月に再び人類を送り、基地をつくり、資源を探査しようという動きが本格化しています。アメリカの「アルテミス計画」や中国の「嫦娥(じょうが)計画」など、“月開発”における新たな局面を迎えています。民間企業もまた、月面でイメージした構想をもとに、さまざまな月面でのプロジェクトや新たな月ビジネスを生み出そうというチャレンジも始まっています。
“月面都市”の全貌とは?そこではどんな暮らしが待っているのか?私たちが取材した計画に基づき、20XX年の月の街をご紹介します。
これが、2040年の“月面都市”だ!
〈日本のベンチャー企業が構想する月面都市「ムーンバレー2040」〉
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日本のベンチャー企業「ispace」が描くのが、「ムーンバレー2040」という構想です。1000人が暮らし、1万人が仕事や旅行などで訪れるという月の街です。
月にある「水」を利用してエネルギーを生み出し、自給自足する“月面都市”。
地球と月の間に定期船が就航して、人やモノが頻繁に往来。インフラをつくる建設業、地球との交信を支える通信業、農業を営む人、医者、料理人、月面鉄道の運転手など、いろいろな職業の人が集うといいます。
月グルメも続々登場? 驚きの自給自足技術
〈JAXAが構想する「月面農場」〉
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トマト、レタス、イチゴ、イネ、大豆などを月で育てる農場をつくろうという研究が始まっています。ビタミン・炭水化物・たんぱく質といった、人間の健康に欠かせない栄養素が摂取できるようにさまざまな種類の作物を栽培します。月にはハチなどの虫がいませんので、受粉はロボットが担います。
〈千葉大学で栽培中のイネ〉
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農場が作られるのは、月の地下。月の赤道付近では地表の温度が最高で110度・最低で氷点下170度と温度差が激しいほか、放射線が降り注ぎ、大気がほぼない環境のため、作物は栽培できません。
このため、月の地下に人間が暮らす「滞在ユニット」と、作物を育てる「栽培ユニット」を設け、パイプラインのようなものでつなぎます。そうすることで、人間の呼吸によって出される二酸化炭素を作物の光合成に利用し、代わりに得られた酸素を、再び人間が暮らすスペースに流します。また、作物を食べた人間から出る排せつ物は、分解して再び水や肥料にします。このような究極の“循環型栽培”を目指して、現在、JAXAや竹中工務店、キリン、千葉大学、東京理科大学などが開発を進めています。
〈培養フォアグラをつかった試作中の料理〉
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新鮮な肉も食べたい。しかし、月に牛や豚を運んで育てるわけではありません。月の街のレストランでは、肉の細胞だけ運んで現地で培養して料理を振る舞うというのです。特殊な培養液に浸すことで、小さな肉の細胞をどんどん増やし、本物の肉と同じように成長して食べます。
〈培養肉の試作品〉
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培養技術は、各国で技術開発が進んでいます。取材した都内の食品ベンチャー企業「インテグリカルチャー」では、月でフォアグラ料理やハンバーガーを食べる将来を描き、レストランとタッグを組んで培養フォアグラを使った料理の試作をしています。
「インテグリカルチャー」の代表は、「食事というのは、人間関係とか社会を作る上で非常に重要な意味を持っていて、これを欠いた状態で宇宙に人類が進出するとどうなるかというと、人間関係で問題が発生したりとか、楽しめる食事というのは、言ってみれば生存に直結する必要なぜいたくだと考えています」と話します。
月の住居は「砂」で建てる!?
〈清水建設の月面の砂コンクリートと構想〉
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月は、隕石が衝突する危険があります。そのため、実際に住むのは、月の地下となる可能性があります。また、コンクリートなどの建材を月に輸送するのは重さや大きさを考えると現実的ではないので、現地で建てる必要があります。
取材した清水建設では、月の砂(レゴリス)からコンクリートのようなものをつくる研究をしています。月の砂に太陽光をあて、特殊な手法でコンクリートのようなものをつくる計画です。実験では、すでに月の砂に似た材料を再現し、それをもとに実際にコンクリート状のものをつくることに成功。月で新たに確保した建設資材で、人が暮らす住まいをつくれるかもしれません。
地球と月の宅配便サービスも?
〈月面着陸船〉
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人やモノの輸送を担うのは、定期的に往来する月面着陸船です。
月への輸送は、燃料や開発費などが高く、重さ1キロあたり1億円とも言われています。2023年現在、日本のベンチャー企業「ispace」やアメリカ、イスラエルなどが民間で着陸船の開発を進めています。技術が向上し、輸送の回数が増えることで、価格も下がると期待されています。
月の「水」で発電?
〈高砂熱学工業の水電解装置〉
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月での生活に欠かせないのが、月の「水」です。NASAなどの報告では、月には大量の水があると言われています。その量は、60億トンとも言われています。”月面都市”では、採掘で得られる氷を発電に利用する施設が存在し、その施設で、電気分解装置を使って、水から水素と酸素を取り出します。酸素は呼吸に使い、水素は月面用の車や宇宙ロケットの燃料や発電に利用します。
高層ビルやドームなどの空調設備を手掛ける高砂熱学工業では、月面用の小型の水電解装置を開発中。2024年にも実際に月で実験をする予定です。
月で開発した技術は、地球での暮らしに還元できるとも言われています。
今後、水電解装置の小型化が実現すれば、地球でも、ペットボトルサイズの装置に水を入れてスイッチを入れるだけで走る車も出てくるかもしれません。
月で生み出した電力を、地球で使うことも?
〈清水建設の月発電構想〉
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月での開発が進めば、地球の環境問題などの解決につながるかもしれません。
構想のひとつが、清水建設が進める「月太陽発電ルナリング」というメガソーラーの計画です。これは、月の「赤道」にあたる場所に、大量のソーラーパネルを敷き詰めて、大規模に発電するというもの。発電した電気は、レーザー光やマイクロ波などに変換して地球のエネルギー変換施設に伝送し、そこで再び電気に変えて利用しようという壮大な計画です。
地球と異なり、太陽光が雲や大気などで遮蔽されず、効率的に発電できると考えられています。化石燃料に頼る地球の課題も解決に近づくかもしれません。
月での万が一に備えて…
“月保険”も登場しています。現在は、月面への輸送や探査を計画している企業に、事故や故障などに対応する保険を提供しています。取材をした三井住友海上火災保険では、「月面開発は”第二の大航海時代”」ととらえ、保険業界にとっても新たなフィールドだと考えています。
海外旅行に行くときに保険に入ることがありますが、ひょっとすると、将来、月への旅行や出張に備えた月専用の保険が誕生しているかも?
●月面開発ロードマップ
※NASAやJAXAなどの資料を参考に作成。
※想定中の計画も含まれ、時期や内容が変わる可能性があります。
2022年
【国】アメリカ(NASA):SLS初打ち上げ・オリオン宇宙船帰還成功(アルテミスⅠ)
【国】日本(JAXA):SLS搭載の小型探査機「OMOTENASHI」が月着陸挑戦を断念
【民】日本(ispace):自社開発した月着陸船の打ち上げと分離、運用の一部に成功
2023年
【民】日本(ispace):着陸挑戦
日本のベンチャー企業「ispace」が月着陸に挑戦。世界初の民間による月面着陸を目指している。都内の管制室から着陸船を運用しながら、月の北半球への着陸を想定している。着陸船には7つの荷物が搭載。民間企業「日本特殊陶業」が開発した、発火のリスクが低く低温や高温の環境でも動く全固体電池や、JAXAなどが開発した、月面で走行し画像データをとる変形可能な小型ロボットの実証実験などが行われる。
【民】アメリカ(Astrobotic Technology):月着陸船で着陸挑戦(アルテミス計画の一環)
【民】アメリカ(Intuitive Machines):月着陸船で着陸挑戦(アルテミス計画の一環)
アメリカの民間企業少なくとも2社が月着陸に挑戦する。「アルテミス計画」の一環として民間企業がNASAに月面への輸送サービスを提供するもの。日本のベンチャー企業「ダイモン」は自社で開発中の月面探査車「YAOKI」を着陸船に載せる契約を両社それぞれと交わした。
【国】日本(JAXA):月着陸実証機「SLIM」で月着陸挑戦
【国】ロシア(ROSCOSMOS):月着陸船「ルナ25号」で月の南極に着陸 表面物質を調査する
【国】インド(ISRO):探査機「チャンドラヤーン3号」で月の南極に着陸
【民】アメリカ(SpaceX):実業家の前澤友作さんなど9人の民間人が月を周回する旅行を計画行い地球に戻る
2024年
【国】アメリカ(NASA):オリオン宇宙船に宇宙飛行士を乗せて月を周回させ、地球に帰還させる(アルテミスⅡ)
【民】日本(ispace):月着陸船と探査車を打ち上げ(ミッション2)
日本のベンチャー企業「ispace」が自社で開発中の月着陸船と探査車を打ち上げる。企業にとって2度目の月着陸ミッション。月着陸船には都内の空調設備大手「高砂熱学工業」が開発中の水から水素を取り出す小型の装置が搭載される。着陸後に世界で初めて月面で水から水素をつくる実験が行われる。
【民】アメリカ(Astrobotic Technology):月着陸船で南極の水資源を探査(アルテミス計画の一環)
【民】アメリカ(Intuitive Machines):月着陸船で探査(アルテミス計画の一環)
【国】中国(CNSA):探査機「嫦娥6号」で月の南極からサンプルを地球に持ち帰る
2024年頃
【国】アメリカ(NASA):月周回宇宙ステーション「ゲートウェイ」建設を開始(アルテミス計画の一環)
2025年
【国】アメリカ(NASA):オリオン宇宙船などで宇宙飛行士を月の南極に送り込み、氷の量などを探査(アルテミスⅢ)
【民】日本(ispace):チームの一員として月の裏側に着陸挑戦(ミッション3)(アルテミス計画の一環)
日本の宇宙ベンチャー企業「ispace」が、アメリカの「ドレイパー研究所」が中心となったチームの一員として、月の裏側への着陸に挑戦する。「アルテミス計画」の一環として民間企業がNASAに月面への輸送サービスを提供するもの。
【国】日本(JAXA)、インド(ISRO)など:「月極域探査機」が南極で氷の量などを探査
2026年
【国】中国(CNSA):探査機「嫦娥7号」で月の南極で月の氷の起源を探査
2029年
【国】日本(JAXA):トヨタと開発中の宇宙飛行士を乗せて月面を走行する探査車を打ち上げる
2020年代後半
【国】日本(JAXA):日本人宇宙飛行士が月面着陸
2030年代か
【国】アメリカ(NASA):月面基地の建設
【国】中国(CNSA):月面基地の建設
【民】千葉大学など:月面農場計画
【国】アメリカ(NASA):火星に有人着陸
2040年
月面都市「ムーンバレー」誕生/1000人が月に居住?
(ispace「ムーンバレー2040」より)
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