アメリカ中間選挙 注目の候補“レディー・トランプ”とは

NHK
2022年11月7日 午後5:07 公開

あす8日に投票が行われるアメリカ議会の“中間選挙”で「レディー・トランプ(女性のトランプ)」と呼ばれる候補に今、全米が注目しています。

「フェイクニュースメディアはもう終わりだ。もう誰もあなたたちの言うことを聞かない」
「不法入国を阻止し、(麻薬)カルテルを追及して、彼らをテロリストとして扱うつもり」

トランプ前大統領をほうふつとさせる、過激な発言の数々。元テレビ局のキャスターという経験を生かした巧みな話術とSNSを駆使した選挙戦で、若者などを中心に熱狂的な支持を集めています。

トランプ前大統領の熱烈な支持者であり、その思想を体現する“レディー・トランプ”とは、どんな候補なのか。彼女を通して見えてくるアメリカの姿とは一体?

(報道番組センター 馬渕茉衣)

元テレビ局キャスター ケリー・レイク候補とは

ケリー・レイク候補

彼女の名前は、ケリー・レイク(53)。西部アリゾナ州の共和党の州知事候補です。

レイク候補は、中西部アイオワ州出身で、大学でジャーナリズムを専攻後、地元のテレビ局に制作アシスタントとして入社。その後、キャスターまで上りつめ、アリゾナ州のFOX系列の地元局で働いていた時には、夜のニュース番組のキャスターを務め、大統領時代のトランプ氏にインタビューしたこともありました。こうしたなかで、トランプ氏に傾倒し、その思想に共鳴する熱狂的な支持者となっていったといいます。

2020年頃からSNSで新型コロナウイルスのワクチン義務化に反対するといった情報を積極的に発信するようになり、去年、州知事選立候補を表明しました。立候補にあたっては、トランプ前大統領からの推薦を受けています。

ケリー・レイク候補
「国境を越えて押し寄せる人々をもはや受け入れるつもりはない。アリゾナでの無法地帯をこれ以上受け入れるわけにはいかない」
「バイデン大統領は、(2020年の)選挙に負けたのだから、ホワイトハウスにいるべきでない」

特徴は、トランプ前大統領譲りの過激な主張です。移民排斥や選挙結果の否定などを訴え、民主党側からは「MAGA系」と呼ばれ、警戒されています。MAGAは「Make America Great Again(偉大なアメリカを取り戻そう)」の略で、トランプ前大統領の推薦を受けた候補者の多くに見られる過激思想を指しています。

レイク候補は、先月中旬のCNNテレビのインタビューで「中間選挙でもし負けたら、選挙結果を受け入れるか」という質問に対し、「私は選挙に勝つつもりだし、その結果を受け入れるつもりだ」と回答。選挙に敗れた場合、その結果を受け入れるかについて明言を避けました。レイク候補が選挙で勝利してもしなくても、一波乱あるかもしれないと指摘されています。

痛烈なメディア批判で保守層取り込む

ケリー・レイク候補を取材した、今月1日。アリゾナ州の州都フェニックス郊外で行われた集会には、400人近い人たちが集まり、盛り上がりを見せていました。

集会の様子(11月1日)

ケリー・レイク候補
「この中にフェイクニュースを完全に見なくなった人は何人いますか? 振り返って(カメラに)手を振ってみてください」
「メディアは力を失っている。私たちはもう彼らの言うことを聞かない。恥を知りなさい」

集会で何度も繰り返し主張したのは、メディアへの批判です。フェイクニュースを見なくなった人に挙手するよう呼びかけると、参加者全員が振り返り、後方に設置されたメディア席に向かって手を振るなど、会場を巻き込んだ“パフォーマンス”もありました。

集会に参加していたレイク候補の支持者は、こうした彼女のメディアへのきぜんとした態度が魅力だといいます。

有権者 「誰にも屈しない姿勢が好きです。彼女はメディアをコントロールする方法をよくわかっています」(50代女性) 「彼女は、メディアのたわ言には耳を貸しません。私はそこが気に入っています。私のような保守的な政治主張をする人たちをいじめるメディアにうんざりしています」(79歳男性)

集会の様子は、フェイスブックやインスタグラム、ユーチューブなど主要SNSを始め、「ランブル」というトランプ前大統領の支持者が好んで利用する、保守派のSNSでも生配信されています。また、集会後に行われた記者の囲み取材の様子もすべて陣営スタッフによって撮影され、インターネット上に公開。自身の発言を報道陣に意図的に切り取られないための対策でもあるといいます。

ユーチューブに投稿された、この日の囲み取材の動画は、これまでに3万回以上の再生、3000件を超える「いいね」のほか、800件以上のコメントが書き込まれています。彼女のメディアへの強気な姿勢は、メディアに対する不信感が高まる保守層に“バズる”要素であり、全米から熱い視線が注がれていることがうかがえました。

ケリー・レイク候補

“政治コンサルタントはいらない” 若者登用で異例の選挙運動

「政治コンサルタントはいらない」と明言し、みずから選挙運動のマネジメントを行うレイク候補。多くの候補者が多額の費用を投じるテレビCMにも消極的で、「すでに自分はアリゾナ州で十分顔が売れている」として、自費でのテレビCMを一切行っていません。

いったいどんな秘策で選挙戦に挑んでいるのか。1週間にわたる交渉の末、特別にレイク候補の選挙事務所の撮影が許可されました。

ケリー・レイク候補の事務所

印象的だったのは、若いスタッフの多さです。これまで選挙運動に関わったことのない人を積極的に採用していて、約50名いるスタッフの平均年齢は20代前半。レイク候補は、自身も政治の世界ではアウトサイダー(部外者)であることから、これまで政治とは無縁だった若い世代の力に大きな期待を寄せています。事務所の壁に貼ってあった青空を背景にしたレイク候補の横顔のポスターは、若者に人気のアーティストの写真を模したもので、20代のスタッフの発案によるものです。レイク候補は、こうした若者目線を柔軟に取り入れることで、若い世代への知名度アップに成功しているとしています。

大学を休学し、レイク候補の事務所で有権者掘り起こし活動を担当する21歳の男性は、レイク候補の選挙戦は「若者のための運動」だといいます。

投票運動担当 マシュー・マルチネスさん(21)

マシュー・マルチネスさん
「レイク候補と一緒に働けて光栄です。先週だけでも、スタッフとボランティアで2万5千の有権者と接触しました。驚くべきことは、これまで1度も投票したことのない若者たちが、ケリー・レイク候補や共和党に投票したいと言ってくれていることです」

集会に参加した若い有権者にも話を聞きました。深刻なインフレが続く中、レイク候補が打ち出す、アリゾナ州での減税計画に大きな期待を寄せる声や、リーダーとしての素質を評価する声が聞かれました。

レイク候補を支持する若者たち
「バイデン氏がいるとなんだか未来がない気がする、希望を抱かせる人がいい」(28歳男性)
「彼女は戦い方を知っている。必要なときは真剣になるし、ユーモアも持っている」(22歳女性)

存在感を強めていく“トランプの子どもたち”

痛烈なメディア批判で保守層を取り込み、若者への訴求力を高めるレイク候補。

レイク候補の選挙戦を取材するアメリカのニュースメディアの記者は「周到に計算された戦略だ」と評します。

米ニュースメディア「ポリティコ」政治記者 アレックス・アイゼンスタットさん

アレックス・アイゼンスタットさん
「トランプ前大統領は、多くの失言をし、彼自身がどんな方向に進んでいるのかよくわかっておらず、それが時にトラブルにつながることがあります。一方、レイク候補は、ことばを非常に選んでいて、メディアへの対抗手段も心得ています。時には物議を醸すようなことも平気で口にしますが、これは意図的に行っていて、洗練されているのです」

保守派のスターとして脚光を浴びるレイク候補。今回の中間選挙では、共和党の大物政治家たちが彼女と一緒に選挙活動をし、2024年の副大統領候補という臆測も飛び交うほどです。トランプ前大統領の推薦を受けた、いわゆる“トランプ・チルドレン”が、中間選挙をどう戦い抜くのか。トランプ前大統領が2024年の大統領選挙への立候補の表明を検討していると報じられる中、その動向に注目が集まっています。