2月6日に第3局が行われた「女流棋聖戦」。
仲邑菫(なかむら・すみれ)さん(13歳)と上野愛咲美(うえの・あさみ)さん(21歳)、若手棋士2人の強烈な個性が対決、仲邑さんが勝負を制し、史上最年少での女流タイトル獲得を果たしました。
彼女たちに代表されるように、囲碁界はいま「新世代」とも言える若い棋士たちの活躍に沸いています。1月19日に始まった第1局から第3局までの舞台裏の日々を追いながら、ディレクターの私はずっと「囲碁の魅力とは何なのか」を探し続けていました。そこにはある理由がありました。
(報道局 社会番組部 チーフ・ディレクター 座間味 圭子)
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縁がなかった「囲碁」との突然の出会い
私には、小学校低学年の娘がいます。娘が「囲碁をやりたい」と突然言いだしたのはおととしの夏のこと。
仲良しの同級生に誘われたとはいえ、私たち家族の身近に囲碁をたしなむ人はこれまで皆無、しかも囲碁といえば年配の方々が中心のイメージを勝手に持っていたため、正直ピンとこないまま娘に手を引かれて近所の囲碁教室を訪ねました。
ところがイメージは一気に覆されました。幼稚園生から中高生まで、多くの子どもたちが熱心に囲碁に打ち込んでいるではありませんか。中には「プロ棋士になりたい」と目を輝かせながら語る子どもたちも。
調べてみると、子ども囲碁教室があちこちにあることも知りました。子どもたちをここまでひきつける囲碁の魅力って何なんだろう。そして、女流棋聖戦で対局した2人はどんな思いで囲碁に向き合ってきたんだろう。そんな思いで取材を始めました。
史上最年少タイトル獲得 仲邑菫三段
今回史上最年少で女流タイトルを獲得した仲邑菫さんは、囲碁棋士の団体・日本棋院が2018年度に設けた新たな推薦枠によって採用が決まった第一号、10歳でプロ棋士となりました。
新たな枠での採用に、当時は関係者から心配の声もあったようですが、2019年に正式にプロ入りしてからは、史上最年少で公式戦100勝を達成するなど、仲邑さんは実績をあげ続けることで周囲の心配を払拭(ふっしょく)していきました。
その影にはきっと壮絶な努力があったことと想像できますが、10代前半の仲邑さんが日々どのように囲碁と向き合っているのか、いまの思いを教えてもらいました。
仲邑菫さん:
「AIを使って布石(序盤の打ち方)の研究をして、あまり人が知らない手を研究しています。自分の打ちたい手というのがあるので、その手を打たずに妥協して、その碁に負けたら結構つらいというか後悔が残ると思います。(囲碁は)未知の世界なので、そこで自分の力を信じて、打ちたい手を打っているときは、それなりに状態が悪くないときなのかなと思いますね」
(単独インタビューに応じた仲邑菫さん)
プロ入りしてから、つらい経験も嬉しい経験もしてきたであろう仲邑さん。私は韓国の棋士で、仲邑さんがプロになる前から指導もしてきたハン・ジョンジンさんを訪ねました。印象深かったのは、技術的な面だけでなく、囲碁に向き合う姿勢を育もうとする指導のあり方でした。
ハン・ジョンジンさん:
「菫は、勝負に対して、幼いけれども強烈な心をもっていました。ものすごく戦闘的で攻撃的な囲碁で、今もそのスタイルを維持しながら成長しています。ただ、そのような囲碁だと最初は勝率が悪くなる可能性がありました。普通はそこで、大人の側の基準に合わせようとするのですが、私は菫に、萎縮して負けるのを恐れるのではなく、長所を最大化して、より大きい夢を見ることができるように成長してほしいと思いました。菫は時がきたら、タイトルをとらないでくださいと言ってもタイトルを取るはずの存在です」
(対局に負けた仲邑菫さんを励ます、ハン・ジョンジンさん)
炸裂「ハンマーパンチ」! 上野愛咲美四段
対する上野愛咲美さんは、16歳3か月の史上最年少で女流棋聖を獲得した、囲碁界の若きエース。「ハンマーパンチ」と呼ばれる超攻撃的な碁が特徴です。
取材を始めた去年11月、広島で開かれた若手棋士たちの棋戦・若鯉戦でのこと。実は囲碁は、男女別に競うことが多いスポーツ競技とは違って、女性棋士と男性棋士とが同じ棋戦に参加できます(女性棋士のみが参加できる女流棋聖戦などにも参加可能)。
このとき上野さんは、男女一緒に争う若鯉戦で史上初の2連覇を目指していました。普段は、ほんわかした優しい雰囲気で、取材にも気さくに応じてくださる彼女ですが、この日は、格上の男性の棋士たちを相手に、ハンマーパンチが炸裂。相手の碁石をごっそりとしとめていました。力がきっ抗するプロの対局では、何十目という石が取られるケースはそう多くはないといいます。上野さんの豪快にして華麗な攻撃は、対局を見守る重鎮の棋士たちをして「すごい」「かっこいい」とうならせるほどでした。
(囲碁では男女ともプロとして同じ土俵で戦う)
上野愛咲美さん:
「いくらリスクがあっても自分が正しいと思えば、100目勝てる方を、3目勝てるより選んでしまいます」
若鯉戦の2連覇を達成した上野さんに、なぜ今、若き女性の棋士たちが、次々と「垣根」を超えて活躍しているのか尋ねてみました。
ひとつの原因は「AIの誕生」だと上野さんは考えています。上野さんは、まだ実績がなかった頃に、疑問に思っていることや知りたいことがあっても、先輩棋士には申し訳なくて聞けなかった経験があったそうですが、相手がAIであれば、気兼ねなく時間も気にせず聞くことができる、そういう勉強の仕方がいまや当たり前になって、自分だけでなく周りの若手棋士たちも、囲碁の勉強の効率がものすごく上がったのだそうです。
そしてもうひとつの原因だと考えているのは、「菫ちゃんの頑張り」だと上野さんは教えてくれました。仲邑菫さんの活躍によって、上野さん自身や、さらにその先輩でかつて11歳でプロ棋士になった藤沢里菜女流二冠(24歳)ら女性のトップ棋士に刺激を与えているというのです。
上野愛咲美さん:
「菫ちゃんがプロになって、連勝したり活躍したりして、それで藤沢里菜先生も私も負けたくないので頑張ろうという気持ちになって。それで藤沢里菜先生が若鯉戦で優勝して、頑張れば手が届かないところではないということを見せてくれて。周りからは菫ちゃんが追ってくるという感じで見られてると思うんですけど、私はあんまりそうは考えてなくて、自分が菫ちゃんを追って挑戦するみたいな心です。私は挑戦者の気持ちで打った方がいいなと思っています。菫ちゃんが強いからそう思えているんです」
(仲邑菫さんの存在が周りも活性化させている)
「低年齢化」と「ジェンダーレス」―節目にある囲碁界
仲邑さん、上野さん2人への取材からは、「低年齢化」と「ジェンダーレス」という、私たちの社会が課題とする2つのキーワードが浮かび上がってきました。
女性も男性と等しく「棋士」という肩書きのもと、同じ土俵で戦うことができる囲碁。「棋聖戦」「名人戦」「本因坊戦」などといった7大タイトルは、現時点では井山裕太さんをはじめとする男性の棋士たちで独占されていますが、ここ数年で急速に女性の棋士たちが迫ってきています。
その先頭を走るのが、藤沢里菜さんです。4年前には7大タイトル本戦で、女性の棋士として初勝利を挙げ、ベスト8入りも達成。7大タイトルではないものの男女混合棋戦では優勝するなど、数々の「女性初」を切り開いてきました。
(数々の「女性初」を切り開く藤沢里菜さん)
藤沢里菜さん:
「男性の棋士との実力の差は、私が優勝する前からどんどん縮んでいました。私が先頭に立って飛び抜けている感じではなく、上野さんや仲邑さんなど、みんな実力は変わらないと思います。お互いがよい刺激になっています。上野さんはとても安定しているし、仲邑さんはこれからどんどん成長していく存在。強すぎて、私としては大変なんですけど(笑)」
対局後の「検討」で見えた「尊さ」―高めあう棋士たち
2人の対局を通して、探し続けてきた「囲碁」の魅力。その一端に触れることになったのが、女流棋聖戦の初戦1週間前のことでした。
上野さんはその日、7大タイトルのひとつ棋聖戦のファーストトーナメント予選で、朝10時から夕方4時すぎまで対局していました。上野さんが勝ったものの、途中までは劣勢で、観戦していた記者たちも上野さんが負けると思っていたほど。終局後に控え室を訪ねると、上野さんは休憩する様子も見せずに、対戦相手と対局を振り返る「検討」を行なっていました。しきりに「全然ダメだ」「ひどい」と自分が打った手を戒めながら、自らの囲碁の内容を厳しく追及していました。
次第に、2人の熱意に引き寄せられるように、周りに棋士たちが集まり、AIを持ち出しての検証も始まり、あのときあの局面で打つべき最善の手とは何だったのかをめぐり、互いの考えを深め合う話し合いがどんどんと熱を帯びていきました。
6時間以上にわたる対局を戦った後のこの検討は、ノンストップでさらに3時間以上続きました。どちらが勝ったか負けたかを超えて互いに高めあう棋士たちの姿は、不思議な尊さに満ちていました。検討が終わった後、その場にひとりになった上野さんに、神々しい光景に感じたと伝えると、少し考えたのち、こう教えてくれました。
(対局後の検討に打ち込む上野愛咲美さん)
上野愛咲美さん:
「たしかに対局で勝ち負けはありますけど、それよりも、普通に囲碁の面白さとか奥深さを見ると、結構、感動して楽しいんです。対局中に考えてることの何百倍もいい手がたくさんあったり、今回の碁では全然考えてないような手がたくさん見られたりして」
伝統文化・囲碁 受け継がれるその「豊かさ」
11月より取材を続けてきて、私が一番強く心揺さぶられたこと。それは、明確なゴールのない世界で、まだ見ぬ高みへ向かって互いに磨き合い続ける、棋士の方々の営みそのものの「尊さ」でした。その囲碁の魅力に引き寄せられるように、今年もまた、新しい若きプロが生まれています。
これからは追われる立場にもなる仲邑菫さんに、棋士として今後目指す理想像について尋ねました。
(後輩と対局する仲邑菫さん)
仲邑菫さん:
「これから後輩もいっぱい入ってくると思うので、見習われるような存在になりたいですね。手を見習われるというよりは、姿勢ですかね。今私はトップの先生が勉強している姿がすごいと思いますし、普段すごく面白くて優しいので、私もそういう先生たちみたいになりたいです」
世代から世代へと受け継がれるバトン。そのバトンがきっと、これからも途絶えることなくつながっていく―
今回の取材を通して、囲碁という伝統文化の豊かさに触れた気がして、私はあたたかい気持ちが沸き上がってくるのを感じました。
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