安倍元総理大臣銃撃事件の山上徹也容疑者は、世界平和統一家庭連合(旧統一教会)の信者の子どもだった-。
宗教の信者である親の元で育ったことで苦悩を抱えている人、いわゆる“宗教2世”の問題が、銃撃事件をきっかけに注目されるようになった。「高額献金による貧困」、「信教や婚姻の自由がない」、「社会からの孤立」など、旧統一教会2世が抱える苦悩が、明らかになってきている。
“親が信じる宗教のために、なぜ自分の人生が壊されなければならないのか”
“宗教2世”の問題は旧統一教会に限らない。様々な宗教信者を親に持つ2世たちは、何年も前からSNSなどで自らの境遇について、声をあげてきた。
私たちは事件が起きる3年前から、旧統一教会など複数の新宗教の2世とその家族の取材を続け、70人以上の声を聞いてきた。きっかけはSNSで「信じない自由がほしい」という2世のつぶやきを見かけたこと。当事者が集まるオフ会に参加すると、ふだん親にも友人にも言えない宗教の悩みが語られていた。1世や専門家にも取材すると、親が教えに基づいて忠実に信仰するほど子どもの人権が脅かされる実態も見えてきた。
親の信仰によって自由を縛られ、自らの人生を振り回されてきた人たち。その声を伝える。
(クローズアップ現代 取材班)
クロ現「“宗教2世”旧統一教会・信者の子どもたち」9月12日まで見逃し配信
宗教がなければ、生まれなかった私
山上容疑者が事件を起こす前から、私たちは旧統一教会の2世の状況を取材していた。元信者の鈴木アヤカさん(仮名・20代女性)。奨学金を借りながら専門学校に通っている。家を出たいと思っているが、経済的な事情から一人暮らしの部屋を借りることができず、今も信者の両親と同居している。
物心ついたときから、夫婦関係は険悪だったという。
アヤカさん
「両親の仲が悪いのは、教会の合同結婚式が原因だと私は思っています。二人はお付き合いの期間もなく、お互いがどんな人か知らずに結婚しました。私が小さい時から、両親はずっと喧嘩したり、怒鳴ったり…。家にいるのが恐怖で、夜中に一人家を出て、公園でブランコをこいだりすることもありました。地獄ですよね。合同結婚式で両親が出会わなかったら、お互い別の人を見つけて、もう少しいい家庭を築いていたのかな、と考えることもあります」
アヤカさんの両親は、1990年代に旧統一教会の合同結婚式で夫婦になった。結婚相手は教会によって決められていたという。アヤカさんも、法律で結婚ができる16歳になったころから、2世信者同士での結婚を親から求められているが、拒み続けている。
そんなとき親の部屋で見つけた資料に、アヤカさんは動揺した。「特別解怨」と書かれたリスト。特別解怨とは、直系以外のあらゆる先祖などが犯した罪を償い魂を救うとされる教会の教えのこと。解怨を行ってもらうため、両親は献金を続けていた。
「娘の祝福結婚を妨害している、教会を嫌う酒飲みで淫乱の悪影響を与えている中心恨霊」
アヤカさん
「私の意志で教会から距離をとっているのに、親からはこういう見方をされていると知り、とてもショックを受けました。宗教のもとで出会った親から、宗教の教えの中で私が生まれた。そして、その宗教の教えを押し付けられている。私は両親の信仰のために必要な『道具』としての価値はあるのかもしれません。でも、一人の人間としての私には価値がない。そうずっと感じています」
周りに宗教上の悩みを理解してくれる人はおらず、孤独感を抱えてきたアヤカさん。相談できるのは、自身と同じように「自殺願望」を持つ友人だけだという。アヤカさん自身、自殺未遂を起こしたことがある。
アヤカさん
「目が覚めたら、めちゃめちゃ顔がむくんでて、『あぁ、失敗したんだな』って。友人に『失敗しちゃった』とLINEして、『どんまい』みたいな会話をして、また日常に戻りました。死ぬことを頑張るのか、いま目の前にあることを頑張るのかの二択で毎日生きている感じです。生まれてこなければよかった。そのことに尽きるのかな、と思っていますね」
進学や就職の自由が奪われ…
兵庫県在住の20代、井上シンヤさん(仮名・男性)は、ある新宗教を信仰する両親のもとに生まれた。両親の信じる宗教を生まれながらに信仰することを求められ、物心ついたときから、親に連れられて布教活動を行っていた。
シンヤさん
「教えでは、自分は神様から選ばれていて、人間的にも『あなたは特別な子なんだよ』と教育されるんです。疑問も感じることなく、教団内でぬくぬく、ちやほやされながら生活していました」
教団の教えで“異教”の行事とされる、七夕やクリスマスなどの行事への参加を禁止されてきたシンヤさん。小学生のころから、クラスになじめず友達はほとんどいなかった。高校生のとき、卒業後は大学へ進学せず、布教活動に専念することを決意した。それが信者として当たり前のことだと思い込んでいた。
シンヤさん
「自分の時間もエネルギーも、収入も社会的な地位も、全部犠牲にして布教活動するのが、自分にとって一番良いことだ、それが若い人の最高の生き方で、一番神様が喜ばれることなんだ、と教団の教えとして教わったんです」
NHKが入手した、230ページに及ぶ教団の内部文書には、信者にどのような行動を求めるかなどが示されている。信仰を重ね「開拓者」という立場に地位があがると、年間840時間の布教活動が求められるとしている。
「開拓者」だったシンヤさん。義務として求められた、この布教活動によって、「進学や就職の自由が失われた」と感じている。
信仰への違和感を抱くようになったのは、高校を卒業した後。このころシンヤさんは、教団の信者が運営する会社でアルバイトをしながら、布教活動を生活の中心に置いていた。しかし周りを見ると、同年代の多くが大学に進学し、将来の自己実現に向けて生活している。シンヤさんから見た彼らは“自由”だった。
自分との差に疑問を持ったシンヤさん。教団から禁止されていたインターネットで“宗教2世”について調べると、自分と同じ2世の多くが経済的に苦しい生活を強いられていることを知り、信仰心が大きく揺らいだという。
シンヤさん
「ずっと信じてきたものが真っ向から否定されて、足元から地面が全部崩れ落ちるような感覚でした。大学進学を犠牲にして、得たものは特に何もなかったのかもしれないと思うと、めちゃくちゃ悲しいです」
失われた時間は戻らない
シンヤさんは去年の春、単身赴任先で暮らす父親のもとを訪ねた。父親は3年前、他の信者との人間関係に悩み、信仰をやめていた。これまで抱えてきた苦しみをいまなら理解してもらえるのではないか。シンヤさんは父に胸の内を明かした。
シンヤさん
「自分は特別で、人とは違うと教育されてきたから、それで納得できていた。抑え込んではいたけど。やっぱり失ってきたものはすごく多くて、強迫観念がなかったらもっと人付き合いも上手くできていたのかなと思う。キャリアに関しては、もうたぶん取り返しはつかない。本当に、怒りとかいうよりは、悲しさとか空しさとかが大きくて…」
初めて息子の本音を知った父親。自らの後悔を打ち明けた。
父
「教団の言いなりになって、教団の敷いた模範的な線路を走るだけの、(子どもたちを)そういう人間にしてしまったんじゃないかという思いはあった…。子どもたちに本来しなくてもいい苦労をさせてきたのは、親の責任として申し訳ないという気持ちは、やっぱりある。負の連鎖をあなたで断ち切ってほしい。それはお父さんのわがままな言い方かもしれないけど…」
シンヤさん
「でも、10才とか15才とか、自分の人生が変わるような決断を自分でできるような歳じゃないときに、大人たちに勧められたり担がれたりして、(いまの人生のような)決断をしてしまったというのは、人生についてまわるんだろうなと思う。そういう静かな怒りみたいなのは、あるかもしれない」
教義が引き裂いた親子の絆
教団から脱会後、親子関係が断絶し、悩みを抱え続けている人もいる。
新宗教の信者を親に持つ2世、40代の冨田アキさん(仮名・女性)。34歳のときに、教義で禁止されている他の宗教の男性と結婚。その後、脱会に至った。子どもの頃から仲が良かった母親ならば、結婚を受け入れてくれると信じていたアキさん。しかし、脱会を機に親子関係は一変した。
アキさん
「親とは連絡が取れないんです。普通に日常のことも話せない状態ですね。(親子関係は)10年前で止まっているので、私は。一回も会ってないので」
この宗教では、脱会した人との接触は最小限にとどめるべきとしており、母がアキさんと会うのを拒んでいると言うのだ。
アキさんは子どもの頃、母親の喜ぶ顔を見るためにだけに宗教活動に励んでいたという。そして、悩みがあるといつも真っ先に母親に相談していた。
アキさん
「母以外には、愚痴とか悩みとかは言いませんでした。母はカラッとした性格で、私がウジウジしていると、『そんなの何でもないことよ』と言って、悩みを払ってくれるような人でした」
30代まで教団のコミュニティの中で生きてきたアキさん。脱会後は母親や周囲に頼ることができないまま、出産や子育てに追われてきた。
母親と連絡が途絶えて10年。いま、アキさんは息子の顔を見せたいと母に手紙を書き続けている。しかし母親から返ってきた直筆の手紙に書かれていたのは「宗教に復帰すれば交友できる」という言葉。アキさんは今も、母親と会うことは出来ない。
頑なに会おうとしない母、会うことを禁じる教団をどう思っているか。アキさんは、涙を浮かべながら、言葉を絞り出すように語ってくれた。
アキさん
「我が子と普通の会話をすることを禁止するって、どんな権限なんだろうと思いますよね。親子の絆を無駄にしてもいいと、母は本当に思ってるの?と伝えたくて…。私は、絆を無駄にしたくないよ、と伝えたいんですけど」
母親はいま70代。いつまで生きているか分からないと感じているアキさんは、「母親が生きている間にもう一度会いたい」と、日常のささやかな会話ができる日を願って、手紙を書き続けている。
【取材後記】「信じる自由」と「信じない自由」
日本国憲法第二十条には、信教の自由について以下のように書かれている。
「信教の自由は、何人に対してもこれを保障する」、「何人も、宗教上の行為、祝典、儀式または行事に参加することを強制されない」(一部抜粋)
誰にでも、「信じる自由」と「信じない自由」がある。これまで2世の取材を通して見えてきたのは、親が幸せや救いを求めて、教義に忠実に信仰すればするほど、信仰のない子どもの「自由」が縛られる実態。そして、宗教トラブルをタブー視し、「親子問題」として、この問題を矮小化してきた社会の無理解を感じた。
一方で、取材した旧統一教会の2世の中には、自分の意志で信仰を選んだ人もいた。
現役2世信者の20代のタクトさん。家庭が貧しくても、3つのバイトを掛け持ちして大学まで通わせてくれた母親への恩返しとして、祝福結婚を受ける決意を固めたという 。教団の上意下達の組織構造に疑問を感じつつも、「家庭平和」「人のために生きる」といった、自分が良いと思った教えは引き継ぎたいという。
信仰する人の自由を否定することはできないが、宗教2世は親の信仰によって人生の歩み方を決められてしまう。たとえ大人になり、信仰をやめることができたとしても、それまでに失われた青春や心の傷、人間関係は、取り返しがつかないという問題の根深さがある。
旧統一教会の2世だけが訴えているわけではない。他の団体で自由を奪われている2世にも目を向けていかなければならない。
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