シーフードをめぐる”闇”を取材 “海の奴隷”とも言われる不当な労働の実態は…

NHK
2022年9月26日 午後7:28 公開

サーモン、イカ、マグロ…私たちの食卓に並ぶシーフード。

それが実は、非人道的な扱いを受け、“奴隷のように”働かされる人たちによってとられた可能性があると知ったら…

いま、人権を無視した不当な労働が船上でおきてきます。

「熱湯をかけられた」、「頭にヒビが入っても休むことができなかった」、そして「船での操業中に腕を失った…」

海上で行われることから、これまであまり知られて来なかった過酷な労働。人権団体が”海の奴隷労働” とも呼ぶ問題が、乗組員の告発や証言から、相次いで発覚し、いま世界で問題視されています。今月、ILO=国際労働機関も「深刻な問題だ」と指摘しました。

多くの水産物を輸入する日本にとっても他人事ではありません。非人道的な扱いを受けても、声も上げられず、ただただ漁をすることを求められる。今回、NHKがタイで取材した元・乗組員たちは、悲痛な境遇を語りました。

(クローズアップ現代取材班)

☛クローズアップ現代「食卓の向こうに“闇”がある 追跡!シーフード産業の実態」(※10月3日まで見逃し配信)

ILOも問題視する、海の”奴隷労働”ともいわれる状況。

9月、私たちがまず訪れたのは、タイのNGO団体「労働権利推進ネットワーク(LPN)」です。漁船で不当な扱いを受ける乗組員を救済する活動を行っています。

代表のパティマ・タンプチャヤクルさん。

取材したこの日も、被害者や、その家族から相次いで届くSOSへの対応に追われていました。

約10年前、漁船から逃げてきた乗組員に助けを求められたのがきっかけで、支援活動を開始。賃金の不払いや身体的な虐待など船の上で起きている深刻な実態を次々と明らかにしていきました。

船上で長時間拘束され、過酷な労働を強いられるのにも関わらず、賃金は不当なほどに安い、または、ほぼ無給で働かされる乗組員。時に暴力や虐待を受け、健康や生命を脅かされています。そして彼らは、人権団体などから、“海の奴隷”とも呼ばれるようになったのです。

(パティマさん)

3日間一睡もせずに働かされる人もいます。釣った魚が海に落ちると、泳げないのに飛び降りて拾わなければならなかったりしたそうです。そして、薬物に手を出したり、アルコール依存症に陥ったりする人もいます。

 

乗組員の多くは、タイの貧しい地域や近隣の国から集められていると言います。

乗組員の中には、「いい仕事がある」と声をかけられ、ブローカーにだまされて船に乗ってしまう人もいます。その後、数ヶ月、酷いと何年も下船することなく働かされることになるのです。

パティマさんは、近隣の国で監禁されていた乗組員を国に連れ戻したこともあります。

(パティマさん)

(救出した)乗組員たちは『どうして自分たちの命は、市場で売られている魚より安いのか』とよく嘆いています。私たちはこの事をもっと伝えていかなくてはなりません。

 その背景にはなにがあるのかー

雇い主が賃金を払わなければ経費を節約できると考えるようになり、賃金ではなく仲介料だけを払うという強制労働が行われるようになったとパティマさんは考えています。

 (パティマさん)

もし逃げ出したり、働きに出なかったりすると、港の前にろう獄があり、働くまで拘束して、また船に乗れるようにするのだそうです。そんな状況に耐えられず、海に飛び込み、島々に逃げ込む人もいる。この船に乗ってしまうと、他の船には乗れないというルールになっている。だから、逃げた人はリサイクル奴隷になっていくのです。

船の乗組員が訴えるのは、「交渉ができない」、「家に帰れない」ということ。

パティマさんは、乗組員に代わり、労働環境の改善や人権の保護を、船主側に要求し続けています。

NGOが、これまでに救い出した乗組員は約5千人に上ります。私たちは今回、元乗組員の人たちに船の上での過酷な労働環境について、話を聞くことができました。

ことし6月にマレーシアで救出され、NGOのシェルターで生活するウィチェンさん(52歳)です。

(元乗組員・ウィチェンさん)

(ウィチェンさん)

いまは何も考えたくありません。_海では常に気が張りつめていました。_

幼少期に孤児となり、身寄りがなかったウィチェンさん。15年前、生活が困窮する中、「船の仕事は給料がいい」とブローカーに勧誘され、マグロや鯛などの漁に従事することになりました。

(ウィチェンさん)

(波の)高さは3~4メートルありました。1日中寝ずに働いた日もあります。疲れていても働かされるので覚醒剤に手を出してしまいました。船長に金属片を投げられてできた頭の傷が残っています。大けがをしても休ませてもらえませんでした。

けがをしても補償は受けられず、傷が癒えるまでやり過ごしていたというウィチェンさん。ほかにも、木の丸太にぶつけられたり、船長にお湯をかけられるなど、暴力を受けることはあったといいます。

最終的には、タイから1700キロ離れたマレーシアの島に置き去りにされたといいます。

パスポートは船長に預けていたため帰国できず、救出されるまで、ホームレス生活をしいられました。

(ウィチェンさん)

帰ってこれない寂しさで涙が出ました。マレーシアで死ぬかもしれないと落ち込みました。(雇用主に)捨てられたんですよ。かなりつらいことです。

元乗組員だった人の中には、船の上で体の一部を失うけがを負った人もいます。

6年前に団体に救出されたソーンラックさん(42歳)です。

貧しい家庭に生まれたソーンラックさんは、親を助けたい一心で12歳の時に船に乗るようになりました。

(右 元乗組員 ソーンラックさん)

38歳のころ、操業中に網を巻き上げるモータに挟まれ、右腕を失いました。

しかし、船を降りてからいままで、右腕を失った時の保険金や通常の賃金ですら、いまだ十分に支払われていないといいます。

この日の所持金は、日本円で約350円ほど。いまは仕事が見つからず、物乞いをして暮らす日々です。

(ソーンラックさん)

(右腕も失い)私は、何もできません。工場では誰も私を雇ってはくれません。

(この日の所持金は日本円で約350円)

海の上で不当な労働を強いられる乗組員たち。

いま世界で、一体どれ程の人がこうした状況にあるのか、はっきりとは分かっていません。しかし今月、ILO=国際労働機関は、世界で約5千万人が、「現代の奴隷制」に苦しむ状態にあると推計を公表。

またNPOの中には、漁船14~26%の漁船において強制労働の可能性があると指摘する団体もあります。

これらの問題の発覚と共に欧米のNGOなどからの指摘が、相次いだタイ。

IUU漁業を規制するルールを適用し、水産物の輸入の全面的な停止も辞さないと改善を求める警告を出したのです。(2019年 警告解除)

その後タイでは、不当な労働による漁業の強い取り締まりを続けています。

タイでは改善に向かっていると見られているこの問題。しかしパティマさんは、場所を変え、他の国に拡大していると考えています。

(パティマさん)

ほかの国は、同じ法律があっても、それが施行されていなかったり、この問題をあまり経験していないため、奴隷や乗組員にあまり焦点が当てられていないかもしれません。(不当な労働は)ミャンマー、ラオス、カンボジア、タイの人々に広がっています。基本的に貧困層の人たちが多いです。こうしたリスクが、船の乗組員に起こる可能性のあることは、世界中で同じかもしれません。

私たちがいま一番伝えたいことはーと問いかけると、パティマさんはこう答えました。

(パティマさん)

(この問題は)誰もが関係していることです。奴隷が捕った魚を食べたいとも、他人から搾取したいとも思っている人はいないでしょう。ただ皆さん知らないだけなのです。私たちがシーフードを口にする間に、誰かの人生や、その家族を壊してしまうかもしれないという現実を、シーフードを食べている世界中の人たちに知ってもらいたいです。

☛クローズアップ現代「食卓の向こうに“闇”がある 追跡!シーフード産業の実態」(※10月3日まで見逃し配信)