武田×井上×保里 キャスター バトンタッチ対談

NHK
2021年3月28日 午後5:42 公開

武田真一アナウンサーから、井上裕貴・保里小百合アナウンサーへ。

この春、「クローズアップ現代プラス」は新しいキャスターを迎えます。2017年から4年間、メインキャスターを務めた武田アナは何を大切にし、どんなことを託したいのか。そして、井上アナ・保里アナはこれからどのように番組に向き合っていこうとしているのか。3人の思いを対談で語ってもらいました。

「クロ現プラスのキャスターに」 その時の気持ちは?

武田:二人は、クロ現プラスのキャスターに決まったときはどうだった?

井上裕貴アナウンサー

井上:僕は、嬉しさと不安と緊張が雷のようにバーッと突き抜けるような感じで、本当に驚きました。高校生の頃から見ていた番組だったので、就職活動の時にもやりたいと言ったし、初任地でも周りに「やりたいです」と無邪気に言っていたのですが、いつか、もっと経験積んだ後に担当できたらいいなと思っていました。が、まさかこのタイミングでやって来るとは…。嬉しさは3日間くらいしか持続しなくて、そこから一気に、毎日不安を感じています。

保里小百合アナウンサー

保里:そうですよね。2人とも必死にちょっとずつ食らいついてるところだと思います。武田さんは、最初の頃どんな気持ちだったんですか?

武田:この番組って始まってからもう30年ぐらい経っているんだけど、どうやったら、今のこの時代、まさに「現代」というものを捕まえられるのだろうかということを、ずっと模索してきたと思います。僕が担当するようになった4年前も、そういうことにみんなですごく悩んでいた。時代の価値観も大きく変わる中で、信頼感があって安定はしていながらも、本当に時代の先端部分を捉えられているのかな。本当に多様な価値観を持つ色んな人たちに届いているのだろうか。そういうことを悩んでいましたね。

武田キャスターの初回 2017年4月3日放送「稀勢の里優勝 知られざる最後の3日間」

(武田キャスターの初回 2017年4月3日放送「稀勢の里優勝 知られざる最後の3日間」)

僕はそこがすごく面白かったんですよ。今までのいわゆるNHK的な良さに加えて、いろんなチャレンジをしていこうと。そのために皆さんが僕をどうやって使ってやろうかと考えて。踊らせてみたり、スマホを取り上げてホテルに缶詰めにしたり。キャスターの起用の仕方にしてもそうだし、色んな演出を試してみようという挑戦がありました。これまであまり社会の中で語られてこなかったセックスの話とか、もっともっと僕らが伝えるべき価値観があるのではないか。それを、もっともっと多くの人に届けるような届け方があるのではないか。だから、新しい時代の新しい報道番組を作っていくのだという、希望に満ちた最初だったと思います。それは今でも変わっていないですけれどね。

2019年2月19日放送「“スマホ脳過労”記憶力や意欲が低下!?」

(2019年2月19日放送「“スマホ脳過労”記憶力や意欲が低下!?」)

井上:そうですね、そうですね。

武田:もちろんクロ現プラスは僕の番組ではないし、もっと言うとNHKの番組でもないと思うんですよ。視聴者の皆さんにとって、とても大切な財産にしていかなきゃいけないし、今までもそうだったと思います。ある時期に信頼を傷つけてしまったこともあるんですが、やっぱりこれは視聴者の皆さんの本当に大切な番組で、だからこそ、ずっと続いていかなければいけない。続いていくためには、本当に現代を捕まえ切れているのか、捕まえたものを少しでも多くの人に届け切れているのだろうかと、何度も考えていかなければいけない。だからキャスターもずっと1人の人がやることがいいこともあるけれども、こうやって20歳若返るということも、僕はすごく期待しています。

武田アナが大事にしてきた「当事者性」

井上:この4年間を振り返ってみて、武田さんは改めていまどんな心境ですか?

武田:特に思うことは「人々の価値観が大きく変わってきたのじゃないか」ということです。一言でいうと1人1人がみんな違っているのだという。多様性というのでしょうか。例えばLGBTQもそうですし、働き方に関しても、ちょっと前までは朝から晩まで一生懸命働くということがいちばん大事で、みんなそれをどうやったらできるんだろうって考えていた。でもこの4、5年ぐらいの間は、もっとワークライフバランスを考えましょうと言われたり、僕も転勤しますけれど、転勤の在り方とかも考える企業が出てきたり。30年NHKで色んなことを学んで、色んな動きを見てきましたけれども、本当に昔の考え方は通用しないなという、そういうことを実感した4年間でした。

左:保里小百合アナウンサー 右:武田真一アナウンサー

保里:クローズアップ現代+のキャスターとして大事にしたいと思い続けてきたのは、どんなことだったんですか?

武田:いちばん大事にしなきゃいけないなと思ったのは、「当事者性」かな。クロ現プラスは、ものすごく複雑な問題を扱うし、誰もが悩んでいて、これだけ多くの人が関わっていてもなかなか結論が出ない。そういうことに関して「これはこういうことだよ」と言えるわけがないですよね。だからどうすればいいかなと考えた時に、私たちが取材させていただいた当事者の方々の悩みや思い、そういったものを共感する。「そういう人たちの言葉を自分の言葉に、自分の心にしっかりと浸して、そして分かろうとする」というのかな。到底分からないこともあるんですけどね。分かっちゃいけないと思うようなこともあるんだけど、それでもやっぱり分かろうとする。そして、その人たちの言葉に触れて自分の心を震わせて、自分の心の波紋みたいなものをまた世間に返していくっていうようなことをするのが、自分にできるキャスターとしての在り方なのではないかと考えていました。

例えばクロ現プラスでは性暴力に悩む女性たちの声をたくさん聞かせていただいたのですけれども、僕は性暴力の被害者ではないし、被害者の方々がどんな苦しみを持って生きてきたかということを、とても本当に理解できるとは思えない。簡単に分かってはいけないことだと思うのですが、やっぱりそのお話を聞いている間は、とにかく皆さんの痛みや、どういう思いだったのかということを、しっかり受け止めなければと思っていました。他にも、災害で被災された方々や、ひきこもりで取り残されたと思っている方、コロナ禍で仕事をなくして、明日どうしようと思っていらっしゃる方。本当にいろんな方々の声を聞いてきたのですが、やっぱり僕が受け止めることによって、他の人たちに何かを感じてもらえるというのかな。自分のこととして感じてもらえる、そういう媒介者としての役割を果たしたいと思ってきました。でも、分からないですね、どれくらいそれができたのか。

左:武田真一アナウンサー 右:井上裕貴アナウンサー

井上:立場や状況は違うけれど共感できる部分を見つける努力をして、共通項を見つけてそこを入り口にしていくということが大事なんですね。

武田:2人がキャスターになると相当若返りますよね。そうすると、若い人のことは、僕よりもよく分かると思うんですよ。必ず何か分かり合える、自分のこととして感じる。そういう糸口は、どんな問題に関しても必ずあると思いますね。

30代の井上・保里アナが目指すキャスター像は

井上:僕が1つ思ったのは、30代の1人として、今の完成された日本に疑問を持っていきたいなと。僕たちが生きているこの世の中は、全部ができ上がってるように見えるけれども、実は不完全なのかもしれない。まだまだ投げかけていない疑問があるのではと思います。海外では多くの若者がどんどん声を上げています。日本にもそういう人たちはいるけれど、選挙の投票率は平成以降ずっと下げ止まっていますし。それをどうしたらいいんだろうと考える中で、自分もそこに入り込んで、当事者の目線でやってきたいなと思いました。

井上裕貴アナウンサー

武田:それはすごくいい。

保里:私も30歳の女性の1人として、働く1人として、生活者として、これから日本社会で何十年も生きていかないといけない、働き続けないといけない世代でもあります。そう考えた時に、今起きているあらゆる問題や、人の分断、分裂といったことが、全部自分たちの問題になるなと思うんです。

井上:いつか自分たちに返ってくることだよね。

保里:自分が生きていく社会だし、もし将来子どもが生まれたら、子どもたちが生きていく世界です。だからずっと長くこの先の社会を見ていかなければという気持ちはすごくあります。今、世界中で「Don’t be silent」といって、あらゆる問題に対して声を上げようという動きが出ていますけれど、これまで認識されてこなかったいろんな人の痛みや生きづらさ、社会の歪みのようなものが、少しずついろんなところで明らかになってきていると感じます。武田さんがおっしゃる「クロ現の使命」みたいなものが今、問われていると強く感じます。自分のできることは何でもして、どうやったら今日あすをもう少し生きやすい社会にできるのかということに、果敢に挑んでいくしかないと思っています。

井上:選択肢をみんなと探っていきたいなと思うんですよね。答えはこれだけじゃないということがあると思うので。

保里:本当に今の社会状況は、「解は1つじゃない」という感じですよね。私たちも少しでも多くそういう声に触れて、いっぱい考えて向き合って、それを自分たちの言葉にしていくことを積み重ねていきたいと思います。

武田:今を見ることによって、この先の社会がどうなっていくのか、どうあるべきなのか。それを探って、それを実際に作っていくためのステップにするという志が大事だと思うんですよ。放送にあたってディレクターや記者が、キャスターに勉強用の資料をガバッと渡してくれますが、あるとき、気候変動に関する回だったのですが、キャスター資料の表紙に「この番組は、地球の未来を守るための番組です。よろしくお願いします」って書いてあった。それを見てすごくハッとして、「何のために僕らはこの番組をやっているんだ?僕らの仕事は何のためにあるんだろう?」って考えた。

もちろん「現代の断面をしっかりと見せる」、それは大事だし根幹です。でもそのことによって、僕らの未来、この世界の未来がもっと持続可能であるようにするためであったり、多様な1人1人が大事にされて、みんなが生きやすくなる社会をつくるためだったりもする。要は未来を救うための大切な番組なんだなと思って、結構びっくりしたんですよ。当たり前なんだけどね。でも僕らは本当にこの世を救いたいとか、変身ヒーローみたいなことを思って仕事していたかなって。そのことはとても大事だと思いました。なんのためにやってるのかと言ったら、みんなの未来を作るためなんだなというね。

外国育ちの2人が大切にしたい視点

武田:多様性の話にもつながってくると思うのですが、2人は外国でどういう風に育ってきたの?

保里:アメリカで生まれて5歳までニューヨーク州で暮らし、一旦日本に戻って5年間暮らした後、10歳からまた3年間カリフォルニア州で、計8年アメリカに住みました。その育ち方が30年間生きてきた中で、自分の思いの軸になっている部分があります。というのも最初に日本に5歳で来た時に、アメリカで買った服を着ていると、幼稚園や小学校でからかわれたりするんですよね。「アメリカ帰り」とか「何だよ、その服」みたいな。今思うと全然大したことじゃないのですけれど、当時はそれだけでも「え、私変なんだ」って傷ついていたんですよね。

10歳の時にまたアメリカのカリフォルニアに行った時に、ほとんど英語がしゃべれなかったのですけど、現地校に通うことに。またそこで、いきなり圧倒的にマイノリティーになるんですよね。多様な人種がいるアメリカ社会ではありますけれども、少ないアジア人の1人、日本人はほとんどいないという状況で。全然言葉も通じないし、疎外感を感じて「ああ、私マイノリティーだな」と思いました。

そういうバックグラウンドも含めて、今回クロ現プラスを担当させていただくことになった時、以前武田さんがおっしゃっていた「誰も取り残さない」ということや、色んな問題にちょっとでも近づいて、社会に提示していけるかということに使命感を感じました。一方で、やっぱりそれは相当難しいことだろうなとも思っていて。みんなそれぞれ、自分のことでいっぱいいっぱいなところもある中で、「こういう人たちがいるよ、こんな問題があるんだよ」ということを、どれだけ見ようと思ってもらえるか。自分事として捉えてもらえるか。本当に一筋縄ではいかないのではないかな。そこは本当に頑張っていかなければならないと思っています。

保里小百合アナウンサー

井上:僕は2歳から18歳までアメリカで暮らしていたのですが、「どこ出身なの?」というのは苦手な質問です。取材で地域の人に聞かれたりしますが、その時に「アメリカです」って言うと、「あっ」ってちょっと引かれちゃう時がありました。「日本の暮らしを本当の意味で知らないな」という。日本の小学校の空気を知らないことが負い目でした。給食だったり、ランドセルだったり…。その辺が理解できていないのはやや不安な部分でもあるんですが、住んでいなかったからこそ逆に気づくこともあると思うんです。

やっぱりこっちに帰ってきて、色々なものが画一化されているし、それは社会のいろんな面に反映されているので、「なんでこんなにみんな一緒なんだろう」とか「同じように行動しないといけないんだろう」ということは常々感じてきました。それは保里さんが言ったようなマイノリティーの一面なのかもしれないけど、そういう疑問も議論に投げかけていけたら、ちょっと違う視点も加わるのかなと思います。もちろん守らないといけない大事な素晴らしい伝統もたくさんありますが、一方で、そこに埋もれている問題とか歪みはないだろうかという視点も大事にしたいです。

武田:日本に住んでいる多くの人が当たり前だと思っていることに対して「なんで?」っていう。視点の転換というのはとても大事なことだと思います。自分のバックグラウンドもちゃんと理解してもらった上で「Why Japanese?」って言い続けるのも手だよね。面白いと思いますね。

新しいクロ現プラスに向けて 新キャスターの思い

対談の最後に、井上アナウンサー、保里アナウンサーに、クロ現プラスの新キャスターとしてこれから大事にしていきたいことを聞きました。

保里:ずっとクロ現プラスを見てきて、まさか自分が大きなバトンを受け継ぐとは想像もしていなかったのですが、自分なりに生きて感じてきたことを今日改めて自分でも振り返ることができました。武田さんが大事にしてこられた思いと共に、君たちにはこういうことを期待しているよと言っていただいたので、それを噛みしめて、私たちがこれからこの社会をどういい社会にしていきたいのかという志を高く持って、毎回ひたむきにいろんな方にお話を聞いて、臨んでいきたいと思います。

井上:小さな変化は違いを生むということを、とことん信じてやっていきたいと思いました。小さな声だったり小さな思いだったり、あるいは1人の小さな行動、それを信じている人たちが集う番組にしたいと思います。最近プラスチック汚染と防災減災の話を取材する機会があったのですが、共通することがありました。マイボトルだったりエコバッグだったり、1人の小さな行動って取るに足らないと思いがちなんですけれども、でもそれは、「周りにいずれは広がっていく」ということです。津波の避難もそうです。声を上げた1人の行動によって多くの人が助かりました。

小さな1つの行動にはやっぱり意味があるし、変化には意味があると感じました。よく「ファーストペンギン」って、最初に海に飛び込んでエサを獲る勇気あるペンギンを例にあげますけれど、そういうことを1人1人がやっていける番組を目指したいと思いました。最初に声を上げる、最初に疑問を投げかける。それをやっていくといい方向に行くのではないかなという気がしています。だから自分も当事者として、思ったことを自分から言う。疑問を投げていく。先輩たちが大事にしてきた価値と共に、高めていきたいと思いました。

保里:一気に何百人、何万人の方に届けられたらそれが理想ですけれど、たった1人の方でもすごくその人の心に響いて、心揺さぶられる何かがあったとするなら、そこから変わることはたくさんあるのかもしれないっていう。

井上:そう。きっとあるのかなって。僕が高校生の頃にクロ現を見て感じたことはまさにそうだったし、そういう場になり続けていきたいと思います。