ウクライナとロシア 「情報戦」この先どうなる?【クロ現アフタートーク】

NHK
2022年4月7日 午前7:04 公開

戦火の裏で繰り広げられている「情報戦」。

ロシアによるウクライナへの軍事侵攻をめぐっては、虚実入り交じったさまざまな情報が飛び交っています。サイバー戦略が専門の土屋大洋さん(慶應義塾大学教授)に、「情報」という視点から、今後の事態の行方を読み解いてもらいました

4月4日放送「クローズアップ現代」の"アフタートーク”です。

 

クローズアップ現代 「戦火の下の『情報戦』ウクライナ“虚と実”の闘い」

NHKプラスで配信(4/11まで)※別タブで開きます

ウクライナをめぐる「情報戦」の特徴

<土屋大洋さん 慶應義塾大学教授>

世界各国のサイバー戦略が専門。今回のウクライナ侵攻における「情報戦」を分析

<土屋さんの注目点>

  • ウクライナの通信・電気インフラはまだ維持されている
  • ウクライナは、ロシア軍との情報戦に対処するための準備をしていた
  • ゼレンスキー大統領はSNSで自撮りを発信し、ロシア側の「大統領は逃亡」というフェイクニュースに対抗。情報戦で機先を制した。
  • ウクライナが「電気」と「電波」のインフラを守れるかが、今後の注目点。

(さらに詳しい内容は「クロ現全記録」で読むことができます)

放送ダイジェスト記事「クロ現全記録」はこちら(仮)

 

ロシアが『通信インフラを破壊しない』理由

桑子:

これまでのところ「ウクライナの通信状況は驚くほど維持されている」とおっしゃっていました。これはロシア側にとって「つぶせない理由」があるということなのでしょうか?

 

土屋:

本当に不思議な状況だと思います。単純に考えれば、ウクライナの通信を全部止めてしまう方がロシア軍にとってはいい。ウクライナには携帯電話ネットワークが数社ありますが、そのうち1社はロシア系の会社なんです。

ロシアはその通信会社を止めればいいはずですし、その会社を通じて、ウクライナ国内のどこにアンテナがあるのか分かっているはずです。つまり「つぶせるのにつぶしていない」。

これはちょっと信じがたいことですが、ロシア軍は『ウクライナの携帯電話を使って連絡を取っているんじゃないか』という指摘が、アメリカ側から出ているんです。

 

桑子:

普通なら軍事作戦中は独自の通信網を築くはずが、ロシアはそれをやっていないと?

 

土屋:

通常、軍は自前の通信設備を持ち込んで、独自の暗号化された無線通信を行ったり、人工衛星を使って通信をするものです。しかしロシア軍はどうもそれがうまくいってない。

それは、アメリカやウクライナ、その他の国がロシアに対して通信妨害をやっているからですね。そのため兵士たちはやむを得ず『自前の携帯電話で連絡を取っているんじゃないか』と言われています。

  

"通信傍受”"暗号解析” 最前線で起きていること

桑子:

今後の展開として、ウクライナの「電波」と「電気」がカギになるとのことですが、ロシアがそこを狙ってくる、ということでしょうか。

 

土屋:

ロシアが「ここは徹底的につぶす」という地域では、通信アンテナを狙っていくと思いますが、自分たちにとっても必要なインフラがある地域では、あまり直接的には攻撃をしない可能性もあります。逆に、そこからロシア側の意図が見えてくる可能性もあるわけです。

つまりロシアは『この地域を戦略的に残しておこうとしている』『この地域は徹底的につぶそうとしている』『こことここをつなぐネットワークを残しているなら、次に進むのはここだろう』ということも見えてくるかもしれません。

 

桑子:

ウクライナ側はそうした動きを予測して、対策を打てるかもしれない。

 

土屋:

たとえばロシア軍は兵士の食料を、ロシアから補給してこなければなりません。

もしウクライナが、前線にいるロシアの軍隊からの「水、食料が欲しい」という通信を傍受できれば、それを妨害することも可能です。

誰が、どこで、何を持っているか。通信を傍受して、暗号を解読して、ということを徹底的にやっている。それが「情報戦」の最前線です。

 

回線もサービスも制限 ロシアのネット状況

桑子:

一方でいまの状況を変えるひとつカギが、ロシア国内の世論を変えていくことだと言われています。その点に関して、土屋さんはどう考えていらっしゃいますか。

 

土屋:

今、ロシアの人たちの情報源は非常に限られてしまっています。ロシアのインターネットのインフラはの一部は、実はアメリカの通信会社が握っていました。それらの会社は、自分たちの回線がロシアのサイバー攻撃に使われていると気付き、回線を遮断してしまった。

もちろんほかの通信会社も回線を提供していますし、ロシアと中国の間のインターネット回線も生きているので、全てが遮断されたわけではありませんが、インフラのレベルで制限がかかっています。

その上、アメリカの大手プラットフォーマーが提供しているツイッターやグーグルといったサービスも止められてしまっています。さらにロシア側も、フェイスブックで外から情報が入るのを遮断する、ということがありました。

ロシアの人たちはフェイスブックが大好きだったんですが、今はそれが使えなくなっている。我々からしたら、ロシアの人たちが何を考えているのか分からないですし、ロシア国内にいる人たちは外の情報が分からない。

そうすると、ロシアの放送局が流している情報を鵜呑みにすることになり、国民はロシア国外の状況を、正確に把握できてないような気がします。そうなるとロシア人の認識は、どんどん事実とかけ離れたものになっていくわけです。

 

“8割がプーチン支持” ロシア国内の情報は

桑子:

ロシア国内ではプーチン大統領の支持率が8割を超える、というデータもあります。これについてはどう見ていますか?

「プーチン大統領 支持率 “4年ぶりに80%超”」NHKニュース

土屋:

政治学の世界では『支持率が8割以上』というのは、明らかに異常値です。調査の方法が間違っているか、対象が間違っているかだと思います。

例えばフセイン大統領時代のイラクや、北朝鮮、あるいは中国といった権威主義体制の国でしか見られない数字です。普通の民主主義の国では、支持率が7割を超えるのはめったにない。

今ロシアの人たちに「あなたはプーチン政権を支持しますか」と聞くと、回答を拒否する人たちが多いと思います。「答えられない」ではなくて「答えたくない」。「答えると自分の身に危険が及ぶかもしれない」という理由で拒否している人たちが多い。

つまり調査に応じるなら、「プーチン大統領を支持している」以外の答えはしにくい状況になっているのでしょう。

 

"自分が信じたい情報を信じる”

桑子:

そうなると重要になるのが、ロシアの人たちの考えを変えることだと思いますが、これにはどんな手立てがあると思いますか。

 

土屋:

これはなかなか難しいです。外にいる人たちがロシアの中にいる人たちに、どれだけ"正しい情報”を伝えられるか、ということだと思いますが、『何が正しいか』というのは非常に主観的な問題です。

ロシアの中にいる人たちは、自分が信じたいものを信じています。

今まで長い間、ロシア政府はメディア統制をしてきました。独自の情報を流す、あるいは反体制的な情報を流す人たちは、どんどんつぶされてきた。

そうした状況で、例えばロシアの外にいる親族や友人が『ロシア国外で報道されてることはこうだ』『ロシアがウクライナでやっていることはこうだ』と一生懸命伝えても、中にいる人たちはなかなかそれを認められない、受け入れられない。

そういう状況が起きていると思います。

 

桑子:

その状況はどうすれば変えていけるでしょうか?

 

土屋:

ロシアの若い人たちは『フェイスブックが使えなくなった』『ユーチューブが使えなくなった』『ツイッターもアクセスできない』という状況が、異常だと気付いているわけです。

なぜそうなっているのか疑問を持ち始めて、「VPN(バーチャル・プライベート・ネットワーク)」という技術を使って、ロシアのメディア統制をかいくぐり外の情報にアクセスできる人もいます。一生懸命、国外の情報を取り入れようとしている。

そうした情報を、テレビしか見ることができない年配の人たちに、一生懸命伝えています。あるいは、国内でデモをやることによって、今プーチン政権がやっていることがおかしいんだと一生懸命訴えようとしています。

少し時間がかかるかもしれませんが、その動きが徐々に増えて、ある「閾(いき)値」を超えると、プーチン政権に対する不信感は一気に高まる可能性があります。

 

プーチン大統領はスマホを持っていない!?

桑子:

その中でプーチン大統領自身は、スマートフォンを持っていないという話を聞きました。それは本当なのでしょうか。

 

土屋:

タス通信というロシアの通信会社が、ウクライナ侵攻が始まる前に配信した記事があるんですが、それによると『プーチン大統領は、“忙しいのでスマホは使わない。時々インターネットは使う”』とありました。『忙しすぎてスマホは使えない』というロジックは、私には理解できないのですが…。

私もプーチン大統領がインターネットを使っている、スマホを使っている写真がないか探したことがあるのですが、見つけられませんでした。

 

桑子:

では、側近からの情報しかない環境で、指令を出しているかもしれない。

 

土屋:

"自分の聞きたい情報を聞く”、というのが人間の心理です。

"聞きたくない情報”を聞いた時にプーチン大統領が不機嫌になるからと、部下たちが忖度して、耳障りの良い情報しか上げていないのではないか、というの心配があります。

 

"フェイクにフェイクで対抗してはいけない"

桑子:

一方で、ウクライナ軍の情報があまり伝わってこないことにも違和感を覚えます。

 

土屋:

ウクライナ側が何をやっているのかが外に伝わった結果、『ロシアが対抗措置を取ることを避けたい』ということだと思います。

もちろんウクライナ側は、自分たちに有利なように世論を展開したいと思っているはずです。ゼレンスキー大統領は各国の議会にオンラインで参加することで、国際世論を味方につけている。

それがもっと先に行くと、情報をある程度ゆがめて『自分たちに有利な方向に強いメッセージを出したい』ということも、あるかもしれません。これは非常に危険なことですね。

我々は、ウクライナが「正しい情報」を発信しているか、ということに対してもチェックする目を持たなければいけないと思います。ウクライナ政府も、嘘をついてはいけないと思います。

やはり民主主義は『事実をみんなが共有して、いかに議論をするか』です。

『フェイクニュースに対してフェイクニュースで対抗する』『目には目を歯には歯を』という形でやってしまうと、ウクライナの国民はウクライナ政府を信じられなくなります。

『わたしたちの政府は嘘をつく、発せられてる情報が真実かどうか分からない』となったら、それはロシア政府と変わらない。もし人々がウクライナ政府に対する信頼を失ったら、この「情報戦」の構図は大きく崩れてしまうと思いますね。

 

桑子:

その"一線”を越えないようにしてほしいですね。

 

土屋:

そうですね。「正しい情報」は人によって違うわけですが、多くの人が共有できる情報に基づいて議論をし、国民の判断をしていくということが民主主義の前提です。それが崩れてしまわないように、ウクライナ政府は"一線”を超えないようにしてほしいと思います。

 

桑子:

ありがとうございました。

 

 

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