棋士たちはAIとさらなる高みへ 藤井聡太は「人間とは違うレベルに到達しつつある」

NHK
2021年10月7日 午後5:55 公開

ことし史上最年少で「三冠」を達成した藤井聡太さんの驚くべき“進化”を語る時、多くのトップ棋士たちが「AI」の存在を口にします。

AIを使って将棋の腕を磨くことは、いまや多くの棋士にとって当たり前の時代に。その中で、なぜ藤井さんは他の追随を許さないほどの成長を見せているのでしょうか。

  

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“藤井さんの将棋はAIの感覚に近い”

 

番組のインタビューでトップ棋士たちが口々に語ったのは、藤井さんのAIを使った研究の深さでした。

 

中村太地 七段:

「藤井さんが新四段のころ、序盤で少し出遅れてしまうところがあったのですが、ここ数年で序盤戦で出遅れることがまったくなくなったんです。序盤研究をマイAIを使ってかなり重点的にやられているように思う。出遅れるどころか最先端をいく将棋になり、定跡を作っていく側に回っている」

広瀬章人 八段:

「先日、藤井さんと対談する機会があって聞いたんですけど、けっこう珍しいタイプのAIを活用し始めているそうで、それに伴ってか指す戦法もちょっと変わってきたんですよね。研究勝負の最先端をいくような感じで。それが今のところ大きくプラスになっているのかなと思います」

 

 

AI vs. 棋士を振り返ると…

「電王戦」でAIと対局する豊島将之さん(2014年)

 

少し前まで、AIと人間の棋士は、盤をはさみ戦いを繰り広げる関係でした。

2013年、コンピューターソフト(AI)と対戦する「電王戦」で現役のプロ棋士が初めて負け、将棋ファンの間に衝撃が広がりました。

そのころ、AIと熱い戦いを繰り広げた棋士の一人に、いま藤井さんの最強のライバルとして立ちはだかる、豊島将之さんがいました。豊島さんは2014年の「電王戦」に参加した5人の棋士で唯一AIを相手に勝利をおさめました。

奨励会の幹事としてプロ入り前から豊島さんを見てきた畠山鎮八段は、AIとの戦いに没頭する豊島さんの姿を覚えていました。

 

畠山鎮 八段:

「プロ棋士がどんどんコンピュータソフトに負けていくのは、プロ棋士的にはかなりショックでした。勝った棋士が数えるほどしかいない中、(それまで)将棋連盟の控え室に来て棋譜を並べプロ棋士の対戦を調べ、同世代のプロとぶつかり稽古をしていた豊島さんが、ぱたっと来なくなり、家でフリーソフトのコンピュータ将棋、AIと毎日毎日向き合うようになりました。

当時、AIとだけやって強くなるという確信があってやったわけではないと思います。おそるおそる使っていたと思います。私は(豊島さんという)プロ棋士が、この勉強法に棋士人生をも懸けたのではないかと思いました」

 

 

当時はまだ、AIとの対局で力を伸ばす方法は一般的ではありませんでした。

豊島さんが活躍を早くから期待されながらもタイトルをとれないでいることを、「AIとの対局に時間を費やしたからだ」と懐疑的な見方をする棋士も少なくはなかったと言います。しかし、畠山さんは、その経験が今の豊島さんの活躍を支えていると考えていました。

畠山鎮 八段:

「ここ最近のタイトル戦に出続けている豊島さんを見ると、『ああ、やはりプラスだったんだ』と思います。孤独な中、1人で向き合ったというのが大きな武器だと思います。豊島さんは誰もそれで成功した人がいないなかでやったわけですから。成果が最初のうち出なかった、成果が出るかどうかわからないことに、1人で向き合ったということが大きな自信になっていると思います」

 

「電王戦」でAIに敗れた佐藤天彦名人(2017年当時)

 

人間の棋士とAIの戦いは、2017年、初めて現役のタイトル保持者としてAIと対戦した佐藤天彦名人(当時)が敗れたことで終えんを迎えました。2012年から続いた電王戦は、通算の対戦成績 「5勝14敗1引き分け」と、人間の棋士が大きく負け越す結果となりました。

その年、羽生善治さん(当時三冠)は座談会の場で、AIと将棋の未来について次のように語りました。

 

羽生善治 九段:

「AIは手段として、みずからの実力や能力を伸ばす使い方をするのが建設的だと思っている。ただ、みんなが同じソフトを使って研究するということもあり、戦い方にどう個性を出すかということが突きつけられていると思う」

  

 

そしていま、AIを搭載した将棋ソフトで腕を磨くのが当たり前となる中で、“若き天才”藤井聡太さんが史上最年少三冠を達成するなど驚異的な進化をとげています。

藤井さんは、盤上でトップ棋士たちをも驚かせる“常識をくつがえす革新的な一手”を打ち出し続けているのです。

 

 

“藤井さんの思考はディープラーニング系AIに近い”

ディープラーニングを搭載した将棋ソフトを開発する山口祐さん

 

いまの藤井聡太さんの進化に、“最先端のAI”の影響を指摘する人がいます。ディープラーニングを搭載した最先端の将棋ソフトを開発する「HEROZ」の山口祐さんです。

 

山口祐さん:

「藤井さんが指している棋譜のデータを解析した限り、特に序盤の内容にディープラーニング系AIの影響がある。ディープラーニングAIにより近い手を選択されている傾向があるかなと考えています」

 

従来のAIを使い研究する藤井聡太さん(2017年)

 

藤井さんは5年前、AIを使った研究を始めました。当初のソフトは、人間が情報を与えることで候補となる手を導きだすものでした。ところが、去年の秋ごろから、藤井さんは棋士の中でいち早く従来のソフトとは異なる“ディープラーニング系将棋AI”を研究に導入したと明かしています。

山口さんが、藤井さんにディープラーニング系AI将棋ソフトの影響を強く感じた一手がありました。豊島さんと対局した「叡王戦」第1局、序盤19手目で指した「2四歩」です。従来のAIソフトが示す最善手とは異なる手でした。しかし、形勢評価のグラフはこの手を境に、徐々に藤井さん有利へと傾き始めたのです。

 

従来の将棋AIソフトでは候補にもあがらなかった「2四歩」

 

山口さんが独自にディープラーニング系将棋AIと従来の将棋AIソフトを用いて分析したところ、従来のAIでは候補にすらあがらなかった「2四歩」が、ディープラーニングという最新のAI技術を用いると「最善手」として提示されたと言います。

 

 山口祐さん:

「ディープラーニング系の将棋AIの特徴として局面を評価する能力があげられます。局面を画像として捉えて、どちらがよいか局面の勝率を計算する能力が従来型の将棋AIに比べて非常に高いので、ちょっとしたかたちの違い、未知の局面などを正確に評価できる。そういったわずかな違いで、序盤の局面でよりよい手 よりよい評価といったものをくだせる傾向があります。

藤井さんが「2四歩」というディープラーニング系将棋AIに非常に特徴的な手を指したことで、開発者側から見ても『ああ、藤井さんはディープラーニングを使っている』と感じました」

 

「2四歩」をディープラーニング系将棋AIソフトで分析

 

しかし、山口さんは、「藤井さんの驚異的な進化の理由は、ディープラーニングを導入したからではない」と言い切ります。

  

 山口祐さん:

「ディープラーニング系将棋AIは非常に導入が大変です。われわれのような開発者でも難しいと言われている、(プログラミングなど)技術者としてのレベルが必要になることを、ご自身の手で自発的にやられたのは探究心の表れだと思います。藤井さんは、ディープラーニングを導入したから強くなったというよりも、強くなりたいという探究心があるからこそディープラーニング系将棋AIを導入された。

藤井さんは新しいことに興味をもって、実際に導入されて、それを自分のものにする力が非常に強い。将棋の盤面、その真理を探究するといったところにフォーカスが当たりがちですが、将棋の真理に到達するまでにはどういった道のりがいいのか、常に考えている開拓者だなと思います。ディープラーニング系将棋AIを導入されたり、さまざまなことを取り入れて、これまでの人間のレベルとは違ったレベルに到達しつつあると感じています」

 

 

“将棋はまだ奥深い可能性がある”

 

棋士の中村太地七段は、藤井聡太さんの存在がいま再び将棋界にゆさぶりをかけていると言います。

 

中村太地 七段:

「AIの出現によって、棋士はみんな『将棋っていうのはまだ奥深い可能性があるんだ』とモチベーションが上がってプロ棋士界全体のレベルが上がったと思うのですが、藤井さんの出現は、AIとはまた違った、人間としての強い存在が出てきたということで『まだまだ自分としても成長できるんだ』というところを教えてくれます」

 

かつてAIを先駆的にとりいれ研究を行った豊島将之さんもまた、藤井さんに突き動かされていました。2年前のあるイベントで次のように藤井さんの存在を語っています。

  

豊島将之さん:

「5年後10年後、彼が一番強くなるであろう時に戦いたい。そんなに長く活躍したいと思っていなかったけど、彼がいるのでやっぱり戦いたい

 

令和の将棋界を揺るがす、AI、そして藤井聡太。人間は将棋の真理にどこまで近づくことができるのか―。

互いに高みを目指す棋士たちの熱き戦いは、また新たな時代を迎えています。

 

 

 

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