「走ってくれ!キリンのはぐみ」広島・安佐動物公園 命をつなぐ模索

NHK
2021年5月17日 午後6:14 公開

広島市の動物園で去年4月に生まれたメスのアミメキリンの「はぐみ」。生まれた時から足に障害があり、自力で立つことができませんでした。そのままにしていては、貴重な命を失うことになってしまいかねない状況を克服し、はぐみを元気に育てていきたい。コロナ禍の動物園で始まった必死の模索は、試行錯誤の連続でした。

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この子は生きていけるのか?

はぐみが生まれたのは去年の4月9日。朝、飼育担当者がキリン舎を確認したところ、頭だけを起こして座っているはぐみを見つけました。キリンは本来であれば生まれてから遅くとも1時間から2時間ほどで立てるようになります。

しかしはぐみは立ち上がることができず、体はすでに乾いていました。

「だいぶ時間がたっているはずなのに…」飼育担当の堂面志帆さんは違和感を覚えました。

はぐみの飼育担当 堂面志帆さん

「よく見ると足が変な方向に曲がっている状態でした。自分もすごくショックを受けて、正直初めて見たときはこの子はもうこの先、生きていくことはできないかもしれないという気持ちでした」

なんとかして立たせたい

はぐみの両方の後ろ足は、足先の「腱(けん)」が伸びきって、本来は曲がらない方向に曲がっていました。わかりやすく人間にたとえるならば、ひざから下が前側に折れ曲がっているような状態です。立てないままでは、高さ2メートルほどのところにある母親のお乳を飲むこともできません。

動物園では応急処置として足が曲がらないようにするために、ギプスで固定することにしました。頑張って立とうとしては転んでしまうことを繰り返すはぐみ。飼育担当者や獣医師が牛のお乳などを与えながら待つこと3日。はぐみはなんとか自力で立ち、母親のお乳を飲めるようになりました。

ギプスをつけたはぐみは、ぎこちないながらも徐々に歩けるようになっていきました。しかしギプスで固定したままでは、関節や筋肉を動かせません。それに体重が増えるにつれてギプスが折れたり壊れたりすることが増えていました。

動物園では自然に近い状態で歩けるようにするためにはギプスではない、別の方法が必要だと考えました。

飼育担当 堂面志帆さん

「『腱(けん)』は実際に使っていくことで発達していく、強くなっていくものなので、しっかり自分の体重をかけつつ足が前側に折れないようにするもの、ギプスではなく何かサポーターになるようなものが必要だと思いました」

“キリンの装具”で足を成長させる

そこで動物園が頼ったのが、広島国際大学の講師で、義肢装具士の山田哲生さんでした。山田さんは人の義足や装具を作るプロ。これまで1度だけ犬の義足を作ったことがありましたが、当然ながらキリンの装具は初めてです。何度も動物園に足を運び、キリンの歩く姿や本来の足の角度を観察しました。

技師装具士 山田哲生さん

「キリンってはっきりいって体重も何キロくらいあるのかわからないし、どこに神経があってどこに血管が通っていてという資料もなくて、手探りな状態でした」

5月下旬。まず、はぐみに麻酔をかけ、装具を作るための型を取りました。その型をもとに、山田さんは人の義足とほぼ同じ素材を使い、はぐみの足を前後から挟むような装具を開発、6月7日には、麻酔をしたはぐみの右足に装具をつけてみることになりました。

足が正常な向きになるよう装具でサポートしながら、必要な関節や筋肉を動かすことができることを確認します。麻酔から覚めたはぐみは、自分の足でしっかり立ち上がることができました。

「はぐみ、かっこいいよ」

動物園のスタッフや山田さんの間に喜びが広がります。しかし、それもつかの間、はぐみが痛がったため、この装具はすぐに外すことになりました。

技師装具士 山田哲生さん

「1作目の装具では、足の後ろの一部分を抑えているので、それが嫌だったみたいです。子どもと一緒で、どこが痛いとか悪いとか教えてくれない。ただつけるのを嫌がるだけ」

手探りのなか装具もバージョンアップ

ここから、山田さんの試行錯誤が始まります。まず、はぐみが嫌がらないよう装具の形を変えた2作目を制作。さらに、それからわずか1週間で、はぐみの体重に耐えられるよう強度を増した3作目を作りました。最初に装具をつけてからおよそ1か月半。3作目の装具をつけたはぐみは、外に出て歩きまわれるようになっていました。

飼育担当 堂面志帆さん

「足を使い始めたことでいままで以上によく動くようになりましたし、動くようになったおかげかよく食べるようになりました。それに伴ってはぐみの足がすごく発達して太くなってきた」

どんどん大きく成長するはぐみ。生まれた時57キロだった体重は、推定で150キロになっていました。山田さんも、はぐみの成長に合わせて装具を改良し、4作目となる装具を作ります。しかし、その交換の際に、プロジェクトチームは、ある課題に直面しました。それは、はぐみに麻酔をかけずに装具の交換をすることです。実は、麻酔をかけるということは、死と隣り合わせなのです。

飼育担当 堂面志帆さん

「麻酔で強制的に眠っている間に装具を交換する方が足にとっては安全ですが、キリン本体にとってはものすごく危険。毎回、麻酔をかけるたび、もしかしたら、きょう死なせてしまうかもしれないという恐怖と闘っていました」

もう、装具には頼れない!!

キリンは、牛と同じ反すう動物です。麻酔をしている間に胃の中のものが逆流して誤えん性肺炎を起こす可能性があります。

そうならないよう、麻酔がかかっている間は誰かが必ず、はぐみの頭を持ちあげていました。さらに麻酔から目覚めるときもふらつくため、頭をぶつけてしまうおそれもあるのです。はぐみの体が大きくなるにつれ、人が支えることが難しくなってきていました。このため動物園では、麻酔なしでも交換できるよう、ふだんからはぐみの足を触って、触られることに慣れさせてきました。しかし、この日、右足はスムーズに装具をつけられたものの、左足はうまくいきませんでした。翌日、再挑戦し、なんとか装具を付けられましたが、今後、さらに体が大きくなった際に、装具をつけることができるのか、不安を残しました。

さらに、問題となったのが、装具を外した際のはぐみの足の状態です。装具なしで歩かせてみたところ、足が大きく沈み込んでしましました。これまで、装具に頼って歩いていたため、筋肉やけんの発達が十分でなく、装具を外して歩くことはまだ不安が残る状態だったのです。

飼育担当 堂面志帆さん

そろそろ次の段階に移行することを考えることをなくてはいけない。自分の体重をかけながら、装具のない状態で今度は足をしっかり鍛えていく」

それでもはぐみのために…つづく試行錯誤

はぐみの筋肉やけんを成長させるために続く試行錯誤。麻酔をかけずに装具を外すためのトレーニングでは、嫌がる場面もありました。なかなか足を触らせてくれないはぐみ。それでも、堂面さんたちは根気強く、はぐみと接し続けました。

キリン以外にも、ライオンやトラの担当も務める堂面さんは、獣舎の掃除やえさの準備、各動物の状態のチェックなど、休む暇なく作業が続きます。多忙な勤務の中でも、はぐみと触れ合う時間を1時間程度は確保しようと決め、実行してきました。はぐみが自ら走れる日を信じて・・・。

飼育担当 堂面志帆さん

「ところどころで、やっぱりダメなんじゃないか、と思ったりすることもありました。でもそのたびそのたび、はぐみはきちっと立ち上がって、ここまで元気に育ってくれた。はぐみのためにできる限りのことをやる。」

ついに自らの力で走れるように

去年10月下旬。いよいよ、片方の装具を外す日がやってきました。はぐみの足の筋肉やけんは、きちんと成長しているのか―緊張が高まるなかで、まず状態のいい左足の装具を外す作業が始まりました。なかなか足を触らせてくれないはぐみ。作業開始から1時間が経った頃。装具は無事に外れました。はぐみは痛がる素振りなどもなく歩き回っていました。

それから3週間後の11月上旬。ついに、右足の装具も外れました。万全とはいえないものの、足の状態も悪くはありません。はぐみは自らの足だけで走り回れるようになりました。

“生きる力”を伝えて はぐみは今日も走る

ことし4月には、1歳の誕生日を迎えたはぐみ。新型コロナウイルスの感染拡大に伴い、広島市安佐動物公園も臨時休園を余儀なくされています。厳しい状況がつづく動物園ですが、元気に走り回るその姿は動物たちが本来持つ“生きる力”を伝え続けています。

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