B’z 独占インタビュー バブル崩壊・災害・コロナ禍…見つめてきた時代を語る

NHK
2023年7月19日 午後4:59 公開

松本孝弘さん(作曲・ギター)と稲葉浩志さん(作詞・ボーカル)からなる2人組ロックバンドB’z。CDシングル50作連続初登場1位・CD売上総数8300万枚以上(オリコン調べ)と、数々の記録を更新し続けています。

デビュー35周年を迎えたB’z。今回、NHKでは15年ぶりとなる独占インタビューが実現しました。バブル崩壊と長引く経済不況、そしてコロナ禍と、激動の時代に音楽を届けてきた2人がどんな思いで時代に向き合ってきたのか。

「ときに無力さを感じつつも、僕たちの順番が回ってきたときのために皆さんを応援できる音楽は準備してきた」というB’z。胸の内を語ってくれました。

(聞き手 桑子真帆キャスター)

コロナ禍を経たライブツアーを敢行中 “久しぶり、元気?みたいな感じ”

久しぶりにNHKのスタジオを訪れたというB’zの2人。

はじめに“クローズアップ現代を見たことがあるか”聞くと、「ごめんなさい、見てないです」という松本さんの一方、稲葉さんは「ニュースとの連続で、結構見てます」とのこと。

今回、ツアーの真っ最中にインタビューに応じた2人。過去最多となる70万人の動員を予定している、ヒット曲満載のライブツアー「Pleasure」で全国を駆け回る日々を送っています。

コロナ禍を経て、およそ3年ぶりにマスク着用や声出しの禁止といった制約が求められないかたちとなった今回の会場を取材すると、ライブならではの一体感が戻ってきていました。

――おふたりがステージのギリギリのところまで出て、それに呼応するように観客が声を上げるという一体感を全身に感じました。今回のコンサート、いかがですか?

松本 :声援が無かったのが何年か続いて、だんだん慣れていくんですよ。だけど、こういう形に戻ると、やっぱりこれがいいよなと思いますよね。

稲葉 :マスクをして静かにコンサートを楽しむという状態に僕も慣れていたんですけど、それを経てまた声援をもらうのは、“空白の時代”を経てからの声援なので、戻ったというよりも、また新しい声のパワーみたいなのを再認識できたなと感じています。

――満たされている表情をしている観客が多かったなと思います。

松本 :満たされているのはこちらも一緒ですからね。お互いに「久しぶり、元気?」みたいな感じもあるしね、ほんと愛おしいですよね、見ているとね。

――取材をしていると、3世代でライブに来ている家族もいました。

松本 :僕もね、3世代で来られている方とか、ステージからも見えるんですよ。すごくうれしいですよね。これってやっぱり続けてきたからだなっていうふうに思いますね。

稲葉 :その家族のその週のスケジュールの中に、われわれのライブが組み込まれているわけじゃないですか。それはありがたいなというか、尊いなと思います。聞いてくれている方の生活をコネクトしてるというか、そういうのを感じます。

――おふたりにとってライブはどういうものでしょうか?

稲葉 :基本的には音楽をまず作って、CDや配信で世間に発表するのがスタートになるんですけども、結局ライブという生の現場が、聞いてくださる方と面と向かって、曲の熱量を直に確認できる場所なので。僕らの場合はそれをやることで次の作品を作るエネルギーにもなってきたし、そのサイクルでずっとやってきてますね。

松本 :僕はスタジオ作業もすごく好きなんですけれども、それって僕たちの一方的な思いで創っているじゃないですか。ライブだと生で演奏して、お客さんたちの反応を「この曲に対してはこんな感じなんだ」と見られるのは本当に良いですよね、次への活力にもなります。

――35年はあっという間でしたか?それとも長かったですか?

稲葉 :どちらかというとあっという間と感じることが多いです。話をしていても「あれ、そんな前の話だっけ?」ということのほうが多いですね。

松本 :基本的に僕ら、あまり振り返らないんです。とにかく今やらなきゃいけないことだとか、やりたいことを続けてきたら35年経っていたみたいな。別にまだ終わったわけでもないですし。

不安定な時代をみつめ…“皆さんを応援できるような音楽は準備してきた”

B’zのデビューはバブル景気さなかの1988年。それから間もなく平成に入ると、バブルが崩壊し、日本は長い不況に突入しました。

さらにこの頃、日本は雲仙・普賢岳の大火砕流(1991年)や阪神・淡路大震災(1995年)など、大災害も経験します。こうした不安の時代にB’zが放った数々のヒット曲は、応援歌として響いてきました。

 

ねがい(1995年)

誰のためでもない 流れ落ちそうなこの熱い涙は

願いよかなえ いつの日か そうなるように生きてゆけ

僕は僕に 君は君に 拝みたおして 泣けばいい

 

ミエナイチカラ ~INVISIBLE ONE~(1996年)

ミエナイチカラが僕を今動かしている

その気になればいいよ 未来はそんなには暗くない

 

――いろんな時代の波がある中で、社会に音楽を届ける意義をどう感じてきましたか?

松本 :なにか大変なことがあると、まずは“音楽じゃない”じゃないですか。それこそ天災みたいなことがあると。正直、その瞬間はちょっと無力感を感じますよね。まずは食べることだとか、住むところだとか、やっぱりそういうところじゃないですか。少し余裕ができれば、音楽もみんなの後押しをできるタイミングがくるので、僕たちの順番が回ってきたときのためにちゃんと皆さんを応援できるような音楽は準備していましたけどね。

――求められたときのために。

松本 :僕らにできるのは音楽を創ることだけだから。

稲葉 :どんな時代であれ、同じ時代を生きている方と世の中の出来事を共有するわけですから。その中でわれわれも作品を作っているので、当然世の中の出来事の影響を全く受けないということはありえない。だから、その中で自分たちが感じたことをB’zなりの形で作品として表現して、それを同じ時代を生きている方々の何人かが受け止めてくださって、心に響いたり、勇気が出たって言ってくださる方もいらっしゃいますけども、何かしらそういう良い意味での心の変化とか揺らぎとか、そういうのが起これば「あぁ、曲を作って良かったな」というふうに思えるのかなと。

――作っているときはどういう思考で作っていらっしゃるんですか?

松本 :まずは自分たちが良かれと思える形にするまで、いろいろ試行錯誤を繰り返しますよね。

稲葉 :もともとは自分個人の気持ちだったり、人を励ますというよりも自分を励ましたいということとか、バンド内での会話の中から生まれたことをスタートにしています。曲ができあがって、世の中に出て、人に届くところはもうわれわれの予測のつかないところです。

――大きな災害が起きたときにどういう言葉を投げかけたらいいか、私もキャスターとして本当に悩むところですが、稲葉さんにはそういった苦しみはないですか?

稲葉 :例えば何か大変なことが起きたときに「これを歌詞にして届けなきゃ」という使命感はあんまり持ってないですけども、本能的にことばになって届けたいというものがあれば、それが正しいと思います。頑張って無理するぐらいなら、歌じゃなくてほかのことをしたほうがいいということもありますし……起きていることの重大さは、すべて違うじゃないですか。音楽が二の次だなと感じるときもあるし、音楽が有効に働くタイミングはそれぞれ違うと思うんです。いろんなことが落ち着いて、1人で自分の家で聞いたときに曲が響くこともあるだろうし。そればっかりはなかなか予測がつかない、コントロールできないので、そういうことがいっぱい起きるようにという気持ちで作っています。

時代の変化には“逆らわず、われわれなりの役割をやる”

――時代と音楽の関係性というものを、どう考えていますか?

松本 :35年も同じメンバーでやっていますから、そうそう形は変わらないと思うんです。それに無理に流行を取り入れても、たぶん良い結果にならないと思うので。ある意味変わってないんじゃないですかね、僕らは。

稲葉 :僕ら自身は、めちゃくちゃ器用なわけじゃないので、自分のルーツからスタートして、お互いに好きなスタイルを模索しながら作っています。時代によって音楽を聞く形態が変わっているので、「そこに合わせて僕らも」という風にできればいいんですけど、自分たちのやっていることがチグハグになると本末転倒というところもあるので。

――配信をメインにしている方もいて、いまは音楽の届け方が変化の節目にあるとも感じます。

松本 :僕たちが始めたときは、アナログからCDに変わるときでした。これからも、どんどんソフトは形を変えていく。僕たち創り手は、そこに順応していくしかない。ただ、自分たちでやることは変わらない。我が道を行くしかないんじゃないですかね(笑)

稲葉 :変化っていつの時代もあるので致し方ないというか、別にそれに逆らってとはあんまり思ってないです。ただ、自分たちがやれることはライブで、生で同じ時間・同じ空気を共有するというか、そこは配信の時代になっても変わらないことです。むしろ再認識できるところがあって、ライブをやることの重要性というか、喜び。そういうものは強く感じるようになりました。ライブはライブで、求められているもののひとつだとよくわかります。

――ブレない中でも、時代の変化の機微みたいなものには対応しようとしているんですか?

松本 :あまりにズレてると、たぶんここまで続いてないと思うんですよね。

――そこに合わせながら自分たちのやることを貫いている?

松本 :合わせながらというか、感じながらね。

稲葉 :バブルがあって、バブルが崩壊してみたいな形でいろいろ時代が変わってますけども、われわれはわれわれなりの役割があると思ってやるのが一番いいかなと。いろんなアーティストがどんどん出てきますし、B’zとは違うスタイルで素晴らしい作品を作ってらっしゃる。われわれはそこに食い込むというよりも、われわれができることにむしろ自信を持ってやっていったほうがいいかなと思います。

――B’zの役割は、どのようなことだと捉えていますか?

稲葉 :しぶとさじゃないですか(笑)。「あ、まだやっているんだ」という。

35年の歳月 “努力して続けると「これ新しいね!」と思える瞬間がある”

15年前、NHKはB’zのライブツアーにむけた合宿を密着取材しました。そこには、ホテルの部屋にこもりひたすらギターの練習をする松本さんや、トレーニングで汗を流す稲葉さんなど、最高の音楽を届けるために努力を重ねる姿がありました。

――「努力」という言葉はしっくりきますか?

松本 :努力?…あんまり大変な思いをしてる感じは自分にはないんです。月並みですけど、継続は力なりというか。ほとんど毎年ツアーとアルバムリリースだとか、ソロ活動をしている時期もありますけれど、互いに音楽活動を35年間休んだことがないですね。

――その原動力は何ですか?

松本 :原動力ね。僕は好きなんだと思います、きっと。

――稲葉さんは、トレーニングを相当激しくしていましたね。

稲葉 :僕も努力をすごくしている意識はあんまりないです。例えば、身体のコンディションを保つための努力はもちろんありますけど…。もちろん大変だと言われれば大変なところもあるんですけども、でも好きでやってることでもあるし、あんまり恥もかきたくないみたいなこともあるし(笑)

――好きが大前提なんですね。

稲葉 :そうですね、やっぱりそこは。

――15年前の番組では、体を冷やさないように夏でも鍋を食べていることが放送されました。

稲葉 :そうなんですけど、別に我慢して鍋を食べているわけじゃなくて、好きだから食べているっていう(笑)番組のなかでは鍋を食べながらウーロン茶を飲んでいたりするんですけども、そのあとツアー以外のときにお店に行ってビールとかを頼んだら結構驚かれるとか(笑)「飲むんですか?」って、なんかちょっとがっかりしたような感じで(笑)

――それでも、基本的には維持しないといけないという意識はあるんですね。

稲葉 :やっぱり創作するのは波があるというか。俗に言われるマンネリだとか、なかなか新鮮味がないなっていう時期は当然あるんですけども、それでも互いに努力して続けていると、「あれ!これ新しいね!」と思えることができたり、そういうことがあるんですよ。

――続けていると体力的な問題を感じることはありますか?

松本・稲葉 :ハハハ(笑)

松本 :なかなか。あの、いや、感じますね。

稲葉 :感じずにはいられないですよ。

松本 :ほんとだよね。

稲葉 :のどを診てもらっている先生に「もうビンテージですから」って言われたんですよ(笑)。すごく前向きな言葉として捉えてますけど。

松本 :酷使していますからね、35年間。ビンテージですよね。

稲葉 :良い意味でビンテージ。

――でも、キーを下げたりはされないですよね。

稲葉 :そうですね。ただ、個人的にキーを下げることを罪なことだとは思ってないんです。声って人間の身体の一部なので、そのときに一番響くキーでやるのがいいと思っています。

松本 :むしろ今上げてるぐらいだからね。今回のツアーなんか演出上みんなが楽器をチェンジするタイミングがないんですよ、曲を続けてやったりするので。そうすると「半音上で歌える?」みたいな。男前ですから、「歌う」って言うんですよ。

――「ノー」とは言わない?

稲葉 :勢いでそのときはね。

松本 :実際歌ってますからね、それで。

『ultra soul』 誕生秘話 独特の関係性から生まれたヒット曲

――自分たちの関係性はどう考えていますか?

松本 :どんな関係性なんですかね…。友達でもないし単なるビジネスパートナーでもないし。ちょっと言葉が見つからないですけど、すごく特別な関係であることは間違いないでしょうね。

稲葉 :基本的には最初に出会ったときの「この世界の先輩」という意識があるのは変わらないです。ただ、同じステージに立っているときは対等というか、互いに遠慮なく刺激し合う感じでやっています。世代的には僕の兄に近くて、持っている音楽の情報も聞いていた音楽の情報も僕より少し上の世代なので、そういう情報はいっぱいもらえます。世代的には「お兄さん」でステージ上では「同じチームのメンバー」みたいな、場面場面によって変わったりもするので、そういう意味では本当に特殊ですよね。ライブのときはもちろん一緒にいますけど、例えばツアーが終わったらしばらく会わなかったりします。スタジオで何か月かぶりに会ってもあんまり久しぶりな感じがしないというか、空気が染みついているというか。

松本 :何もなかったように始まるもんね。

――楽曲を作るなかで「いや、ここは譲れないよ」という部分はあるんじゃないですか?

松本 :そこはね、僕たちはずっとやってきたんですけど、試しもしないで「いや、それは良くないよ」というのは、ウチは絶対ないんです。とにかく互いの意見を必ず形にして試して、そうすると、どっちがいいかって一目瞭然になるじゃないですか。どっちもいいよねという時はいろいろな人の意見も聞いてみたりとか、日をおいてから聞いてみたりとかいろいろしますけれども、必ず互いのアイディアは試して形にしてから決めますね。

互いのアイディアを尊重し、試してみることで音楽を作ってきたという2人。その制作スタイルで生まれたヒット曲が『ultra soul』(2001年)です。サビの最後にくる「そして輝く ウルトラソウル」という印象的なフレーズ、松本さんがもともと作ったメロディーにはなかったといいます。

稲葉 :あれは水泳の選手の皆さんを自分の中で想像して、本番に向けてのメンタルとかを思い描きながら作っていました。そこで「ultra soul」と思いついたので、当初あったメロディーで一回歌ってみたんですけども、結果としてイマイチだったと思うんです。そこで、もっと「ultra soul」っていう言葉に合うメロディーをつけてもらって完成した感じです。

松本 :僕はよく覚えていて、いつもの感じでスタジオに入っていたんですけども、彼(稲葉さん)が途中で、僕に「『ultra soul』ってどう思う?」って言うから、「いや、それは素晴らしいタイトルだな」と思って。あの最後の「ウルトラソウル!」っていうところはなかったんですが、そのタイトルを聞いて、いろいろ音符にはめてみて、最後に「ウルトラソウル!」っていうパートを創ったんですよね。

――互いに影響され合って、呼応されて、楽曲が高まっていったということですか?

松本 :そういうことはよくあります。というか、そういうことばっかり。

最大の危機を経た新曲 『STARS』 に込めた思い “大げさじゃなく、星みたいだなと”

35年間走り続けてきたB’zにとって、最大の危機となったのが新型コロナの感染拡大でした。

最も大切にしているライブ活動がストップし、観客との直接の触れあいが絶たれました。B’zとして初めて無観客の配信ライブに挑戦したり、松本さんはギターの練習に役立ててほしいと、演奏する手元の映像をSNSに投稿したりと、できることを模索しながらも忍耐の日々となりました。

そして迎えた今回のPleasureツアー。披露した新曲『STARS』では、観客ひとりひとりが「星」だと歌い、生で音楽を共有することの喜びが表現されています。

 

STARS(2023年)

燃え上がるStars

空を舞うStars

答えを探しどこに辿り着こう

目も眩むStars

われらみなStars

荒ぶる風にまた吹かれようFly High High

 

――無観客配信ライブでは稲葉さんがMCで「無観客は無観客じゃないと気づいた」と仰っていました。どういう気持ちであのことばを発したのですか?

稲葉 :最初は慣れなくて。画面の向こう側に聞いてくれている人がいるということでやり始めたんですけども、それはそれで、なんだかやるのがだんだん楽しくなってきました。見えてはいないけど意識できるようになっていて。毎週末に配信されていたんですけど、最終週まで、最後にお別れするときに「また来週」って言って終わっていたんです。次の週にまた楽しみがあるみたいな。やっていて希望を感じました。こういう形でしかできないというネガティブな状況からスタートした企画だったかもしれないですけど、とってもポジティブな気持ちでできたし、最終的に、最後の週にはお客さんを本当にとってもそばに感じたし。だから、あれはやってみて本当にそう思って出たことばですね。

――ギターの手元の映像を投稿したのは、どういう気持ちからだったんですか?

松本 :もう正直やることがなくて(笑)ギターを弾いている子たちにこうやって弾いているんだよっていうのを毎週やりましたね。今ネット社会だから、すぐ反応とか感想は読めますからね。その反響とか感想を見ていると、やって良かったなと思いました。

――『STARS』という曲は、どうやってできあがっていったんですか?

稲葉 :ツアーをやるに際して、何かしら核になるような楽曲だとかキーワードを探し始めるんですけども、フラットな気持ちで今までのことを思い浮かべたときに、やっぱりライブをずっとやっていて、いろんな場所でのライブで、外だったら例えば日差しを浴びたり、ときに雨に打たれたり、室内だときれいなライトに当たったりとか、会場でのオーディエンスの皆さんの姿が一番最初に思い浮かびました。それが自然に出てきて、皆さん本当にキラキラ輝いてて星みたいだなと、大げさじゃなくて、普通にただ思ったというところから始まりました。そこからSTARSという言葉を使おうと。そこからさらに発展して、自分たちが作ってきた作品もSTARだし、この先にある手が届くような届かないような、B’zとして目指すべき次のSTARという意味も込めて、『STARS』というタイトル・キーワードが決められて、そういう意味合いの歌詞でやりたいと話しましたね。

――「35年」が大きな節目という意識はあったんですか?

稲葉 :いつもはあんまりないんですけど、今回の場合はコロナ禍を経てでもあるし、“再び集まる”みたいな意識はどこかにはありました。コンサートが中止になったり規制があったり。起きていることに対して人の気持ちにズレが生じる、考えの違いが出てきたのがコロナ禍に起きたことなので。「もう大丈夫だからみんな行こうぜ」って言ったときに、それをどう感じるかは人によって違うじゃないですか。そういうことを常に意識するようになってきました。

――同じひとつの「STAR」ではなく、という意味も含めて。

稲葉 :輝き方はそれぞれ違いますからね。そういうものにわれわれは照らされながら、35年間やれてこられたという気持ちもあります。

――35年で変らなかったことといえば何でしょうか?

稲葉 :メンバー(笑)

松本 :確かにメンバーも変わらなかったし、音楽については全然変わってないからね。変わったのはやっぱり自分たち以上に周りが変わりましたよね。世の中も変わったし、B’zを取り囲む環境も変わったし。

――そんな中で変わらずにいられるのはなぜですか?

稲葉 :結局聞いてくださる方がいて、ライブで反応してくれるじゃないですか。そういうことがあってわれわれもブレないでいられるわけで、自分たちだけでどうこうということでもないと思うんです。

――長年活動を続けることで何か伝えられるものがあるとすれば、それは何ですか?

稲葉 :われわれの場合は特にライブっていうことになるかもしれないですけど、自分たちができることを精一杯やっている姿を見せるところかな。「やれることを今思いっきりやっているんで、ちょっと見てください」って。

――この先5年後10年後のビジョンはありますか?

松本 :世の中自体がまた変わってくると思うんで。ただ、僕らのやれることはほんとに何もないんです、ひとつしかないんで。5年後も同じことやっているんじゃないですかね(笑)

――稲葉さんは?

稲葉 :そうですね、身体が大丈夫であれば(笑)

松本 :そこもあるしね(笑)

――身体が資本ですからね。

稲葉 :はい。そしてまたここに戻ってこられることを願っています(笑)

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