【わかりやすく】東京五輪・パラ汚職事件 全体像は?高橋元理事とは?

NHK
2022年10月12日 午後6:28 公開

次々と発覚する、東京オリンピック・パラリンピックのスポンサー契約を巡る汚職事件。

これまで明らかになっている事件の全体像は?逮捕された高橋治之元理事とはどのような人物なのか?

「そもそも」のキーワードから解説します。

(クローズアップ現代取材班)


 

事件の概要

汚職事件は東京大会のスポンサー選定をめぐって起きました。

下の図が事件の構図です。

 

大会のスポンサー選定を行っていたのは、組織委員会。実際にスポンサーを獲得する業務は、大手広告会社の電通に委託され、電通が窓口となってスポンサーになるための交渉を、企業と行っていました。

一連の事件で、東京地検特捜部に逮捕・起訴された、組織委員会の元理事で電通出身の高橋治之容疑者(78)

みずからが経営するコンサルタント会社や知人の会社を通じて、紳士服大手・AOKIホールディングスと出版大手・KADOKAWAから、スポンサー選定などで便宜を図ったことへの謝礼などとして、多額の賄賂を受け取っていた罪で逮捕・起訴されています。さらに広告会社の大広からもスポンサーの契約業務を請け負えるよう便宜を図ったことへの謝礼などとして賄賂を受け取っていた疑いで逮捕されました。3社からの賄賂は合わせて、1億4000万円あまりと見られています。

また、AOKIホールディングス、KADOKAWAの幹部が贈賄の罪で逮捕・起訴されたほか、大広の幹部も逮捕されています。

 

この記事では、事件にかかわるキーワードとして

①そもそも高橋元理事とは

②そもそも組織委員会とは

③スポンサー選定の仕組み

④3つの事件の構図

それぞれについてまとめます。

 

①高橋治之元理事とは

1967年に大手広告会社「電通」に入社し、電通では専務や顧問などを歴任しました。

1977年にサッカーの“王様”と呼ばれた元ブラジル代表・ペレの引退試合を日本で開催し、多くのスポンサーを集め興行を成功させます。2002年のサッカーワールドカップや、東京オリンピック・パラリンピックの招致にも関わり、世界の競技団体の幹部とも深い関係を構築。2014年6月から、東京オリンピック・パラリンピック組織委員会の理事を務めていました。

スポーツを商業化するビジネスモデルを確立した影響力の強さから、電通関係者からは「レジェンド」と呼ばれていたと言います。

組織委員会のメンバーだった電通の元社員は、NHKの取材に対して次のように答えています。

 

「スポーツの国際組織にも直接交渉力があり、それをもとに電通のスポーツビジネスを拡大させた。テレビや新聞の広告とは別に、電通でスポーツビジネスという新たなビジネスを立ち上げたという意味では第一人者だし、会社としても非常に“恩義”がある人物だったと思います」

 

②東京オリンピック・パラリンピック組織委員会とは

今回の事件の舞台となった東京オリンピック・パラリンピックの組織委員会。2014年に発足し、大会の準備や運営を担っていた公益財団法人で、ことし6月に解散しました。国や東京都、その他自治体関係者、民間からの出向者などによって構成、大会開催時には、およそ7000人の職員が職務にあたっていました。

組織委員会の理事を含む役員や職員は、東京オリンピック・パラリンピックに関する特別措置法で、「みなし公務員」とされています。

「みなし公務員」とは、国や自治体の職員でなくても、公益性・公共性の高い職務に従事していることから刑法の適用が公務員と同じ扱いを受ける人のことです。組織委の理事は職務に関して金品を受け取ることは禁じられています。

特捜部は、みなし公務員である高橋元理事がスポンサー企業から受け取った「コンサルタント料」などが「賄賂」にあたるとして、受託収賄罪で元理事を逮捕・起訴しました。

 

③スポンサー選定の仕組み

大会のスポンサー選定を担っていたのは、組織委員会の「マーケティング局」。そこに大きくかかわっていたのが、高橋元理事がかつて所属していた広告大手の電通です。NHKが入手した、マーケティング局の2021年3月時点の名簿では、職員306人のうち実に3人に1人は電通から来ていました。さらに局長を含めた幹部のほとんどを電通からの出向者が占めていました。

マーケティング局の元職員は、出向者が集まる組織委員会では、電通の果たす役割は大きかったと言います。

 

「電通が入ることのメリットは大きい。組織委員会はいろいろなバックグラウンドの人がいて、イベントに慣れていない素人が多い。その中でプロ集団である電通は、まさに本業そのものですから、かなりスムーズに業務が進む」

 

組織委員会は、都や国から投入される税金を抑えるために、スポンサー収入を少しでも多く集めることが求められました。組織委員会はスポンサーを募集する窓口となる「マーケティング専任代理店」に電通を指名。組織委員会の中と外で、電通が大きな役割を果たし、結果として、東京大会の国内スポンサーからの収入は、オリンピック史上最高の3761億円に上りました。

一方、スポンサー選定の業務が、発注者・受注者ともに、「電通頼み」となっていた組織の構造が、事件の背景にあったのではないかという指摘もあります。

「相対(あいたい)」で行われる電通と企業の交渉は、他社に金額などが漏れないよう企業秘密として扱われ、組織委員会の幹部も、マーケティング局以外はほとんど把握していなかったということです。

こうした組織委員会の構造の中で、今回の汚職事件が起きました。

組織委員会の理事であり、スポーツビジネスの第一人者でもあった高橋元理事は、正規の窓口である電通のルートとは別の「もう1つのルート」となり、スポンサー企業からさまざまな依頼を受け、便宜を図ったとみられています。

 

独自にスポンサー候補の企業と交渉し、利益を得ていたとされる高橋元理事。関係者によりますと、正規のルートでスポンサー募集を担当していた電通の幹部は、高橋元理事について、こう語っていたということです。

 

「高橋さんをむげにはできなかった。苦々しい気持ちはあったが、お金をとってくるので、そこに頼っていた部分もあった」

 

関係者によりますと、高橋元理事は「身に覚えがない」などとして不正を否定しているということです。

 

④3つの事件で異なる構図

高橋元理事が逮捕された、大会スポンサーのAOKIホールディングス、KADOKAWA、広告会社の大広の事件では、賄賂とされる資金の流れがそれぞれ異なっています。現在分かっているそれぞれの事件の構図をまとめます。

 

【AOKIルート】

高橋元理事が、大会スポンサーで紳士服大手のAOKIホールディングス側から、総額5100万円にのぼる賄賂を受け取ったとして、東京地検特捜部に逮捕・起訴された事件。賄賂とされる資金は、高橋元理事が代表を務めるコンサルティング会社「コモンズ」に「コンサルタント料」として支払われていました。

AOKI側は、元理事にスポンサー選定に始まり、公式服装や公式ライセンス商品の製造・販売などに関して有利な取り計らいをするよう依頼していたとみられています。

 

【KADOKAWAルート】

高橋元理事が、大会スポンサーで出版大手のKADOKAWAから、スポンサー選定で便宜を図った謝礼として総額7600万円にのぼる賄賂を受け取ったとされる事件。賄賂とされる資金は、高橋元理事の知人(受託収賄の疑いでともに逮捕・起訴された深見和政容疑者)が代表を務めるコンサル会社「コモンズ2」に支払われたとみられます。

KADOKAWA側は、協賛金の額を3億8000万円以内に収めることなどを依頼したとみられています。

 

【大広ルート】

高橋元理事が、広告会社・大広からスポンサー契約業務を請け負えるよう依頼を受け、便宜を図ったことへの謝礼として、総額1500万円の賄賂を受け取ったとされる事件。賄賂とされる資金は「コモンズ2」に支払われたとみられます。

大広は取引先の企業がスポンサー契約を結べるよう、後押しを高橋元理事に依頼。その後、この企業は大会スポンサーとなっています。大広はこの企業のスポンサー契約の「販売協力代理店」として、2600万円の報酬(契約の際の手数料)を得ています。

 

事件を通して問われていることは

贈賄側の企業は、高橋元理事に仲介を依頼することでスポンサーに選ばれたり、協賛金の額を抑えたりするなどのメリットがあったとみられます。

少しでもスポンサー収入を上げることが必要な組織委員会にとっては、高橋元理事がスポンサーを見つけてくることで、収入を増やすことができたとみられます。

高橋元理事は、みずから交渉に関わることで多額の利益を得たとみられています。

こうした資金の流れは、高橋元理事が「みなし公務員」の立場でなければ、違法ではなかったという指摘もあります。

 

しかし巨額の税金が投入されるオリンピック・パラリンピックには、より高い公共性や透明性が求められています。

高橋元理事の事件が明るみになったことに対し、スポンサー契約に携わっていた電通の現役社員は「コンプライアンスを重視しながらスポンサー集めに奔走していたのに、こんな事件が起きて腹立たしい」と憤りの声をあげていました。

 

取材を通じて、事件の背景の1つに、組織委員会のチェック体制やガバナンスの不十分さがあったことが見えてきました。しかし組織委員会は、ことし6月にすでに解散し、検証は行われないままになっています。札幌市が2030年の冬季大会の招致活動に取り組む中、どのように透明性を高め、再発を防ぐのか、改めて議論が必要となるのではないでしょうか。

 


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