッフから
2022年9月11日放送の「ライチョウ 幻の生息地復活作戦」から立て続けにライチョウの番組を制作した小坂ディレクター。確かに、山での取材は過酷そうですね。登り終わった後にも、変わりやすい天気、うすい空気、のしかかる重い機材・・・もう、考えるだけで大変。でも、やっぱり行かないと撮れません。ぜひ体調に十分気をつけながら、ライチョウを追ってもらいたいです!
<番組情報>
「目指せ高山!ライチョウ里帰り大作戦」
初回放送:2022年12月4日
「ライチョウ 幻の生息地復活作戦」
初回放送:2022年9月11日
関連ブログ記事