新型コロナの中等症患者を受け入れる病院が今、“負のスパイラル”に陥っています。
新規感染者の爆発的な増加、デルタ株の脅威、人手確保の難しさ、“抗体カクテル療法”が使えない懸念…さまざまな要因が重なり、医療現場ではベッドの回転率が下がり、満床状態から抜け出すことができません。
なぜ悪循環は続くのか――“第5波”と闘う病院からの報告です。
(報道局 社会番組部ディレクター 津田恵香)
「治療してもなかなか改善しない」 空かない、増やせないベッド
国際医療福祉大学成田病院(千葉 成田)
千葉県成田市にある、国際医療福祉大学成田病院。主に新型コロナの中等症の患者を受け入れています。取材をした8月上旬。これまでに経験したことのない異変に直面していました。
患者の大半は、ワクチンを接種していない60代以下の世代。治療にあたる呼吸器内科部長の津島健司医師が指摘したのは、患者のなかに、治療を継続してもなかなか改善しないケースがあることでした。
この日、50代の男性患者が、重症化し、転院することになりました。1週間の入院中、ステロイドやレムデシビルの投与などの治療を行いましたが、ネーザルハイフロー(大量に酸素を送る装置)でのサポートでも限界になり、人工呼吸器をつけることになりました。
(国際医療福祉大学成田病院 呼吸器内科部長 津島健司 医師)
「一気に悪くなって、そこからの改善が全然良くないんですよ。本来ならもう戻るかなと思ったところが全然良くならない」
このとき埋まっていた病床は29床と、人工呼吸器をつける重症者2床。回復の時間が想定以上にかかることが、なかなかベッドがあかない一因にもなっていました。
施設としては、病床は拡大できるそうですが、一般診療も維持しながら、看護体制を確保することは容易ではなく、簡単には病床は増やせないと言います。
「看護師ひとりで、複数の患者をみています。患者が増えてい_ることから、看護の仕事も増えている。ベッドがあるからといって、病床を増やすことはすぐにはできません」_
さらに、医療スタッフの負担はほかにもあります。
中等症の患者が悪化し、重症患者をみる病院に転院するには、救急車で往復3時間ほどかかる場合もあります。患者を安全に搬送するため、成田病院で挿管し、人工呼吸器をつけてから転院してもらいます。救急車には、一定の技量がある内科や外科の医師や看護師が一緒に乗り込むため、人員も時間も多くかかるのです。
異変は4月に…デルタ株の3つの特徴
国際医療福祉大学成田病院 救急科 遠藤拓郎 医師
国際医療福祉大学成田病院は、成田空港から近いこともあり、空港検疫で陽性が確認され、その後症状が悪化した患者が搬送されます。
デルタ株の“異常”に気づいたのは、今年4月。首都圏で置き換わりが進む約3か月前のことでした。救急科の遠藤拓郎医師は、デルタ株が流行した地域から帰国した9人の患者を詳細に分析。その結果、これまでにない3つの特徴が見えてきました。
- 重症化の早さ
発症から入院までの日数を調べると、第1波の従来株では、平均8.3日。第2波以降では、5.2日。しかし、この病院に入院したデルタ株の患者では、平均3.3日と極端に短くなっていました。
- 肺のあちこちにウイルスに侵された“白いかげ”が群発
遠藤医師は、9例のうち、複数の症例に、肺全体にいくつもの白いかげが同時に発生していることに気づきました。従来株では、CT画像の下のほうに炎症は集中していることが多かったと言います。
「ウイルスに侵された白いかげがいくつもある。炎症が広がっていく起点になる場所が肺全体にいくつもあり、炎症が一気に広がりやすくなっているのではないかと思います。これまでとは異なる病態をみているようです」
デルタ株に感染した患者の肺のCT画像
従来株では肺の下部(青い円)に炎症が集中することが多かったが、デルタ株の場合は炎症が肺全体に群発(赤い円)しているという
8月10日までに、この病院には124人のデルタ株に感染した患者が入院。既往歴のない若い世代の人でも早く重症化しています。
- 従来株に比べて1000倍のウイルス量
さらに、この病院では、デルタ株に感染した120人あまりの患者の検体からウイルス量を調べました。すると、従来株に比べ、約1000倍にもなるウイルス量があることがわかりました。
遠藤医師によると、呼気や飛沫に含まれるウイルス量が増加していることから、今まで以上に容易に感染する可能性があると、警鐘を鳴らしています。
「抗体カクテル療法」が使えない…医療現場が抱えるジレンマ
治療の最前線にあたる呼吸器内科部長の津島健司医師には、もう一つ大きな懸念がありました。新型コロナの治療として期待されている「抗体カクテル療法」が使えなくなることです。
「抗体カクテル療法」は、2つの薬を同時に点滴投与することで抗体が作用してウイルスの働きを抑える治療法です。
津島医師は、軽症の患者に抗体カクテル療法を行い、翌日には熱もさがるなど、早期に改善する経過をみていました。適用されるのは、主に「軽症」の患者。しかし、いま運ばれる患者の多くは、自宅で悪化して運ばれるため、中等症のなかでも症状の重い「中等症Ⅱ」です。抗体カクテル療法の適用に当てはまらない患者が増え始めていました。
患者増加の波のピーク時には全然使えず、ピークが下がったときにしか使えない――
症状が重くなってからようやく運ばれてくる中等症の患者を前に、“使いたくても使えない”もどかしさがあるのだといいます。
いま、患者は増え続け、満床の40名に近い患者が入院しています。このうち4人に1人がネーザルハイフローを使う、症状の重い患者です。(※8月26日取材)
感染者の急増など、一つだけでも医療現場にひっ迫をもたらす状況が、デルタ株や治療の遅れなど、幾重にも重なる悪循環となり、医療機関に押し寄せています。しかも、この厳しい状況に歯止めがかかりません。
取材の終わりに看護師のひとりがこう話してくれました。
(看護師)
「ここ(コロナ病棟)にいると、ほかの人とのギャップをものすごく感じます。自分が感染するリスクはゼロではないので、自分のことだとおもって生活してほしいです」
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