「ニッポン超深海」制作ウラ話 ~世界最高のチームの作り方~

NHK
2023年4月9日 午後7:45 公開

◎制作こぼれ話「“鉄人”ヨコエビのすごい秘密」

今回の調査では、研究者も初めて見るような生きものがゾロゾロ。でも、調査中サンプルが採れたら必ずといって良いほど出てきた常連さんが「カイコウオオソコエビ」。番組中で水深9,800mの日本最深部にも暮らしていることが確認できた、ヨコエビの仲間です。実は世界一深いマリアナ海溝の最深部(10,928m)にも平気で現れるという“超深海の主”ともいえる存在です。指先ほどの面積におよそ1トンの力がかかる超過酷な水中で暮らしていけるのはなぜか?ちょっと面白い話があるんです。ヨコエビの専門家として乗船していた専門家、西オーストラリア大学のペイジ・マロニ博士が教えてくれました!

超深海ならどこでもいる?カイコウオオソコエビ

ヨコエビなどの端脚類(たんきゃくるい)のほとんどは、普通、水深4500m前後を越えると水圧に耐えきれず押しつぶされてしまいます。特に問題となるのは水圧によってヨコエビの外骨格に含まれる炭酸カルシウムが水中に溶け出してしまうことです。じつは、カイコウオオソコエビは、この過酷な環境に耐えることができる強靭な“プロテクトアーマー”を身に着けています!このアーマーは、カルシウムでできた殻をアルミニウムで補強する構造になっています。しかし、そもそも海水にアルミニウムはほとんど含まれません。一体どこからアルミニウムを入手してきたのか?これが大きな謎となっていました。そこで深海に溜まっている沈殿物を調べてみると、海底には豊富なアルミニウムが含まれていることが判明しました。カイコウオオソコエビは、この沈殿物からアルミニウムを摂取し、体の中でプロテクトアーマーを作り出していたんです。海底で暮らすためのアーマーを、海底の材料を使って作り出す。たいしたものですね!某映画の鉄人も白旗を上げるでしょう。

日本最深部9,801mのカイコウオオソコエビ

◎撮影の現場から「カリスマリーダーと強力チーム」  

番組で紹介した有人潜水艇「リミティング・ファクター」。元々、所有していたのはアメリカの民間研究団体Caladan Oceanic社です。(※現在は潜水艇の所有は別会社 Inkfishに移っています。)そして、この潜水艇を作った“オーナー”は番組中に少しだけ紹介した、冒険家のビクター・ベスコボさん。これまでエベレストなど七大陸の最高峰に登り、リミティング・ファクターで五つの大洋(南極海、インド洋、南氷洋、大西洋、太平洋)の最深部を制覇したスーパー冒険家です。自らパイロットとして超深海への冒険を始めた経緯を聞きました。

冒険家・民間調査団体のオーナー ビクター・ベスコボさん

「2012年ごろ、私は登山のキャリアに終止符を打とうと決め、他のタイプのチャレンジを探し始めました。身体的なチャレンジより、もっと技術的・精神的にチャレンジできるものを探して、深海探査の考えが浮んだのです。5つの大洋の深海最深地点のうち、マリアナ海溝以外の4つは当時まだ人類が到達していないと知り、驚きました。私は潜水艇の技術を研究し始め、わかったことは『それは可能であるが多大な努力と、かなりの資金が必要』という事でした。そこで私は、自分にその任務を課し、幸いにもおよそ6年後(2019)にそれが達成できるようになったのです。」

クルーの集合写真

こんなことがサラっと言えてしまうのもスゴイですが、この舞台裏にはスンゴイ強力なチームの支えもあるんです。メカニックチームは、潜水艇メーカー出身の技術者が独立して超深海調査専門の会社を作っちゃいました。船長と潜水艇のオペレーションを担うのは、あのジェームズ・キャメロン監督とタイタニック号やマリアナ海溝の航海を成し遂げてきた百戦錬磨の強者たち。一等航海士、甲板長、船員たちも、世界各地から引き抜かれた腕利きぞろいです。

筆者(担当ディレクター)は初めての長期航海の取材でしたが、そんなそうそうたるメンバーが大集結した船内は一体どんな雰囲気になるのだろう?と、戦々恐々としていました。

世界トップのスペシャリスト集団!

しかし、いざ航海が始まってみると、普段の船内の雰囲気は驚くほどオープンで和やか!船のメンバーに支給されるTシャツは船長が自ら手渡し。料理長が決めた食事のタイムテーブルは、たとえ重要な調査の真っただ中でも皆が守ります。夜に研究者が開く勉強会には船員さんも自由に参加し、質問したり一緒に議論したりする雰囲気がありました。もちろん、船の指揮系統としての上下関係はありますが、普段のコミュニケーションはとても円滑で、分け隔てのないものでした。

勉強会は誰でも参加可能!

こんな素敵なチームの雰囲気ってどうやって作るのだろう?リーダーたちの考えを知りたいと思い、船長や技術リーダーに聞いてみましたが、驚くほど一致した答えが返ってきました。大事なのは「主体性」と「時間」だというのです。皆がそれぞれの役割を全うするために、自分が主体性を持っていると感じさせ、アイデアや責任を持つ自由を与えること。最初はうまくいかないこともあるし、ミスが起きることもあるけれど、上に立つものは辛抱強く待ち、チームもその目的を達成するために時間をかけて作り上げていくことが大切だ、といいます。

日々時間に追われ、急いでパッパッと仕事をしてしまう筆者も、仕事の仕方を顧みる言葉でした。

We are all so grateful to be in part of this Expedition! Thank you very much Victor!

(今回の調査航海に参加させていただき感謝です!ビクターさんありがとうございました!)

◎ディレクターのお気に入り「ギネス世界記録!最深の魚を捉えるまで」  

番組の企画が立ち上がったころから、ねらいはもちろん、日本周辺で「世界最深の魚」を見つけること。しかし、その道のりはやはり険しいものでした。まず苦労したのは、カメラトラブルの頻発。番組ではお恥ずかしいのでそんなシーンはカットしていますが、やはり超深海の水圧の中、機械を正常に動かすだけでも大変です。カメラ自体は無事だったとしても、周りの配線やバッテリー、収録メディアなどにエラーが発生することも。せっかく戻ってきても、映像をチェックしたら「データがない!」ということもありました。

さらに、大変だったのが映像素材の量。「ランダー」と呼ばれる無人探査機が64回にわたる潜行で撮影した映像をチェックしていったのですが、1回の調査でも水底にいるのが8時間、ざっと計算しても500時間以上です。船上でのロケの合間に、画面にかじりつくようにして映像を見る作業をひたすら繰り返しました。無音で真っ暗、普通に考えれば、この上なく退屈な映像の連続。揺れる船内でじっと見続けるのは、もはや“修行”でした。「早回しで見ればいいじゃないか」と思われるかもしれませんが、それでは肝心の決定的瞬間を見逃すリスクがあります。実際、今回の8,336mのスネイルフィッシュが現れたのは、海底について5時間以上経過した後、カメラ前の餌がヨコエビに食べつくされた時でした。一見、何もいないように思えるタイミングに、ランダーのアームに隠れていた魚が現れた瞬間を見つけたときは、驚きで思わず声が出ました。世界最深の魚が記録された日は、8月15日。名古屋大学の道林克禎博士が9,801mに潜行し、日本人最深記録を更新したのと同じ日に沈めていたランダーの映像でした。

4/14追記:道林克禎博士のご所属に誤記がありました。正しくは、名古屋大学です。訂正してお詫び申し上げます。

水深8,336m、スネイルフィッシュがロボットアームから顔を出した瞬間

先日、4月4日にはギネス世界記録の認定証が国際研究チームのリーダー、西オーストラリア大学のアラン・ジェイミソン教授と日本側の代表として東京海洋大学の北里洋博士に贈られました。北里博士は「魚の生息限界に近い場所で撮影できたことに皆、驚いた。超深海がダイナミックな世界であることがわかった。認定証を魚にあげたい」と笑顔で語っていました。

ギネス世界記録に認定!

今回の有人潜水探査では、はじめてスネイルフィッシュの「普段の暮らしぶり」も垣間見ることができました。餌に集まった姿以外にも、岩に張り付いていたり、単独で泳ぎまわったりする姿を確認。ほんの一部でも自然の生態を観察できたということは大きな成果です。これまでランダーが撮影した超深海の映像はあくまで「光」がある条件ですので、もし光がまったくない状態なら、集まる生きものもまた変わる可能性もあります。私たちが見ているのはほんの一部にすぎないのです。超深海の生きものの世界はまだ扉が開いたばかり。ダーウィン班として引き続き取材を続けたいテーマです。

ディレクター 鶴薗 宏海

☆ブログ担当スタッフから☆

北里博士が「認定証を魚にあげたい」とおっしゃるように、ギネス世界記録に認定されたのは調査チームではなく「お魚さん」なんだそうです。認定証、どうやって渡したらいいんでしょうね!それにしても、世界のトップ・オブ・トップの研究現場にダーウィン取材班が同行させてもらえたことが、なんだか誇らしいです。英語が堪能な鶴薗ディレクター、船内でさまざまな人たちと直接、話をしてスペシャルな調査チームの息吹を持ち帰ってくれました。ダーウィン取材班も、生きもの撮影にかけては世界のトップを行かねばなりません。調査チームに学びながら、がんばっていきましょう!

ブログ担当スタッフ