動物園は“命がいる場所” 旭山動物園 坂東元園長インタビュー

NHK
2021年5月17日 午後6:12 公開

コロナ禍で臨時休園を余儀なくされた全国各地の動物園。NHKが全国91の動物園(※3月時点で日本動物園水族館協会に加盟)に実施したアンケート(78園が回答)では、97%の動物園が「この1年の間に臨時休園した」と答えました。

私たちにとって、これまで当たり前のように存在していた動物園とはどんな場所なのでしょうか。もしも私たちが動物園を失ってしまうと、どんな影響があるのでしょうか。日本屈指の人気動物園の一つ、北海道・旭山動物園の坂東元(ばんどう・げん)園長とともに考えました。

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改めて考える 動物園の存在意義とは?

保里小百合キャスター:いま世の中でいろんなものが不要不急のもの、あるいは絶対に生きるために必要なものなどと分類されて、存在価値を場合によっては勝手に否定されることが起きていると思うのですが、坂東さんが考える動物園の存在意義、私たちに与えてくれるものは、どんなことでしょうか。

旭山動物園 坂東元園長動物園そのものの位置づけ、社会のなかでどう見られている場所かというのもすごく大きな問題なのかなと思っていて、絶対必要なインフラではない感覚はまだ動物園・水族館に対してあるんだと思うんです。そこはちょっと悔しいです。でも、これからの未来を考えたときに、環境のことや生物多様性ということばが出てきたりSDGsだったり、いろんなことは結局みんな生き物につながっていくわけじゃないですか。そのことを本質的に知ることができる場所として動物園はあって、そういうことに気づいてもらう場所としても動物園はすごく存在する意味のある場所だと思うし、もしかしたら本当は絶対に必要な場所なのかもしれない。

僕ら人間だけが自分たちでルールを作って、自分たちのルールを、自然のなかでもどこでもずかずかと持ち込んで。でも本当はたぶん、これじゃ持続していかないよということなのかなと思うんですね。だからこそ、多様な生き方をしている生き物たちがいて、そういうことを知る玄関というか、窓口というか。僕らが大切にしなければいけないものを、これから一緒に生きていかなければいけない生き物たちのことを知れる場所として、動物園は存在していくんだろうなと思うんですね。

保里:動物園は人と自然との中間にあるような存在ということでしょうか。

坂東園長:人間が作り出した場所にあるのですが、すごくハードルが低く訪れることができる場所じゃないですか。例えばペンギンを見に行きたいと思ったら、本来はかなりのお金と時間と労力をかけなければ見られないものが、気軽に見られる。ごく身近な場所にある。きっと旭山動物園くらいの規模でも気軽に地球一周ができちゃうみたいな感覚、そういう場所だと思います。今はいろんな映像だったり、いろんな方法で、さまざまな知識を吸収できると思いますが、そこで息をして命として存在してという実在している感覚、においだったり、音だったり、気配だったり、いろんなものも含めて感じられるのは、やっぱり動物園しかないと思うんですね。剥製でもないし、バーチャルでもなくて、本当に現実なんです。そこで気持ちがつながり、そういうことから生まれる感情が、例えば、いろんな生き物にやさしくなれるのかもしれないし、これからの未来を考えるとき、何を守るかを具体的に知れるかもしれない。そういう場なのかなと思います。

 旭山動物園(北海道 旭川)

“命を学ぶ場”が失われている 高まる懸念

NHKのアンケートでは、7割近くの動物園が「これまで動物園が担ってきた『動物とのふれあい』や『動物について学ぶ』役割が失われている」と回答しました。動物とのふれあい体験や飼育担当による説明などの中止が相次いでいるのです。そうしたなか多くの動物園が、動物の姿や知識をSNSで積極的に配信。これまで動物本来の動きや生態を引き出す「行動展示」という方法にこだわってきた旭山動物園も、動画のライブ配信などに力を入れています。しかし坂東さんは、それだけでは伝わらないものがあるといいます。

坂東園長:どうしてもSNSになると、切り取らなければいけないということがあります。実際に足を運んでいただければ、全体の景色だったり、動物の動きをずっと連続して見ていただいたり、手書きの看板とかいろんな情報を見ていただいたり、もぐもぐタイム(飼育担当が動物に餌を与えながら、特徴ある行動について解説を行う時間)を聞いていただいたりすることで、動物のことを多角的に感じてもらえ、それが動物園らしさにつながっていくと思うのですが。

保里:多様な生き物が生きているということを五感で感じられるのが動物園なんだと。

坂東園長:そうですね。僕たち人類だけは、きっと、どんどん自然から離れていくんですよね。いろんな価値観や生命観も、どんどん人だけで構築されていって。だからこそ、地球上で僕らも生きていくのであれば、地球上で生きている生き物たちの仕組みだったり、その多様性だったり、そういうものを知り続けていかなければいけないと強く思います。

旭山動物園(北海道 旭川)

保里:もしも動物園という場所がなくなってしまったら、どんなことが失われてしまうのでしょうか。

坂東園長:僕らの数十年前の子どもの時代とは違って、まだ自分たちの身近にいろんな虫や生き物がいた時代とはどんどん変わってきていると思います。人以外の生き物のことを誕生から死まで連続して感じる機会はどんどん減っていく。そのなかで命を感じることがどんどん希薄になっていく。命の関わり方は理屈で方程式のように割り切れるものでは決してなくて、もし動物園そのものも立ちゆかなくなるとしたら、僕らの精神的ないろんな成長にも影響が出てくるのではないかと思います。

保里:この危機をなんとか乗り越えていかなければ、多様な生き物、動物たちの命、あらゆるものが守れない。本当に大変な状況になってしまうということですね。

坂東園長:そうですね。僕らが背負っている、人類が背負っている未来に対して、動物園が果たしていける役割は、種の保存なども含めていろいろあります。その機能が果たせなくなるとすごく大きな問題になるし、もしかしたら今の子どもたちが親になったときには、動物園で見られる動物がほとんどいない状況になっているかもしれない、もしかしたら動物園は残っていても見せる動物そのものが維持できなくなっている可能性があるわけです。

保里:多様な生き物の命を守れずに、生き物たちの姿を通して子どもたちに伝えることもできなくなってしまう。

坂東園長:動物園は、動物がいて初めて動物園です。動物がいるからこそ、命の大切さや、種の多様性、環境問題などいろんなメッセージが発信できる場所なわけです。動物がいなくなるということは、いろいろな意味で動物園の存在の根本に関わる問題ですね。

       

坂東園長からのメッセージ

保里:動物園をまた訪れることを心待ちにしている人たちに対してはどんなメッセージを送りたいですか?

坂東園長:自分たち人類が、自分も含めてこれだけ大変な思いになっているなかで、人よりも動物だとはやっぱり思えない。たぶん皆さんも思えないと思います。そのなかで動物たちのことにどれだけ気持ちが割けるか。そこは難しいのですが、僕らは生き物を飼育しているわけで、動物たちには選択肢がないんですね。自然のなかで自分で生きるという選択肢がないんです。動物園の動物は、そういう意味では、僕らがその命をすべて預かっているわけで、自分たちしだいなんです。だからその覚悟のような部分だけは、少なくともしっかり持ち続けなければいけないと思います。コロナ禍というこういう期間があったからこそ真剣に考えて、次に訪れたときには「あれ、こんな視点で」とか「こんなことを実は取り組んでいたんだ」とかたくさん気づいてもらえるようにしっかりと自分たちはやっていかなければいけない。ぜひ忘れないでいてほしいと思います。