ライブコマースの可能性 SHOWROOM社長・前田裕二さんインタビュー

NHK
2021年4月5日 午後6:59 公開

前田裕二さんへのインタビューの様子(SHOWROOM本社にて)

関連番組「コロナ禍で“爆売れ” 急拡大ライブコマース」

“爆売り”中国ライブコマース 3つのポイント

井上裕貴キャスター:中国からの旅行者、インバウンド需要が減少する一方で、ネット空間ではそれとは対照的な現象が起きています。中国でのライブコマースの活況ぶりをどうご覧になっていますか?

前田裕二さん:我々が見習うべき部分と、中国固有だなと思う部分に分かれているという印象があります。そして、中国固有であるがゆえに、我々が注意しなければいけないポイントがいくつかあると思います。1つ目は、我々がAmazonなどのEC(electronic commerce = 電子商取引)サイトでお買い物をするとき、「本当にこの商品は大丈夫だろうか」というような心配はあまりしないと思うんです。

一方、中国では人が見えて、どんな人が売ってくれるのか、その人は信頼に足る人なのかどうか、つまり顔が見える状態で買い物ができることの価値が日本と比べて圧倒的に大きい。それが日本より早く、大きくライブコマース広がっている理由の1つ目のポイントではないかと思います。

2つ目は、中国ではそもそも日本よりもECでお買い物をするという人が多くて、キャッシュレス比率もすごく高いですし、それが日本との大きな違いとしてあると思います。

3つ目に、コロナ前からそうでしたが、お店に行くには車で遠出しなければいけないとか、国が広いので日本のように駅ビルに行けばたくさん買い物ができる、百貨店に行けば買い物ができるという状況にない人たちが多いという特殊事情があり、それがライブコマース市場を一気に伸ばしてきたと思っています。たぶんコロナ前の2019年ベースでも、すでに6兆円くらい市場規模があると言われていたはずなので、圧倒的ですよね。それがコロナ禍で一気にバーンと伸びて、2倍以上に伸びているはずなんですね。

中国におけるライブコマースの市場規模

日本での課題は「品ぞろえの乏しさ」

井上:日本のライブコマースはこれからどうなっていくと思いますか?

前田裕二さん:課題に感じているのは、商品のセレクション(品ぞろえ)です。いわゆる“商店街”をつくらなければならないのですが、その“商店街”が不在なのです。商品のセレクションがECサイトの一番の価値だという言説があります。Amazonの一番の価値は何かというと「倉庫」だと話す人もいるほどです。それが何を意味しているかと言うと、Amazonに行けばだいたい何でもある、ということが、ECサイトが一般化する過程で、非常に重要なのです。

中国のライブコマースは、最初はいわゆるオタク系の狭く、濃い市場から盛り上がっていったとも言われています。フィギュアとか、そういうものから売れていった。ほかには(ちょっとマニアックな)美容に関する商品もそうですね。ある種のニッチな市場から垂直に立ち上がっていて、だんだんと商品が一般化し、水平になっていった。いまでこそ洋服や日常コスメといった、わりと一般的な商品が売れるという状況になっています。日本での課題は、そのセレクションが乏しいことにあります。

そんな日本のライブコマースの現状は、大きく整理すると2つのベクトルを持ちます。1つは、「エンタメコマース」とも呼べるような、ファンダム(熱心なファンたち)によって支えられるライブコマースです。

アイドルが写真集の販売を行ったライブコマースの様子

(アイドルによる写真集販売のライブコマース)

アイドルがファンに対し、リアルタイムのコミュニケーションを通じて自身のグッズ販売を行えば、さらに売れる。そうしたライブコマースが、日本でいま伸びている市場の1つです。ただ、市場規模としては圧倒的に小さい。

2つ目は、コロナ禍でいろんな大手の企業、製造業とか百貨店がチャレンジするライブコマースです。限定商品とかディスカウント商品を仕掛け、「この時間内にライブコマースで買えば、お得」と、フラッシュセール的に実施しています。しかしながら、実額ベースで見ると、日本の小売市場全体の売り上げ、そしてEC全体の売り上げと比較し、小さな斑点のような規模。道行く人に「ライブコマースを知っていますか?」と聞くと、「知っている」と答えるのは、10人に1人以下の確率なのではないでしょうか。なぜかと言うと、繰り返しになりますが、ライブコマースが“商店街”になり切れていないから、ここです。

もちろんライブコマースで購入された経験がある方も増えてきているのですが、それもあくまで一時的なもので、すぐに日常利用している便利なAmazonやメルカリなどのサービスに戻っていきます。それは、Amazonが創業期に掲げたビジョンが示すように、the everything store、ひとえに「大体なんでも買えるから」、なのです。なぜなら、そちらのほうがセレクションが圧倒的に多いからなのです。とにもかくにも商品セレクションを増やさねばならないという状況です。

成功のカギは“人と人の交流”

井上:中国では“信頼性の担保”が重要、という話がありましたが、日本でライブコマースを行っていく場合、どういう価値なら人はひきつけられると思いますか?

前田裕二さん:ステップ論だと私は思っています。ライブコマースの今後の伸び方は、ファンが購入するライブコマースから、Amazonやメルカリで買い物をする形に近い状態に、徐々に一般化していくのではないかと考えます。最初のステップ1においては、とにかく対象がファンであることが重要です。例えば、ファンの方が応援する人物がオススメする商品をライブコマースで購入する。すると褒めてもらえる、認識してもらえる、そこでコミュニケーションが生まれるし、絆が深まるのですね。

コロナ禍において、それぞれが心に空洞を抱える中、“人間的な心の充足”を与えてくれるコミュニケーションは結構強いと思います。「モノ」が売れる理由を、「モノ」か「人」かで言うと、かなり「人」に寄っています。

前田社長自身の気づき「うそが通用しない」

井上:商品の背景にある“ストーリー性”や、売り手と買い手の血の通ったコミュニケーションについては、どう捉えていますか?

前田裕二さん:いろいろ試してみて我々も気がついたのですが、何の思い入れのない、それこそ文脈がひもづいていない商品をいきなりライバー(配信者)に渡して、「売って」と言っても、実際はそんなに売れないケースが多いです。瀬戸内のアイドルSTU48が自分の地元である、広島地方の名産品であるがんす(「揚げかまぼこ」の一種)という練り物を販売するライブコマースを企画したことがあります。

アイドルグループ「STU48」によるライブコマースの様子

(アイドルグループ「STU48」によるライブコマースの様子)

彼女たち自身が生産者を訪れ、商品を自分で練って作るところから体験しました。出来たてをちゃんと自分で食べて、心からおいしいと味わったあとに、生産者の苦しみや喜びをヒアリングする。そして最後にライブコマースで、そのがんすを販売すると、そこに1ミリもうそがない。

がんすはなんでこんなふうにおいしいのか、それは「これくらいの温度で揚げていて」「この生地のこだわりは」とか、「私もずっと広島で育ってきたけど、がんすがこんなにおいしいと思っていなくて」とか、「がんすのおいしい食べ方を実際いろいろ教わったけど」というような”リアリティ”が、やつぎばやにかつ自然にライバーの口から紡ぎ出される。

カンペを読むのではなく、彼女たちが自身の生のことばで商品の魅力を伝えていくのです。その熱量が、見ている方やファンの方にも伝わり、商品を購入する動機につながってくるのだと思います。

2017年から2018年ごろ、ベンチャー業界でもライブコマース元年と言われ、多くのライブコマース・ベンチャーが立ち上がっては頓挫した時期がありました。うまくいかなかった一番の理由として当時挙げられていたのが、ライブコマースをする「ライバーの育成」。

この商品を魅力的に伝えるためにはどうしたらいいのか。声が高いほうがいいのか、低いほうがいいのか、値段はいつ言えばいいか、買うべき理由はいくつあったほうがいいか、商品の魅力は自分で研究すべきなのか、誰かに教えてもらうべきなのか。そういうのは全然科学されていなくて。そういった知見をためて、モノが売れる場所をつくってきたのは、まさにテレビショッピングの世界だと思います。あるいは実演販売の世界ですね。

実際に「なんで売れるのだと思いますか」と聞いたら、すごくシンプルに「本当にいい商品だと思っているから」だと、「そこに尽きる」とおっしゃっていて、「なるほどな」と思ったのです。確かにライブコマースは表情が常に映っている状況なので、依頼を受けてやっているPRなのか、あるいは、見ている人たちに本当によい商品だから手に取ってほしいと思っているか、如実に伝わってしまうんです。

この違いが非常に大きくて、本人が心からストーリーを語れる状態、文脈を語れる状態、見てくれている人が、買ってもらったその人たちが幸せになるだろうなと想像できている状態のことを“ストーリー・ライブコマース”と呼んでいます。そこに行き着くと、売れる数が大きく変わってくるというのが分かってきているので、これをもう少し定量的にサイエンスしていなかければと思っています。

コロナ禍の社会 ライブコマースの意味とは

前田社長にインタビューする井上キャスター

井上ライブコマースを別のことばで言い換えると何でしょう? 前田さんのことばをお借りするならば、“幸福度の高い売り方”かなと思ったりするのですが。社会の何かを映し出しているのでしょうか?

前田裕二さん端的に言うと「エモ」です。エモーション、心、ヒューマンな何かが根底にある。購買体験が極めて人間的であり、そこに心が、血が通っている。そういった「エモい」売り場としてライブコマースが伸びていくだろうなという感覚を5~6年くらい前から強く持ち始めたのですが、コロナでそれが一気に加速した。「社会の何の映し鏡ですか」という問いに答えるならば、「さみしさ」です。社会がさみしくなればなるほど、盛り上がるものだと思います。コロナで明らかに社会がイライラして、さみしくなったから、それを満たすようなライブコマースやライブ配信が伸びる。シンプルな理屈だと思います。

井上確かに社会の温度そのものが下がっている。

前田裕二さんそうするとこっちが温かくなる。反作用です。リアル世界が寒くなればなるほど、温度が下がれば下がるほど、同じ分だけ、ネット世界の温度が上がる。そして、もっとエモに向かう。

井上それは人が本能的に、そこに回帰したいということなのでしょうか?

前田裕二さん絶対的にそう思います。人と人とのつながりを感じていないと耐えられない。つらくて、ある種、生活必需品というか、それがもう必要不可欠で、それがなくては生きていけないものだと思います。心の栄養みたいなもの。普通にネットで水を買ったり食べ物を買ったりすると、当然ですが物理的な生理的な、生きていくために必要な栄養素は満たしてもらえると思います。でも人が社会的に生きていくうえで必要なものはそれだけじゃない。

井上それは確かに、これまでの対面の、アナログの買い物で、無意識に僕たちが吸収してきたものというか。

前田裕二さんそれがぱっと断絶してしまって、それがいかに尊かったか、すばらしかったかに気づかされるということだと思います。コロナ禍で人と人とのつながりが遮断されているので、ほとんど買い物とかに行けない人たちは、たぶん、温かさを求めてネットで買い物をするという行動に移っているだろうと思います。ポイントはコロナが収束していった先に、ライブコマースがどうなるかということだと思います。

インタビューに答える前田社長

コロナ後のライブコマースと“無駄の価値”

井上残ると思いますか?

前田裕二さん私は残ると思います。自分たちでやってみて、ライブコマースはもう少し複雑なものかもしれないと思っています。と言うのも、単純に心を満たすためだけのものでもないのですね。そこに一定の利便性や、安く買えるとか、よい商品に出会いたいとか、「機能」と「意味」で言うと、ライブコマースは「意味」側に寄っていると思っていたのですが、(今後は)「利便性」、役に立つという価値と、心が満たされるという「意味」側の価値を両方、内包した複雑な存在になるかもしれないと思っています。

現実世界もそうだと思います。モノが買えて便利という価値観と、「あのお店の、あの洋服屋さんの、あの店員さんに選んでもらうのが楽しくて」みたいな、もはや洋服自体に価値があるというより、洋服を買う時間自体に価値があるという。

結局、現実世界がもう1個、パラレルワールドがもう1個できる感じです。市場を奪い合うのではなくて両方、シナジー(相乗効果)を利かせて市場全体を伸ばしていくような方向にいくのではないかと思います。いまの中国の市場の伸び方を見ても、基本的にはそうですね。

井上いま時間の捉え方が変わってきています。24時間、時差を超えて世界とつながることができます。さらに人々の時間の消費の仕方そのものも変わるという見方もあります。

前田裕二さん時差や物理的な距離に関係なく、世界中とつながれるというのは革命的利点であり、最近勃興した「クラブハウス」などでは例えば、言語の壁さえ越えられれば一瞬で世界中に友達ができる環境となっています。

しかし一方で、“オープンな場で、なんでもかんでもつながるのは、言ってもめちゃくちゃ疲れる”という現象が起きていると思います。ネットという荒野では、パッと目を向けると誰かが誰かを傷つけている。世界中がつながっていることが可視化されるのには、いいこともありますが、どちらかというと負の側面のほうが大きいかもしれない。

私は最近よく"マイクロインタレスト”という言葉を使いますが、すごく細かい、ニッチな興味の合う人たちで集まるような形が生まれるのではと思っています。(これまでは)TwitterやFacebook、Instagramのように強い、オープンなSNSがひとつできたら、みんなが一斉に集まる一極集中型でした。(これからは)より少人数で、興味や関心が近く、心理的な安全性も担保された相手どうしで過ごす時間の価値が増し、こういった時間の使い方が増えていくだろうと思います。時間が振り向けられる対象であるコミュニティが、より分散型になるという事です。

その中で、さらに、時間の使い方がどう変わるかというと、「機能」や「利便性」や役に立つことを求めて時間を使うのではなく、ある種"無駄"な時間を自然と求めるようになる。無駄に価値が見いだされる世界です。

井上“無駄の価値”と 言いますと?

前田裕二さんコロナ禍で「無駄」が本当に排除されたと思っています。私は、常に時間あたりの生産性をいかに高めるかを考える効率重視人間でもあったので、はじめは「30分の移動時間がなくなる」とか、「1時間打ち合わせをしたら、すぐまた次の打ち合わせができるのは最高」だと思っていました。

しかし、その中で、あることに気づいたんです。オフィスに来て、みんなで、「髪型を変えた?」とか、「来る途中にこういう人がいて」みたいな話を、オンライン会議ではほぼまったくしなくなって、本題にいきなり入る。オンライン飲み会もあるのですが、“雑談をすることの目的化”も、それはそれで気持ち悪い。意味のない時間を過ごすのを目的にするのは、気持ちが悪くて。

そんな時、無駄を意識することなく全力で楽しめていた時間がいかに大切だったかに気付かされました。もちろんこれは私個人の価値観なので、そうではない方もいるはずですが、“無駄な時間”を自分の好きな人たち、大事な人たち、共通の興味を持っている人たちと過ごす優雅さというのは、何にも替えられないと考えさせられました。

無駄=リッチ、優雅、幸せ、という考え方が浸透していくと、今後“無駄な時間”の過ごし方をする人が増えるのではないかという仮説を立てています。

クラブハウスやアメリカではやったハウスパーティー、エアタイムでも、テーマを決めて話す人ばかりではない。とりあえずオンにして、時計のカチカチという音とか、くしゃみとか、手を洗う音とか、全部聞こえている状態を楽しむ。つまり、友達のリビングルームに遊びに行っている状態とあまり変わらない状況を作ってリラックスする。今後、SNSを通じてこのような同時接続な過ごし方がさらに増えてくると考えています。

井上だからこそ、一見非効率に思えるライブコマースにも、そこに“人がいることの価値”があるわけなんですね?

前田裕二さんまさに。経営者の目線で「接客」の意味を考えてみた時に、一見すると、ネットでも簡単にモノが売れるこの時代に、わざわざ接客に人件費を割き、ライブコマースしてもらってモノを売るというよりも、オンラインECサイトにモノを出品して、それが機械的に売れたほうが、費用対効果が高いわけです。

なので、一見「そっちのほうが効率的」と思うかもしれません。しかし、もし時代が非効率を求めるようになるなら、(例えば)購買者が従来型のネットショッピングでは「目的にぱっと行く感じで、なんか味気ないな」と感じて、それよりも、う余曲折を経て出会ったこの商品が大切だと思うようになります。

日本的な価値を世界へ

井上確かに自分自身のことを振り返っても。買ったときの体験、そのとき悩んだなとか、いい店員さんだったなとか、そういうことがやっぱり思い出として残るんですよね、買い物って。

前田裕二さんそうですよね。ネットショッピングで、パッと思い付きで買って、届いてから「これなんだっけ?」という経験をされた方も多いと思います。しかし、お店で買ったものや、人の血の通った会話を経て手にしたものはずっと残しておきたいし、自分にとって大事なものになっていく。それは日本的な価値観だと思います。

プロセスを大事にする。アイドル市場でも完成品よりも、プロセスがすごく重要視される。そこがとても日本的であると思います。いま洋服市場ではサステイナブル(持続可能であること)がキーワードになっていると思います。どういう見た目かというより、どういう過程を通じて作られたかということで差別化をしているのです。

この間の「東京ガールズコレクション」にも参加させていただいたのですが、ひたすらサステイナブルの価値をうたうコーナーがありました。最終的に手に入るものは同じかもしれないけれど、買う過程に価値が生まれるという考え方は、すごく日本的だと思います。プロセスに価値をひもづけ、たとえ単価が高くなっても、そちらを選ぼうとする国民性、これは誇るべき文化だと思います。むしろ日本が世界に向けての発信源になっていきたいとすら思っています。

中国のライブコマースとはまた違う、日本的なライブコマースの広がり方をちゃんとして、それを我々が世界に広げていかなければならないと、強い使命を感じています。