電撃ネットワーク・南部虎弾さん 妻からの臓器移植を語る

NHK
2022年8月27日 午後0:00 公開

腎臓の移植手術を3年前に受けた、電撃ネットワークの南部虎弾(なんぶ・とらた)さん。臓器提供者は妻の由紀さんでした。

血縁関係のない間柄でも臓器移植が出来るようになったいま、夫婦やパートナー間での臓器移植が増えているといいます。多様な夫婦の形がある中、臓器移植という重い決断を前にそれぞれの夫婦はどのような思いを持って臓器移植に臨んだのか。今回、南部さんがその経験を語ってくれました。

(クローズアップ現代取材班)

広がる夫婦間の臓器移植

臓器移植には、亡くなった人もしくは脳死状態になった人などから臓器の提供を受ける方法と、生きている健康な人から臓器の提供を受ける方法(生体移植)があります。

日本の臓器移植でおよそ8割を占める「生体移植」では、これまで血のつながりのある親子や兄弟姉妹から臓器の提供を受けるのが一般的でした。血縁関係にない人からの提供は、白血球の型や血液型が異なるケースが多く、提供された臓器が正常に機能せずに拒絶反応が起こる可能性が高いとされていたからです。

しかし、ここ20年ほどで拒絶反応を抑える免疫抑制剤の技術などが向上し、血縁関係になく、さらには血液型も違う夫婦やパートナーでも臓器移植が可能となりました。

こうした背景もあり、近年では夫婦間での臓器移植が増えています。最も件数の多い腎臓移植では、かつて親からの提供が7割近くを占めていましたが、いまでは夫婦間での腎臓移植が4割以上にものぼるとされています。

腎臓移植の提供者 親と配偶者の割合(生体間での移植)

場合によっては、親や兄弟よりも長く連れ添う関係となる夫婦。より身近にいる人から臓器を提供してもらうことが可能になった一方で、血縁関係にある親や子よりも関係を解消しやすい間柄でもあるがゆえに、臓器を分け合うという重い決断にためらう人も多くいるといいます。

妻から臓器移植を受けた一人 電撃ネットワーク・南部虎弾さん

電撃ネットワーク・南部虎弾さん

過激なパフォーマンスで国内外から人気を集めてきた「電撃ネットワーク」のリーダー、南部虎弾さんも配偶者から臓器提供を受けた一人です。

「電撃ネットワーク」では、電動工具から出る火花でタバコに火をつけたり、頭に飲料ボトルをくっつけてコップに注いだりといったパフォーマンスを披露。海外からもその評価は高く、「Tokyo Shock Boys」という名前で世界各地でもパフォーマンスを行ってきました。

パフォーマンスの様子

その人気と共に、夜遅くまで仕事をする日々。ときには深夜0時を過ぎることもあるショーの後、仲間と酒を酌み交わしラーメンでしめるといった生活を20年以上送っていたといいます。

「自分の仕事っていうのは、基本的に夜やる仕事が多くて。簡単に言えば、大体ショーが始まる時間って7時から9時ぐらいまでじゃないですか。食事をしてからショーというのはなかなかできないので、ショーが終わってから食事してましたね。その時間だと、気軽に食べられるものがラーメンだったりで。酒飲んで、下手したら朝方まで起きててラーメン。しかも当時だと、ラーメンの汁も全部飲んでましたね」

そんな生活をずっと続けていた南部さんが、自分の体に異変を感じはじめたのが50代後半。ひどい足のむくみを感じるようになり、一時は赤カブのような状態にまで膨れあがっていたといいます。

足の壊死で気づいた自分の健康問題

足に異変を感じながらもステージに立ち続けた南部さん。しかし、いっこうによくなる気配もなく、あまりにも腫れがひどくなってきたために近所の病院を訪れます。そこで、衝撃の診断を受けました。

「足に壊死が出来てますよって言われたんです」

その後、紹介してもらった大学病院で、すぐに壊死の切開手術を受けた南部さん。不規則・不摂生な生活が招いた糖尿病が原因でした。

糖尿病により、腎臓の機能も著しく低下していました。腎臓の機能が低下すると、数値が高くなるとされるクレアチニン値の正常値が男性1.2mg/dl以下のところ、南部さんは9倍にまで上がっていました。8mg/dlを超えると、透析治療の導入が検討されるといいます。

当時のクレアチニンの数値

医師から透析治療を強く勧められるも、南部さんは仕事が出来なくなると断り続けました。

「何で拒んだかというと、透析をすると1週間のうちに2日か3日使って、治療をやらないといけないから。自分がもし電撃ネットワークを続けようと思ったら、営業というのが自分たちの中で一番大切なんです。それで、例えば沖縄へ行くっていう話になったときに、台風で帰って来れませんってなったら、もうアウトじゃないですか。ましてや海外の仕事はできなくなるじゃないですか。そうなった時に、これでもう電撃やめなきゃいけないんだって思うわけじゃないですか」

海外でも活動していた南部さんは、透析治療を始めれば仕事を辞めざるを得ないと考え、絶対に透析治療はやらないと決めていました。

「提供するための試験を受けたい」 妻から臓器提供の申し出

その後10年近くもの間、透析治療を断固として受け入れなかった南部さん。医師ともけんかする日々が続いていました。しかし、ふとしたきっかけで透析治療の他にも治療法があることを知ります。

「腎臓外科行ったときに、『困りましたね。透析するしかないですね。あとは腎臓移植っていうのもあるんですが…』って言われたんですよ。腎臓移植というのは、血液型が違ってもいいんですっていう話をそこで初めて聞いたんですよ」

透析治療以外の方法を聞き、これなら受けたいと思った南部さん。しかし、「臓器をください」と誰かにお願いすることは簡単ではなかったといいます。

「人に『俺のために内臓をくれ』とは、なかなか言えないです。誰かから『私が提供する』と言ってもらえない限りは」

そんな時に、「移植手術を受けるための試験を受けたい」と名乗り出てくれたのが妻の由紀さんでした。腎臓移植の提供者になるには、提供者と受け取る人の血液の適合性を測るための血液検査を受ける他、感染症の有無、腎臓の疾患を持っていないかなど多くの試験を受ける必要があります。しかし、南部さんはその由紀さんの申し出に現実味を持つことが出来なかったといいます。

「やっぱり、かみさんの腎臓が1つで本当に十分なのかという確信が持てないじゃないですか。じゃあ、もう1つの残った腎臓が悪くなった場合どうするんだっていうのはあって」

大きな懸念点がもう一つありました。南部さんの血液型は、RhマイナスO型という非常に珍しい血液型で、一方の由紀さんはA型でした。医師から違う血液型でも移植出来ると聞いていても、自分のような珍しい血液型の人に腎臓移植が出来るわけがないと思っていました。

「絶対うまく手術なんかできるわけないと始めから思ってたんで。駄目だなと思ってました。簡単にいかないだろうなって。ただ、少なくとも透析から逃れられる方法があれば、少しでも可能性があればと神様に祈るような気持ちでした。どんな手術して、どんなことっていうのもわからなかったんで、医者さんが最善を尽くしますよと言ったのに乗っかるしかないかなと思ってましたね」

壁だらけだった夫婦の臓器移植

実際に、血液型がまったく違う2人が腎臓移植の手術に至るまでの道のりは大変でした。

まず、臓器移植を受けるためには、拒絶反応を起こす危険率を5%以下にしないといけないと言われましたが、何度試験を重ねても数値はなかなか下がらず、手術は延期を重ねる一方でした。

「今回もまた延期、また延期となったときに、どうしよう。じゃあ、俺、透析でいいやって開き直ったこともあります。もう一生透析でいいやって」

親族からの臓器提供も難しく、由紀さんとの移植がなんとか上手くいくことを祈るしかない日々。諦めの気持ちを抱きつつも試験を重ねた結果、ようやく危険率が安全な数値にまで下がり、移植手術をすると決めた日から半年が経った2019年5月28日に2人は手術に臨むこととなりました。

困難な壁を乗り越えて、ようやく移植手術にたどりついた南部さんと由紀さん。手術直前には、夫婦で頭を寄せ合って携帯のカメラに向かって言葉を残しました。

「これから行ってきます。いろいろありましたが、無事に手術することになりました」

手術直前の南部さん夫婦

妻への感謝と覚悟 夫婦での臓器移植を振り返って

無事に移植手術を終えた南部さんと由紀さん。術後の経過も良好で、手術前には9.52mg/dlもあったクレアチニンの数値は1.04mg/dlにまで下がりました。そして、一ヶ月半に及んだ入院生活を経て、7月半ばにはステージで以前と変わらないパフォーマンスが出来るまでに回復しました。

重い決断を迫られる夫婦間での臓器移植。南部さんは、これまでの夫婦関係の長い蓄積があったから、お互いにすぐに決断することができ、手術が延期を重ねる中でも気持ちが揺らがなかったのではと語りました。

「いざという時の決断は、簡単な決断になると思いますね。もう心の準備さえ出来ていれば、相手に何かあったときに自分が代わりになるということは簡単だと思います。逆に、今度自分がどっか削ってと言われたら、どこか削る準備はいつもできてますし」

また、臓器をもらったからといって、特に夫婦関係は変わらずにこれまで通り過ごしていると話してくれた一方で、由紀さんに何かあったときには自分の健康以上に大切にしてきた仕事を辞める覚悟も持っていると語ってくれました。

「こんなにいいかみさんはいないと思いますね。あまり話し合いをすることはないけど、臓器を提供してくれたことについては、感謝の気持ちというのはありますし。自分は健康な腎臓をもらって、かみさんは腎臓がひとつになってしまったことについては申し訳ないなという気持ちもあります。だからといって、かみさんに対して以前よりもっと丁寧に扱わなきゃ、接しなきゃいけないというような気持ちはないですね。ただ、かみさんがどこか体を悪くしたってなったら、自分はたぶん電撃ネットワークを辞めるだろうなとは思いますね」

夫婦そろっての写真

臓器移植をして伝えたいこと

最後に、南部さんはあくまで自分たち夫婦の場合はこうなっただけと前置きした上で、次のように語ってくれました。

「何が正しい、正しくないじゃなくて、みんながどう判断するかという話し合いが出来る場所があるといいと思いますね。かみさんはかみさんの生き方で、自分の中で納得しながら生きていくんだろうと思うし。自分は自分で納得しながら生きてるわけで。その人の人生ですから、その人が決断して生きていくということだと思います」

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詳しくは、8月30日放送のクローズアップ現代で。

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