新型コロナウイルスに感染し自宅療養する人は12万人にのぼります。患者の中には肺炎が悪化し、血液中の酸素の状態が悪くなっても、息苦しさを感じないケースが報告されています。これはHappy Hypoxia(ハッピー・ハイポキシア)=「幸せな低酸素症」と呼ばれています。“幸せ”という名称がついていますが、自分で気づかないうちに重症化するケースもあり、医師たちは警鐘を鳴らしています。
(報道局 社会番組部 チーフディレクター 松井大倫)
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自覚がないまま重症化 詳しい原因は不明
なぜ自分でも自覚がないまま重症化してしまうのか。
専門家によると、新型コロナに感染することで、酸素不足を察知する脳や首の神経の反応が鈍くなっていることが関係しているのではないかとみられていますが、詳細な原因は解明されていません。
私たちが去年4月から取材を続けている、川崎市の「聖マリアンナ医科大学病院」救命救急センターでも、この症状を訴える患者が最近増えてきています。
自宅療養者が注意すべきこととは何か?
最前線で治療にあたる医師・藤谷茂樹センター長に詳しく聞きました。
酸素飽和度 93%以下で呼吸苦 しかし例外も
<以下、藤谷医師の話>
血液中の酸素飽和度を測る『パルスオキシメーター』を入手した方も増えていると思います。酸素飽和度の正常値は96~100%ですが、この数値が93%以下になると、一般的にかなりの呼吸苦(息苦しさ)が出現して、我慢できないレベルになります。
しかし今回の新型コロナ感染症では、この呼吸苦という分かりやすい症状が表に出にくくなるケースが起きています。
酸素は、血液中の赤血球に含まれるヘモグロビンと結合し、全身に運ばれます。酸素飽和度というのは、そのヘモグロビンの何%に酸素が結合しているのかを示す数字です。しかしパルスオキシメーターは、指先の皮膚を介して測定した、簡易的に示された数値ですので解釈には注意が必要です。
貧血などがある方は、酸素を運搬する赤血球が少なくなっていますので、正常範囲内であっても呼吸苦を感じることがあります。
自宅療養から一転 入院数日でエクモ導入も
これは自宅療養をしていた50代の男性(ワクチン未接種)の肺のCT画像です。肺全体に、すりガラス状の陰影が広がっていました。
男性は「幸せな低酸素症」にかかったと見られていて、当初は呼吸苦などの症状はなかったといいます。パルスオキシメーターの酸素の値が90%になってから救急車を要請し、聖マリアンナ医科大学病院に入院となりました。
救急車の中で高濃度の酸素を投与したにも関わらず、酸素の値が徐々に減り、80%後半にまで落ちました。入院後、わずか数日で人工呼吸器、そして人工心肺装置=ECMOの導入となっています。
まずは「パルスオキシメーター」の確保を
注意点として、自宅療養をしている患者が、上記のような進行した肺炎になっているのか、あるいは本当に軽症で発熱、もしくは全くの無症状なのかは、CTを撮影しないと実は分かりません。
しかしながら、陽性が確認された全ての患者にCT撮影を行うのは(今の医療体制では)非現実的です。そこで、パルスオキシメーターを自宅に配布して、その数字をしっかりと把握する必要があります。
血液中の酸素飽和度を繰り返し確認し、少しでも意識がもうろうとしたり、爪や唇の色が悪くなったりするなど何らかの異変が見られた場合は、保健所や医療機関にすぐに連絡し、救急車を呼ぶことが重要です。
自宅療養をしている患者の一部は、肺炎が3日から7日のスパンで徐々に悪化していきます。病院にベッドがない状況で、どう入院ベッドを確保するか、そして、いかに悪化する患者をできるだけ早期に見つけて治療を開始するかが、重症化を防ぐポイントとなってきます。
すなわち、パルスオキシメーターと症状との組み合わせで、医療機関で肺炎の状態を評価して、適切な医療機関に入院させることが重要になってくるのです。
しかし病院やクリニックで新型コロナ感染症と診断がついたとしても、現状ではパルスオキシメーターを各病院で渡すことにはなっておらず、自宅療養をしているすべての患者に十分に配布されていません。
また使用方法などに関しても、陽性患者を管轄する行政に任されていて、周知が徹底されていないのではないかと危惧しています。
(聖マリアンナ医科大学病院 救急救命センター長 藤谷茂樹医師)
長引くICUでの治療「せん妄」に苦しむ患者も
重症者数は全国で過去最多を更新し続け、2110人(8月31日時点)。
聖マリアンナ医科大学病院でも重症者が31人(32床で満床)、そのうち人工呼吸器管理が26人、エクモが3台とひっ迫した状態が続いています。患者の9割を50代以下が占めています。
いま患者の中で増えているのが、幻覚や妄想などにとらわれて興奮したり、錯乱したりする「せん妄」と呼ばれる症状です。精神機能の障害で、24時間電気がつき、昼も夜もわからないICUに長くいることで発症することがあるといいます。
命を救うために多くの鎮静剤などが投与され、人工呼吸器やエクモを装着する重症者の治療。命の危機から脱し、意識が戻ったとしても、現実と非現実が分からなくなるケースがあるのです。
患者の中には、体に取り付けた管を抜こうとする人もいて、看護師が付きっきりで世話を行うこともあります。今までは高齢者に「せん妄」の症状が多く見られたのですが、若い人は体力があるため、固定されていない足をばたつかせたり、手を振り回したりと、危険が伴うこともあるといいます。
そうした中、聖マリアンナ医科大学病院では11名の診療看護師(NP=Nurse Practitioner)が活躍しています。NPは大学院で専門の教育を受け、医師の指示のもと一部の医療行為を自ら行うことができる看護師のことです。人工呼吸器の管理や離脱、ドレーン(管)の抜去なども手伝っています。
8月から重症者病棟に来たというNPの男性は、力強くこう話していました。
「一日一日がめまぐるしく、とても忙しい。でも応援者の一人として、何とかこの危機を乗り越えていきたい」
日本は欧米と比べて、NPの数がまだまだ少ないといいます。
限られたマンパワーの中で、懸命な治療が続いています。
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