「クロ現」は多様性をどう伝えたか キャスターが感じた課題と可能性

NHK
2021年12月28日 午後8:45 公開

「クローズアップ現代プラス」のキャスターをつとめる井上裕貴保里小百合の両アナウンサー。番組を引き継ぐにあたって大事にしたいと2人が語っていたのが「多様性」でした。年齢、ジェンダー、国籍、価値観…クロ現プラスは今年「多様性」をどう伝えてきたのか。2021年をキャスター自ら振り返る【後編】です。(対談は12月16日に行いました)

 

キャスター対談【前編】はこちら

 

“生理の貧困”でジェンダーとの向き合い方が変わった

 

保里:ジェンダーに関して言うとやはり4月に放送した「生理の貧困」*は印象に残っています。

井上:そうですね。僕にとっても衝撃でした。あの番組がきっかけでその後のジェンダーとの向き合い方が大きく変わりました。

 

*4月6日放送「生理の貧困 社会を動かす女性たち」特集ダイジェスト

 

保里:私は生理がある女性としてこのテーマに向き合いましたが、男性の井上さんは、それまで生理についてほとんど考えたことがなかったのに、番組で向き合うことになった…。

井上:社会の中でこれだけ同じ時間をともにしているのに、『女性から見た世の中』という視点や、女性が置かれた状況に対する認識が、自分にあまりにも欠けていたなと感じます。

これまで全国各地で取材をしてきましたが、たとえば取材先で時折お茶を出して下さるのも、いま思えばほとんど女性でした。他にも、撮影をお願いしたときに調整の窓口を女性がしてくれて、インタビューを受けるのは年配の男性上司、というパターンも数知れず。断片的な蓄積ですけど、そういった姿に違和感はあったんです。

それが「生理の貧困」を担当してからは、見えるだけのものではなくて、人の内面や人格の奥深くまで影響する尊厳の問題でもあるということに気づきました。

番組で女性の声を取り上げるときは、男性の立場として身構えてしまう部分もあるのですが、もっと伝え方や議論のしかたで工夫する余地があると思うし、もっと自然に語れる社会になるといいなと思います。

これまでは保里さんとも生理の話は一切できなかったんですけど、今はもう普通に会話のトピックに上がりますよね。

 

SNSでも話題になった井上キャスターの放送後記はこちら。「生理の貧困」男にできることは? 考え続けた1か月」

 

お互いの“視点”を入れ替えてみると…

 


この1年、クロ現プラスでは「女性」や「ジェンダー」に関するテーマを数多く放送しました。主なものがこちらです。それぞれのリンクから詳しい内容がご覧頂けます。

4月6日放送「生理の貧困 社会を動かす女性たち」

6月10日放送「ドキュメント “ジェンダーギャップ解消”のまち 理想と現実」

7月8日放送「他者の靴を履いてみる ~無意識の偏見を克服するヒント~」

10月27日放送 「「助けて…」と言えない 路地裏に立つ女性たち」

12月15日放送「私には帰る場所がない 家を失う女性たち」


 

井上:7月の「他者の靴を履いてみる」*では「男性の上司と女性の部下」「妻と夫」がそれぞれの立場を入れ替わるという実験をやりました。我々2人もお互いの視点を体験しあいましたよね。

 

保里:私が頭にカメラをつけて歩いて、その映像を井上さんに見てもらい「視点」を体感してもらったんですけど、まず身長が低い。だから見える景色も違うし…。

井上:その時の保里さんのヒールのカツカツ、カツカツっていう振動。ちょっとしたことですが、印象に残っています。

(保里キャスターの頭部カメラの映像)

保里:私は普通に歩いているだけなんですが、ヒールを履いているので安定しないんですよね。たぶん女性だったら経験がある。そういうちょっとしたことも取材の一環として体感できました。

井上:「気づき」ばかりでした。

保里:最初の打ち合わせから始まり、取材、撮影とそれぞれの過程で気づきがありましたね。

 

 (番組では作家のブレイディみかこさんにもインタビュー。詳しくはこちら)

ブレイディみかこさんに聞く “他者の靴を履く”ことの意味

 

“社会のしわ寄せが女性に”

 


コロナ禍では多くの女性が仕事を失ったり収入が減ったりするなどの経済的苦境に直面。女性に”社会のしわ寄せ”が行ってしまう状況が浮き彫りになっています。


 

井上:新型コロナの影響が、女性が置かれている立場を露わにした。

収入が減った女性が家賃を払えず、住まいを失っている状況もそうなんですけど、やはり社会のひずみが集中している。

そうした現実を見ていると、男性の側は社会の利益を享受していることに無自覚な部分があり、それに気づいたことがショックでもありました。

 

12月15日放送「私には帰る場所がない 家を失う女性たち」特集ダイジェスト

 

保里:一方で、番組で女性の問題を扱う際、キャスターは女性の私が1人で向き合えばいいのかというと決してそうではなくて。そういう時こそ2人いることの強みが生かされるというのも実感しています。

井上:それはもう100%同意します。やはり女性の問題を男性が伝えることで、見ている人に届くものが何かあると思うんですよ。ときには男性が責められることもあり、罪悪感を感じることもあります。だからこそ男性キャスターがいることで、そういったニュアンスも丁寧に伝えられたらと思います。

保里:女性の問題を女性スタッフと女性出演者だけで伝えても、見ているほうがそれに抵抗感を持ってしまったら意味がないわけで。テレビの向こう側にいるいろいろな立場の方にちょっとでもひっかかるように、気づきが得られるように伝えたいですよね。

井上:そうです。「みんな関係があるよ」っていうことですね。

保里:もちろんすべての立場をカバーできるわけではないですが、少なくとも2人で多角的にできるところは、しっかり頑張らなきゃなと思っています。

 

「クロ現」自体の多様性は?


番組を通じて社会の多様性の重要性を伝える一方、キャスター2人の気にかかっていたのが「クロ現プラス」自体のジェンダーバランスです。制作スタッフ、取材対象など、世の中の多様な価値観をどこまで反映できているのか―


 

 

保里:いろいろなケースがあるので一概に言えないですが、番組制作に携わる人は男性の方が多い印象です。クロ現プラスでも「参加している女性は私だけ」という回もありました。たまに女性のほうが多いときもあって、さきほどの「生理の貧困」などは制作チームは女性中心でした。

スタジオにご出演いただくゲストの方については、すごくエネルギーのある女性に何度もお越しいただいています。ただ全体的には男性ゲストのほうが多いです。*

 (*2021年はのべ161人の方がスタジオ出演。そのうち男性が65%、女性が35%)

井上:そうですね。日本社会の構造というか、それぞれの分野や産業における男女比率がご出演いただく方にも反映されているのかなという受け止めです。それに専門的な話になると、長年の経験や蓄積がある方にお願いすることが多くなりますね。

保里:当たり前ですけど、1つの問題に深く向き合うときに、そのテーマを一番語ってくれる方に出ていただくのが番組最大のミッションであって、「男性だから」「女性だから」だけでは選べないですよね。

井上:多様性という意味では、ジェンダーに限らず、外国人の方とか次の社会を作る若い世代にも話を聞いてみたいと思っています。

 

“キャスター2人だからこそ”感じた手ごたえ


2人が「新鮮な体験だった」と話すのが、11月に放送した「ピーター2.0」*でした。

難病ALSと診断されたイギリス人のピーター・スコット-モーガンさんを取材し、失われていく体の機能を機会に置き換え、全身をサイボーグ化することで病気を克服しようとする姿をお伝えしました。

コンピューターの合成音声で発話するピーターさんに、英語でリモートインタビューしました。


 

11月24日放送「ピーター2.0 サイボーグとして生きる」

 

井上:サイボーグのピーターさんに2人で話を聞きました。

保里:ピーターさんは“実験”と称して、自分の体で前代未聞のことに挑戦していますけど、それに対してこちらも「すごい」という驚きやワクワクする気持ちがありつつ、「倫理的には大丈夫なのかな」という不安や課題なども感じました。

そのときに井上さんは自分の視点でどんどん深掘りしていき、私はピーターさんをリスペクトしつつ、自分が感じた問題意識をあてていく。

複数の人が関わって一緒に番組を作っているからこその視点。男女の違いだけでなく、性格や価値観も含めて番組に反映させていった。いわば“未来の選択肢”を紹介するうえで、多角的に考えながら伝えられた印象です。

井上:ピーターさんには男性のパートナーがいます。インタビューでは愛にまつわる話も聞くことができました。それについてあえて「多様性」を強調しすぎることなくフラットに話ができたのではないかと。そしてそれが視聴者の方々にも受け入れられた。それはすごく嬉しかったですね。

クロ現という番組が持つ歴史の“重み”を感じる中で、「ピーター2.0」は自分たちなりにもちょっと前に進められたかなと思えた回でした。

 

武田アナに言われた「どこかで何かがつながっている」

 

井上:僕は外国で育ったこともあって、自分が経験していないことを伝えることに少し負い目を感じる部分があるんです。たとえば9月放送の「その校則必要ですか」では各地の校則改革の動きをご紹介しましたが、僕自身はずっと制服がなかったですし、校則の問題は経験がありませんでした。

保里:たしかに。

 

 

武田×井上×保里 キャスターバトンタッチ対談

 

井上:経験がないことに直面した時に、それをどこまで理解できるのか。ただ、クロ現プラスを担当する直前に武田さんから「バトンタッチ対談」で言われたのですが、どこかで何かがつながることがあるし、経験がないことで逆に違う視点を加えることもできると思うんですよね。(武田真一アナウンサー 2021年3月まで「クロ現プラス」を担当)

保里:そうですね。

 

新しい挑戦を見守ってくれている武田アナ

 

ディレクター:ちなみに武田さんとは連絡はとっているんですか。

保里:取ってます。定期的に感想をくれるんです。

井上:たぶん武田さん、毎日見てる。励ましの言葉をいつもいただいて。「ちょっと先輩、そこまで見なくても」って思っちゃう(笑)。

保里:背筋が伸びますよね。プレッシャーに感じるぐらい(笑)。でも私たちなりの新しい挑戦を見守ってくださって、そこに温かいコメントをいただくこともあります。武田さん時代からご出演いただいているゲストの方のことも含めて、常に気にしてくれている感じです。至らないところがたくさんあったと思うんですけど、怒られたことは1回もないですよね。

井上:いつも温かくっていうかんじですよね。我々は成長できているのかな…。

保里:本当にいろいろ発見ばかりですね。

井上:ある番組を通じて勉強したことが、何かしら他の回につながってくる。その蓄積はやっぱりすごく大きいですね。

 

  

2021年を駆け抜けた2人。2022年も社会のいまに正面から向き合い、みなさんの関心にこたえていきたいと意気込んでいます。新年は1月4日(火)夜10時からの放送です。