「これは私たちの物語だ」…なぜ刺さる?桐野夏生さんの言葉 作品の魅力を語る

NHK
2022年6月1日 午後6:38 公開

43歳でデビュー後、埋もれてしまいがちな「女性をとりまく不条理」や、それへの“抵抗”を描いてきた、作家の桐野夏生さん。作品は全てフィクションですが、その圧倒的なリアリティーから、「現実社会の歪みを浮き彫りにする作家」といわれています。

桐野作品の魅力はどこにあるのか?桐野さんの言葉や物語に影響を受けた人たちの言葉から、ひもときます。

(クローズアップ現代 取材班)


 

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2022年6月1日(水)放送 「その“痛み”を抱きしめて 作家・桐野夏生」

番組概要や関連記事📒放送1週間後まで見逃し配信も📱

 


桐野夏生さん(70)は、1999年に『柔らかな頬』で直木賞を受賞し、海外でも作品が翻訳されるなど国内外で幅広く支持を集める人気作家です。去年、日本ペンクラブの会長に女性で初めて就任しました。


 

 

桐野さんの「言葉を求めている人が多い」

 

いま、女性誌を中心に次々と特集が組まれている桐野夏生さん。この春、ファッション誌に掲載された最新作についての特集では、桐野さんのある言葉に多くの反響が寄せられました。

 

「あなたに責任はないよ、と言ってあげたい」

(「SPUR」より)

 

コロナ禍で深刻化する「女性の貧困」について、その責任が本人にあるとする“自己責任論”がはびこる世の中に対して、桐野夏生さんが語った言葉。4ページにわたって組まれた特集では、見えづらい、今の時代の悩みや“痛み”について独自の視点で語っています。

 

「自己責任論が出てきてから、底辺にいる人の苦しみが理解されづらくなりました。私は、物語の中で今困っている人、苦しんでいる人を描くことで可視化したい」

****(「SPUR」より)

 

作品の中で、時代を生き抜く人々の苦悩や“痛み”を描き続けてきた桐野さん。

『OUT』(1997年)では、パート主婦からみる格差社会の現実。『路上のX』(2018年)では、行き場失った女子高生を取り巻く性的搾取の実態。そして今年発表した『燕は戻ってこない』では、生殖医療ビジネスから女性の貧困の構造を浮かび上がらせています。

 

特集記事を担当した編集者の衣笠なゆたさん(左)とライターの長田杏奈さん(右)

 

ライター・長田杏奈さん:

「苦しみや困窮の渦中にあると、目の前のつらさの対応に手いっぱいになっちゃって、『私を追い詰めたものは何だろう?』っていう大きな構造は見えなくなりがちなんですけど、そういうすごく小さなディテールから、大きな構造に目を開けさせてくれるというのは、物語の持つ力だし、桐野さんの手腕が発揮されているのだと思います」

 

 

この桐野さんの記事は、社会問題を扱う記事としては、異例のアクセスを記録。記事の公開後、SNS上には共感の言葉が次々と寄せられました。

 

  • 「読んでて泣きそうになった。桐野夏生さんは味方だ」

  • 「いかに当たり前に弱い立場に置かれていたか、泣けてくる」

 

その多くは、自分でも気づかなかった“痛み”に、桐野さんの言葉を通じて気づけて救われたというものでした。

 

編集者 衣笠なゆたさん:

「この盛り上がりはいつも以上だぞ、と思いました。今までは当たり前で、流していたことだったかもしれないけど、『やっぱりこれおかしくない?』と思うところを、桐野さんははっきりと『それは社会の問題である』と。この道を選んだ自分が悪いんじゃないかと思ってしまうところを、『いやいや、そうじゃないよ』ってはっきりと断言してくださったんです。その言葉が本当に響いたんじゃないかなと思っています」

 

 

「これは私たちの物語だ」

10代の女性を支援する団体の代表・仁藤夢乃さん

 

実際に桐野さんの紡ぎ出す言葉から、“一緒に闘ってくれる”と力をもらったという人もいます。

行き場をなくした10代の女性の支援活動をしている仁藤夢乃さんです。高校生の時、家と学校に居場所を失い、渋谷の街をさまよっていたという仁藤さん。桐野さんから、『路上のX』という作品の取材を受けました。

 

 

『路上のX』は女子高生の性を買う、いわゆる“JK ビジネス”に引きずり込まれる少女たちの物語です。

世間からは「非行少女」とされ、見向きもされない彼女たち。それぞれが、どんな苦しみや葛藤を抱えながら生きているのか、克明に描かれています。

桐野さんは、実際に少女たちがどういう状況に置かれているのか、仁藤さんのもとを訪れ、支援活動の実態を取材。そのときに、印象に残っている言葉があると言います。

 

一般社団法人Colabo 代表 仁藤夢乃さん:

「性搾取の実態や、売春者や売買をあっせんする業者の手口の巧妙さに『すごいものがある』と思われたようです。桐野さんがおっしゃっていたことで印象的だったのは、『現実は小説より残酷ね』って言葉です。私たちが直面している現実の深刻さや、その“痛み”を感じてくださったのかなと思います」

 

 

『路上のX』の中で、主人公たちは自分が背負っている「痛み」を次々と言葉にしていきます。

 

「女子高生を買う男たちは、女子高生たちは遊ぶ金が欲しいから、平気で身を売っていると_蔑んでいる」_

「金で買っている意識なんか皆無。むしろ、リオナ(※筆者注:物語に出てくる少女)を助ける『神』だと思っていた節さえあった」

(路上のXより)

 

仁藤さんは『路上のX』を読んだ時、少女たちの感情の描写や言葉一つ一つに驚かされたと言います。

 

仁藤夢乃さん:

「本当に『うちらの物語じゃん』って私も思いましたし、今15、16歳の女の子たちもこれを読んで、『本当に私たちの物語だ』と思っています。私たちの日常、生きている世界そのものをこうやって伝えてくれるんだと本当に驚きました。当時は『嫌だな』とか『うざい、キモい、やめて』とかそういうふうに思っていたことが、桐野さんが言葉にしてくれているんですよ。『そういうことだったんだ』って、自分の痛みってこうだったんだって、言葉にしてもらっていると思います。それって、『おかしいよね』と声をあげていくことが現状を変える力になると思うんですよね」

 

 

当時、言い表せなかった“痛み”を桐野さんが代弁してくれたという仁藤さん。

少女たちの現状が単純化されて伝えられていく中、桐野さんは一歩踏み込み、少女たちの立場だけでなく、性を買う大人、そして社会についても言及してくれたことで、その複雑な問題を世に訴えたいという思いが感じられたと言います。

 

仁藤夢乃さん:

「私たちが日々対峙(たいじ)している状況は、多くのメディアが『少女たちは好きで体を売っている』とか、『非行少女として家出している』みたいな感じで、女の子たち自身の責任として語られることがほとんどだなと思うんです。そんな中、この『路上のX』では、どうしてそういう状況に彼女たちがあるのか、その背景にも目を向けていて、そんな簡単にわかりやすい解決策があるわけではないけど、彼女たちを虐待する大人や、ひどいこと言う大人たちにも、もちろんそんな虐待は許されることはないんだけど、いろいろ孤立していたりとか、暴力の被害を受けていたりとか描写もあって。

女の子たちや若い女の子たちを性的に搾取する業者と、そういう状況を生み出している社会、そしてその子たちをそういうところに行き着くしかないって思い込ませる背景に安心できる場所がなかったりとか、家で暴力があったり…

女の子たちもいろんなことを諦めながらそこにたどりついている。そこでまたどんな被害を受けているかを伝えてくれたこと。少女の問題じゃなくて、大人の責任ということを突きつけてくれたなと思います」

 

 

仁藤さんの支援団体では、少女たちに自由に使ってほしいと用意した休憩スペースに、桐野さんの本を置きました。

 

仁藤夢乃さん:

「(桐野さんの本には)自分が見えていなかったことに気づかせる、そういう力があるんじゃないかと思います。性搾取の中にいると、自分がいま受けている被害がなんなのか、被害なのかどうかもわからない。自分もすごく諦め感のある中で、私たちだけじゃなくて、この小説の中にも戦っている女の子たちがいるし、この小説を書いてくれた桐野さんも一緒に声を上げてくれているし、わかってくれる人もいるんだなって、女の子たちも感じるんじゃないかなと思っています」

 

 

「ひとくくりにする」ことへの抗(あらが)い

 

理解しがたいようなことが起きるたび、シンプルな意味を見いだし、ひとくくりに語ろうとする私たちの社会。桐野さんは、世の中のそうした風潮にも、作品で抗うことを続けています。2017年に出版された『夜の谷を行く』です。

 

連合赤軍の指導者・永田洋子元死刑囚

 

50年前、連合赤軍のメンバーが12人の同志の命を奪ったリンチ事件。裁判では、その指導者・永田洋子元死刑囚の「女性特有の執拗さ」や「底意地の悪さ」が事件の原因の1つと裁判で断じられ、メディアもこぞって、それを書き立てました。

そのような中、桐野さんが光を当てたのは、それまで誰も目を向けなかった、永田死刑囚を支えた元女性兵士たちの存在でした。

 

 

執筆時に桐野さんから取材を受けた、大谷恭子弁護士です。控訴審裁判から永田元死刑囚の弁護を担当しました。

桐野さんが注目したのは、永田元死刑囚だけではなく、女性指導者を支えた元女性兵士が少なからずいたという事実。事件の原因をわかりやすくひとくくりにするのではなく、当時注目されることのなかった兵士たちに光を当てることで、事件の多面性や複雑さを浮かび上がらせようとしたのです。

 

弁護士 大谷恭子さん:

「安直に考えてしまうと楽じゃないですか。『あ、あいつ悪かったからだ』とか『あの女がだめだったからね』と納得しちゃって。銃を持った、そして女が指導者だったとか、そういうセンセーショナルなところだけがひとり歩きしてしまう。でも、違う部分がたくさんあって、埋もれていく事実・隠されている事実もあって、そこにいろんな人の思いがあって、実態というのが出てくるわけでしょう。

(桐野さんが)永田(元死刑囚)だけじゃなくて、『連合赤軍に参加した人の気持ちが知りたい』って言ってくれた時に、『ああよかった、この人は書いてくれる』と思いました。その中で子どもを産んだ女性兵士の気持ちを形にして下さったのが、これはもう彼女(桐野さん)じゃなければできなかったと思います」

 

 

そして、桐野さんは決して事実を単純化しようとはしませんでした。参加した女性兵士たちの心情や生活がどう変わっていったのか、登場人物の人間性を一面的に見るのではなく、いろんな尺度から、この事件を判断してほしいと望んでいるように感じたと大谷さんは語ります。

 

 

大谷恭子さん:

「罪を犯すって、そんなにー刀両断に切り捨てられることじゃなくて、何か切っても切れない、大きな深いものがあって、そこも含めて理解してあげないと、人を裁けないよねということを、わかってもらいたいし、わかってもらえると書いてある。それがすごいなと私は思うんですよね。

刑事弁護に携わる者とすると、もう1度事実を、違うところから光をあててくれることで、やっとみんなが気づけるってすごく大きいことだと思います。

『あなたの中にもいるでしょう?』とか『あなただったらどうする?』と、問題提起できる。問題提起しなければ犯罪はなくならないし、知らない人、関係ない人、私とは全く別の世界というんじゃなくて、『私の中にもそういう部分はあるよね』とか気づいてもらわないと、1歩も進まない。みんなあれだけの事件(連合赤軍事件)を起こしたら、あんなことは二度と起こしたくないって思っている人がたくさんいるのに、それなのに、『あれは特異な集団がやったことだからもうない』と思っているけど、その後もいろいろな事件はなくならないわけだから。

隠された事実、埋もれてしまった事実にこそ、本質があるんじゃない?という提起。これはすごく大きいと思っています」

  

 

目をこらすことで、物事の本質や、ひとりひとりの“痛み”が見えてくる――

大谷さんは桐野さんの信念に共感するとともに、その人柄をこう、語っています。

 

大谷恭子さん:

「(桐野さんの)視点というのは、彼女なりの人間に対する、洞察力とか優しさなんじゃないの?優しくなかったら、こんなふうに見つけられないじゃない。冷たかったら、人間に対して切り離して、冷たく、『ああ、別の人だ』ってしていたら、こんなふうに感情移入もできないし。だから彼女はすごく深いし、優しいんだと思うよ」

 

 

 

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