日本政治の「歴史と今」を様々な角度から分析し提言を行ってきた政治学者たち。民主党が政権を失った2012年以降党勢を回復できていない今の野党をどう見ているのか。
クローズアップ現代では参議院選挙の選挙期間中に、日本政治を見続けてきた政治学者たちにインタビューを行った。
「野党は地方の連合幹部と回って組織固めをすべき」と提言するのは、著作『自民党―「一強」の実像』などの執筆で自民党幹部へのインタビューを重ねた中北浩爾(一橋大学教授)。
さらに、かつて民主党のブレーンを務めるなど野党を支援してきた山口二郎(法政大学教授)は「野党の中での駆け引きや勢力争いばかりが目についた」と指摘する。
一方で、「野党に対し与党との是々非々路線を望む声が多くある」というデータを示したのは秦正樹(京都府立大学准教授)。
「保守一強」とも言われる政治情勢の中で、「野党の現在地」を分析する政治学者の声に耳を傾けた。
(クローズアップ現代取材班)
関連番組:クローズアップ現代「徹底検証参議院選挙」
「野党は支持基盤を固めるべき」 中北 浩爾 一橋大学教授
【プロフィール】
1968年生まれ。91年東京大学法学部卒業。2011年より一橋大学大学院社会学研究科教授。専門は日本政治外交史、現代日本政治論。『自民党―「一強」の実像』など著書多数。
(6月29日にインタビュー)
自民党が怖いのは 連合の組織力
中北教授:
自民党の人に、「野党の何が一番怖いか」と話を聞くと、「連合の組織力はあなどれない」といいます。ですからそこを崩したいという思いが非常にある。
選挙には、きちんと組織の中核を回す人が必要です。それを全国津々浦々まで提供できるのは、野党の支援組織では連合しかない。ですから、連合が外れるか外れないかはものすごく重要なことなのです。
集票力の観点でも、自民党の支持団体で一番集票力があると言われる全国郵便局長会が60万票くらいで、ほかは20万票くらいです。しかし、連合の民間産別(産業別労働組合)の組織内候補は、産別1つあたり20万票くらい取ると言われます。
野党支持者からは、「連合は大したことない」という声をよく聞きますが、自民党から見れば、民間産別ひとつで農協や医師会と同じくらいの集票力がある、かなり大きな存在なんですね。
つまり、野党も支持団体の力量から見ると、決して自民党と大きな差があるわけではないのです。では、自民党と野党、特に「旧民主党系」の組織力の差がどこにあるかというと、私は「地盤」だと思います。自民党は国会議員から地方議員まで、個人後援会という形で組織化していて、そこの分厚さが最も大きな違いだと思います。
勝利の方程式は まず組織を固め 無党派層を取り込むこと
中北教授:
以前からの課題ですが、特に旧民主党系の野党の弱さの原因は、「組織を切って無党派を取りにいく」という考えが根強いことだと思います。
自民党が組織重視だから、「組織にお金をつけるのではなくて個人にお金を給付する」といった発想を、民主党はとってきました。ただ、現実的なことを言えば、基本的に組織なしには選挙はできません。
重要なのは、固定的に応援してくれる組織を固めながら、さらに無党派にどう浸透できるか。その原則に、野党は立ち返る必要があると思います。その上で、無党派層の「風」を起こせれば野党にもチャンスがある。実際、旧民主党系の議員の方のTwitterとかFacebookを見ればわかるように街頭に立っていないときは意外と連合の組織を回ったりしている。
2009年の「政権交代選挙」で、小沢一郎さんを中心に民主党は政権を奪取したわけですが、その際は小沢さんが連合の高木剛会長(当時)などと全国行脚して、地方の連合幹部と酒を酌み交わして組織固めをしました。他の野党に対しても結束を固めながら、政権交代の風を起こした。これが野党の勝利の方程式なのです。
実はこのやり方は、自民党にとっても同じなのです。自分たちを支持する組織を切って、無党派にアピールして勝利した、小泉純一郎さんの郵政選挙(2005年)のようなやり方は、アクロバティックで持続可能ではない。実際、小泉さんのあとは無党派層にアピールできず、政権交代につながっています。ですから、今の自民党は、組織を重視したうえで無党派層をある程度取る、少なくとも野党にいかないようにするという選挙戦をやっている。
野党もまずは自分たちの組織、支持団体との関係を固め、他の野党との結束を固め、その上で無党派層を取りにいく。そうした戦い方が求められるのではないかと思います。
(連合の集会)
政権交代の可能性は著しく減退する
中北教授:
現実化するかわかりませんが、仮に国民民主党が自公に接近し、民間産別(産業別組合)の一部の支持を得るならば、野党第一党の長年の支持基盤だった、連合の政治活動の一本化は、かなり困難になります。
そうすると自民党中心の政権は、極めて盤石な基盤を獲得し、政権交代の可能性は著しく減退すると見て間違いないと思います。それは「2022年体制」と呼べるくらいの安定した基盤になり、その枠組みが長く続いていく可能性があるということです。もちろんいくつかのハードルがありますが、万が一その枠組みができたら、日本政治の歴史を画するようなことだと思います。
「現実を直視し、より具体的な議論を」 山口 二郎 法政大学教授
【プロフィール】
1958年生まれ。東京大学法学部卒。北海道大学法学部教授を経て、法政大学法学部教授(政治学)。民主党政権時のブレーンを務める。著書に『政権交代とは何だったのか』など。
(6月30日にインタビュー)
30年あまりの日本政治の転換の模索が終わる
山口教授:
30年くらいの時間の幅で考えたとき、この参議院選挙はすごく大きな節目になるだろうと思います。
1989年の参議院選挙で、当時の社会党が大勝利を収め自民党が過半数割れに陥り、そこから日本政治の変革の模索が始まりました。しかし今回の参院選は、そうした30年あまりの日本政治の転換の模索が壁にぶつかって、終わるという意味を持つのかもしれませんね。
政権交代可能な政党システムという、1990年代以来追求してきたビジョンが、「やっぱり無理でした」という結論になるのかなと。そのあと出てくるのは、自民党一強で、周りにぽろぽろと野党が取り巻いている政党システムでしょうね。
野党は「ブランド」を確立できていない
山口教授:
自民党は公明党との連立で選挙に勝つ勝利の方程式を確立したわけです。いち早く小選挙区制に対応して、モデルチェンジを成功させた。
対して野党は、2009年は「風」で政権を取りましたが、自民党に拮抗するだけの地方組織や地方議員をつくる努力を十分してこなかった。政策的な軸に関しても、私は民主党政権時代、いくつか重要な問題提起をして政策を転換できた部分があったと思いますが、政権を失ったあと、それが全然生かされず、蓄積されていない。
野党が政権を失ったあと、離合集散を繰り返して名前も変わる。どんな名前の党が、どんな理念を持ち、次に政権を取ったら何をするのか、ある種のブランドを確立できていないわけです。
社会には常に別の選択肢が必要
山口教授:
政権交代可能なシステムでなければ政治は腐敗するし、政策の転換は進みません。だから政治の世界には「オルタナティブ」つまり“別の選択肢”が常に用意されている状況が必要なのです。私はその信念は変えていません。野党の衰退で「オルタナティブ」の主体がいなくなるということになると、かつての55年体制、自民党一党有利の体制への回帰になる。そうすると政策・政治を転換していくエネルギーが、どこから出てくるのか、非常に心許ない。
今の日本には大きな課題がたくさんあります。人口減少が急速に進むし、気候変動のような地球規模の課題もある。経済的な停滞が続き、しかも円安で日本の経済的な力がどんどん衰弱、国民生活が窮乏化していく現実がある。様々な政策の転換を図らなければいけない状況なのに、転換を図る政治的な主体が消えてしまうという、このギャップをどうするのか、考えなければなりません。
私は、野党が政権交代を諦めたとは私は思いません。国民民主党は予算案に賛成し、党の存在意義を切り替えましたが、立憲民主党は政権交代を諦めない志を持っている。ただ去年の衆院選を、野党協力の失敗という形で総括してしまい、政治家も支持者も無力感に陥っている状況なんでしょう。
(立民・枝野前代表と山口教授)
ブレーンの私も今の野党には無力感を感じる
山口教授:
一時まとまりかけた野党が、またバラバラになった。非常に残念だし、野党協力を進めてきた私も、ちょっと無力感に陥っています。
日本人が政治の世界で別の選択肢を求めているという手応えは、私はずっと感じていました。だから一回は政権交代ができたわけです。ただ、民主党政権が崩壊したあとの10年の変化は理解できない部分もあるというか、私が言っていることが人々に届かないように感じます。
直面する難しい問題に対して、政治の力が必要だし、世の中を変えなければいけないわけです。でも、10年前の民主党政権崩壊のあとは、政治の世界で変化を起こすことに対して、人々がすごく後ろ向きになった感じがします。
なぜ別の選択肢が必要か、なぜ政治を変えなければいけないか、愚直に訴えることに、野党は十分取り組んでこなかったように思います。野党の中での駆け引きや勢力争いばかりが目についた、そうした印象が残念ながらあります。
野党協力を始めたのは6年前、2016年の参議院選挙からでした。それなりに結果を出していましたし、政治を転換しなければいけないという機運をまとめる受け皿みたいなものを作れたのではないか、と思う時期はあったのに…。
「データで見る 求められる野党」 秦 正樹 京都府立大学准教授
【プロフィール】
1988年生まれ。大阪市立大学法学部卒。2020年より京都府立大学公共政策学部公共政策学科准教授。専門は政治学。社会調査(個票データ)を用いた計量分析。
(6月27日にインタビュー)
データで見えてきた「求められる野党像」
秦准教授:
野党は英語にすると「opposition party」。直訳すれば「反対する政党」です。少なくとも政府や与党に対して反対することが重要な要素なわけです。しかしそれが今の世論のなかで重要視されているかというと、肌感覚でも多くの調査でも、そうではないという結果が出ています。
よく、「野党は批判ばかり」という意見がありますが、そもそも論として、逆に「反対しない野党」というものを、有権者は受け入れているのだろうか。「反対する野党」が政府に対して適切な批判をすべきだと考えているのか。一度チェックしておく必要があると思ったので、その調査を行いました。
(秦准教授が、去年の衆院選の際に4100人を対象に行った調査。
「新しい野党があるとすれば、どのような野党に投票したいか」という質問で、右に行くほど「望ましく」左に行くほど「望ましくない」というもの。
「与党に対する姿勢」では、「原則対抗」という姿勢よりも、「連立政権を組む野党」、「是々非々路線」を望む傾向が見られた)
野党に求めるのは「是々非々路線」
秦准教授:
政権交代があった2009年当時は、批判する野党がすごく好まれていたはずなんです。2008年~2009年前半の民主党は、率直に言って、今僕が見てもやりすぎじゃないかと思うような政権批判をやっていました。その野党を、当時の有権者は、それがあるべき姿だと言っていたわけです。
その、反射的な反応として1つあるのは、維新の会や国民民主党がやっているような、「是々非々」というものが今までなかった路線の1つとして存在するということだろうと思います。閣外からの予算の賛成も含めた、与党に対して反対するところは、もちろん反対するけれども基本的には賛成するというスタンスです。ただ、これがいいとみなされるかどうかは、けっこう怪しいところだと思います。是々非々路線がこれから定着していくかどうかは未知数ですが、現時点でわかっていることは「反対野党ではダメ」だと。そして与党ではなく、「オルタナティブ(別の選択肢)となるのは是々非々路線しかない」と有権者は感じているということです。
野党に「野党との連立政権を求める」声も多かった
秦准教授
最初にこの答えを見たとき、自分が分析を間違えたんじゃないかと思い、何度もデータを確かめました。
実は、「連立政権を求める」という選択肢を入れたのは僕の遊び心で、理屈で言うと連立政権になったら野党ではなくて与党になりますから、「望ましい野党とは」という研究にはそぐわないんですよね。それがまさかポジティブな回答が多くなるとは、僕自身も驚いています。
日本が保守化・右傾化しているエビデンスはない
秦准教授
一方で、日本は今、保守化・右傾化していると言われますが、研究でそんなエビデンスは全くありません。むしろ外交安保以外の政策の流れとしては、社会的な価値観としてリベラルな方向に向かっていると見ています。
また「立憲民主党を絶対に支持したくない」と答えた人の数字は、実はそんなに高くありません。「拒否政党」というのですが、この数字は全体の15%ぐらいで、逆に言うと85%の人の許容範囲に立憲民主党はいるわけです。その数字でいうと、実は自民党とほとんど変わらない。
政策面では、例えば選択的夫婦別姓や同性婚については、賛成の人のほうがやや多かった。生活保護の問題について、ちょっと前までは「自己責任」だと言う人がいましたけれども、最近はもう全然そうではないし、LGBTQの問題についても、積極的に受け入れていくべきという意見のほうが多いです。
そうした多くの有権者の考えに沿った政党はどこかと考えると、それは与党ではなくて立憲民主党などの野党なんです。政策自体は、実は立憲民主党など野党がやろうとしていることは、世論と離れていない。つまり、「政策はいいのに、イメージが悪い」と有権者が感じる状況に陥っている。政党という在り方そのものの印象だったり、それらをどう改善していくかが大事なんだろうと思います。
関連番組:クローズアップ現代「徹底検証参議院選挙」
関連サイト:「参議院選挙2022」