日本国民のあなたが持っている、選挙の大事な権利を忘れていませんか。選挙権?いえ、被選挙権です。日本では、国政や知事は30歳以上、地方議会は25歳以上で、その市区町村の選挙権をもっていれば、基本的には誰でも立候補できる権利があります。
「いやいや、選挙なんて出ないでしょ」と思う方も多いかと思います。日本の選挙といえば、地盤(組織)看板(知名度)カバン(資金)が必須とされ、“普通”の人には縁遠いイメージもあります。しかし今、地方政治に挑む若い世代が、次々に現れています。その中で、去年の市議会議員選挙で実質“8万7千円”で選挙戦を勝ち抜き、県庁所在地の市議会議員に当選した32歳の男性がいます。そこには、いまの選挙の“当たり前”に対する、若い世代の違和感がありました。
(クローズアップ現代 ディレクター 荒井拓)
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興味がある人にダイレクトメールを出しまくり、会いに行く
鳥取市議会議員の柳大地さん(32歳)。去年の3月までは、学校の先生でした。昨年11月に行われた鳥取市議会議員選挙で初当選、今は委員会や一般質問など議員活動に奔走しています。
(議員活動の傍ら、フリースクールの運営を手伝っている)
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柳さんは新潟県出身。京都の大学を卒業後、鳥取市内の私立中学高等学校で7年間、社会科の教員をしていました。子供たちの成長を目の当たりにする毎日は充実していましたが、若い世代や教育に関する様々な問題にもっと向き合いたいと考え、鳥取市議選への立候補を決意しました。
とはいえ、地盤も看板もカバンもない、いわば“泡沫候補”。先立つものは何もありませんでした。事務所、街宣カー、運転手やウグイス嬢などの費用、ポスティング費用…。あらゆることにお金と人手がかかります。
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柳さん:
「地盤看板カバンは1つもないですね。1つも、本当に1つもなくて。そもそも鳥取出身じゃないですし」「事前に聞いてたのは、市議会議員でも150万から200万円が相場っていうのは聞いていて、いやいや、それしちゃったら、それこそ本当に生活賭けるっていうか、落選したら、その後どうやって生きていこうみたいな」
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選挙の半年前の昨年3月に教員を退職し、“時間”はできた柳さん。まずは選挙と関係なく、興味をもった地元の色々な人にSNSでダイレクトメールを送って会いに行きました。面識がなくても、熱意を込めたメールで多くの人が応じてくれたといいます。もちろんお金はかかりません。
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柳さん:
「特に選挙のことは触れないで、とにかくたくさんの人と会ってたんですよね。鳥取市にも、いろんな活動されてる人がいて。どういう活動してるのかとか、その中でどういうことに困ってるとか、どういう課題があるのかっていうのをずっと聞いてたんですよね」
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みんなで選挙チェンジチャレンジ
実現したい政策や思いはどんどん高まっていった柳さん。そんな時に思い立って連絡したのが、以前ネットでふと目にしていた、茨城県のある女性でした。
川久保皆実さん。弁護士で当時1歳と3歳の子育てをしながら、2020年10月に当選した現役のつくば市議会議員です。政治とは全く縁のなかった川久保さんは、保育園のルールなど子育てに関する制度に課題を感じて、選挙に無所属で立候補。しかも、子育てしながら可能な範囲で活動すると決め、街頭演説も街宣カーも事務所も後援会もなしで、ゴミ拾いをしながらSNSで政策を発信するという方法をとったのです。
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川久保さん:
「例えば、街頭演説をやってる方であれば、選挙運動期間中も朝から夜までずっとまわって演説するっていう感じですし。でも私は仕事もしていましたし、子どももいるので、そんな時間は割けないって思ったのと、そもそもそれをやることにどれだけ効果があるのかなっていうのは、凄く疑問に思っていました。やっぱり子育て世代の人たちが、もっと選挙に出て政治家になってどんどん提言していけるような、そういう社会に変わるといいなっていうのが、まずあったんですよね。じゃあ、そういう社会を実現するためにはどうすればいいんだろうって思った時に、ハードルになっていた“あの選挙運動”っていうもののあり方を変えることができれば、自分みたいな子育て中とか、仕事が忙しいとか、そういう世代の方もチャレンジしてみようって思えるんじゃないかなと」
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その結果、定員28人に41人が立候補する中、3位で当選したのです。
その活動スタイルが話題となった川久保さん。選挙後、同じような悩みを抱える人たちから相談が相次ぐようになりました。そこで、月に1度みなで情報交換する「選挙チェンジチャレンジ」の会をオンラインで開くことにしたのです。参加者は次々に増え、50人を超すようになり、当選者も現れていました。そこに鳥取の柳さんも参加。お金をかけずに、選挙にチャレンジできると自信をもったのです。
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地方だからこそ、SNS選挙
柳さんが実現したいと思った若者や教育の問題は、同世代が共感しやすい課題。そこで街頭演説や挨拶や握手で名前を知ってもらうことを重視するのではなく、ターゲットを明確にして、確実にその層にSNSで自分の声を届ける戦略に振り切ることにしました。
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柳さん:
「特に伝えたい年齢層でいえば20代から40代の方に、自分がどういうふうにこれから鳥取市の教育を変えていきたいとか、男性と女性の賃金差どういうふうに埋めていきたいのかとか、そういうのを伝えていくうえでは最も有効な手段だったから、SNS中心にした感じですね」
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そんな柳さんを支えようと手をあげてくれたのが、高校の元教え子たちです。いわばデジタルネイティブでSNSを使いこなす彼ら。地元に残っている人も、関東や関西、海外に留学している人もネットのコンテンツ制作であれば、リモートで手伝えます。5人ほどのネット支援チームができ、動画編集やホームページの制作を担ってくれました。さらに教え子の保護者たちもポスター貼りなどの手助けに、名乗りを上げてくれました。
(元教え子や知人による支援チーム)
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リモートで手伝ってくれる若者たちと、こまめに連絡を取り合いながら、毎日1時間のSNSライブ配信で政策を訴え、様々なSNSで発信を続けました。最初は2~3人だったフォロワーが、最終的には400人まで増えました。
元教え子で、ホームページを作る手伝いをしていた明石到真さん(19)は、遠くエストニア在住。しかしリアルな反応を通して、選挙や政治への意識がわいていったといいます。
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明石さん:
「自分の中で選挙に対する気軽さがすごく変わったのかなっていうのがあって。ユニークアクセスと言って、何人サイトに来たのかを調べられるんですけど、投票してほしい人数を超えていって。選挙におけるインターネットの力ってすごく強いなって肌で感じましたね。今まで選挙ってどちらかというと近づきがたいというか、あんまり関係ないものという感じでした。僕も正直、今回ホームページを作りながら、ほんとに受かるのかと思ってたんですけど、このSNSを利用して支持者を広げて行くっていう形が、今後広がっていけばいいかなとすごく思いました」
柳さん:
「例えば東京であれば駅前で街頭演説すれば1日で数千人、時には数万人ぐらい当たれる場合もあると思うんですけど、地方だと1日に数千人に当たるって恐らく不可能なことだと思うんです。ただ、例えばSNSのライブ配信で投稿したら、その日1日で数千人当たれることもありますし、しかも話を聞く側も家でリラックスした状態で、しかも好きなタイミングに聞ける。聞く側のことで考えると、SNSの方が確実にゆっくり安心して聞いてもらえる」
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選挙戦が進むと、SNSの発信に対しての反応も、増えていきました。
柳さん:
「ネットだとコミュニケーションがないように見えるんですけど、実はネットってすごく一対一のコミュニケーションがとりやすいところがあって、なのですごくダイレクトに思いを伝えてきてくれる。いろんなSNSで、選挙期間はまさにこういう一対一のやりとりをひたすらやっていた感じですね」
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街頭演説も街宣カーも一切なしの選挙戦
投票日1週間前の告示日を経て、選挙戦に突入しても、街頭演説も選挙カーも一切なし。フリースクールの空き部屋からネットで発信を続けました。そして1896票を獲得し、32人中11番目で当選を果たしました。
最終的に柳さんが負担したお金は、事務所代、新聞折り込み用のチラシ代など、あわせて8万7千円。これ以外に、供託金30万円を告示日前に納入しましたが、一定数得票したため、返却されました。またポスター代・チラシ代約35万円は公費で負担されました。
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柳さん:
「恐らく、他の陣営から見たら多分ライバルにもなってなかったんじゃないかと。姿が見えなくて、選挙カーもないし街頭演説も1回もしなかったので、そういう姿が見えないから、いわゆる泡沫候補って見られてたと思いますね。でも街頭演説は、オンライン上ですけど候補者の中で一番やったと思います。もちろんお金の余裕があって、お金をかけたい人がいれば、お金をかけて多くの人に知ってもらえばいいと思う。でも、お金がない人でも色んな技術が発達しているし、無料で使えることも多いので、うまく使ったらいい。大切なのは思いを広げていくっていうところだと思うので、それはお金がなくても今の時代は可能だと思います」
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取材を終えて
いま全国の地方議会は、なり手不足が深刻です。60歳以上の男性議員が8割以上を占め、女性や若手は少数派。昨年末には国の地方制度調査会が、岸田首相に対し、住民の多様性を反映していないと指摘する答申を出しました。一方で、地方議員の再選率は高く、新しい人材が地方議会に入りにくい現状が続いています。そうした数々の地方議会や選挙の課題に対して、柳さんの“8万7千円選挙”は、今後の変化の方向性のひとつを示しているように感じました。
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SNS選挙も、“万能”ではありません
活用の仕方によっては、大きな可能性がある選挙でのインターネットやSNSの活用。ただし、選挙運動に関して、禁止になっていることがいくつかあります。例をあげると…
・18歳未満の者がSNSで選挙運動のメッセージを書きこんだり、シェアやリツイートをすること。
・選挙運動期間中に有料インターネット広告を出すこと。
・選挙運動期間以外で、選挙運動(特定の選挙について、特定の候補への投票を働きかける運動)をすること。告示日から投票日前日までしか行ってはいけません。
一方、選挙運動期間中であるかないかを問わず、政治活動(選挙運動に渡るものを除き、政治上の目的をもって行われる一切の活動)に関しては、電子メールも含めて全てのツールを自由に使うことができます。
また次々と生み出される新しいネットのサービスについて、グレー部分が多い、ネットを使用しない年配の有権者が情報を得にくい、などの問題もあります。いずれにしろ、今後一層重要さを増していくことが確実な選挙でのインターネットやSNSの活用。しっかりルールを守りながら、使っていくことが必要です。
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