東京都内の閑静な住宅街にたたずむ、コンクリート造りの洋館「VILLA COUCOU(ヴィラ・クゥクゥ)」。建てられて60年以上たつこの家を買い取り、おととし「管理人」となったのは俳優の鈴木京香さんです。
私財を投じてこの建築を買い取り修繕したのはなぜ?「名建築」と呼ばれる家の魅力は?建築の文化を未来に残していく鈴木さんの思いを、桑子真帆キャスターがインタビューしました。
(クローズアップ現代取材班)
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世界的巨匠の弟子が作った家
「ヴィラ・クゥクゥ」は、建築界の巨匠ル・コルビュジェに師事した吉阪隆正の設計。吉阪の友人夫妻が暮らしていましたが、夫妻の死後は一時、解体も検討されていました。
もともと美術や建築に興味があった鈴木さんは、貴重な住宅建築の継承に取り組む団体を通じて「ヴィラ・クゥクゥ」の現状を知り、みずから買い取って再生させることを決めました。
戦後日本の建築界をけん引した吉阪の設計した家には、あちこちに魅力がちりばめられているといいます。
【インタビューを動画で見られます①】
【インタビューを動画で見られます②】
桑子真帆キャスター:この家で、鈴木さんが特に魅力に感じているところはどこにありますか。
鈴木京香さん:
階段下にあるステンドグラスがすごく素朴でかわいらしくて、これが本当に好きだなと思ったところなんですね。例えば雨の日だと室内は本当に暗くなるんですけど、ほのかに色がともっているみたいな感じで、いくらでも眺めていられます。
最初に中を見学させてもらったとき、ステンドグラスは以前旅先で見たロンシャンの礼拝堂を思い出しました。そのとき、このまま継承する方がいないと取り壊すことになるかもしれないというお話を伺って、なんとかしたいという気持ちになったんです。
桑子:このステンドグラスは、建てられた当時のまま、全く変えていないんですか?
鈴木さん:
変えていないんです。修繕の段階できれいにしようと思ったんですが、実は完璧にはきれいになっていなくて。色ガラスをそのままはめたのではなくて、何かをガラスの間に入れて、工夫して色をつくっているものもありました。でも、昔のガラスのような味わいがすごく好きだなと思って、なるべくそのままの形で残しました。
桑子:お部屋の塗装、色の組み合わせを修繕されたとうかがいました。
鈴木さん:
はい。私が初めてこの家に入ったときは、手すり、げた箱などは全部クリーム色でした。それを削ってみたら、中に違う色が塗られていることがわかって、できるところは全部素地に戻して、近い色を塗り直しました。色は建てられた時代の雰囲気に合うように、建築家の方に相談しました。前オーナーの方がフランス文学の教授をやっていらした方なので、青・白・赤のトリコロールカラーだったのかなと思うと、やっぱりこの色は大事にしたいですねと話し合って。
桑子:あと、ここはぜひ見てほしいというところはありますか?
鈴木さん:
あの大きい天窓は、時間によって白っぽい島のような明かりが部屋に当たって、すごく楽しいんです。すごくすてきだなと思っていたんですけど、ある日作業をしている施工会社の方から、「中に照明が入っていました」と言われまして(笑)。
鈴木さん:
周りにある溝は、ただの飾りかデザインだと思っていたら、見えないところに照明が入っていたんです。それも驚いたことのひとつですね。66年前の建物なのに、下から見上げたときに、電球を見えないところに入れているというか、この部屋にはところどころダウンライトの穴があるんですが、下からは電球が直接見えないように工夫されています。そういうところに気づいたときには感激しました。
桑子:デザインを大事にしながら、暮らしのこともしっかり考えられていたんですね。あと、やはりこの階段が印象的です。
鈴木さん:
私は自分の家を持つなら、こういう「片持ち階段」に憧れていたんです。好きな邸宅や礼拝堂などの建築に、こういう階段があるんです。だから家を持ったらつけたいなと思っていた階段がここにあったので、それがすごくうれしくて。
それに、いろいろ測ってみましたら、それぞれの段が同じ高さではなくて、上り下りにリズムを感じられるようになっていたり、手すりのところにザイルを引っ掛けて上がれるようになっていたり、登山家でいらした前のオーナーの方の事を考えて作られたんだなと。内装もちょっと山小屋風の内装だったりして、この家について知るにつれていろいろな発見があって、すごくうれしいことでしたね。
名建築を受け継いでいく思い
【インタビューを動画で見られます③】
桑子:この家と出会い、最終的に引き継ごうとまで思われたのはどうしてなんですか。
鈴木さん:
やっぱり建物の魅力、あとは「自分の好み、私はこれが好きだ」という思いを大事にしたいと思ったんですよね。人から「これは大事にしなきゃいけないものですよ」とか「貴重な価値のあるものですよ」と言われるものと、「自分が好きなもの」は違いますよね。自分はこの建築に魅了され、しかも前オーナーのご親族の方々も私に委ねてくださった。だから、自分が何かさせてもらえる立場なのだからしっかりやろうと思いました。
桑子:全国で所有者がこれ以上維持管理できない状態になり、解体される建築が相次いでいます。そのことについてはどう考えていますか。
鈴木さん:
もともと街の景観などを見ることを楽しんでいた私としては、「ここにあったすごくかわいらしい民家が、新しいマンションになってしまっている」と、散歩のときや旅先で目にすると、やっぱりすごく寂しいなとか、このままであってほしいなとか勝手に思ってしまうことがありました。
でも実際に今回家を引き継ぐとなったときに、いろいろお話を聞いて「このまま継承したいのはやまやまだけれど、それができないんだ」という状態がそれぞれおありになったんだろうなとわかりました。取り壊さないでほしいという思いだけではなくて、そうせざるを得ない状況だと理解していかなければいけないし、それでも継承はしたかったという思いは大切にしなきゃいけないなと思いました。
桑子:さまざまな事情があることがわかるようになったと。
鈴木さん:
例えば、日本家屋の古い古民家だったら木造ですから移築できても、この家はコンクリート造りで移築ができないんですね。また耐震基準をクリアするためにどう補強していくか、そういったものもしっかり検査してからでないといけませんよね。万が一地震が来たときのことを考えたら、家を何も触らずただ残しておくということではいけない。
今回この家を引き継いで、いろいろな方にいろいろなことを教えていただきました。私はふだんは俳優業をなりわいとしていますから、それが何か役に立つとしたら、取り壊されなければいけない事情もくみ取りながら、「簡単に取り壊されないためにどうしたらいいか、どうやって再生していくか、考えてくださっている方たちがこんなにいますよ」ということも伝えていきたいなと思っています。
桑子:この家をどういう空間にしていきたいか、教えていただけますか。
鈴木さん:
「どうぞ見学にいらしてください」と言うには、小さくて大勢入れる建物ではないですが、ただゆったりと時間を過ごしてもらいたいし、お庭に出てのんびりしてもらいたいですね。みなさんに公開して来ていただくためにはどうしたらよいか、今考えています。
もちろんご近所の迷惑にならないようにしなければいけないですし、子どもさんでも来られるように、安全のためのルールもきちっと決めなければいけなくて、本当に難しいです。でもルールを守っていただければ、自由にどうお過ごしになっていただいてもいいですよという空間にしたいなと思っています。
桑子:価値のあるものを大切にしながら、社会を維持していくためにはどういうことがあったらいいなと思いますか。
鈴木さん:
私は、大きくて新しいピカピカのビルも大好きなんです。やっぱりそれも景観ですし、観光資源のひとつでもあるので、新しいものにしていくことが悪いとは全然思っていません。なので、古いものだけを残すために何かするというのではなく、新しいものをつくり出す方たちも応援する社会であってほしいとは思っています。
自分が思う好きな文化でいいと思うんですよね。今回私は自分が好きだなと思う建築を継承させてもらいましたけれど、それぞれに好きなもの、大事に守りたいものを守っていけるような活動がしやすくなるといいなと思っています。
例えば「こけ」がすごく好きな人もいれば、「ブリキのおもちゃ」が好きな人もいますよね。自分の守りたい文化的なもの、それは自分が決めていい。だから、自分の守りたいと思うものを守っていけるような環境づくりをしたい、そんな活動がそれぞれに活発にできるようになったらいいなと思いました。
桑子:そうすると本当に豊かな社会になりますね。
鈴木さん:
はい、そう思いますね。
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