上の写真「キャベツの花畑」 撮影協力:農研機構
◎制作こぼれ話「“キャベツの本気”には、まだ先がある!」
番組でお伝えしたとおり、キャベツは人がたくさん葉を食べるために改良した結果、大事な大事な花の芽が、重なった葉の奥に閉じ込められてしまいました。そのため、本来植物として子孫を残すための花を咲かせるのが難しくなってしまったのです。そんなキャベツがどうやって花を咲かせるのか?
今回、植物観察家の鈴木純さんと一緒に、タネまきから半年がかりで撮影しました。途中、ヒヨドリに食べられてあわや失敗!?というハプニングもありましたが、それがかえって幸いし、最後には、念願かなって見事に花を咲かせたキャベツを見届けることができました。
でも、“キャベツの本気”には、番組で紹介したものよりさらに進んだ、“最後の本気”があるのです。
花を咲かせたキャベツ(だったもの)撮影 鈴木純
じつは、純さんが撮影していたキャベツは、もう一つありました。そのキャベツは、ヒヨドリに食べられませんでしたが、重なった葉が十分に開くこともなく、花の芽は葉の奥に閉じ込められたまま脱出することができませんでした。ということは、万事休す、もう花を咲かせられない、と思いきや。キャベツはあきらめませんでした。
なんでしょうか、これは。ばんざーい、するような姿。丸い玉の下から茎が伸びています。これこそ最後の非常手段なのです。
番組で「花の芽」として紹介したのは、茎のてっぺんにある「頂芽(ちょうが)」です。それとは別に、葉の付け根から出る「脇芽(わきめ)」と呼ばれるものがあります。キャベツには、それぞれの葉っぱの付け根に脇芽になれる組織(原基)があります。頂芽が何かの要因で非常事態になった場合、脇芽が成長を始めます。「てっぺんがダメなら横から」というわけで、脇芽がニョキニョキ伸びているのが上の写真。そして、その先に花が咲きました。
“最後の本気”を出したキャベツ
さぁ、これがもう1つのキャベツの最終形です。真上から見た様子、ちょっとわかりにくいですが、真ん中にあるキャベツの玉から脇芽が3本ほど伸び、先に花が咲いています。ただし、脇芽の花は、頂芽に比べると数が少なく状態も劣ります。なんとか頂芽を外に出そうとエネルギーを注ぐので、脇芽は残ったエネルギーしか使えないからです。それでも花を咲かせて子孫を残したいと願う、生きものとしてのキャベツの、最後の最後の「本気」なのです。
ちなみに、この脇芽を食べるように改良したのが「芽キャベツ」。植物の性質をよく観察して利用する、人間の知恵と執念もすごいですね。
人間とキャベツのせめぎ合いという意味では、実は、キャベツを丸く育てるのは意外と難しいんです。キャベツをはじめ白菜やレタスのように葉が丸く重なっている野菜を「結球野菜(けっきゅうやさい)」と呼びます。私はこの番組の下調べも兼ねて3年前から畑を借りて野菜作りを始めたのですが、最初の年、キャベツや白菜が全然、結球せず(丸くならず)驚きました。
え、じゃあどうなっちゃうの?って思いますよね。こうなっちゃうんです。
結球しない野菜たち。左 白菜 右 キャベツ、レタス、キャベツ
葉っぱはたくさんできるものの、丸くならずにベローンと広がったままになってしまうんです。なぜこうなるか?考えられる原因は、成長が遅いことです。生きものとしての野菜の自然な生態を観察したくて(「野菜」自体がすでに「自然」ではありませんが)肥料をやらずに育てているため、一般的なキャベツに比べて成長がとても遅かったことが関係していたと思います。
番組でもお伝えした通り、そもそも結球が起きる仕組みは、茎が伸びないまま次々と大きな葉が出るため、先に出た葉に後から出た葉がつかえて行き場を失い丸まっていくわけですが、成長が遅いと葉がつかえることなく、うまく広がったまま成長できるようなのです。
この姿を見ていると、野菜は、本当は結球したくないんじゃないかと思えます。実際、キャベツより原種に近く結球しないケール(青汁の原料として知られています)と結球するキャベツをかけ合わせた“子ども”は、結球しないそうです。本来は結球しない性質の方が強いのですが、人間が巧みにコントロールしているのです。
キャベツの花が咲くという話を最初に聞いた時には、丸まった葉が魔法のように開いて花が咲くと思っていましたが、本当は逆で、人間に魔法をかけられて丸まっていたキャベツが、魔法が解けて本来の姿を取り戻し、花を咲かせていたのです。
◎撮影の現場から「夢にまで見たタイムラプス」
タイムラプスとは、時間をあけて写真(静止画)を撮り続け、それをつなぎ合わせて動画にすることで、時間を早回しした映像を作る手法です。タイムラプスを使えば、植物が伸びていく様子をダイナミックに表現することができます。
さて、タイトルの「夢にまで見た・・・」という話。憧れのタイムラプスについに成功しました!といった展開を予想されるかもしれませんが、違います。夢は夢でも悪夢です。今回、キャベツの開花、夜な夜な正体を現すミョウガ、華麗な花からオクラへの大変身、世界初ラッカセイが地中で実をつける様子と、最長で1回2か月にも渡るタイムラプス撮影を何度も行いました。
立派に見える撮影装置。じつはホームセンターで材料を買ってきて、スタッフ全員で手作りしました。
タイムラプス撮影で最も重要なのは、途中でカメラが止まらないようにすることです。長期間、一定の時間間隔でずっと写真を撮り続けることは、人間にはとてもできません。撮影自体は、カメラや周辺機器の機能で自動的にできるように設定してあります。しかし、相手は精密機械のこと、長期間の撮影では結構、止まってしまうんです。そうなると、それまでせっかく数週間かけて撮ってきたものが水の泡になってしまいます。例えば「タネから芽が出て花が咲く」という一連を撮りたかった場合、途中で止まってしまったら、タネまきからやり直しになるわけです。
止まる理由としては、カメラが熱くなり過ぎた、などさまざまな機械トラブルがあるのですが、1番多いのは「なぜかはわからないけど止まった」というものです。原因がわからないので防ぎようがありません。予防策はなく、止まったらなるべく早く復旧するしかありません。もともと時間間隔をあけて撮影しているものですから、止まっている時間が短かければ、復旧後の映像がそれまでに撮影してきた映像と「まだつながって見える」可能性があります。1分1秒を争って撮影を再開しなければなりません。
1つのキャベツを3台のカメラで。花が咲くのを待ち構えたものの。。。
そこで、スマホでカメラを監視するシステムを作りました。これならどこにいてもカメラがちゃんと動いているかをチェックでき、止まっていたらすぐに駆けつけることができます。朝、起きたらまずチェック、会社に出社してチェック、昼休みに入る前にチェック、夕方にチェック、寝る前にチェック、といった具合です。そして、いざとなったら最優先で駆けつけ、復旧します。書くのは簡単ですが、他の仕事のかたわらで、片道1時間半かけて復旧に行くのは相当重い負担でした。土日に止まるかもしれないので、常に駆けつけられる体制でいなければなりません。原因がわからない場合、とりあえず再起動して様子を見るのですが、再起動して帰ってきたらもう止まっていて、もう1度行って結局カメラを交換したこともあります。夢の中でスマホを見て「何番のカメラが止まっている!」と飛び起きたことも。
それだけ苦労して撮影が完了しても、思うように撮れずにボツになった映像も多々あります。
自然相手の撮影って、そんなものです。
だからこそ、狙った映像が撮れて、みなさんに見ていただけるのは、ものすごく嬉しいことです。
“キャベツの赤ちゃん” 大きさ10㎝くらい。
たった2㎜のタネから1か月かけて、やっとこれくらいに成長します。
◎ディレクターのお気に入り「異例の野菜を主人公にしたワケ」
野菜を生きものとして見つめる番組を作りたい、と思ったのは、今から10年ほど前です。ある日、家の近所に千葉県から直送で野菜を売る八百屋ができました。何気なく前を通ったら、軽トラックの荷台にバットが並べてあり、その薄く張った水の上にものすごくイキのいい小松菜やほうれん草が並んでいました。魚でいったら目が澄んでピチピチしている感じ。買って帰って、冷蔵庫には入れず、トラックの荷台と同じように水を薄く張った洗い桶に寝かせました。
そしたら、なんと!!
3、4日経っても、シャキッとしたまま全然変わりません。
私にとっては衝撃的な出来事でした。収穫した以後はしおれていくものだと思っていたからです。
「野菜は生きている!生きものなんだ!!」
考えてみたら、肉や魚は普通は食べる時には死んでいます。いわば死体を食べています。ところが、野菜は食べられる直前まで生きているのです。
この気づきが、今回の番組のきっかけでした。
私は、元々は、誰も行ったことがないような場所に行って、撮られたことのない貴重な生きものや珍しい動物の番組を作るのが好きでした。これまでに作った「ダーウィンが来た!」は、アマゾンの奥地にすむ「アマゾンカワイルカ」やアフリカ・シエラレオネのジャングルに潜む幻の珍獣「コビトカバ」。撮影を終えて何年が経っても、遠く離れた、もう2度と会うこともないだろうあの生きものは、いま、どうしているだろう、と時々思いを馳せます。一方で、毎日当たり前のように見ているけど「見ていない」、身近な生きものの番組も作ってきました。(NHKスペシャル シリーズ「足元の小宇宙」、NHKスペシャル「超進化論 第2集 愛しき昆虫たち」)わかっていない未知の世界という意味では、秘境の珍獣も身近な生きものも、同じくらい大切だからです。
そんな中で、衝撃の体験以来いつか、最後には人間の中に入って一体化してしまう究極の身近な生きもの・野菜の番組を作りたいと温めてきました。
そして、このテーマを伝えてくださる最高の方、植物観察家・鈴木純さんと出会い、10年越しに実現できたのです。
番組の中で、私のお気に入りは2つ。
1つは純さんのことば。
「本当は野菜も植物なので、花をつけて実をつけてタネを飛ばして
どんどん分布を広げていきたいっていう思いをもってるはずなんですけど、
そういうふうには生きさせてもらえない命たちなので
その本来生きようとしていた姿を見たいなと」
もう1つは、半年がかりで撮影に挑んだキャベツの開花、その大詰めにキャベツが何者かに食べられてしまったとき。設置していたカメラから犯人を特定した時の純さんのリアクション。
「(犯人を)見つけました。ヒヨドリ。ひどいですね、これは。「食べましたけど」みたいな顔して」
わたし 食べましたけど?
タネまきから始めて、2か月かけて育て、いよいよ撮影開始という時に食べられてしまった。撮影的には相当ピンチな場面。でも純さんの命への愛とユーモアにあふれていて、自分でも何度見ても笑ってしまう、心温まるシーンになりました。
今、再び純さんと、今度は野菜の次くらいに身近な生きもの、まちの中の雑草を撮影進行中です。
驚きと、発見と、楽しさにあふれた雑草の世界へご案内します。
楽しみにしていてくださいね〜!
ディレクター 水沼 真澄
☆ブログ担当スタッフから☆
長く自然番組を作り続けてきた水沼ディレクターが「野菜」という最も身近な生きものに心ひかれた話。とてもすてきだなと思いました。「わるい魔法使いに姿を変えられてしまった野菜たちが、一生懸命がんばった末に、魔法がとけてお花が咲く。」なんだか絵本ができそうな気がしてきました。あ、でも、本当はわるい魔法使いじゃなくて、地道に品種改良に取り組んだ方々がかけた魔法ですから、感謝しないといけませんね。おかげでおいしい野菜を毎日食べられているんだから!
それにしても、丸くなっちゃってる野菜たちにも、それなりの理由があるのかも?とも思いました。いくら人間が変えたといっても、元々、彼らにそういう素質があったからこそなんじゃないか、という気がするんですよ。水沼ディレクターはその辺も知っているはず。今度、聞いてみよう~っと。
ブログ担当スタッフ