ウクライナ侵攻が変える世界(1)ノーベル賞作家・アレクシエービッチに聞く

NHK
2022年4月26日 午後2:51 公開

世界を大きく変えたロシアによるウクライナへの軍事侵攻。いま、私たちは何を目撃しているのでしょうか。一体なぜこのような事態が引き起こされたのでしょうか。その手がかりを求めて、話を聞いたのはウクライナで生まれたノーベル賞作家のスベトラーナ・アレクシエービッチさんです。長年にわたって、旧ソビエト連邦の国々で市民の声を記録してきたアレクシエービッチさんは、今回の事態をどう受け止めているのでしょうか。過去の失敗を紐解き、未来を見通す手がかりを探ります。

(聞き手:道傳愛子キャスター/3月21日収録)

 

21世紀の最も恐ろしい犯罪

 

ロシアとウクライナを内側から見続けてきた、ジャーナリストで作家のスベトラーナ・アレクシエービッチさん。旧ソビエト連邦で起きた戦争、原発事故、そして連邦崩壊と、苦難に見舞われた名も無き人々の声を丹念に掘り起こし、記録してきました。その作品は「苦難と勇気の記念碑」と評価され、ノーベル文学賞を受賞しています。

 

スベトラーナ・アレクシエービッチさん

 

アレクシエービッチさんは、1948年、ソビエト連邦を構成する国のひとつだったウクライナで生まれました。3歳のとき父親の故郷ベラルーシに移り住み、現在はドイツに暮らしています。

ベラルーシで暮らしていた頃のアレクシエービッチさん

Photo from the archive of S. Alexievich

 

――アレクシエービッチさんは、ロシア、ウクライナ、そしてベラルーシという3つの地域にルーツがあります。そこに暮らす人たちの気持ちを深く理解していると思いますが、今回の事態についてどのように考えていますか?

 

アレクシエービッチ:私たちはウクライナの出来事とともに生きています。朝起きるとまずパソコンを開き、ウクライナの情勢を確認します。情報を見続けているため、深夜まで眠れません。目を離すことができないのです。私たち全員の心に残った映像があります。ロシアの巨大な戦車が何十台と連なってウクライナの村に入ってきたとき、住民は何も持っていませんでした。若い男性はいません。全員が前線で戦っていますから。お年寄り、女性、子どもたちが全員走り寄ってきて、戦車の前に膝をつくのです。先に通すまいとして…。

これ以上(話すのは)無理です。話していると私の心の中に涙があふれてきます。あまりにも恐ろしい映像です。年老いた女性たちの中に、ウクライナにいた私の祖母を見てしまうのです。祖母はいつも民族衣装のブラウスを着て、白いスカーフを巻いていました。あの戦車の映像と祖母を重ねてしまい、彼女の世界が大きく揺らいだのではないかと想像するのです。21世紀、何が私たちをこれから待ち受けているか分かりませんが、ウクライナの戦争は21世紀の最も恐ろしい犯罪として歴史に残るでしょう。

 

――アレクシエービッチさんにとって、祖母はどのような存在でしたか?

 

アレクシエービッチ:父はベラルーシ人です。私は3歳の時にウクライナから(ベラルーシに)移り住みましたが、毎年夏休みには、ウクライナの祖母のところに行きました。祖母は私がいちばん愛した人でした。私は祖母が教えてくれたことをすべて覚えています。祖母の教えは、私の考え方を根底から変えるものでした。

祖母の家に行った時のことです。野原のそばを通ろうとするたびに祖母はいつも「この野原を通るのはやめましょう。回ってあっちを通りましょう」と言いました。私が小さい頃は、理由を話したくなかったのでしょう。少し大きくなって10歳くらいの時、祖母はこう言いました。「ここでたくさんの人が亡くなっていたの。ドイツ兵とソ連兵が同じ場所で死んでいたのよ。そして長い間葬ることができなかったの。銃撃戦が続いていたから」と。私はまだ子どもだったので、その光景が目に焼き付いて離れず、畑に小麦が実っているのを見ることすらできませんでした。

 

戦争を始めるのはいつも政治家

 

アレクシエービッチさんが祖母から聞いた話は、第二次世界大戦中の1941年から45年にかけて起きた独ソ戦のことでした。この戦争でソ連側は数千万人の死者を出しました。

独ソ戦

 

アレクシエービッチ:祖母から初めて話を聞いたとき私は驚きました。「どちらもかわいそうだった」と言ったからです。私は聞きました。「おばあちゃん、ドイツ兵がかわいそうだっていうの?」と。学校ではドイツ兵を憎むように教えられていたからです。 でも祖母は「あなたは知らないだろうけど、ドイツ兵にもいろいろな人がいたのよ。子どもたちにパンを配った人もいた」と言いました。

戦争を始めるのは普通の人々ではなく、いつも政治家たちです。祖母は戦争で夫や親戚を失ったにもかかわらず、人を哀れみ、戦争の狂気を理解する心を持っていました。それは祖母が私に教えてくれたことのひとつです。

Photo from the archive of S. Alexievich

 

ファシズムがロシアで起きている

 

アレクシエービッチさんは、デビュー作『戦争は女の顔をしていない』で、第二次世界大戦にソビエトから従軍した女性たちの証言を初めて世に知らしめました。

『戦争は女の顔をしていない』アレクシエービッチ 著

 

その後、『アフガン帰還兵の証言』を発表。戦争を始めた側の若いソ連兵もまた、深く傷ついていたことを、彼らの証言から描き出しました。

「弾丸が人間に突き刺さる。…誰も容赦しない。子どもを撃つこともできる。」

「帰ってから二年間は自分を葬る夢を見続けた。自殺するにも銃がないという恐怖に包まれて目覚める。」

(『アフガン帰還兵の証言』三浦みどり訳 より)

 

――メディアではほとんど伝えられていませんが、ロシア兵やその家族にとってこの戦争はどのような意味があると感じていますか?

 

アレクシエービッチ:とても難しい質問です。私はYouTubeにアップされた録音はすべて必ず聞くようにしています。捕虜になったロシア兵が自宅に電話した際の音声をウクライナの諜報機関が盗聴したものがあります。

兵士が家に電話をして言います。

「ママ、僕だよ」

「今どこからかけているの?」母親は演習に行くと聞かされていたのです。

「ママ、僕たちはここに人を殺しに来たんだ」

「どういうこと?どうしてそんなことに?」

「とにかく人を殺したんだ。略奪もしたよ」

ほかにこんなやりとりもありました。

「僕たちはハリコフ(ハルキウ)を爆撃している。ハリコフはがれきの山になってしまった」

それに対して母親はなんと答えたか。

「あなたのおばさんがハリコフに住んでいるわ。私は(プーチン)大統領が好きだし、信頼している。あなたが何か嘘を言っているんじゃないの?」

分かりますか?人々はまともな情報を入手できていないのです。ロシア社会は深いこん睡状態に陥っているという気がします。

 

――プーチン大統領や、支持する人たちが感じていると言われる、“屈辱”の根源には何があるのでしょうか?

 

アレクシエービッチ:プーチンは大ロシア主義に取りつかれた人間です。それは大セルビア主義や大ドイツ主義と同様な考えで、流血しかもたらしません。私たちが目にしているように、流血とファシズム以外は生まないのです。そして今ロシアで起きていることは、ファシズムであると言ってもいいでしょう。他民族を蔑視し、自民族の優位性を誇ることは、ファシズムの最初の兆候なのです。

プーチンの場合、1930年代のドイツで起きた、いわゆるワイマール・コンプレックスが根本にあると思います。第一次世界大戦で敗北したドイツは虐げられ、侮辱され、巨額の賠償金を支払わされて国民の生活は困窮し、復讐を熱望するようになりました。似たようなことが今のロシアにも起こっています。これはとても危険なことです。

 

――ソビエト時代の闇を取材してきた立場から、崩壊後の30年をどのように見ていますか?

 

アレクシエービッチ:私は当時モスクワにいましたが、みんな「自由だ!自由だ!」と叫んでいました。自由はすぐそばにあって、文字どおり明日になればやってくるものだと思っていました。しかし、収容所のような閉鎖された体制で生活してきた人間が、収容所を出て「自由」というものを建設することなどできません。自由がどんなものか知らないのですから。その人はこれまで建設してきたもの、つまり次の収容所を作りはじめるのです。それが今ロシアで起きていることです。

私たちは、共産主義者は死に絶え、元に戻ることはないと思っていましたが、間違いでした。いま、私たちの目の前で最悪の形で生まれ変わりつつあります。むしろかつてあったものよりひどい。

 

執筆するアレクシエービッチさん

 

ソビエト崩壊からの30年

 

1991年に崩壊したソビエト連邦。共産党による一党支配が終わり、資本主義経済に移行しました。しかし、深刻な経済危機に見舞われ、貧富の格差が拡大し、社会に混乱が広がりました。2000年、ロシアの大統領にプーチン氏が就任し、ロシアの再生を訴えます。

大統領就任当時のプーチン大統領

 

アレクシエービッチ:権力を握った当初、プーチンは民主主義者を演じました。でも、たちまちその仮面を投げ捨てると、社会の最もダークな連中を頼りにしたのです。現在、権力の周辺にいる哲学者や宗教者など、民主主義的な考え方を拒否したエリートたちです。彼らはみなカネを崇拝し、偉大なロシアの再来を欲しています。プーチンは私たち民主派の失敗につけこみました。私たちは90年代にあまり国民と話し合いませんでした。共産主義は崩壊し、これまでと全く違う新しい生活が始まるのだということについて、彼らにすべて説明しなければいけなかったのです。

プーチンは政権の座にあった20年間、巨額の費用をプロパガンダと軍備に費やしました。そして私たちがいま目にしているように、国民を征服して判断力を失わせることに成功したのです。今ロシア国民は、完全に人間らしさを失ったような状態です。しかし今後、経済制裁でロシアの生活が悪化すれば、「テレビと冷蔵庫の戦い」が始まります。テレビが従来どおりロシア国民に影響力を持つのは、冷蔵庫がいっぱいの時だけなのです。冷蔵庫が空になれば人々は考え、起きていることに対して何らかの反応をするようになると思います。

 

民主化運動に参加していた当時のアレクシエービッチさん 

 

アレクシエービッチさんが3歳から暮らしてきたベラルーシは、ソビエト連邦崩壊とともに独立したものの、民主化はなかなか進みませんでした。1994年に大統領に選ばれたルカシェンコ氏が、30年近く事実上の独裁政権を維持しています。

2年前には大統領選挙を機に辞任を求める市民の抗議デモが拡大しました。しかし、こうした動きに治安当局が厳しい弾圧を加え、民主化運動に参加したアレクシエービッチさんも当局の取り調べを受けます。そして、病気治療を理由にドイツに逃れざるを得なくなったのです。

 

――アレクシエービッチさんは以前、「個人個人の勇気が試されている。自分に対して、そして他人に対しても本当のことを言う勇気が必要なのです」と語っています。それは現在、どの国にいても試されることではないでしょうか?

 

アレクシエービッチ:そうです。真実は犠牲を必要とします。これは受け入れなければなりません。私自身のことをお話ししましょう。故郷(ベラルーシ)に戻ることができたらどんなにいいでしょう。親しい人たちに囲まれて…。私は故郷から遠く離れていたくはありません。でも、ここにいてはじめて本が書けるのです。故郷では本を書かせてもらえないし、私自身も書くことはできないでしょう。刑務所などに入れられることは分かっています。私の健康状態、気力や体力のこともあります。自分ができることを冷静にとらえるべきなのです。自由の兆し、政権が崩壊する兆しが現れたら、街頭に繰り出し、自分の言葉で公に発言できる。その時まで生き抜く必要があります。

 

いま、私たちにできること

 

――戦いの中にはたくさんの痛みや傷があると思います。この戦争はウクライナやロシアの市民に何を残すことになるのでしょうか?そして、たくさんの痛みや傷を乗り越えて、その先に和解を見出すことはできるのでしょうか?

 

アレクシエービッチ:これは恐ろしく、最も難しいことです。私はこの戦争と、2年前の私たちの革命についての本を書いていますが、これこそがいちばん重要な問いです。いま起きていることは、いつかは終わるはずです。ウクライナの未来の世代、今の若者の子どもたちが成長した時、ロシアの人々とどうやって話をするのか。

いま、ウクライナ中で歌われている歌があります。「僕らは二度と兄弟にはならない」という歌です。でも救ってくれるのは愛だけです。憎しみでは救われません。罪を犯した者は、法に基づいて裁かねばなりません。そして新しい人生を生きていきたいと思う人たち、悔い改めて許しを乞う人たちとは、どうやって一緒に生きていくのかを学ばなければなりません。でもそれは、まだ遠い先のことです。その日のために、私たちはまず勝たなくてはならない。なぜならウクライナの勝利は、将来のベラルーシ、そしてロシアにおける勝利でもあるからです。ウクライナが勝ってはじめて、民主主義が旧ソ連各地でチャンスを得るのです。

もしもプーチンが勝ったら、ウクライナという国が存在しなくなるよう、あらゆる試みをするでしょう。そうなったら、私たち全員にとっての大惨事です。旧ソ連地域にとっての大惨事であるのみならず、ヨーロッパの平和にとっての大惨事になるのです。いま経験していることは本当につらいものです。この経験は血まみれです。でもここから私たちは多くを学びとるでしょう。私たちは今までとは別の人間になるのです。

 

 

これは長い闘いなのです。人間社会は3つのゾーンに分かれています。ひとつはアクティブなゾーン、つまり行動する人たちです。一方で、彼らに反対する人たちもいます。そして、いわゆる「グレーゾーン」があります。どっちつかずの人たちで、このゾーンがいちばん大きい。こういう時には物陰に隠れてやり過ごそう、自分の生活の質さえ変わらなければいいという人たちです。私たちは、これらの人たちと対話する術を学びとらなければなりません。ジャーナリズムは真実を語り、このグレーゾーンに働きかけなければなりません。グレーゾーンが広がるなら、私たちが目指す未来は訪れません。

 

――本日はお時間をいただき、ありがとうございました。

 

アレクシエービッチ:真実を知ろうとする気持ちに感謝します。

 

 

道傳愛子

「ニュース9」「海外ネットワーク」など番組キャスター、バンコク特派員、

解説委員を経て現在、NHK国際放送局シニア・ディレクター。

コロンビア大学大学院に留学、国際政治学修士。

※この記事はETV特集 2022年4月2日(土)放送「ウクライナ侵攻が変える世界 私たちは何を目撃しているのか 海外の知性に聞く」を基に作成しました。情報は放送時点でのものです。