なぜ、“戦わない戦争ゲーム”が700万本 売れる?

NHK
2023年2月15日 午後4:04 公開

ニュースよりゲームの方が深い!?

ゲーム取材に協力してくれた学生アルバイトのある一言が耳から離れない。

学生 「ニュース報道よりゲームの方が戦争の実態がリアルに伝わるんです」

(『Ukraine War Stories』)

体験していたゲームは、ウクライナ市民の日常を描いた戦争ゲーム。

去年2月24日から始まる戦禍の日々が刻々と描かれ、プレイヤーはその現実を追体験できるという。学生は、このゲーム体験をきっかけに戦争への見方さえ変わったというのです。

学生「やったあとは、思いのはせ方が全然 違う。親戚を見ているような気持ちになる」

これまで「娯楽」と思われたゲーム。しかし、今や、戦争や貧困問題、性的マイノリティーの方の気持ちを体験できるゲームなど多種多彩なコンテンツが配信され、学校教育の場でも活用される事例も広がっています。

プレイヤー人口が30億人を超え、“ゲーム戦国時代”とも呼べるほどの活況を呈する中、心に刺さるゲームはどのように作られているのか。新たな価値を生み出すクリエイターたちは、世界に何を届けているのか?知られざる舞台裏を取材しました。

(クローズアップ現代 ゲーム取材班)

売上700万本 “異色の戦争ゲーム”はこうして生まれたー

(ロンドン/帝国戦争博物館 展示会『War Games』)

  今、異色の戦争のゲームとして世界から注目を集めるのが「This War of Mine」。

総売り上げは700万本を超え、ロンドンの帝国戦争博物館やニューヨークの近代美術館も展示。さらに、学校の教材としても活用が広がっています。

イギリス帝国戦争博物館 戦争史家・展示責任者 イアン・キクチ氏

「このゲームは、戦禍の市民がいかなる困難に直面するのか、非常に荒涼とした、厳しい視点で描いています。大規模な戦争ではほとんどの人が民間人であることを思い出させてくれます。映画やテレビ、ジャーナリズムの本と並んで、戦争を理解する強力な手段になるのです」

ゲームの特徴は兵士ではなく、無力な一般市民を操作すること。向き合うのは、飢えや病、そして絶望。

生活品や食料を探し、時には他人の物資を盗まざるを得ない状況に陥り、襲ってくる市民や兵士を相手に対処する必要にも迫られます。

操作する3人の市民が全員死亡することもあれば、1人だけ生き残る場合も・・・

どう行動し、何を選択するかは、プレイヤーの判断に委ねられ、“自問自答”を重ねながら物語を進めていきます。

戦争の“リアリティ”を伝える

制作したのはポーランドのゲーム会社。開発当時はたったの12人でした。

制作を指揮したプシェミスワフ・マルシャウCEOは、“自分たちだからこそ作れるゲーム”を模索したといいます。  そこで出した答えは、「市民を主人公にした異色の戦争ゲームを作る」ということでした。

ドイツとロシアという二つの大国に挟まれた国、ポーランド。これまで幾度も戦争に巻き込まれ、第二次世界大戦では国民の6人に1人が犠牲になったといいます。

11bit studiosプシェミスワフ・マルシャウCEO

「この100年ポーランドは幾多の戦争を経験しました。だからこそ、戦争というテーマに無関心でいたくない。“戦争は悪だ”と示したかったのです」

ゲームを作る上で、最もこだわったのは、戦争の“リアリティ”を忠実に伝えることだったといいます。

舞台は「Pogoren」という架空の都市となっていますが、その題材としたのは実際に旧ユーゴ紛争下で起きた「サラエボ包囲戦」です。

映し出される景色や建物は、取材に基づき、厳密にあわせて制作。

登場する人物は、マルシャウ氏の同僚や友人をそのまま描いたといいます。

11bit studios プシェミスワフ・マルシャウCEO

あらゆる側面から普通の現実社会を表していて、戦争は誰にでも関係し得るということを表すこと。 戦争は、いつなんどき起こるか分からないから、人物の外見や顔にリアリティがあることで、戦争は自分にも起きるかも知れないと実感することができるのです

”リアリティ”を追求し続けたこのゲーム。

その象徴ともいえるシーンがエンディングです。

プレイヤーがこれまでに行った行為、全てが表示されます。

狙いは、戦争をどう受け止めるか “自分自身”で答えを見つけてもらうためです。

11bit studiosプシェミスワフ・マルシャウCEO

「戦争というものをどう結論づけるか。制作者として、プレイヤーを評価すべきなのか、すべきでないのか、議論を重ねました。その結果、善悪だとか、良いとか悪いとかといったことをコメントすることはしないという結論に至りました。

ある人は、初めて人を殺したかも知れません。ただ『あなたがしたことは、これとこれ』ということだけ、事実をそのまま伝えることにしたのです。

私たちのゲームは人間や社会について扱っています。ゲームが上手くなってもらうことよりも、より良い人間になってもらうこと、それが私たちにとって大切なことなのです。社会について話をしたり、他者に良い影響を与えていく、そういったことを大事だと考えているのです」

シリアスゲーム なぜブーム?

(『Papers, Please』)

社会課題を描く「シリアスゲーム」が、なぜ異例のヒットを生み出しているのか。

ゲームジャーナリストの徳岡正肇さんに聞くと、2013年に発売された『Papers, Please』(ペーパーズ プリーズ)」というゲームの誕生が新たな潮流を生み出すきっかけになったのではと分析しています。

『Papers, Please』は、プレイヤーが入国審査官となって、仕事を探す移民や観光客に潜む密輸業者、スパイ、テロリストを数々の書類をチェックし、入国をさせるかどうかを見極めるのが仕事。

書類のミスを見抜く「間違い探し」のようなシンプルなゲームですが、入国のルールは刻々と変わるため、変化に応じて迅速に処理することが求められます。数をこなさいと、給料が減り生活が困窮するため、時に、賄賂を渡されると手が伸びることも。

入国審査というゲーム体験から、個人のモラル・世界の情勢まで垣間見えるのです。

ゲームジャーナリストの徳岡正肇さん

「『Papers, Please』の革新性は個人にフォーカスをあてて、個人から見える社会を描いている。“私小説がゲームになれる”きっかけを示した。現代社会とゲームを結びつけたのではないか」

私小説ゲームの火付け役となった『Papers, Please』はイギリスのアカデミー賞(ゲーム部門)を受賞するなど世界のクリエイターにも大きな影響を与えました。

制作したのは日本在住のアメリカ人クリエイター、ポープ・ルーカスさん。

ルーカスさんは、以前は大手のゲーム会社で開発を行っていましたが、今はデザイン、シナリオ、イラストから音楽まですべて一人で作り上げ、完成すればオンラインのゲームプラットフォームに配信しています。

全て個人制作が可能になったことで、“独創的なゲーム”が作れるようになったといいます。

アメリカ人クリエイター ポープ・ルーカスさん

「人と共同作業だと、時間と労力をかけて作ったものを、すべてを生かす方法を探します。仲間が作った作品を見て“これはダメだから捨てよう”というのは大変むずかしいのです。一方、個人なら、いいゲームを作るためなら、積み上げてきたものを捨ててもかまわないと考えています。個人でできるから、これまで挑めないような挑戦ができる。クリエイターは皆、そういう新しいことに挑みたいのです」

「性的マイノリティー」当事者が作るゲームも

自身の抱えてきた悩みや葛藤をゲームに託す、そんなクリエイターにも出会いました。

海外出身で日本で活動するケーシーさんは「性的マイノリティー」の気持ちを少しでも

多くの人に知ってもらいたいと「A YEAR OF SPRINGS」というゲームを制作しました。 

ゲームの舞台設定は「友人との旅行」にいくというストーリー。実は、性的マイノリティーの方にとって旅行は、“性別を区別”される出来事に幾度となく遭遇するため、頭を悩ませてきたシチュエーションだといいます。

何も知らないプレイヤーは、当事者たちがどんな場面、どんな言葉に心を痛めるのか・・・ゲームを通して”体験”することができるのです。

一方、ケーシーさんはゲームの中で、マイノリティーの側も、勇気を持って告白し理解してもらうことの大切さも伝えています。実は、現実世界ではできない自分の姿を悔やんで“こうできたらいいな”という願いを込めて制作したといいます。

ゲームの反響は徐々に広がり“気持ちが伝わった”という好意的な声が数多く寄せられるようになった一方、一部からは批判的なコメントを寄せられ、SNS上で攻撃を受けることもあったといいます。

日本を拠点に活動するゲームクリエイター npckc(ケーシーさん)

「ときどき差別的なメッセージや、レビューをいただくんですね。Twitterで攻撃を受けてしばらくTwitterが使えなかったのですが・・・。

当事者からすると、特別な配慮が欲しいとか完全に社会を変えたいとか、自分のために、いろいろしてほしいとか、そういうのじゃなくて、ただ、皆さんみたいに、楽しく友達とスパに行きたい、誕生日を祝ってもらいたい、ごく普通な欲求があるだけで。

実際、世の中って、今そんなに優しくないところもあるので、せめて、ゲームのなかでは何を選んでもいいことになるとか、何を選んでも世界は優しい世界が待っているよと、ゲームのなかでは自分がつくれるわけなので、優しくない世界は、つくりたくなかったです」

戦争で知った“日常の尊さ”

取材を通じてロシア人のゲームクリエイターにも出会いました。“日本の日常をゲームにしたい”と先月(23年1月)、来日したロシア人のディマ・シェンさんです。

幼いころから日本のゲームファンで、立ち上げた会社名も日本名に由来するほど筋金入り(※社名「永井興業 」)

影響を受けた作品は、アクションアドベンチャーゲームの『シェンムー』。

ゲームで描かれている日本文化や、シネティックな背景画の美しさに心が打たれたといいます。

(※現在開発中のゲーム画面)

ディマさんが今、開発に没頭していたのが、日本のコンビニ店員を体験できるゲームです。

こだわって作っていたのは、缶詰の日付確認や、バーコードの読み取り作業など、淡々とした日常の1シーンです。私たち日本人にとっては普段の光景ですが、ディマさんにとっては“特別なもの”に感じたといいます。

ロシアのクリエイター ディマ・シェンさん

「自分たちの国境の中、自分たちの境界のなかで、それを守って生きている。ロシア人よりも、ずっと幸せに暮らしている。ロシア人は、もっとお金が欲しい、もっと領土が欲しい、そうしないと自分たちの生活がうまくいかないということを考えている」

ロシアに戻れば、動員の対象となる恐れもあるディマさん。しかし、親戚はウクライナで暮らしているため“戦争に加わりたくない”という、複雑な心境を明かしてくれました。

ロシアのクリエイター ディマ・シェンさん

「いったいどうしてこうなったんだろう。ウクライナにもロシアにも、ファシストも敵もいません。皆、普通の人たちなのに、2つの陣営に分かれてしまい、今は冷静に話すこともできない。コミュニケーションの可能性を失ってしまったことは、大きな悲劇です」

ディマさんは今、ゲームを通して“日常”の尊さを伝えたいと考えています。

ロシアのクリエイター ディマ・シェンさん

それぞれの瞬間、一瞬一瞬がユニークなものである、もう二度とない唯一のもの。リラックスできる、暴力がない、今この瞬間が、すごく大切だということを感じられるようなゲームが重要になってきていると思います。

ゲームは楽しい時間でなければならないし、うれしい時間でなければならない。私たちが見つけてほしいと思っているような意味を(プレイヤーが)見つけることができれば最高ですね。

▼取材後記

コンビニで働く店員を眺めながら、“この状況だからこそ、自分に作れるゲームがある”と語ったディマさん。その姿を見ながら、ゲームの持つ底知れぬ力と新しい光を感じました。「ゲームの現象論」の研究する立命館大学 講師の井上明人氏は、ゲームは今後あらゆる領域に進出することは必然だとしながらも、強力なパワーがあるだけに与えるインパクトも大きく、今後「ゲームリテラシー」を身につける必要性も出てくると指摘しています。

ゲームが“メディア化”する、新たな情報空間は生まれるのか。引き続き取材を継続していきたいと思います。(クローズアップ現代 ゲーム取材班)

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