ノーベル賞候補の柳沢正史教授が解説!心地よい眠りを得るための新常識5選

NHK
2023年5月24日 午後4:06 公開

成人の5人に1人が睡眠の悩みを抱えているという日本。平均睡眠時間は6時間18分と先進国で最低レベルの“寝不足大国”です。一体どうすれば快適な眠りを得ることができるのか。今回お話をうかがったのは睡眠研究の世界的権威、筑波大学教授の柳沢正史さん。柳沢さんはオレキシンという神経伝達物質を発見し、睡眠を制御する仕組みの解明に貢献、その成果を元に世界中で不眠症の治療薬の開発が進められました。ノーベル賞候補の呼び声も高い柳沢さんに、快眠のためのノウハウを教えてもらいました。

(クローズアップ現代 取材班)

柳沢正史さん/筑波大学国際統合睡眠医科学研究機構 機構長/教授  

柳沢さんは2022年「ブレイクスルー賞」を受賞しました。この賞はグーグルやフェイスブックなど大手IT企業の創業者などが設立した財団が、毎年、優れた科学者に贈る賞で、日本ではノーベル賞を受賞した京都大学の山中伸弥教授や、東京工業大学の大隈良典栄誉教授が過去に受賞しています。

柳沢さんによると、研究が進んできた結果、これまで多くの人が良いと思っていた行動が実はNGだったり、真偽があいまいだった行動の科学的エビデンスが明らかになったり等、これまでの睡眠の常識が変わってきているといいます。柳沢さんに快眠を得るための5つの新常識を解説して頂きました。

ㅤㅤ

★大切なのは寝室だけでなくリビングの明るさ 

柳沢さん

必要な睡眠時間には個人差がありますが、さまざまな研究や調査を総合すると、平均で7時間前後です。さらに重要なのは睡眠の質。質の良い睡眠をとるためには、まず寝室の環境を整えることです。➀部屋を暗くすること ②静かな環境にすること ③温度湿度を快適に保つこと、この3つがとても重要です。中でも日本人の生活様式でポイントになるのは「部屋の明るさ」。日本の家は明る過ぎるんです。

これは寝室だけじゃなくて特にリビング・ダイニングに言える話です。海外のホテルに泊まると「照明が暗いな。」と感じる人は多いと思いますが、実はあれくらいがちょうどいいんです。催眠作用のあるメラトニンというホルモンは光の刺激が弱まると脳内で分泌される量が増えます。寝室を真っ暗にしても、その前にいる環境で明るすぎるとメラトニンの分泌が進まず、なかなか眠たくならない、ということになってしまいます。

★眠くもないのにベッドに入るな

柳沢さん

睡眠衛生の基本的な話ですが、寝室やベッドには眠くなってからいくものです。眠くもないのに「はい、この時間になったから寝なきゃいけない」と無理にベッドに行っても眠れないし、「寝なくちゃ・・・」というプレッシャーで逆に不眠になったりします。

眠れない場合は、無理に寝ようとせず1度ベッドから出て、眠気が来るまで待ってから横になるのがベターです。大切なのは「◎時間寝なきゃ」という気持ちではなく、自然に眠くなって自然に起きる習慣。それでも日中、眠気に襲われたり眠れないせいで体調が悪い場合は医療機関を受診するのも大切な選択肢だと思います。

ㅤㅤ

―私はベッドから出るとスマホを見てしまうのですが、これは良くないでしょうか!?

ㅤㅤ

柳沢さん

私も見ちゃいます(笑)どうしてもスマホを見てしまう場合は、SNS等インタラクティブだったり、ショート動画を続けてみると脳が活性化してしまうので、どうせ見るなら映画など長時間で一方的なコンテンツが良いと思います。あとは「これをすると眠くなる」という自分なりのルーティーンを見つけられれば最高ですね。人によって違うので、何がよいか一概に言うことはできないですが、静かな音楽を聴いていると眠くなるという人もいます。ただ、睡眠中も脳は動いているので音楽をかけ続けると眠りが浅くなるなどの弊害があります。ですので、音楽の場合は途中でフェードアウトする設定にしておくことが大切です。私の場合は、つまらない論文を読んでいるとあっという間に眠くなるので(笑)それが私のルーティーンです。

ㅤㅤ

★昼寝は応急措置 ときに逆効果

ㅤㅤ

柳沢さん

ヒトは成人の場合、基本的に昼寝は不要で、夜の睡眠が不足している場合にのみ推奨されます。昼寝はあくまで応急措置で、夜しっかり眠ることが理想。特に高齢者では、昼間の活発な生活習慣をつけることが有用で、適度な運動を行い、昼寝をしないことも大切です。

現役世代の方で昼寝をする場合は14時ころまでにすること。そして20分間を少し過ぎた程度で切り上げることがポイントです。脳の疲労回復のためにはその程度で十分です。逆に20分を大きく超えてしまうと“深い”睡眠となってしまうため、脳が再び覚醒するのに時間がかかり、不快感が残ったりしてしまいます。

ㅤㅤ

★“寝過ぎてだるい”は勘違い 睡眠不足の証拠

ㅤㅤ

柳沢さん

「週末に寝過ぎちゃうから月曜日はいつもだるい」と言う人がいますが、そもそもヒトという生き物は「寝過ぎる」ことは出来ません。睡眠が足りていたら、それ以上眠ることは出来ず、必ず起きちゃいます。週末に昼まで寝られるということは、それまでの睡眠がいかに足りていなかったかの証拠です。

月曜日に体調が悪くなるのは、週末に昼まで眠っているせいで、睡眠中央時刻、これは就寝時刻と起床時刻のちょうど真ん中の時刻のことを言いますが、それが後ろにズレてしまい、それを月曜日に元に戻すことで、いわば時差ボケ状態になってしまうためです。これは「社会的時差ボケ」と呼ばれる状態です。

こうした「自覚なき睡眠不足」の方が日本ではとても多く危険です。繰り返しになりますが、成人に必要な睡眠時間は平均すると7時間前後で、それより少なくても大丈夫な人も確かにいます。しかし、多くの自称ショートスリーパーは、睡眠不足を自覚できていないだけです。そのまま生活を続けていくと、昼間の脳のパフォーマンスが低下して仕事に支障が出ますし、確実に健康も悪影響が出ます。

―どうすればいいでしょうか?

柳沢さん

私はよく「とにかく1週間でいいから、毎日いつもより30分、もしくは1時間なり長く眠ってみて下さい」と話しています。それを実行した人からは「昼間の世界が変わった」「効率的に仕事が出来るようになった」と言われます。快活さを実感できれば、おのずと「自分の生活を見直そう」「1時間長く睡眠を確保しよう」というモチベーションが湧き、行動も変えられるのではと思います。

ㅤㅤ

★朝型・夜型は年齢によって変わる

ㅤㅤ

柳沢さん

今の世の中は朝型の人に有利にできています。早寝早起きを批判する人はいませんから。 でも生物学の側面からすると、どうしても朝が苦手な人、夜型の人はいるんです。そして実は朝型・夜型は個人の体質以外にも、年齢によって大きく変わることが研究で分かってきています。

ヒトは10歳前後までは平均すると朝型で、それを過ぎて思春期から20代、30代にかけては一気に夜型が進みます。それを過ぎると段々朝型に戻っていく。だからおじいちゃん、おばあちゃんになるとみんな早寝早起き。この変化の理由は社会的な要因ではないとされています。生物学的にヒトは、そういうものなんだとしか今は言えません。

ㅤㅤ

―私は高校時代、授業中とても眠かったです。それはしかたなかったということですか?

ㅤㅤ

柳沢さん

あくまで平均値であって個人差もありますが、高校生が眠いといのは、睡眠研究の現場からすると、確かに「仕方ない」ということになります。米国ではコミュニティレベルで「Start School Later」運動、学校の始業時間を遅らせる取り組みが行われていて、生徒たちの学業成績が向上するなどの成果があがっています。

始業時間を変更することはすぐには難しいかも知れませんが、まずは校長先生・教育委員会をはじめ、教育行政を司るシニア世代が、若い人は平均的には夜型で、無理に朝早くに起きる生活を続ける場合、昼間眠いのは仕方ないことだと理解を示してあげることが必要です。

ㅤㅤㅤ

―自分が朝型か夜型かを知る方法はありますか?

ㅤㅤ

柳沢さん

国立精神・神経医療センターのHPなどで元の英語版を日本語に翻訳した「朝型・夜型質問紙」が公開されていて、19の簡単な質問に答えるだけで朝型か夜型かを推定することが可能です。気になる方は是非、活用してみて下さい。

ヒトはなぜ眠るのか? 睡眠研究の未来

柳沢さんは現在、世界的にも珍しい睡眠に特化した研究施設(※)で、世界中から集まった160人もの研究者たちを束ねるリーダーを務めています。最後に柳沢さんに睡眠とは何か、今後の目標などについて聞きました。

※筑波大学国際統合睡眠医科学研究機構 柳沢さんは教授・機構長を務める

―そもそもなぜヒトは眠るのでしょうか?

柳沢さん

ヒトに限らず全ての動物が眠らなくてはならないのですが、実はまだ満足のいく研究成果は出ていないんです。睡眠を進化論的にいえば、ものすごくリスキーな状態です。私たちが唯一、健康な状態で意識がなくなる訳ですから、生産的なことは何一つできない。更にいろいろな危険や外敵から身を守ることもままならない。そのリスクを補うだけのメリットがなければならないのですが、説得力のある説明や研究成果はいまだにないんです。

―睡眠は奥が深いんですね。一方で新たに分かってきたことはあるんでしょうか?

柳沢さん

いわゆる“眠気”の正体が解明されつつあります。私たちの研究チームでは、眠気につながる物質を見つけ出すために、ランダムな遺伝子突然変異を持つ8千匹のマウスの中からよく眠るマウスを選んで掛け合わせ、長く眠ってもすぐにまた眠ってしまう特徴をもった“スリーピーマウス”の家系を作りました。

そのスリーピーマウスが、起きている=覚醒しているときに、脳を調べたところ、およそ80種類のタンパク質でリン酸化が進んでいることが分かったんです。そして覚醒時間が長くなるほど、リン酸化の度合いは進んでいました。

つまり「眠気の正体とはリン酸化ではないか」と私たちは仮説を立てイギリスの科学誌ネイチャーに発表したところ、大きな反響を得ました。

―眠気の正体がリン酸化であると確定すると、社会にはどんなインパクトがありますか?

柳沢さん

リン酸化が眠気の正体なら、リン酸化を抑える物質が見つかれば効果的な目覚ましの薬をつくることが出来ます。また、眠気を誘うリン酸化の仕組みが分かれば、どうすれば深く眠ることが出来るかも分かるはずで、多くの人が悩む睡眠不足、睡眠障害の改善に大きく寄与できると思います。

―最後に今後の目標を教えてください。

柳沢さん

私たちは、研究成果の社会への還元にも取り組んでいます。睡眠の不調は主観と客観のかい離があるケースがとても多いので、科学的エビデンスに基づいた在宅睡眠脳波計測を可能にしました。誰もが自分の睡眠を見える化できる社会を実現することが目標です。

そのことによってみなさんの睡眠を改善して、健康増進・疾病予防・労働生産性向上などに貢献できたらと思っています。

―貴重なお話、ありがとうございました。

【関連番組】

放送内容をテキストで読む