夫婦間の臓器移植 あなたなら、どうする? その1 血のつながらない関係ゆえの葛藤

NHK
2022年8月30日 午後3:14 公開

いま、夫婦の間で臓器移植を行うケースが増えています。

これまで、血のつながりのある親子間が主流でしたが、医療技術の進歩によって夫婦の間でも可能に。生体間での移植件数が最も多い腎臓に関しては、年間およそ1,500件のうち、4割ほどを占めるまでになっています。

しかし、夫婦間の移植は、血のつながりがないゆえに、さまざまな葛藤をもたらすことも少なくありません。夫婦をめぐる新たな選択肢。あなたなら、どうしますか?

(クローズアップ現代 ディレクター 大森暁彦)

臓器の提供者(ドナー)になれるのは?

現在、日本で1年間に行われる臓器移植手術は、2,265件(2020年)。その84%にあたる1,904件は、生きている人、つまり「生体ドナー」からの臓器提供となっています。背景には、国内の脳死・心停止ドナー数が極めて少ないことがあるとされています。

生体ドナーになれる人の範囲は、日本移植学会の定める倫理指針で、患者本人の6親等以内の血族、配偶者の3親等以内の血族とされています。

臓器を提供できる人の範囲(生体間での移植の場合)

生体ドナーが限定されているのは、違法な臓器売買などを防ぐためです。ただし、上記の条件に該当しない人の場合でも、移植手術を行う病院および日本移植学会の倫理委員会が認めれば、提供が行われるケースもあります。

なお、こうした移植手術は、保険診療の適用となります。生体ドナーからの移植の場合、腎臓・肝臓・肺・膵臓・小腸の5臓器が保険の対象です。

腎臓移植の場合、必要な医療費は400万~500万円ほどで、自己負担額は、その1~3割となります。

また、末期腎不全治療法としての腎臓移植は「自立支援医療制度」の対象であるため、移植手術前に都道府県に申請すれば、自己負担額はさらに低額となります。

(※病状やさまざまな条件によって変わりますので、詳しくは医療機関や各自治体にお問い合わせください)

夫婦間の移植を可能にしたのは?

血縁関係にない人の臓器は白血球の型(HLA抗原)が異なるため、体内で“異物”と判断され、排除しようとする機能が働きます。「免疫機能」と呼ばれ、リンパ球などの免疫細胞や、「抗HLA 抗体」という抗体が移植された臓器を攻撃(拒絶反応)してしまうのです。

夫婦間での腎臓移植においては、妊娠経験のある妻が夫から臓器提供を受ける際、強い「抗HLA抗体」があると移植が困難とされています。妊娠時、胎児を介して夫に対する「抗HLA抗体」が妻の体内につくられ、出産後も残り続けるからです。夫の臓器を移植すると、この「抗HLA抗体」がすぐさま攻撃を開始し、「超急性拒絶反応」を起こすケースがあるのです。

しかし、こうした「抗HLA抗体」の壁を越える技術が発達すると同時に、従来難しいとされていたA型からB型など輸血できない血液型同士の手術を乗り越える技術も発達し、夫婦間の臓器移植が可能になりました。

加えて、患者の高齢化が進み、親からの移植が困難になるケースが増えたこともあって、夫婦間の移植が新たな選択肢として定着し始めたのです。

免疫細胞の攻撃を受ける、移植された腎臓のイメージ図

<免疫細胞の攻撃を受ける、移植された腎臓>

さまざまな免疫抑制剤

<さまざまな免疫抑制剤>

さらに詳しい情報は

👉 一般社団法人 日本移植学会のホームページ (※NHKサイトを離れます)※別タブで開きます

“夫婦間”移植 血のつながらない関係ゆえの葛藤

では、実際に夫婦間の臓器移植を経験した人たちは、どのような思いで移植を決断していったのでしょうか。

「夫を、自分の病気に巻き込むわけにはいかない・・・」

「最初は、自分がドナーになるという選択はなかった」

「それまでの夫婦関係が、大きく変わるかもしれないことが怖かった」

当事者たちに話を聞くと、そこには血のつながらない夫婦という関係ゆえの葛藤、そして、移植を前にして、互いのそれまでの関係を見つめ直す姿がありました。

「“夫婦間”移植は美談じゃない 」

4年前、38歳で腎臓の移植手術を受けた両角晴香(もろずみ・はるか)さん(42)。夫の卓馬さん(44)が、ドナーになりました。

(左)両角晴香さん (右)両角卓馬さん

<妻の両角晴香さんと、夫の両角卓馬さん>

移植の決断を下すまでの日々を、夫と妻、それぞれに振り返ってもらう取材。

妻の晴香さんがまず語ったのは、夫婦での臓器移植は、決してきれい事などではないという思いでした。

両角晴香さん

夫から臓器提供された妻 両角晴香さん:

「夫婦間腎臓移植って美談では決してないと思っていて。やっぱり愛があるから臓器を提供するとか、愛がないから提供しないとか、そういったことでは本当にないですし」

人知れず、自分に貼った「レッテル」

13歳で腎臓病を患った晴香さん。長年、病状の悪化を抑えるため、薬の手放せない生活を続けてきました。

そうした中、晴香さんは人知れず、あるコンプレックスを抱えるようになります。

妻 両角晴香さん:

「中学1年生の時からずっと通院とかしつつ、『いずれは人工透析かな』とか、『本当に腎臓が悪くなったら、ちょっと妊娠は難しいかな、母にはなれないかな』みたいなこととかも、医師に言われていたりもしたので。

子宝に恵まれて、親になってみたいのが、憧れるじゃないですか。ただやっぱり産めないかもしれない、自分はひょっとしたら不良品なんじゃないかみたいなところは、自分自身にレッテルを貼って生きてきたような気もする」

そうした中、晴香さんが30歳の時、大きな転機が訪れます。卓馬さんとの子を、妊娠していることが分かったのです。

結婚当時の写真

<卓馬さんと結婚した翌年、晴香さんの妊娠が判明>

妻 両角晴香さん:

「あれ、生理来てないかもって思い始めて、やばい、1か月来てないみたいな。で、ドキドキしながら調べたら陽性で。ああって、何かいろんな思いがよぎりました。私、妊娠して大丈夫な体でしたっけみたいなところとか。

でも、病院に行って、よくドラマとかで見る、『おめでとうございます。何週間です』みたいなことを言われて、私にもひょっとして人並みの幸せが来るのかしらとか思って。『私、普通に母になれるんだ』と思いました。その時は、すごいうれしかったです」

諦めざるを得なかった、我が子

けれど、妊娠5か月目。あまりに厳しい現実が、晴香さんを待ち受けていました。

妻 両角晴香さん:

「通常の婦人科検診だったんですけど、胎動も少しずつ感じ始めて、もうワクワクっていう感じで行ったんですよね。そしたら、『ちょっとよろしくない』と。まず母体の私が、もう結構高血圧だったり妊娠中毒症の状態になっている。で、ちょっとこのままでは赤ちゃんも育たないし、医師として、このまま(妊娠を)続行するというのはなかなか難しいと言われてしまったんですよね」

この時、晴香さんの腎臓には、妊娠の影響で大きな負荷がかかっていました。そのまま妊娠を続ければ、腎臓の機能が大きく低下し、晴香さんの命も脅かされるというのです。

お腹の子は、諦めざるを得ませんでした。

晴香さんが赤ちゃんを妊娠した時の母子健康手帳

 <晴香さんが赤ちゃんを妊娠した時の母子健康手帳>

妻 両角晴香さん:

「最初のうちはやっぱり『私が死んでも産むんだ』みたいなことを言っていたけれど、夫はそんなのもちろん大反対。もう賛成してくれる人が1人もいなかったんですよね。そんな中でじゃあ自分の気持ちだけを貫き通して、果たしてじゃあ家族全員がハッピーになれるのかって考えたら、恐らくそうではないんじゃないかなということを、1つ1つ何度も家族で話し合いながら道を決めていったっていうところですかね。

まあ絶望ですよね。妊娠を経験された女性であれば、何となく想像をいただけるかもしれないんですが、母性って一度芽生えてしまったものを自分で抑えるってなかなか難しかったりして、何とか、何とかならないのかみたいな。うん、なかなか難しかったです」

あなたは、私のことを愛せていますか?

30代の頃の両角晴香さん

妊娠による大きな負荷が原因となり、その後、晴香さんの腎臓は年を追うごとに悪化していきました。

そして36歳の時、ついに医師から、移植手術の必要性を告げられます。

結婚してから、ずっと晴香さんの苦しみをそばで見つめてきた、夫の卓馬さん。自分の健康な体にメスを入れることに不安を抱きながらも、晴香さんに、「腎臓ドナーになりたい」と申し出ました。

夫 両角卓馬さん

夫 両角卓馬さん:

「元の生活に戻れなくなるかもっていう恐怖心と不安感っていうのは当時ありました。でも、お互い支え合う関係性の延長線で自分にできることはしてあげるっていう。

(妻は当時)本当にすごい倦怠感で。座っていられないというか、寝込んでしまうというか。そういった中でそれでも頑張ろうっていう本人の歯がゆい気持ちは目の前で見ていましたので。

やっぱり彼女を助けたいというか。助けたいっていう言葉自体もちょっとおこがましいぐらいには感じますけど、本当に長年苦労してきてつらい毎日の状況も見てきて、ドナーになりたいっていう気持ちのほうが強かったと思います」

しかし、晴香さんは、卓馬さんの気持ちをなかなか受け止められませんでした。臓器提供を受けることで、それまでの夫婦関係が大きく変化してしまうことを、恐れていました。

両角晴香さん

妻 両角晴香さん:

「ひょっとしたら夫は、すごく私が体調悪そうにしているのを、とてもかわいそうに思って、勢いで(腎臓を)あげるって言ってしまったのかもしれないしとか、もうありとあらゆることを考えるわけです。

通常であれば、フェアな関係で、ある時は支え、ある時は支えられみたいな夫婦の関係性がある、っていうか人と人ってそうであるべきだと思うんですけど、それをどうしても夫が支える側になって、私が支えられる側になってというふうに、夫婦の関係がちょっとだけいびつになっていく。やっぱり支えられる側っていうのは、すごく気にかかるところでしたね」

そんな晴香さんが当時、卓馬さんに対して頻繁に口にするようになった言葉がありました。

ソファに足を抱えて座る両角晴香さん

妻 両角晴香さん:

「夫に対して『愛してる』っていうことを毎日毎日伝えるんですよ。伝えついでに、『あなたはどうですかね?』みたいなことを聞く。『あなたの奥さん、すごい腎臓どんどん悪くなっていっていますけど、夫としてどういうお心持ちでしょうか?』みたいなのを、やっぱりその都度都度確認しないと、夫にもいろんな思いがあるだろうからっていうのも含めた、『私のこと好き?』っていう言葉だったと思うんです。

何かこう、女性としてすごい欠落している感覚がどうしてもあるんですよね。持病を抱えて、しかも進行性のある持病で、どんどん悪くなっていって、お仕事も何となくできなくなっていって、そして何よりも子どもを産めていないっていうところ。そこって、やっぱり女性にとって、少なからずとも1回は考える機会があるであろう子育てみたいなところもできていないってなると、なかなか夫への妻としての貢献度みたいなところが、私はなかなか見えなくて。そんな中、『大丈夫でしたっけ、夫婦関係?』『ちゃんと愛せていますか、こんな女性ですけど、いろんな欠落だらけの?』みたいなところは、すごくありました」

夫の日記に、つづられていた思い

本当に、夫婦で臓器移植に臨むのか・・・。

晴香さんと卓馬さんは、その後も話し合いを重ねます。けれど、夫婦の関係が大きく変わってしまうかもしれないという、晴香さんの不安は拭いきれぬまま。

なかなか決心のつかない妻の姿に、卓馬さんはしばしば複雑な思いを抱いていました。

パソコン作業をする卓馬さん

夫 両角卓馬さん:

「嫌悪感っていう強い気持ちがありましたね。本当に自分の命を提供するっていう思いで、健康になってほしいっていう思いがある中で、裏切りとは言わないかもしれないんですけれど」

そうして、2年が過ぎた頃。
晴香さんの気持ちが変わり始める、きっかけとなる出来事がありました。

それはある日。晴香さんがふと、卓馬さんのつけていた日記をのぞいてしまった時のこと。

「2018年1月1日 今年の目標 晴香さんに腎臓をあげる」

「こういう時こそ、はるかさんを支えてあげないと」

つづられていたのは、何の見返りも求めず、ただ晴香さんに元気になってほしいという、卓馬さんの思いでした。

当時、卓馬さんがつけていた日記

 <当時、卓馬さんがつけていた日記>

妻 両角晴香さん:

「時間はかかりました、かかりました。命の一片であるからこそ、本当に信頼関係のある人でないと、やっぱり受け取る側も怖いんですよね。

だから、夫ともう話し合いもしましたし、夫の本心みたいなのも知ることによって、もういろいろ悩まずに、夫の気持ちを受け取って、そしてもう本当に元気になろうって。

そう捉えられたからこそ、そんな夫婦間腎臓移植なんて、とてつもなく大きな手術を受けてみようって決断できたんだと思います」

医師に移植手術の必要性を告げられてから、2年。晴香さんはついに、卓馬さんから腎臓の提供を受ける決意を固めます。

そして、2018年3月。夫婦2人で、移植手術に臨んだのです。

移植手術のため入院していたときの両角夫婦

<移植手術のため、入院していた時の両角晴香さんと卓馬さん>

葛藤の日々が、育んだもの

臓器移植から、4年。

晴香さんの腎臓の機能は、大きく改善。かつてままならなかった運動もできるまでに、体調は回復してゆきました。最近は、夫と並んで走るランニングが、新しい日課となっています。

ランニングをする両角夫婦

<移植後、夫婦でのランニングが新たな日課に>

移植に臨む前、晴香さんが抱いていた、「夫婦の関係が変わってしまうのではないか」という不安。けれど移植後も、卓馬さんの妻への向き合い方に、大きな変化はありませんでした。

妻 両角晴香さん:

「もう僕のあげたものは晴香さんのものだから、よくしてやってねみたいなことで、それはやっぱり夫婦関係のゆるぎないところで、私が腎臓移植前に、夫はこういう人だからって思ったものと何の相違もなく、だからこそ、夫婦関係すごくフェアな状態で、今は楽しくやれているところがあります」

今、晴香さんは、ふとした瞬間に、夫の腎臓が入っている自分のお腹をさすってしまうことがあると言います。

夫の腎臓が移植されたところさする晴香さん

<夫の腎臓が移植されたところを、晴香さんは時折さすることがあるという>

妻 両角晴香さん:

「感覚として、あ、かつて味わったことのあるマタニティの感覚にすごい似ているって、移植してずっとそれを感じていて。

赤ちゃんも命だった、で、夫の移植した腎臓もやっぱり命である。それがお腹の中に入っているっていうのは、何か女性の中のちょっと特殊な感覚なのかもしれないんですけど、私はそういうふうに感じていました」

夫婦で臓器移植に臨むまで、悩み続けた2年の月日。それは晴香さんにとって、卓馬さんとの信頼関係を、より深いものへと育む時間になりました。

妻 両角晴香さん:

「夫婦で再生していくんだ。もう一度手を取り合って、もう一度歩み始めるんだ。そういったきっかけだったことは間違いないですし、腎臓移植の経験が、もうほかに望むものはないですって思えてしまうぐらい、大きな出来事であったことは間違いないですね。

自分の元気な臓器を、わざわざ切り取って失う。その喪失感って想像しても想像しても絶対にできないんですけど、そんなリスクを冒してまで、助けようとしてくれて、その対象が自分だったっていうことが、もうそれだけで生涯生きていけるなというくらい、大きなものを頂きました」

微笑みあう両角夫婦

【続きはこちら】

👉 夫婦間の臓器移植 あなたなら、どうする?  その2 家族のあり方を見つめ直した夫婦

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