2022年12月初旬、自宅に1本の電話がかかってきました。
「宮内庁からだよ」と、妻がひと言。
それは私の短歌が、2023年の「歌会始」に入選したという知らせでした。
つまり皇居に招かれ、両陛下の前で歌が披露されるのです。
短歌を始めてわずか4年、毎日スマホで家族への歌を詠んでいただけの私が…。
これは今年の歌会始に参加した、あるNHKディレクターの経験です。
記事の後半には、初めて短歌を詠むときの「短歌のいろは」も添えました。
春、何かを始めてみたいあなたへ、短歌の窓を開けてみませんか?
(クローズアップ現代取材班)
(3月21日(火)まで見逃し配信)
毎日LINEで一首 娘と父のコミュニケーション
毎年1月に皇居で開かれる「歌会始」。天皇皇后両陛下や皇族方の前で歌が詠まれる宮中行事で、一般の人の歌も披露されます。NHKでは「歌会始」を中継していますが、1万5000首あまりの中から10首しか選ばれない伝統の儀式に、NHK職員の歌が選ばれたという話は聞いたことがありません。
短歌が選ばれたのは、「映像の世紀バタフライエフェクト」など文化・教養番組を担当している岩田真治ディレクター(55)です。
(取材を受ける 岩田真治ディレクター)
岩田真治ディレクター
「まさか選出されるとは…本当に驚きました。NHKが中継するので、現職の職員は“選”から外されるものと思っていましたから。詠んだ人の属性は関係なく純粋に歌だけで判断されるのだと、歌会始の公平さにも感動しました。同時に気恥ずかしくもなりましたね。自分の歌が公の場で披露されることを、全く想定していませんでした」
岩田ディレクターが短歌を始めたのは、4年前。上皇后さまの番組で歌に触れたのをきっかけに少しずつ勉強し、自分でも詠み始めたといいます。同じころ、家族にある出来事が起こりました。次女が、目指していた学校の入学試験に不合格となったのです。年頃の娘に何もしてやれない父親。せめて何か自分にできることはないか…。
そこで思いついたのが、スマホアプリのLINEで応援の短歌を送ること。しかも毎日一首。ワンフレーズずつスマホに書き留め、言葉をつむいだといいます。
(実際のLINEの画面。「人に見せるには、かなりダサいけど…笑」と岩田ディレクター)
悔しさや悲しみの種土に植え来年の春花咲かせよう
好きなこと好きなだけやれる人生を歩む幸せ 親は望めり
岩田真治ディレクター
「『いらない』と言われたら始まりも続きもしなかったけど、『いる』と言ってくれた娘の度量の広さに感謝ですね。娘からは『ありがとう!』の言葉やスタンプが返ってくるくらい。でも既読スルーになることはなかったので嬉しかったです。受け取ってくれる人がいたから私も続けられましたね」
そのうち、部活に励む三女へも短歌を送るようになった岩田ディレクター。著名な人の金言を伝えたり、自分の思いを57577に乗せたりしながら、ポジティブな気持ちになる歌を送り続けました。
あきらめない 重ねた練習に自信もて奇跡は起きる奇跡を起こせ
幸せは与えてもらう雨でなく自分の努力で作り出す虹
けんかをして嫌な気分のときも、モヤモヤした気持ちを短歌にすると落ち着いてやりとりができたといいます。
(LINEでの応援短歌を見せる岩田ディレクター)
怒りとは不安や焦りから生まれ出る自信と余裕忘るるべからず
岩田真治ディレクター
「これはけんかをしたとき『結局、気持ちの問題だよね』という意味を短歌にしたものですね。十分説教くさいけど、短歌にすると多少は薄れるかなと。31音という字数にすると凝縮できて、自分のいろいろな思いを込めることができます。直接会って話すよりも、良いコミュニケーションが取れたのかもしれません」
次女の受験が一段落したのを機に、2年間続けた娘たちへの毎日の短歌は終了することになりました。翌年、今度はコロナ禍で会うことができなくなった高齢の父親と、短歌の交換を始めることにしました。実は父親もずっと短歌をたしなんでいました。父親から2首、岩田ディレクターから1首の歌を送り合う毎日。年老いた両親の日々の暮らしや父親の心境が、短歌を通して手に取るように分かるようになったといいます。
(父親と短歌をやりとりする実際の画面)
【父親からの短歌 2首】
ついに来た車の方から踏ん切りの決断促すバッテリー上がり
乗らぬ日々が多くなりたる証拠なり事故無きうちに免許も返さん
【岩田ディレクターの短歌】
近況と心境映す父の二首多色多彩な日々への感謝
いよいよ歌会始へ 小さくうなずかれた両陛下
家族との短歌のやりとりを続けながら、岩田ディレクターは『歌会始』へも歌を詠進(応募)するようになりました。2023年のお題は「友」。その短歌が皇居でお披露目する「預選歌(よせんか)」に選ばれたのです。
(歌会始入選の証書)
2023年1月18日。皇居での『歌会始』が催される日です。燕尾(えんび)服に身を包んだ岩田ディレクターは、松の間に通されました。ちょうど真正面に天皇皇后両陛下が座っていらっしゃいます。年齢の順で6番目に岩田ディレクターの歌がお披露目されました。
【歌会始で読み上げられた、岩田ディレクターの短歌】
つくるでもできるでもなくそこにゐたあなたをわたしは友とよんでる
「なぜこの人を友と思うのか。そこには学校や職場での出会いなど、必ずしも自分が選んだわけではない偶然が作用している。友とはそうした縁が与えてくれるものだ」という感覚を詠んだ歌です。
(歌会始の写真を見せる岩田ディレクター)
(歌会始の様子 左に両陛下、右端に起立する岩田ディレクター)
朗々と詠み上げられる自分の歌を、直立不動で聞いていた岩田ディレクター。下の句が詠い終えられたとき、両陛下が小さくうなずかれました。
岩田真治ディレクター
「緊張で頭が真っ白だったんですけど、陛下がうなずく様子が見えた瞬間『受け止めていただいた』と感じて、心が揺さぶられました。無言のうちに交歓ができたというか、私の思いを込めた“分身”ともいうべき言葉が確かに届いているんだな…と」
家族とのコミュニケーションのツールであり、夢のような場も与えてくれた短歌。わずか31音の歌に、岩田ディレクターは不思議な力を感じています。
岩田真治ディレクター
「たった4年前からスマホで家族への思いをつづってきた短歌が、皇居で催されるような晴れがましい場所へ私を連れて行ってくれました。短歌は何の準備も初期投資もいりません。短歌の題材になりそうな日常の出来事や自分の思いをスマホでメモにするだけで、手軽に始められます。ぜひ多くの人にこの奥深い世界に触れてもらえたらと思います。『歌会始』への門戸は誰にでも開かれていますよ」
明日から短歌を始めたいあなたへ
ちょっと短歌を始めてようかなと、思った方もいるのではないでしょうか?そんなあなたへの“短歌の手引き” を、歌人の東直子さんに聞きました。
(歌人・東直子さん)
▼ルールの「敷居の低さ」を知ろう!
まず、短歌は五七五七七の31音で成り立つ1行の詩です。俳句と違って季語や切れ字などのルールはなく、ただこの定型さえ守ればいいのです。現代の短歌は、「なり」や「けり」のような文語を無理に使う必要もありません。
とはいえ、どう始めていいか分からない方もいらっしゃると思います。まずは歌集や現代歌人たちの歌を集めたアンソロジー(作品集)などを読んで、リズムに親しむところから始めてもいいかもしれません。そこで自分の好きな短歌に出会うことも、あなたの世界を広げてくれます。
▼テーマは自由自在 日常の気づきをメモしよう!
短歌のテーマは、自然・風景などの描写から生活の実体験まで制限はありません。気づいたときに自分の思考をメモして言語化し、短歌の題材を見つけてみましょう。
私も短歌を作り始めたころは、眠る前とか寝床にノートを置いておいたり思い付いたらパッと書いたりしていましたね。今はスマートフォンという、メモに最適な“おとも”もあります。岩田ディレクターのように、会社の帰り道でもお風呂に入っているときにでも、短歌になりそうな言葉が浮かんだらその瞬間をすかさず捕まえて、言葉を探りましょう。その作業の中で、あなたが知らない“あなた自身の心”に気づくかもしれません。
▼短歌を作ったら、誰かにみてもらおう!
とはいえ自分一人だけで考えていると、どうしても内側に考えがこもってしまいます。自分の作品を誰かにみてもらって、言葉を研ぎ澄ませていくというのも大切です。岩田ディレクターの「家族に短歌を送る」というのはとても素敵ですね。家族や大切な人にみてもらうというのもいいですし、SNSにハッシュタグをつけて投稿していろんな人に感想や意見をもらうのもいいかもしれません。
さらに、賞での入選を目指したいという人は、歌人がカルチャーセンターなどで行う講習に参加したり、「結社」という歌人のサークルの門をたたいてみたりしてもいいかもしれません。歌を通じてコミュニケーションの輪が広がっていくのも、短歌の大きな魅力です。
短歌は紙と鉛筆、あるいはスマートフォンさえあれば、今すぐ始められます。何歳で始めても大丈夫。この奥深い詩の世界に、あなたも是非触れてみてください。
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