昭和天皇側近の新史料から戦争の時代を考える

NHKエデュケーショナル 塩田純
2023年12月7日 午後1:46 公開

ETV特集では、2019年から昭和天皇・側近の新史料を発掘し、戦争の時代を検証する番組を作り続けています。

きっかけは初代宮内庁長官・田島道治の「拝謁記」の発見でした。NHKで放送した「天皇・運命の物語」のリサーチで見つかった新史料。占領下、象徴天皇制が誕生した時代の昭和天皇の肉声が5年余りにわたって筆記されていました。

発見された新史料。初代宮内庁長官・田島道治が記した「拝謁記」。

文字を読み取り、内容を解読し、再現ドラマを撮影する…専門家の方々の力が必要でした。日本大学の古川隆久教授、志學館大学の茶谷誠一教授をはじめとする先生方とディレクター、リサーチャーらが何度もやりとりしながら制作。2019年8月にNHKスペシャル「昭和天皇は何を語ったのか〜秘録『拝謁記』~」(放送文化基金賞奨励賞・ギャラクシー奨励賞)9月にETV特集「昭和天皇は何を語ったのか~初公開『拝謁記』に迫る」を放送、スクープとして大きな反響を呼びました。

ETV特集「昭和天皇は何を語ったのか~初公開『拝謁記』に迫る」(2019年9月放送)より。『情勢ガ許セバ退位トカ』と記された1949年12月19日の記述。

その後も、2021年に侍従長の「百武三郎日記」、2023年には宮内省御用掛・松田道一の「昭和天皇 御進講メモ」と新たな史料を発掘、取材を続けています。

12月9日放送のETV特集「昭和天皇 御進講メモ ~世界戦争の中の外交戦~」は、今年8月7日に放送したNHKスペシャルの89分拡大版です。日中戦争・ノモンハン事件をめぐる昭和天皇の御下問(質問)や無条件降伏をめぐる松田の葛藤など新たな知見を紹介しています。

ETV特集「昭和天皇 御進講メモ~世界戦争の中の外交戦~」(2023年12月9日午後11時放送)番組を紹介したページ

「昭和天皇拝謁記」番組から出版まで

「昭和天皇拝謁記」の放送時から、NHKでは史料を広く一般に公開していくことを目指してきました。NHKスペシャルでは、独立式典での「おことば」に絞って放送しましたが、WEBニュースでは、戦後史の史料として重要な部分を解説と共に掲載してきました。

昭和天皇「拝謁記」戦争への悔恨 NHK NEWS WEB 記事のページ

さらに日本大学の古川隆久教授を中心に研究者が出版化を進めてきました。「拝謁記」の全文はもとより、田島道治が個人的につけていた同時期の「日記」や関連史料も収載した全7巻が、『昭和天皇拝謁記 初代宮内庁長官田島道治の記録』として岩波書店より刊行されました。

出版された『昭和天皇拝謁記 初代宮内庁長官田島道治の記録』(全七巻)

優れた出版活動を顕彰する第77回毎日出版文化賞の企画部門賞を受賞しています。

番組が発掘した新史料を出版化し、近現代史の研究に役立てていただきたい。ETV特集では、侍従長・百武三郎日記についても同様に取り組んでいきます。

再現ドラマに結集したひとびと

「拝謁記」、そして「昭和天皇 御進講メモ」、いずれも再現ドラマでの片岡孝太郎さんの演技が注目を集めています。片岡さんは、映画「終戦のエンペラー」(2013年)で昭和天皇役をつとめ、天皇のお人柄も知悉されています。

昭和天皇を演じる俳優の片岡孝太郎さん

再現する言葉は、すべて記録から忠実に引用しています。一字一句間違えられず緊張を強いられますが、片岡さんはじめ、宮内庁長官役の橋爪功さん、宮内省御用掛役の長塚京三さん、完璧な演技で応えてくださいました。

宮内省御用掛・松田道一を演じる俳優の長塚京三さん

拝謁記には基本的に日付と場所が明記されています。主に皇居(明治宮殿)の表御座所と御文庫が舞台ですが、岡田亨ディレクターと美術スタッフが写真資料等にあたり出来得る限り実態に近づけています。また、天皇の所作については、昭和天皇の御服(ごふく)を担当する内舎人(うどねり)として仕えた牧野名助さんにスタジオ収録にお越しいただき、指導していただきました。

牧野さんが亡くなられた後、御進講メモの再現では、昭和天皇記念館の副館長・梶田明宏さんに監修をお願いしました。番組では、しっかりとした考証を目指しています。

「百武三郎日記」の公開と「開戦への道」

「拝謁記」で昭和天皇は、1928年の張作霖爆殺事件にさかのぼり、軍の下克上を止められなかった反省を繰り返し述べていました。では、実際に戦前、戦中に天皇の側近は、その過程をどのように見つめていたのでしょうかー。海軍大将で侍従長を務めた百武三郎の日記が公開されることになり、2021年夏から準備を進めました。そして太平洋戦争開戦80年に合わせて同年12月に放送したのが、2回シリーズ「昭和天皇が語る 開戦への道」です。

ETV特集「昭和天皇が語る 開戦への道」(2021年12月放送)より 「百武日記」の記述

「拝謁記」に記された昭和天皇自らの反省と「百武三郎日記」など側近が記した天皇の言動を照らし合わせることで、開戦に至る天皇と宮中の動きが明らかになってきました。さらに太平洋戦争中の天皇についても、2022年8月「侍従長が見た 昭和天皇と戦争」 として放送。番組では、一橋大学名誉教授の吉田裕さん、京都大学名誉教授の伊藤之雄さん、東京大学教授の加藤陽子さん、明治大学教授の山田朗さんら専門家が史料を読み解いて下さいました。

一つの史料の発見・公開は新たな史料の発見につながりました。

「百武三郎日記」を読んでいると、天皇に毎週木曜日に御進講を続けていた人物が浮かび上がってきました。宮内省御用掛・松田道一です。「昭和天皇実録」にも数行しか記載がない松田ですが、実は、12年間、500回にわたって天皇に国際情勢を御進講していたのです。小林亮夫ディレクターが1年かけてご遺族と交渉、「昭和天皇 御進講メモ」が見つかりました。

発見された、宮内省御用掛・松田道一の「御進講メモ」

「昭和天皇 御進講メモ」発見からAI言語処理へ

それは、埃まみれの屋根裏部屋、旅行鞄の中に厳重に封印されていました。

2022年10月、松田道一の孫・史郎さんの許可を得て、取材班は史料調査を行いました。豪農の家を移築した木造家屋の屋根裏部屋。厳重にカギがかかった2つのカバンに御進講メモは残されていたのです。メモ用紙に崩し字で書かれており、判読は容易ではありません。早速、リサーチャーの吉見直人さんがスキャンし、古川、茶谷、両先生の指導の下、10人の研究者・大学院生たちが6か月にわたって解読に取り組みました。

さらに翻刻した情報のうち、第2次世界大戦勃発後の100万文字をNHKの放送技術研究所で言語処理を行いました。すると、ドイツ、ソ連、アメリカ等、大国の動向はもとより、南米諸国やバチカンなど中立国の情報にも目を向けていたことが明らかになりました。外交戦により、日本への支持をいかに世界の国々から取り付けていくか、天皇と松田は留意していました。

発見された「御進講メモ」をAIで言語処理を行った。

なかでも1942年に国交を樹立したバチカンは、和平工作への布石として天皇は重要視していました。日本大学教授の松本佐保さんの協力を得て、梅原勇樹プロデューサーが現地ロケを行い、昭和天皇の教皇宛書簡など貴重な資料を撮影しています。

さらに天皇の御下問(質問)367件については、すべてを解析。新聞に丹念に目を通し、スペイン内戦など共産勢力の拡大に注意を払っていた天皇の姿が浮かび上がってきました。

もちろん、史料の翻刻を全部読んでいけば、こうした傾向は読み取れるのですが、AIによって膨大な文字情報を短時間で処理、分析し、テキストデータを可視化して提示できる強みがあります。「ワードクラウド」によって、頻出するキーワードが一目でわかります。

ただ、言語処理の前には難しい崩し字を翻刻する気の遠くなるような作業が必要です。取り組んでいただいた方々のお名前をここに記して改めて感謝したいと思います。

翻刻を担当してくださった皆さん(敬称略)

鹿島晶子 塚田安芸子 曺 明玉 太田聡一郎 山本真己 鈴木貴裕 

大窪有太 前川友太 毛利拓臣 津久井美花子

終戦80年に向けて

2025年8月、終戦から80年を迎えます。1945年8月15日、降伏に向かう昭和天皇と側近の姿を新たな史料で追いたいと考えています。御進講メモや松田道一の日記には、米英との和平工作に期待する動きが記されていました。しかし、時の鈴木貫太郎内閣はソ連との和平工作にこだわっていました。なぜかー。ポツダム宣言受諾に至る舞台裏でどのような外交交渉があったのか。未だすべてが解明されているとは言えません。

戦後日本の原点となった終戦の実像に迫るべく史料発掘を続けていきたいと考えています。

(執筆 NHKエデュケーショナル 塩田純)