広がる軍事利用 「BMI」の行方は…

NHK
2021年6月4日 午後4:31 公開

脳と機械を繋ぐ新たな技術「BMI=ブレイン・マシン・インターフェイス」。今、世界中で開発競争が繰り広げられています。中でもアメリカは、軍事に応用できないかと研究を進めています。5月25日に放送されたクローズアップ現代プラス「麻痺(まひ)した手が動いた~リハビリと脳科学 最前線」ではご紹介しきれなかった、BMIの軍事応用の最前線についてお伝えします。

(報道局社会番組部ディレクター 高橋裕太)

麻痺(まひ)した手が動いた リハビリと脳科学 最前線

一度に数百台のドローンも飛ばせる!?

 ステルス技術や精密誘導兵器など、様々な軍事技術を開発してきた、アメリカ国防総省の研究機関DARPA(国防高等研究計画局)。今、力を入れている研究の一つがBMIです。例えばこのイラストのように、複数の戦闘機を脳波で自由に操る兵士を生み出せないかという研究が行われています。

 アリゾナ州立大学の研究チームは、DARPAからの資金をもとに開発に取り組みました。飛んでいる3台のドローンを操作しているのは電極をつけた1人の人間です。まず頭の中でドローンの配置を思い描きます。すると、脳の複数箇所が反応し、脳波が出るのだと言います。

この脳波をコンピューターが解析し、ドローンに指令がいきます。最初は思い通りに飛ばないことも多いのですが、トレーニングを積むことで、3台のドローンを操れる脳波を出せるようになるのだと言います。この開発に取り組んだ、アルテミアディス教授(現在はデラウェア大学)は、「人間の脳は様々な状況に適応していくことが分かっています。このシステムでは、脳を機械に適応させることによって、複数台のドローンを一度に飛ばすことに成功しました。今後、数百台のドローンを一度に飛ばすこともできるようになるでしょう」と語っています。

DARPAが力を入れるN³プロジェクト

 しかし脳波でマシンを自由に操るためには、大きな課題があります。脳が発する信号は頭蓋骨によって遮られるため、より詳細に読み取とろうとすると、手術をして脳に直接電極を埋め込むしかなく、高いハードルがありました。

 そこでDARPAは、広く兵士にも使えるような機器を開発するプロジェクトを開始しました。それが、N³プロジェクト。2019年から4年間のプロジェクトで、DARPAからの資金で6つの研究チームが、開発を行うことになりました。

注射するだけ ナノレベルの機器

 このプロジェクトに参加した研究チームの一つが、NHKの取材に対し、開発中の機器を初めて明らかにしました。それが、注射をして血流で脳内に運ぶナノレベルの機器「ナノトランスデューサー」です。

BMI研究を続けてきたオハイオ州にある研究機関バテルは、DARPAからの約2000万ドルの資金を元に、この機器を開発しています。この機器の大きさは、直径わずか20ナノメートル。写真に見える黒い粒は、この機器を凝縮したもので、一粒あたり約270億個の機器が入っているということです。写真に映っている範囲で、合計約2.5兆個もあると言います。

この機器は、脳の神経細胞が発する信号を読み取り、それを外部の受信機に送信することで、詳細に脳波を読み取ります。さらに外部の機器から信号を送ることで、神経細胞に直接電気信号を送ることもできると言います。脳と機械が「相互通信」をすることを可能にするのがこの機器の狙いです。

現段階はまだ基礎研究レベルにありますが、最終的には人間による実証研究に進みたいとしています。

この研究開発にたずさわっているのは、かつてDARPAのBMI研究を進める部門でリーダーを務めた、ジャスティン・サンチェス氏。「人間がロボットに脳で指令を伝えるだけでなく、ロボットからの情報を人間が受け取ることもできるようになります。人間とロボットが協働することができるのです」とし、広く私たちの社会にも恩恵をもたらすと主張します。

(バテル研究員 ジャスティン・サンチェス氏)

「人間のパフォーマンスを向上させることができます。例えば、スポーツでいえば、プロスポーツプレイヤーがどのように筋肉に指令を送っているのか分かれば、その信号を脳に送り込めばいいのです。今までは手術が必要でしたが、この機械なら注射するだけですみます。この技術があれば、私たちは日常的に脳と機械が繋がるテクノロジーを使うことができるようになるでしょう」

普及する前に早期の議論を

 BMIの研究が急速に進む一方で、具体的なガイドラインや規制はまだありません。慶應義塾大学理工学部の牛場潤一准教授を始めとする、世界中のBMI研究者たちは、早期に基準作りが必要だとして、著名な科学雑誌「サイエンス」に論文を投稿、以下の3つの基準が必要だと主張しています。

①     法的責任の明確化

②     脳の個人情報保護

③     技術情報の正確かつ迅速な開示と倫理規範作り

①     法的責任の明確化

例えば、BMIが誤作動し、機械が人間の意図とは違った行動を起こし、事故が起きてしまった場合、法的責任は誰がとるべきなのか。BMIを操作した本人の責任なのか、それとも、開発した人の責任なのか、法的な議論が必要だと言います。

②     脳の個人情報保護

脳は人間を人間たらしめている重要な器官です。その脳に簡単にアクセスし情報を読み取ったり、書き込んだりできるようになれば、人間の尊厳が脅かされることになります。また、脳の情報を盗まれたり、改ざんされたりする恐れもあります。このようなことが起きないよう、開発段階で技術的な対策が必要だといいます。

③     技術情報の正確かつ迅速な開示と倫理規範作り

BMIの技術はまだ研究途上の段階にあります。どんなことが可能になるのか、脳への悪影響はないのか等、まだ不明な点が数多くあります。研究によって分かったBMIの特性を迅速に開示し、利用の推進・規制の在り方を議論していく必要があると言います。

 技術の進歩は早く、ときに私たちの想定をはるかに超えていきます。イーロン・マスク氏やフェイスブックなど、イノベーターや世界的企業がこの業界に参入しようとする今、社会に普及するのも、そう遠い未来ではないかもしれません。だからこそ今のうちから、どこまで許容するべきなのか、議論をしていく必要があるのではないでしょうか。