ロシア軍の侵攻開始から8か月。ウクライナ軍は要衝を奪還し反転攻勢を強めています。
なぜウクライナ軍は大きく反転攻勢を進めることができたのか。対するロシアは今後どのような戦略で臨むのか。陸上自衛隊の元幹部で軍事上の戦略・戦術に詳しい松村五郎さんに分析してもらいました。
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“報復措置”ミサイル攻撃のねらいとは?
10月16日時点での戦況地図(NHK NEWS WEBより)
まずは、8日に起きたクリミア大橋での爆発。そしてその報復措置だとしてロシアが行った、ウクライナ各地への大規模ミサイル攻撃について聞きました。
-クリミア大橋の爆破についてお聞きします。この一件は、軍事の面から見て、どのようなインパクトがあったと見ていますか?
松村さん
南部のヘルソン州、ザポリージャ州で戦っているロシア軍の兵站(たん)の多くの部分はクリミアから来ています。その備蓄は常にロシア側からクリミアに送られている状況です。その大きな「動脈」がクリミア大橋でした。橋は完全に通れなくなったわけではありませんが、その輸送能力が低下することによって、クリミア経由での兵站は大きく制限されることになると思います。
ただしロシア側は今、マリウポリからメリトポリを経由する陸路を確保しています。必ずしもクリミア経由でなくても、時間さえかければヘルソンに対して補給はできる状態なので、決定的なロシア側にとっての欠陥になっているわけではないと思います。
-「軍事的」な意味より、「象徴的」な意味が大きいと。
松村さん
そうですね。特にクリミア大橋は、2014年のクリミア併合後、ロシア化の象徴のような橋ですから、象徴的な意味が大きいと思います。
-その後、キーウなどへロシア軍は大規模なミサイル攻撃を行いました。
松村さん
「クリミア大橋で起きた爆発に対する報復だ」とプーチン大統領は言っていますが、その前から準備されていたという情報もあります。9月からのウクライナ側の反転攻勢によって、ハルキウ州などでロシアが占領していた地域が失われました。ロシアが劣勢になる中で、軍事的作戦だけでは、なかなかうまくいかない。なので、心理的にウクライナが早期の戦闘終結を目指すような世論を作りたい。そのため、ウクライナ人に恐怖を与える目的で、都市に対して巡航ミサイルや無人機による攻撃が大規模に行われたのではないかと見ています。
-ロシアのねらいは達成されているのでしょうか?
松村さん
今のところは、ウクライナ人の心理状態に大きな影響を与えていないと思います。ゼレンスキー大統領以下、ロシアの侵略に対して立ち向かうというウクライナ人の意思は、今のところ非常に強いですからね。ロシア側もかなり弾薬が尽きているという話もありますし、どのくらい攻撃が続くか、またウクライナ側がミサイルや無人機に対する防空体制をどの程度強化できるかが焦点だと思います。
東部の反転攻勢 奪還成功の要因は?
春以降、東部と南部の戦線は長くこう着状態が続いていました。状況が動いたのは9月。ウクライナ軍は反転攻勢で東部ハルキウ州、イジュームなどの要衝を奪還に成功しました。その背景に、松村さんは3つのポイントがあったといいます。
-ウクライナ側の反転攻勢が9月から進んでいます。その要因はどこにあると見ていますか。
元陸上自衛隊 東北方面総監(陸将) 松村五郎さん
松村さん
もちろん欧米による装備の支援という背景はありますが、その上で私は3つの要因があると思っています。
1つ目は、ウクライナ側が欧米からの情報も含めて情報を収集して、東部から南部に広く展開しているロシア軍のなかで、どこに弱点があるか見抜いたということ。
2つ目は、南部のヘルソンにおける反転攻勢と、東部における反転攻勢を、うまく関連づけて作戦をおこなったこと。
そして3つ目に、反転攻勢に関するウクライナ軍側の情報を、ロシアに対して秘匿することが徹底していたこと。その3点があると思っています。
-1つ目の情報収集はどういう形で進められたとみていますか。
松村さん
アメリカが持っている衛星からの「大きい情報」は、かなり得たと思います。加えて、ウクライナの国民がウクライナ軍に対して直接情報提供するスキームを、しっかりと国内で作っているのでしょう。そうした「小さい情報」が生きていると思います。
これはアメリカの戦争研究所などのサイトでも出ていますが、東部戦線においてはロシア軍が5つの部隊グループで戦っていた。一番北側はハルキウ正面のグループで、2番目がイジュームを主体としたグループ、そしてその南に3番目、4番目、5番目が展開している状況でした。その中で2番目のイジュームのグループは、もともとキーウの周辺で「ブチャの虐殺」などを行った、ベラルーシからなだれ込んだ部隊が転用されていました。彼らはもう2月24日からずっと戦っていて、大きな損耗を出している部隊ですので、物理的にも隊員の士気の面でも、かなり疲弊している部隊だと、ウクライナ軍は情報からわかっていた。このイジュームの部隊が一番の弱点であるということを、見抜いたのだと思います。
-どういう情報を基に、相手部隊の動きを見抜いているのでしょう。
松村さん
どこの部隊がどう動いたかはアメリカなどが衛星でしっかり把握していて、過去にどこで戦った部隊が、今どこに来ているという部隊の動きを見ています。画像で情報を取るのと同時に、部隊が出している電波等についても、捉える衛星がありますので、それらを合わせると、部隊がどう動いているのか、アメリカは掴んでいたのではないかと思います。
それと共に「ヒューミント(HUMINT)」、つまりヒューマンインテリジェンスとして、スパイやロシア国内の協力者からの情報もアメリカやイギリスは持っていたでしょう。
加えて、ウクライナ国民が目撃している情報から、ロシア兵士の士気についても捉えていたのではないでしょうか。
-2つ目のポイント、東部と南部の反転攻勢を関連づけて作戦を進めたという点については。
作戦前後の戦況地図(NHK国際ニュースナビより)
松村さん
ウクライナは8月末、南部のヘルソンの正面で攻勢を開始するということを、実際に宣言して攻勢を開始した。それに先だってドニプロ川の橋を爆撃してロシア側の兵站線を断った上で、大規模に南部での反転攻勢を始めました。ロシア軍は危機感を覚え、これはプーチン大統領が指示したとも言われていますが、東部のイジューム、ハルキウなど東部の北の方にいた「予備隊」を南部ヘルソンに向けて動かしたんです。
この「予備隊」は軍事的に重要で、敵の部隊に第一線が破られて侵入された場合に、その穴をすぐにふさぐ役割をもっています。その「予備隊」が南部に動いたタイミングを見計らって、9月7日にウクライナ軍が東部での反転攻勢を始めました。ハルキウの部隊とイジュームの部隊のちょうど間を縫うように、攻勢を仕掛けた。軍というのは部隊と部隊の境目の部分が一番弱くなります。しかも予備隊がいないので、境目の部分から入り込まれたとき、予備隊が手当てできない。この隙をついて、一挙に突進した。これによって補給路を断たれたイジュームの一番弱いとされていた部隊が逃げ出して、イジューム方面が大きく進展した。ロシア側は一番北にいたハルキウ正面の部隊を、ウクライナ側に抜かれた正面の予備隊代わりに転用するために、ハルキウ周辺から撤退した。それによって、ウクライナはハルキウとイジュームの一帯を奪回することができたわけですね。
-これらがすべて想定されていた作戦だったと。
松村さん
時間差で南部での攻勢を始めて、予備隊が転用されたところで東部の攻勢を始める、全体としての作戦計画があったのではないかと思います。
東部の部隊が抱えていた弱点と、予備隊を動かしたことで生まれた弱点、2つを時間的にも空間的にも捉えて作戦を実行した。リスクは少なく、なおかつ効果が高い、非常に知的に高度な作戦だったと思います。
奪還した街の住民と写真を撮る兵士
-それを成り立たせていたのが、情報をうまく集めたからだということですか。
松村さん
はい。それと3つ目の要因である、自分の部隊の動きを秘匿していたこと、そこがうまくいっていたのだと思います。
まず、ウクライナ国民がいろいろ発信していたSNS上の情報で、「ウクライナ軍のことは一切発信するな」ということを徹底したのが8月ごろだと言われています。これによって、ロシア側の情報は流すけれどもウクライナ側の情報は外に出さないという形で、住民たちが協力した。ロシアも衛星などで情報を集めていたと思いますが、おそらくNATOやアメリカが、例えば電波を取らせないようにするなど、技術的な協力はしていると思います。
-この作戦を実行したウクライナ軍の練度は相当高いということですか。
松村さん
2014年以降、ウクライナ軍に対する教育訓練支援をNATOが全面的に行っています。実際に2月24日のロシアによる侵攻が起こる以前にも、NATOがウクライナ軍の少尉以上の士官を教育訓練していますし、今もドイツやアメリカなどが、ウクライナ軍に志願した人たちを集めて数万人単位で教育訓練しています。こうした支援は非常に大きいですね。
よく自衛隊でも日ごろ、「何をそんなに訓練しているんだ」と言われることがあるのですが、作戦をきちんと遂行するためには、士官の知的な作戦立案能力、そしてそれを実行させるための監督能力が大きく影響してきます。これは訓練、教育によってしか鍛えられないものなんですね。
対してロシア側は、非常にそこが手薄です。部分的動員で30万人を動員しても、30人のうちの1人は小隊長として、きちんと作戦を指揮できなければいけません。30万人動員すれば1万人の小隊長が必要になりますが、それをつくりあげる能力は、今のロシアにはないのではないでしょうか。
ロシアは防御に転じるのか?
各地で劣勢となるロシア軍。ルハンシク州などロシアが占領している地域に大規模な「塹壕(ざんごう)」を築き始めたことが伝えられています。
-東部戦線で、ロシア軍が巨大な塹壕をつくっている情報がありますが、その動きをどう見ていますか。
松村さん
塹壕などの構築物を作ることは、軍事的には「築城」、城を築くといいます。部隊は、前に向かって攻撃していくと同時に、今までにとった地域をしっかり確保する必要がある。そのために第一線で戦う部隊の少し後方で、陣地の構築や障害の構成などの築城をおこない、相手側から反転攻勢されても第二線目の陣地で持ちこたえる。今はウクライナ側が反転攻勢に出ていますので、ロシア側は東部地域をすべてウクライナ側に奪回されることがないように、築城しているのではないかと思います。いわば防衛ラインですね。
-築城された地域を突破するのは、ウクライナ軍にとってハードルが高くなるということですか。
松村さん
ロシア側に時間を与えれば与えるだけ、陣地構築が進んで築城が強化されますので、ウクライナ側はなるべく早く奪回する必要がある。ただし2014年以降、親ロシア派が占領していたルハンシク州とドネツク州の一部地域は、すでに占領から8年以上経っていますので、かなり大きな陣地構築が進んでいる可能性があります。そこを取り返すのは、なお難しくなるのではないかと思います。
地域的にも東に行けば行くほど、ロシア国境と近づいてロシア側の補給もしやすくなります。陣地が強化されていることと、ロシア側の本土に近くなること、この2つのことを考えると、非常に難しい戦いになるのではないかと思います。
近づく冬 今後のウクライナ戦線のゆくえは?
既に10月も半ばとなり、日に日に近づく冬。季節の変化は戦況にどのような影響を及ぼすのでしょうか。
-冬が近づいていることで、どのような影響が予想されますか。
松村さん
冬でも雪が降る地域と、降らない地域で大きく違います。雪が降る地域は、車両の機動力は大きく落ちます。一般的には雪が降った地域での部隊の行動は、大きく制限されるとなると思います。
-そのあいだに、ロシア側の築城が進むとみられますか。
松村さん
そうですね、築城そのものも雪が降ると、なかなかやりにくくなりますが、一般的に守る側のほうが有利になると思います。
-つまり、ウクライナは冬になる前に、できるだけ早く奪還したい。ロシアはできるだけ時間を稼ぎたいと。
松村さん
東部戦線の一部ではロシア側もまだ攻撃をしている状況ですので、必ずしもロシア側が完全に守りに入るかどうかは、まだわかりません。ただ、全体の戦局からいうと、ロシア側としては時間を稼ぎにかかっているのではないかと思います。
-ロシアは兵員不足を補うため30万人規模で予備役の動員を進めています。これは、どのくらい戦局に影響を与えると思いますか。
松村さん
30万人を動員してすぐに第一線に送っても、あまり役に立ちません。どのくらいロシア側が訓練をして送り出せるか。しっかりと装備を与えて、使いこなせるようにして送り出すことをやらない限りは、なかなか第一線での力にならないと思います。そういう意味では、すぐに動員の効果が出るということはなくて、時間を稼いでいくなかで30万人を戦力化して送り出せるか。成果が出るまでには数か月はかかるのではないかと思います。
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