動物園はレジャー施設という印象が強い人も多いと思いますが、実は4つの役割を担っています。「種の保存」「教育・環境教育」「調査・研究」「レクリエーション」。コロナ禍の直撃を受ける動物園の危機は、こうした役割の危機にも直結しているのです。
一つ目の役割である「種の保存」に力を入れ、希少動物の繁殖に取り組んできたのが、栃木県の那須どうぶつ王国です。しかし昨年度は収入が4億円減り、経営が厳しい状況に追い込まれました。それでも「希少動物の命をつなぎたい」と訴え、多くの人の賛同を得ながら、かつてない挑戦に臨んでいます。
力を入れてきた希少動物の繁殖
自然界で数が減り、絶滅の危機にひんする希少な種を中心に繁殖を進めてきた那須どうぶつ王国。園内には、動物の生態や絶滅に追い込まれた背景などを説明した看板を至る所に設置し、保護の重要性を来園者に訴えてきま
那須どうぶつ王国 佐藤哲也園長
「われわれが自然環境に対して配慮していなかった時代、その時代の影響が強く絶滅には影響している。生物多様性というのは、どれか生き物が1つ欠けても何らかの弊害を起こすだろうと言われています。だからすべての生き物が生きていけるような環境作りを意識しなきゃいけないということを分かってもらえればと思います」
国の特別天然記念物「ニホンライチョウ」繁殖への挑戦
なかでも4年前から力を入れているのが、国の特別天然記念物で絶滅の恐れがある「ニホンライチョウ」の繁殖です。ニホンライチョウが生息しているのは、北アルプスや南アルプスなどの標高2200〜2400メートル以上の高山帯。生息数は、1980年代には全国で約3000羽と推定されていましたが、2000年代には2000羽を切ったとされています。天敵となる動物の生息地が拡大したことや餌となる高山植物が温暖化の影響で減ったこと、そして登山者が山岳環境を汚染していることなどが原因とみられています。
ニホンライチョウは通常高山帯で生息しているため、高温や感染症に弱く、徹底した管理が求められます。4年前に一度人工ふ化に成功したものの、その後の2年間は、ヒナが生まれてもすぐに死んでしまい、飼育の難しさを突きつけられてきました。
そして去年、これまでのデータをもとに卵を温める温度を100分の1度単位で調整したり、飼育環境において風が当たって温度にむらが出ないように手作りの風よけを作ったりするなど管理を徹底。見事、繁殖に成功しました。
(写真提供:那須どうぶつ王国)
さらに、飼育担当者がふ卵器などを使用して卵を温める「人工ふ化」だけでなく、親鳥が卵を温める「自然ふ化」でも4羽の命が誕生。那須どうぶつ王国で自然ふ化に成功したのは初めてのことでした。
コロナ禍で危機 広がった共感の輪
次に目指すのは、“野生のニホンライチョウ”を繁殖させること。野生のニホンライチョウを動物園で管理し、繁殖させて野生に戻すことで、絶滅から守ることが狙いです。そのために、園内に実際に生息する「山岳地帯」を再現し、野生に限りなく近い生活ができる施設を建設することを計画してきました。しかし、コロナ禍に見舞われた昨年度、収入は4億円減少。施設建設の断念を考えざるを得ない状況に追い込まれました。
そうしたなか望みを託したのが、企画に賛同した人々から支援金を募る『クラウドファンディング』。去年9月、「希少動物たちの命をつなぐ」として、スタッフ一人ひとりがどのような思いで動物と向き合い、希少動物の繁殖に取り組んできたかを、動画を交えて発信。また、すべての生き物はつながっていること、そして動物園が野生とつながる「野生の扉」であることを訴えました。開始から2日で目標金額の1000万円を突破、約1か月後には4000万円、最終的には5300万円あまりが集まりました。
そして、支援金と同時に寄せられたのは3400件を越える応援のメッセージ。これまで動物園が取り組んできた繁殖や保全活動への理解と共感の声が寄せられました。
佐藤哲也園長
「活動に対する応援が多かったので、われわれがやって来たことは間違いなかったのかなと。たくさんの命を守って下さってありがとうございますという、こういうのがね、本当にうれしいし大切に使わなきゃいけないなと思っています。継続して出来るように支援をいただいたと思っているので、一生懸命頑張りたいと思います」
ニホンライチョウ 悲願の“野生復帰”に向けて
完成した「ライチョウ野生復帰順化施設」(写真提供:那須どうぶつ王国)
そして先月、日本で初となるニホンライチョウの野生復帰のための施設が園内に完成しました。野生のニホンライチョウが天敵を発見したときに身を隠したり営巣したりするためのハイマツなどを植栽したり、岩場に乗れるような大きな岩を置いたりして、山の環境を再現しています。
(写真提供:那須どうぶつ王国)
空調なども完備し、夏の間は室温20度以下に保たれた屋内施設で管理し、その後、自然環境に慣れさせるために基本的に屋外に移すといいます。
今回のプロジェクトの狙いは、ニホンライチョウの個体数を飼育下で増やすだけでなく、“野生のニホンライチョウ”を増やして、自然界での絶滅を食い止めることにあります。ことし8月には、中央アルプスで生息している野生のニホンライチョウの親子を、ヘリコプターで園に移送。移送したヒナをこの施設で育て、来年には別の個体とペアリングして繁殖に挑みます。成功すれば、誕生したヒナにこの施設で“野生の生活”を送らせ、早ければ2023年に中央アルプスに返す予定です。
佐藤哲也園長
「ただ動物を飼育するだけじゃなくて、周りの環境、野生の動物たちにもやっぱり気持ちをはせなきゃいけないと思います。野生動物が生き残れるような、われわれと一緒に繁栄できるような、そんな環境保全に取り組んでいきたいと思っています」