斎藤工、大沢たかお、カシアス内藤…沢木耕太郎の魅力を語る

NHK
2023年1月6日 午後4:32 公開

「作品に突き動かされ、中3で旅に出た」という、俳優/映画監督の斎藤工さん。

沢木さんと親交があり「本当に強い人はこういう人か」と語る、大沢たかおさん。

そして『一瞬の夏』の主人公として沢木さんから長期取材を受け、沢木さんを“兄貴”と慕う、ボクシング・元東洋ミドル級王者のカシアス内藤さん。

沢木作品、そして沢木耕太郎さんの魅力を語り尽くします。

(クローズアップ現代 取材班)

「もたもたしていられない」中学3年生で旅に飛び出した斎藤工

俳優の斎藤工

10代のころからバックパッカーとして諸外国を旅したという斎藤工さん。

その原点は、中学3年生のときに書店で出会った『深夜特急』でした。沢木さんが26歳のとき、すべての仕事を投げ出し1年かけてユーラシア大陸を横断した旅の記録です。

(斎藤工)

店頭でみて気になったと思うんですね。『深夜特急』のタイトルと、この表紙のデザイン。手にとって、ペラペラとのぞいたら、冒頭「もたもたしていられない」っていう文章から始まるんですね。で、急にもうインドに行っていて。ゴアかカシミールかって悩んでいるところから始まって。映画の冒頭を見ている感じがあったんですよね、中学生の僕には。「この本は絶対に自分に必要だ」って1、2ページで確信して。ふだん本を読むのは遅いんですけど、すごい速度でその世界にがーっと入っていって。

読み終えて「よし、自分も同じような旅をしよう」って思った方はたくさんいると思うんですけど、私も読みながら……もう荷造りしようっていうような感覚だったので、最後まで読みきらずに僕は中学3年生のときに旅に出ました。

深夜特急を読む斎藤工

10代で実際に旅に出るほど、作品に突き動かされた斎藤さん。

何がそれほどまでに斎藤さんの心を駆り立てたのか。

(斎藤工)

当時はインターネットがそこまで普及していなくて。海外情報もなく“想像”が主でしたよね。『深夜特急』を読んで、沢木さんの26歳のときの感じ方というか、そのとき沢木さんが感じていたもの、“におい”みたいなものが……匂ったんですよね。インドの路地裏の、何て言うんだろうな、わい雑なにおいというか。そういったものが、全編通して。26歳の沢木さんの感覚が、とてもセンセーショナルで、リアルで……。

そして自分に問いただされるんです。「とどまっていていいのか」と。ただ本を読んでいるだけじゃ追体験できないので、それを確認しに行くことが自分に必要だと。

斎藤工

(斎藤工)

とりあえずそのときあるお金、中学生なのでたかが知れていますけど、親にもちょっと借金をしたりして。アルバイトもして。そういったものを全部つぎ込んで高校の入学式の前に、1人でアメリカへ旅に行ったんです。18歳の頃には、バックパッカーとして世界18か国を放浪しました。

旅は、なるべく陸路で移動するようにしました。『深夜特急』に出会っていなかったらもう少し計画性を持った旅をしたんでしょうが、行動が先行した方がその人の本質があぶり出されるということ、“若気の至り”っていう意識を強く持って旅をしました。今しかできないって思ったんですよ。

『深夜特急』に出会って、すごく……若かりし価値って何だろうということを教えられた気がします。当時から僕は映画監督を目指していたんですが、いつか自分の表現のために、生きていくために必要な体験を、意図的にしていこうと思えたのがこの本でした。

インタビューにこたえる斎藤工

10代での出会いから41歳の現在に至るまで、何度も『深夜特急』を読み返したという斎藤さん。いまの自分にどうつながっているか聞くと、ことばを選びながら、“自分と向き合う機会をくれる”と教えてくれました。

(斎藤工)

『深夜特急』を読んだのはこれから社会に出ていくという時期だったんですけど、僕が想像している社会というものを、ことごとく『深夜特急』は超えていくっていうか。僕の思う社会は「鳥かごの中じゃん」って気づかされる。

この本の旅を通じて沢木さんは、外にはこれだけ豊かな、羽を広げられる、空間を超えた空があるってことを教えてくれて。誰しもが何となくまっすぐ行く道を、沢木さんは1回止まって、思いっきり自分の方向にかじを切ったことを、この物語に収めてくれているので。

僕は『深夜特急』を読むことで、自分と社会との関わり方が問われていく、ネガティブな意味ではなく突きつけられる。自由を追い求めている男の気楽な旅ではなく、どこかこう、社会と向き合ったときに、その道を進んでいかないといけないと思った自分と向き合わされる。そんな体験かなと思いますね。自分を知るってことを、時間をかけてずっと教えて頂いている感じがします、沢木さんの『深夜特急』に。

「強さと自由を教えてくれる」 大沢たかおが見た“沢木像”

カメラを前にインタビューに答える、大沢たかお

沢木耕太郎という人物の魅力を語ってくれたのは、俳優の大沢たかおさん。

1996年から98年にかけて放送されたドキュメンタリードラマ「劇的紀行 深夜特急」で沢木耕太郎役を演じ、沢木さんのユーラシア大陸横断旅行を追体験しました。

型破りな旅と撮影スタイルは“自ら泥沼にはまりに行くような体験だった”と言います。

(大沢たかお)

香港で撮影が始まったときは、英語もそんな得意じゃないのに、急に現地の人とお芝居しなきゃいけなかったりして、いろいろ苦労も多かったです。宿泊先も、実際のバックパッカーと同じ環境に泊まっていたんで。

アジアを抜けてユーラシアへ行って……パキスタンやイラン、トルコ。そのぐらいのときに、本当に自分の中でも変化を感じたし、自分もすごくずぶとくなったなと。トラブルがあっても柔軟に対応できたし、すごく成長した自分を感じることができた記憶はあります。

「劇的紀行 深夜特急」の一番面 映像提供:メ~テレ/電通

「劇的紀行 深夜特急」より 映像提供:メ~テレ/電通

 

2年に及ぶ撮影の日々の中で、何度も『深夜特急』を読み返したという大沢さん。

沢木さんの心境を想像するたびに、沢木さんの“強さ”を感じていました。

(大沢たかお)

僕らは撮影隊というグループで動けましたけど、沢木さんは1人で動いていますね。それはものすごい生命力、精神力だなというか。1人でやったわけじゃないですか。孤独だし、すごく寂しいだろうし。それなのに何でこの人はこんな明るいんだろう。何でこんな前へ向かって進むんだろうっていうのは、旅をしながらずっと考えていました。

何か愛にあふれている人だなって感じましたね。人に対してとか、場所に対してとか。いろんなものに対してものすごくポジティブに愛を持って接している人だなっていうのを、追体験して感じたというか……。

大沢たかお

ドラマの撮影を終えた大沢さんは、出版社が企画する対談やプライベートの食事会など、沢木さん本人と交流を深めるように。実際の沢木さんに会うようになって、さらに“人間としての強さ”を目の当たりしました。

(大沢たかお)

自分が作家で、自分の物語だったら、偉そうになってもおかしくないじゃないですか。全くないんですよね、沢木さんは。同じ旅をした仲間みたいに「あそこどうだった?」「ここどうだった?」って。「そんな風になったんだ、僕んときはこうだったんだよ」とか、終始そういうことをうれしそうにいっぱい聞いてくれましたね。旅人として旅人に接するような感じだったんですよね。全然、自分の物語のこととか、テーマとか一言もおっしゃらない。聞き上手だからこちらはベラベラしゃべっちゃう(笑)。聞きたいことがあってお会いしたのに、ずっと僕がしゃべらされたみたいな。

ものすごく強い精神力と体力をお持ちなのに、それを一切誇示しない。本当に強い人ってそういう人なんだと。僕はもっともっと欲深いし、現実的だし、悩み苦しむ人なんで。だから本当に、人間と神様が半分混ざったような人。そういう印象ですね。

お酒を飲んでいても途中で消えちゃうし(笑)。最後までいないんですよ。風のように消えていきますよ。僕、何度もごはん食べたりさせていただいているけど、テレビ局の人とか編集の人とか何人いても、いなくなっちゃうんだよね、突然。だからさよならも、ありがとうございましたも、言わせないんですよね。

2015年の大河ドラマ「花燃ゆ」に出演して以降、約2年間俳優の仕事を離れた大沢さん。その間もアメリカの大学に通ったり、休業後は単身渡英しウエストエンドのミュージカルに挑戦したり、自ら“泥沼”に飛び込み続けています。

沢木さんの旅を追体験することで知った「自由」の感覚が、その挑戦を後押ししていると言います。

(大沢たかお)

捨て身になって初めて勝ち取る自由があるんだなと。『深夜特急』ってどこもそうで、危ないところばっかりなんで。楽しい半分、きついんですよね。どこ行っても誰も何も言わないって最高なんですけど、なんだけど同時に圧倒的な孤独がそこには付きまとうんで。そこの痛みと付き合わなきゃいけない自分もいて。自由っていうのは求めれば求めるほど無限に広がっていく。面白くもあり、怖くもあり、楽しくもあり、ロマンチックなもんだなと思いました。

それは人によってはロマンチストって言われるかもしれないけど、「誰にも入り込めない自由」というか。「誰も何も言えない自由」。もしかしたら沢木さんも、そういうことを少し思ったりするのかなと考えましたね。

「彼のおかげで、本当の自分を知った」 1年間の沢木の取材を受けたカシアス内藤

ボクシング・元東洋ミドル級王者のカシアス内藤

そして、ボクシング・元東洋ミドル級王者のカシアス内藤さん。

沢木耕太郎さんが1981年に執筆したノンフィクション『一瞬の夏』の主人公です。

一度引退した内藤さんが4年ぶりにカムバックするまでの葛藤を、駆けだしのルポライターだった沢木さんの一人称で描いていく作品。1年に及んだ取材の日々を、内藤さんは“あの時間は本当に青春だった”と振り返ります。

(カシアス内藤)

人ってこう、ちょっとデコレーションするじゃないですか。こういうこと聞いちゃいけないとか言っちゃいけないっていう気持ちがあって、ちょっとデコレーションした会話になるけど、あの人はストレートですよ。いいことも悪いこともストレート。だからこっちも答えやすい、ストレートに。普通の生活もなんでも沢木さんは関わってきて、そばにいても取材だなんて思ったことないし。ありのまま出せるよね。普通の自分を出せる。

沢木耕太郎とカシアス内藤 撮影:内藤利朗

撮影:内藤利朗

(カシアス内藤)

例えば俺が「あいつとは口聞かない」だとかね。「冗談じゃない」とか言っていると、「いいのかよ」とか、そういう言葉も言われる。話を聞く側じゃなくてさ。沢木さん言いますよ、「君、それでいいのかよ」って。取材なんかじゃないよ?

普通の社会人みたいに僕は育ってきてないから、僕は何でも自分が思うとおり、やりたいようにやって来た人間だから、苦言をする人がいない。だけどあの人ははっきり言う。「お前、 それでいいのかよ」って。

それが俺にとってはすごく新鮮でね。会うと兄弟みたいに何でも話して返せる、 腹割って話せる人だよね。だからあの人の言うことは聞くかな。あの人のことだったら一瞬立ち止まって、そうかそう言う人もいるのかって聞くかな。なぜなら、あの人は真剣に俺のことを考えてくれているから。

カシアス内藤

(カシアス内藤)

何ページか読み進めるたびに、寝ころびながら一晩考えることもたくさんあったし、今でもあるし。教科書だって読まない俺がね、大事にしてね、何回も読むっていうのはね、たぶんあの人は本当に俺の心をキャッチしたんだろうね。おかげでもって、俺は本当の自分を知ったのかもしれない。

こうやってぱっと開くじゃないですか。その場面を読むと、頭の中にそのときの場面が帰ってくる。ありがたい本、俺にとってはバイブルみたいなね。

『一瞬の夏』の書籍を握るカシアス内藤

 

 3人のインタビューは、1月10日のクローズアップ現代「沢木耕太郎 自由を広げ、生きる」で放送予定です。

この番組で沢木作品の朗読を務めるのは、俳優の満島真之介さん。

俳優の満島真之介

実は満島さんも、バックパッカーの旅を愛し、沢木さんの大ファンでもあります。「旅好きからすれば沢木さんの本はバイブル。人間がバイブルのようです」と、収録の際に話していました。

2023年の始まりに、75歳になった沢木耕太郎さんがいま考える人生観を描いた番組。ぜひご覧ください。

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