韓国ソウルの繁華街イテウォン(梨泰院)で日本人2人を含む154人が死亡した事故。
なぜこれほどまで被害は拡大したのか?
きょうハロウィーン当日を迎えるなか、注意すべきことは何か?
“満員電車のドア付近で、カーブの時ぐーっと押される状態がずっと続いたような状態”
“起こってしまったらほとんど助かる可能性はないと思って、「事前対策」をするしかない”
いま分かっている情報をもとに専門家と分析します。
(10月31日 クローズアップ現代取材班)
“立ったまま意識を失い、倒れた人がいた可能性”
まずは現場の状況を、大阪工業大学教授で建築安全計画が専門の吉村英祐さんと分析しました。
「詳しく映像解析しないと分かりませんが、ぱっと見た限り、混んでいるところは1平方メートルあたり14~5人はいそうです。普通では起こりえない、尋常じゃない状況です。これくらいの密度になると自分の意思で移動できないですし、何よりも足元が見えないので、ちょっとしたことでつまづくと、棒立ちのまま倒れてしまいます」
これほど密集していると、人の体にはどのくらいの力が加わるのか。吉村さんがかつて行った実験では、1平方メートルあたり14人のとき、押される方向に270キロもの力がかかっていることがわかりました。ひとりあたりに換算するとおよそ100キロになります。3人に1人が呼吸困難に陥ったといいます。
「例えば満員電車でドアのそばに立っていると、カーブのところでぐーっと押されることがあります。一瞬息ができなくなるほどですが、あれが1平方メートルあたり15人くらいの圧力のイメージです。今回の事故現場ではそれが長時間続いていたため、呼吸自体できなくなるし、細長い路地ですから、そもそも酸素濃度が下がっていた可能性もあります」
実際に、当日19時ごろ現場を通った女性は私たちの取材に対し、
“前後左右から押されるので臓器が上がる感じ。私は身長が小さいので熱気の中に閉じ込められてるような感じで、酸素が入ってこない。上を向くと酸素が吸える、ちょっと隙間ができたときに酸素が吸える、そんな感じでした”と証言しています。
“30分もたないかもしれない” 圧力かかると人体は……
強い圧力がかかると、体にはどんな影響があるのか。
徳島大学教授で法医学が専門の西村明儒さんは、実験データが限られていることを前提とした上で、“体重の2~3倍の圧迫が加わった場合、徐々に窒息状態になり、30分程度で死に至る恐れがある”と指摘します。
「今回の現場では、人が密集して胸やおなかが圧迫される状態になっています。これが一定以上の強さになると、呼吸筋を動かすことができなくなって、呼吸運動ができなくなり窒息してしまいます。
60年ほど前になりますが、犬を使った実験で、体重の約3倍の圧迫が加わると、1時間以内に死亡するというデータがでています。呼吸はできるが空気を取り入れる量が少なくて、ちょっとずつ不足していくからです。人間は犬よりも脳が大きいので、じっとしていても脳が酸素を消費します。そうすると、犬が1時間もつ場合でも、人間だったら30分しかもたないかもしれません」
特に注意が必要なのは、女性や高齢者、年少者だと西村教授は指摘します。体格や筋力などが男性と比べ弱く、圧迫によって胸郭の変形が起こり、呼吸が阻害されやすいためです。
群集の中にいることに不安を感じた男性もいました。
“私の前に子どもをだっこした親子がいて、もし後ろから押されてその親子に倒れ込む人がいるとまずいので、私は防波堤みたいな形でこの子どもたちの後ろにいてあげようとしました。それぐらい足元は見えないし、人混みをかき分けて進むような若者もいました。だからいつ、パタッと転んだり倒れたりする人がいてもおかしくない状況ではありました。”
“起こってしまってからでは、遅い”
今回の事故のような状況に直面したとき、私たちに何ができるのか。
事故当日、現場では懸命な救命活動が行われていました。
しかし西村教授は“ほとんど助かる可能性はないと思ったほうがよい”と指摘します。
「心臓マッサージでなんとか酸素の循環を確保できて助かる人は、心臓が原因で心臓が止まった人だけです。今回のように窒息して酸素がなくなって心臓が止まった場合は、心臓が止まるまでの間に酸素欠乏で心臓の筋肉がずいぶんやられているんです。ということは、いくら心臓マッサージしてもほとんど効果がないですね。もちろん蘇生術はできる限りやるべきと思いますが、多大な期待を持つのは難しいかなと。
起こってしまうとだめなんです。だめと思ってないといけないんです。ほとんど助かる可能性はないと思って、そのくらいの気持ちで、今回のような状況に陥らないよう事前の対策をするしかないと思います」
密集回避の判断“エレベーターの定員”を目安に
きょうのハロウィーンなど、人が密集する状況は今後も起こりえます。
私たちはどう自分たちの安全を守ればいいのか。
大阪工業大学の吉村英祐教授は「エレベーターの定員が目安になる」と言います。
「エレベーターの定員は、だいたい1平方メートル当たり5,6人です。そのくらいでしたら、周囲の圧力もかかりませんし、隙間を通って逃げることもできます。危ないと思ったら引き返さないと、それ以上の密集状態では戻ろうと思っても戻れなくなる。その見極めとして、特に子どもを連れている方や体力が相対的に弱い方は、エレベーターの定員を判断にしていただきたいと思います」