日本の生乳の生産の半分以上を担う酪農王国・北海道では、過去最悪レベルともいわれる“牛乳ショック”に直面している。搾りたての牛乳は一部廃棄され、手塩にかけた子牛は価格さえつかないことも。廃業を決断する若手酪農家も出始め、超巨大ファームまでも“このままでは本当に生き残れないかも”と悲鳴を上げる。一杯の牛乳が届けられるその裏側で何が起きているのか。30人を超える当事者への取材から、知られざる“牛乳ショック”の実像に迫る。
(クローズアップ現代 取材班)
“このままだと北海道の酪農はもたない” 経営危機に直面する超巨大ファーム
「大手から無くなるのではないか・・・一番手は私のところかもしれない」
(「ドリームヒル」 小椋幸男社長)
険しい表情を浮かべ、カメラの前で語り始めたのは、日本を代表する酪農家として知られる小椋幸男社長。経営する「ドリームヒル」は、北海道十勝で年間約4万トンの生乳を出荷する全国最大規模の牧場の一つであるが、ロシアによるウクライナ侵攻後、飼料穀物の高騰で経営は苦境に陥った。抱える乳牛の数は約3900頭。年間約5万トンのエサが必要となるが、その半分近くを海外からの輸入に頼ってきた。トウモロコシを主原料とする配合飼料は、この2年で1.5倍以上に高騰。アメリカやオーストラリアから輸入する牧草も円安の影響などで値上がりし、年間のエサ代は経営コストの8割を占める約30億円にも上ってしまったのだ。
(最新鋭のロボット牛舎)
危機的な状況は、エサだけにとどまらない。
アメリカで最先端の酪農経営を学んだ小椋社長は“世界基準の酪農”を目指し、最新設備を次々と導入。4年前に約40億を投資し、エサやりから搾乳まで無人で行える最新鋭のロボット牛舎を建設し、乳牛頭数もさらに1000頭増やした。
後継者不足などで全国的に酪農家が減少し、生乳生産量が落ち込む中、国からは北海道の酪農家に増産が期待された。規模拡大に奔走していたところ、起きた世界的な飼料高騰。去年、金融機関から多額の借り入れをして、なんとかしのいでいる状況だという。
生き残るためには、1円でも高く生乳を買ってもらいたいところだが、価格を簡単に上げることはできない特有の業界事情がある。牛乳やバターなどの原料となる生乳は、地域別に農協などが作る指定団体が集め、全国の乳業メーカーに販売する「一元集荷体制」が組まれている。乳価は、指定団体と乳業メーカーの交渉で決まるため、酪農家は妥結した価格を受け入れるしかない。酪農家の経営悪化などを受け、去年11月から飲用牛乳向けの乳価は10円値上げ、バターなどの加工向けも今年の4月から10円値上げとなるが、赤字を解消するにはほど遠いという。
独自で販路を見つけるしかない
こうした中、小椋社長は、「一元集荷」という業界の枠組みから一部外れる決断に踏み切った。指定団体を通さず、少しでも高く売れる販路を独自で見つけるというものだ。
日持ちのしない生乳。必要な量を必要な時に消費者に届けるため、指定団体に卸すことで生産流通の秩序が維持され、価格の安定が図られてきた。しかし、「このまま何もしなければ、地域経済にも大きな影響が出る・・・」小椋社長は、本州の乳業メーカーと直接取り引きを拡大する交渉を始めた。
(小椋幸男社長)
「いいところどりをしているだろうとか、ずるいやつだとか言われるんですけども、しょうがないかなと。もう無理だと白旗あげるわけにはいかない。従業員百人抱えて、家族のことを考えると、 とんでもない人数背負ってますから。何とか凌いでなきゃならない」
廃棄せざるをえない生乳 「なんで捨てなきゃならないのか・・・」
(廃棄された生乳)
北海道の酪農家の一部では、生乳の廃棄処分をせざるをえない事態が起きている。
900頭あまりの乳牛を抱える友夢牧場の植田昌仁社長は、生乳の生産量を減らすよう農協から求められ、1日 1~2トンの生乳の廃棄を始めた。
(2014年 バター不足)
搾りたての生乳をなぜ廃棄しなければならないのか、背景にあるのが国の政策だ。2014年、バター不足が問題になると国は生乳の生産を増やすため、補助金をつけて大規模化を促す「畜産クラスター事業」を推し進めた。
道内の酪農家らは、大型投資を進め、増産体制へと舵を切った。こうして全国の生乳の生産は733万トン(2014年度)から764万トン(2021年度)へと増加に転じたものの、2020年に新型コロナウイルスの感染拡大の影響で、学校給食が減り、さらに外食や観光需要が落ち込んだことで、今度は一転して、生乳の供給が過剰となった。乳業メーカーでは日持ちのしない生乳を保存がきく脱脂粉乳に加工することで対応。しかし、脱脂粉乳の在庫量は去年最高水準に達したため、酪農家は生産の抑制をしなければならない事態に陥ったのだ。友夢牧場では、今年度1万トンの生乳を生産する計画だったが、農協から割り当てられた減産目標は85トンに及ぶ。
(友夢牧場 植田昌仁さん)
「もう、やるせないというか、なんで捨てなくちゃならないんだという思いはやっぱりありますよね。増やせ増やせじゃないですけど、一生懸命搾っているところが逆に減らせとなっている。工業製品と違って、簡単に減らせるものではない」
助成金をつけ牛を早期淘汰 目標は4万頭
去年11月、国は生乳の需給ギャップを解消しようと緊急支援事業を発表した。
生乳の生産抑制のため、牛を早期淘汰した場合、1頭あたり15万円の助成金を国が交付するというものだ。この事業で、4万頭の削減を目指している。
「今までやってきたことは何だったのか」
去年9月に釧路市で開かれた集会では、国の進める方向性について疑問や反対の声が次々と噴出していた。
(釧路地区農協青年部協議会 浅野達彦会長)
「数年前の生乳不足、増産要請に応える形で投資をしたのに梯子を外され、自己責任と切り捨てられてしまっては、これから先、だれが30年もの借金を背負って、設備投資を決断できるのでしょうか。
このままでは、農村に人が寄り付かなくなってしまいます。これから1年、2年先の経営が厳しいという話では、もうすでになく、酪農の基盤そのものが揺らいでしまう深刻な事態だと思います」
(標茶町酪農振興会連合会 山本志伸会長)
「牛乳は、水道の蛇口のようにひねれば簡単に乳量を止められるようなものではありません。投資してきた借金を返済するためには、増産しなければなりません。ウクライナ情勢をきっかけに、食料自給率の向上や食料安全保障が議論になっている今、外国産の乳製品と置きかえる時が来たのではないでしょうか」
暴落した牛の価値
牛そのものの価値も暴落している。90 頭ほどの牛を飼う、八雲町の片山伸雄さんが取材班に見せてくれたのは、肉用として販売してきた子牛の売買記録の明細。去年6月の時点で1頭あたり約14万円で買い取られていたが、9月には5000円に。
牛が乳を出すためには継続的に子牛を産ませる必要がある。メスの子牛の多くは、乳牛として育てられるが、オスや交雑種は肉牛として畜産農家に売られ、子牛は酪農家の収入の柱の一つとなっている。しかし、大量のエサを与えて牛を育てる畜産農家も、飼料の高騰で経営が苦しく、子牛を買い控えるようになっているのだ。
去年10月、家畜の流通業者が片山さんの子牛を引きとりにきたが、体重が軽かったこともあり、ついた値段はわずか1000円に。
(片山伸雄さん)
種付けから出荷までかかった経費は3万円。
出産後は、下痢や肺炎にならないよう細心の注意を払って育ててきただけに落胆は大きかった。
「最近の相場で考えたらしょうがない・・・でも、ここまで値段が落ちてくると経営にもかなり響いてくる」
「続けたかった・・・」 廃業を決める若手酪農家も
(吉田雄平さん)
将来を見通せないと、廃業の決断に踏み切った若手酪農家とも出会った。
25歳の吉田雄平さんは、札幌の自動車専門学校を卒業後、一度は別の職についたが「祖父の代から70年続いた牧場を守りたい」と3年前に父から経営を引き継いだ。
しかし、その直後に飼料高騰、子牛の暴落が重なり、去年11月に農協から提示された赤字額は700万円以上。今年、経営を続ければ、赤字が新たに1100万円に上る厳しい見通しが示された。
(左:父 辰一さん、右:吉田雄平さん)
今後、経営を続けるには老朽化した牛舎の改築も必要となるが、この状況では資金のねん出や借り入れはできない。従業員は姉と両親の3人だが、父は68歳、母は63歳、続けるには体力的な限界もある。今のタイミングで牛や土地を手放せば、両親にいくばくかのお金は残せるのではと考えている。
(吉田雄平さん)
「父さんも母さんも、まだ働けるから、少し続けたいなって感じだったんですけれども、ちょっとこのまま続けていくと、借金だとか赤字とかがもっと膨らんでいっちゃう状態だったので。それだったら父さん母さんにお金が残るうちに辞めちゃった方がいいかなと思いました」
幼いころから両親のかたわらで牛の世話をしてきた吉田さんは、根っからの牛好きだと語る。取材の際も「めんこいな めんこいな」と一頭一頭に声をかけ、個体ごとの性格や特徴を教えてくれた。しかし今、少しずつ牛を減らし始めている。
(吉田雄平さん)
「正直申し訳ないなっていう気持ちもありましたね。なんていうんだろう。自分の代で終わらせたくなかったなっていう気持ちが大きいですかね。正直辞めたくなかったですし、だいぶ悔しいかなって思いますね」
息子の決断について、父 辰一さんにも尋ねると “やむを得ない決断だった”と語った。
(父 辰一さん)
「息子も若いので。何から何まで犠牲にしてもどうかなっていう考えはありましたし。まだ若いうちに転職させた方がいいのかなぁって。かつてないね。これほどひどいのはない。もう限界なんだよな」
取材後記
30人を超える酪農家に話を聞いてきたが、その誰もが口をそろえて“過去に経験のない事態”だと語った。去年、北海道だけで、経営を諦め離農したケースは200戸近くにのぼるとみられ、意欲ある若い酪農家までも退場を迫られる事態に陥っている。
しわ寄せの多くが生産者にのしかかる状況が続けば、次に続く者はいなくなると感じた。
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