「反撃能力」とは【Q&Aで詳しく解説】

NHK
2023年5月15日 午後5:00 公開

日本の安全保障政策が歴史的な転換点を迎えています。去年12月、政府は「安保3文書」を改定。防衛費の増額に加え、弾道ミサイルに対処するため、相手の発射基地などを攻撃できる「反撃能力」の保有を初めて明記しました。戦後一貫して持つことのなかった能力をなぜ今、必要だとしているのか。どのような議論を経て保有に至り、何がこれまでと変わるのか。その基本を解説します。

(クローズアップ現代取材班)

Q、「反撃能力」とはどんな能力?

「反撃能力」とは、弾道ミサイルに対処するため、相手の発射基地などを攻撃できる能力のことです。政府は、「反撃能力」があることを示すことで日本への攻撃を思いとどまらせることがねらいだとしています。

Q、現在はどのように防衛している?

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現在のミサイル防衛は、発射された弾道ミサイルが日本に到達する前に撃ち落とすというものです。具体的には、海上からはイージス艦、地上からはPAC3の2段構えでミサイルを迎撃します。しかし、政府は、今の態勢では十分な対応は難しいとしています。

Q、「反撃能力」 なぜ必要になった?

背景にあるのが、日本周辺の安全保障環境の変化とミサイル性能の向上です。防衛省が「課題は深刻化している」と指摘したのは次の3点。

▼覇権主義的な動きを強める中国 

▼過去に例のない頻度で弾道ミサイルを発射している北朝鮮 

▼国際秩序の根幹を揺るがすロシア

中国は、射程500キロから5500キロの地上発射型の弾道ミサイルや巡航ミサイルを合わせて2000発以上保有。軍備増強をさらに進め、台湾周辺での活動を活発化させるなど、覇権主義的な動きを強めています。

北朝鮮は、去年、過去最多37回にのぼるミサイルの発射を実施。その中には、2017年以来となる日本列島の上空を越えたケースもありました。政府は“重大かつ差し迫った脅威”と位置づけています。

さらにロシアも、迎撃が難しいとされる極超音速滑空兵器の開発・導入に注力しています。

(反撃能力 イメージ)

これらのミサイルを同時に大量に撃ち込まれた場合は、迎撃による対応では防ぎきることは難しいとしています。そこで、弾道ミサイルに対処するため、相手の発射基地などを攻撃できる能力を持つことによって、相手に攻撃を思いとどまらせようというのです。

Q、「反撃能力」 どんな装備?

(12式地対艦誘導弾)

「反撃能力」として政府が開発を進めているのが、敵の射程圏外からでも攻撃できる「スタンド・オフ・ミサイル」です。(“スタンド・オフ”とは「離れている」という意味)

その柱の1つとされるのが、陸上自衛隊が保有する「12式地対艦誘導弾」です。2012年度から調達が開始されたことから「ひと・に式」と呼ばれ、現在の射程は百数十キロ。南西地域の防衛態勢を強化するため、熊本県のほか、鹿児島県の奄美大島、沖縄県の宮古島に配備され、ことし3月には新たに石垣島にも配備されました。

防衛省はこの「12式」の能力を大幅に向上させ、射程1000キロ以上にのばすことを目指しています。配備する場所によっては、中国の沿岸部や北朝鮮の主要部を射程に収められるようになります。

さらに、「12式」は、陸(地上)、海(艦艇など)、空(戦闘機など)のいずれからも発射できる態勢を目指しています。また、アメリカの巡航ミサイル「トマホーク」をはじめとする外国製のミサイルの導入も進めます。「トマホーク」の配備は2026年度からを予定し、艦艇への配備を検討しています。

このほか防衛省は、潜水艦発射型のミサイルや音速を超える速度で滑空する「高速滑空弾」などの装備も整備する計画です。また、「スタンド・オフ・ミサイル」も保管できる火薬庫を新設するとしています。

Q、防衛費 いくらかかる?

今年度の予算です。

▼国産のミサイル「12式地対艦誘導弾」の改良開発・量産に1277億円が計上されました。

▼アメリカの巡航ミサイル「トマホーク」の取得に2113億円。

このほか、

▼装備品の維持整備費に昨年度の1.8倍となる2兆355億円、

▼弾薬の取得に3.3倍となる8283億円、

▼自衛隊施設の整備費に3.3倍となる5049億円が計上されています。

政府は、今後5年間の防衛力整備の水準を今の1.6倍のおよそ43兆円にするという、大幅な防衛費増額を決めています。

Q、「反撃能力」が発動される要件とは?

発動を行う要件について政府は、自衛権行使の3要件に合致した場合などとしています。

自衛権行使の3要件は

▽武力攻撃が発生し、

▽これを排除するためにほかに適当な手段がない場合に 

▽必要最小限度の実力行使にとどめるというものです。

このうち武力攻撃の発生については、相手が武力攻撃に「着手」した時で、“武力攻撃による実際の被害を待たなければならないものではない”と説明しています。さらに、日本の同盟国が攻撃を受けるなどして集団的自衛権を発動する場合も、反撃能力を行使できるという認識を示しています。

Q、先制攻撃となるリスクは?

安全保障の専門家などからは、武力攻撃の着手を正確に把握するのは難しいという指摘が出ています。

弾道ミサイルは、固定式の発射台だけでなく、車両や潜水艦などから発射されることもあり、最新の防衛白書では「発射位置や発射のタイミングなどに関する具体的な兆候を事前に把握することは困難」としています。

仮に相手が武力攻撃に着手する前に敵の基地などを攻撃すれば、国際法で禁止された「先制攻撃」となるおそれがあります。

(去年11月 参議院予算委員会 岸田総理大臣)

こうした指摘について、岸田総理大臣は「先制攻撃」ではないことを国際社会に明らかにできる制度や体制を構築していきたいという考えを示しています。

「国際法において先制攻撃に対する学説は分かれ 国によって物差しはさまざまだ。わが国として先制攻撃ではないことをしっかり明らかにする制度・体制をつくっていかなければならない。国会と国民にできるかぎりの説明努力を行いたい」

Q、「反撃能力」 そもそもどのような議論を経てきた?

(鳩山 一郎元総理大臣)

「反撃能力」は、これまでは「敵基地攻撃能力」と呼ばれ、戦後から長きにわたり議論が積み重ねられてきたテーマです。1956年、当時の鳩山総理大臣は「座して自滅を待つべしというのが憲法の趣旨だとは考えられない」と答弁。

政府は、法理論上は自衛の範囲に含まれ専守防衛からは逸脱しないという見解を当初から示してきましたが、政策判断としてその能力を保有することは一貫してありませんでした。

(安倍 晋三元総理大臣)

積極的平和主義を掲げ、集団的自衛権の行使容認を行った安倍元総理大臣も「敵基地攻撃能力についてはアメリカに依存しており、敵基地攻撃を目的とした装備体系を保有する計画はない」(2017年3月)と述べ、「反撃能力」の保有には踏み出しませんでした。

こうした中、転機のひとつとなったのが2020年。迎撃ミサイルシステム「イージス・アショア」の配備断念をきっかけに、自民党は、相手領域内でも弾道ミサイルなどを阻止する能力の保有を含め、早急に検討して結論を出すよう政府に求めました。

去年4月には、自民党の安全保障調査会が「敵基地攻撃能力」について、「反撃能力」に名称を変更したうえで保有することなどを盛り込んだ政府への提言をまとめました。

そして去年12月。岸田政権は「安保3文書」を改定し「反撃能力」の保有を決めたのです。

この間、ロシアによるウクライナ侵攻や北朝鮮による相次ぐミサイル発射など、安全保障環境は急変。一方で「反撃能力」の保有に至る判断や経緯について“十分な説明や議論が尽くされていない”という声も上がっています。

「反撃能力」の保有は、日本に何をもたらすのか。政府は、これまで以上に丁寧な説明が求められます。

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