いま、夫婦の間で臓器移植を行うケースが増えています。
これまで、血のつながりのある親子間が主流でしたが、医療技術の進歩によって夫婦の間でも可能に。生体間での移植件数が最も多い腎臓に関しては、年間およそ1500件のうち、4割ほどを占めるまでになっています。
しかし、夫婦間での移植は、血のつながりがないゆえに、様々な葛藤をもたらすことも少なくありません。続いては、移植を機に家族のあり方を見つめ直した夫婦を取材しました。夫婦をめぐる新たな選択肢。あなたなら、どうしますか?
(クローズアップ現代 ディレクター 大森暁彦)
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その1の記事はこちら
👉 夫婦間の臓器移植 あなたなら、どうする? その1 血のつながらない関係ゆえの葛藤
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最初、ドナーになる選択はなかった・・・
さらに取材を進めると、離婚という葛藤を抱え、当初は臓器移植に極めて消極的だった夫婦にも出会いました。
<4年前、夫婦間での臓器移植に臨んだ駿河さん一家>
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2人の子どもがいる、駿河さん夫婦。4年前、妻のかおりさん(50)が、夫の義行さん(50)に腎臓を提供しました。
しかし、夫の病が悪化し始めた当時、夫婦の関係は冷え切っていました。
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<左:夫 駿河義行さん 右:妻 駿河かおりさん>
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夫に臓器提供した妻 駿河かおりさん:
「(夫に)もう離婚を考えていますっていうようなことは話しました。
最初は、もう絶対、私がドナーっていう選択はなかったですね・・・ないですね。その時は本当関心が薄れたというか、(夫の)健康のことも体のことも含めて気にならなくなっていました」
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夫からの、病の「告白」
夫の病状に、関心を持てなくなっていたかおりさん。けれど今から31年前、2人が出会った頃は違いました。
かおりさんと義行さんが出会ったのは、学生時代。同じテニスサークルに所属し、かおりさんが1つ年上の先輩でした。交際が始まったある日、かおりさんは義行さんから、初めて腎臓病のことを告げられます。
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<妻 駿河かおりさん>
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妻 駿河かおりさん:
「『実は自分は小学校の時から腎臓病で、それ以来ずっと定期的に病院に行っていて、お薬も毎回ずっと飲んでいるんだっていうことを初めて聞きました。
(義行さんが)涙を流したことがあって。『たぶん自分は将来的には結婚もできない、もちろん子どももつくることはできないだろう』と言って泣いたんですよ。えーってその時思って。それはちょっと、何か私でできることはないのかなとか考えました」
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<夫 駿河義行さん>
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夫 駿河義行さん:
「何となく子どもの時から、ちゃんと調べたわけでもないんですけど、この病気をしているので、自分は結婚とかもできないだろうし、健康な子どもが生まれるかとか分かんないからだめなんだろうなとか、そういうことを勝手に思い込んでしまっていて。
それに対して(かおりさんは)優しく、励ましてくれた。そんな自暴自棄になる必要はない、ちゃんとやっていこうって言われた時には、何だろう、ほっとしたのか、心には響きましたし、そうだよなって思いましたし、彼女と一緒にやっていきたいなと思いました」
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少しずつ深まっていった、夫婦の“溝”
<結婚6年目 長男が誕生>
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その後、25歳で結婚した2人。結婚6年目には、長男が誕生。けれどこの頃から、夫婦は次第にすれ違ってゆきます。
当時、義行さんはシステムエンジニアとして働いていました。仕事は深夜までが当たり前、帰宅できない日も少なくありませんでした。
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<長男が生まれた頃の駿河義行さん>
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夫 駿河義行さん:
「当時は、地方自治体で使うシステムを作る仕事をしていて、あれもやんなきゃいけない、これもやらなきゃいけないっていう形で、普通に朝行ったんだけれど、そのまま徹夜になる。その仕事が終わって、でもまた次の日も仕事があるので、そのまま仕事をするみたいな、そういうパターンです。家庭とか、妻、子どものことに悩みを割く時間がなかったというか・・・」
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妻 駿河かおりさん:
「ちょうど息子が生まれた時っていうのが、(夫は)今までの会社員人生の中でも本当マックスぐらいで忙しかった時期で、今で言うワンオペみたいな育児を私はしていたんです。
最初は(夫に)訴えていたんですけど、訴えるのがもう夜中とかだと、『もう何かうるさい、もう眠い』って、『先に寝かせて』みたいな感じになってきたので、だんだんと私のほうが、もう期待しないというか、もういいやって」
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さらに義行さんが単身赴任になると、かおりさんは、1人で働きながら、子育ても背負うようになりました。
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<駿河かおりさんと、2人の子ども>
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妻 駿河かおりさん:
「(夫が)いなくても私やっていけるっていうような気持ちになっていましたね。
例えばクローゼットとかも、お父さんの洋服をどんどんしまっちゃって、本当に気配が無くなるというんですか。ここは我が家なんですけど、(夫が)1か月に1回帰ってきたら、何かお客さんが来たような気分になっちゃって。
私の夫としては、もう何て言うんですかね、夫婦ではなくて他人に戻っちゃったみたいな、そういう気持ちでいました」
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家族で行った海で、目にした光景
一方、義行さんは、仕事での無理がたたり、年々腎臓病が悪化していました。そして6年前、44歳を迎える頃には、移植手術も選択肢に入れなければならないほどの状態に陥ります。しかし、夫婦が互いに向き合うことは無く、義行さんの病気について、会話に上ることもありませんでした。
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<腎臓病が悪化していた頃の駿河義行さん>
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夫 駿河義行さん:
「生体腎移植をするとしたら妻からもらえる、医療的には、技術的にはもらえるんだなって知って、それが選択肢にあるっていうことは自覚しましたけど、その時に移植をしたいとか、腎臓を1つくださいっていうのは思わなかったです。
溝というか、距離みたいなものがあったので、そういうことを言い出すこともできなかったのかもしれないですね」
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そして、結婚20年目の夏。かおりさんは、義行さんとの離婚を決意。自らの意志を告げるため、家族を引き連れ、夫の実家に向かいます。
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妻 駿河かおりさん:
「子どもは実家に置いて、近所のスーパーに行って、そこのコーヒー飲むようなところあるじゃないですか。そこで、『最終的にもう決めました』と、『離婚するっていうことを決めました』っていうことを向こうのご両親に、私がほとんど伝えた感じだった」
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その帰り道のことでした。一緒に来ていた娘の心遥(こはる)さんが、不意に「海が見たい」と言い出します。一家は、夫の実家にほど近い砂浜へと繰り出しました。
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<娘の駿河心遥(こはる)さん>
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妻 駿河かおりさん:
「最初、私は、もうそんな、さっきかなりヘビーな話をしたからもう無理って思ったので、『お母さんは待ってるから行っておいでよ』って言って。そしたら娘が、『やだやだ、4人で行きたい』って言うんですよね。『え、お母さんも行くの?』って言ったら、『4人で行こう』って言って、夕方だったですけど、じゃあもう行くかと思って、もう本当、家族4人の散歩は最後かもしれないと思って行ったんですね」
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海に到着して、かおりさんはふと、家族の後ろ姿にカメラを向けます。
ある思いが、よぎりました。
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<かおりさんが撮影した、夫と2人の子どもの写真>
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妻 駿河かおりさん:
「家族だなって本当に思ったんですね。私の目の前には3人がいて、本当であれば私もそこにいて、この家族4人の画(え)を、私の気持ちだけで崩していいのかってすごく思って。
子どもたちは『お父さん、お母さん大好き』っていっつも言ってくれていたので、その4人でいる画(え)を3人、お父さん除いて3人にしてしまっていいのかってすごい考えてしまって。
ひと晩考えて、翌日に夫に話しました。『ちょっと昨日の話なんだけど、もう1回だけ頑張ってみる?』みたいな話をしました。
主人は『えっ』っていう顔をして、その時は何も言わなかったです。その後、自宅に戻ってきて、毎日のように話しました、夜ゆっくり」
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これからも、夫婦関係を続けていけるのか・・・葛藤の果てに、たどり着いた思い
夫の実家から帰ってから、かおりさんは義行さんと向き合い始めます。
これからの、家族のこと。義行さんの、移植手術のこと。それまでずっと避けてきたことを、少しずつ、話し合っていきました。
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妻 駿河かおりさん:
「けんかとか言い争いとかではなく、初めてちゃんとお互いのことを『こう思ってる。あなたはどう思ってるの?』とやり取りできたのは、結婚後初めてかもしれない。
夫婦ではあるけど、人と人としてもう一度向き合ったっていう時間でしたね」
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けれど、かおりさんは中々、自分の腎臓を義行さんに提供するという決断は下せませんでした。これからも、本当に夫婦の関係を続けていけるのか、確証を持てずにいたためでした。
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妻 駿河かおりさん:
「(腎臓を)あげたのに、また夫が体を大切にしないとか、全く家族を顧みなくなったらとか、何かそういう、せっかくあげたのにどうしてくれるのみたいな、手術後は取り返しがつかないのでね、あげた後は取り返しがつかないので、そうなった時に、私、本当につらいなと思って」
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一方、義行さんも、本当に妻から腎臓を受け取ってよいのか、深く思い悩んでいました。
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夫 駿河義行さん:
「プレッシャーに感じることは正直ありました。ある意味、自分はもらう人、彼女はあげる人になって、変な言い方ですけど、主従というか、くれた人、あげた人みたいな関係性ができあがって、それまでの2人の関係が変わっちゃうんじゃないかとか。そういうふうな思いで逡巡するようなことはありました」
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2人の話し合いは、その後、1年以上に及びました。
そんな、ある日のこと。不意に、かおりさんの目に飛び込んできたものがありました。
それは、義行さんの携帯電話。そのケースには、子どもたちの写真が、大切にしまわれていました。
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妻 駿河かおりさん:
「携帯に子どもたちの写真がいっぱい入っていたんですよ。それを見た時に、あ、この人は家族のことを決して忘れたわけじゃないし、やっぱり大事に思ってくれてんだと思って」
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妻 駿河かおりさん:
「いろいろ夫婦間の気持ちが離れていったとはいっても、一貫して夫はよいお父さんではあったんですね。帰ってくるとやっぱり子どもたちも懐いてますし、子どもたちに向ける笑顔は本当にいいなと思っていたので、その状況を、壊したくない、守りたいなっていうふうな気持ちに、変わっていきました、私のほうがね。
家族として4人で仲よく過ごしていくために、夫婦の関係をもう一度きちんと、もう一度、本当付き合い始めみたいにやり直していきたいなと思いました」
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悩み抜いた末、たどり着いた思いでした。
そして、かおりさんは義行さんに、「腎臓ドナーになる」と伝えました。
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夫 駿河義行さん:
「強さと優しさを持ってるなって、その時すごく思いました。もう一回やり直そうって思ったって、それを口にしてくれたんですけど、そう思うまでにきっといろいろ思いがあったはずで、もしかしたら何か許せない部分とか何かあったんだと思うんですけれども、それを越えてでも、やっぱりこの家族を続けていくというか、守ってゆく、これから先もこの4人でやっていく、楽しくやっていくっていうふうに思ってくれたんでしょうね。
その頃よく、楽しそうにしてる家族とか、小さな子供を連れて遊びに出かけている家族とかを見ると、ちょっと何だろうな、いいなとか、自分はそういうことをやってあげられないんだっていう、何だろう、悔しさとか悲しさみたいなのをすごく感じていて、ちょっとつらいときもあったんですけど、また4人で新しいスタートを切る。そこに、移植というのがきっかけに始まっていくってなれて、そう決断してくれて、うん、感謝してます」
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移植手術の2日前、妻が夫に宛てた手紙
2018年の3月に行われることになった、移植手術。
そして、いよいよ手術が2日後に迫った日。かおりさんは自らの気持ちを、一通の手紙にしたためました。
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<移植手術の2日前、かおりさんが書いた手紙>
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妻 駿河かおりさん:
「もう一回私たちは結婚をしようねって書いたんですよね。腎臓移植って、2人の、もう一度リスタートするための象徴のようなイメージが私の中には生まれていたので、それを、言葉はたくさん重ねてきたけれども、文字にしておきたいっていう気持ちがすごく生まれてきて。
本当にたまたま、夫婦が修復していくタイミングに、移植か透析かっていうタイミングが来たので、本当にそこは、どちらかをやらなければ夫の命がもう続いていかないという状況に、もう否が応でも置かれたので、私たち夫婦が。
なので、そこは本当に通過点といいますか、あの時だったから、私は腎臓ドナーになれたし、それが数年前であれば絶対にならなかったし。同じ夫婦間であったとしても、そのタイミングっていうのはご夫婦ご夫婦で絶対違うから。その関係性が、ちょうど私たちの腎臓移植の時には、これからもう一度新しい家庭を作っていこうという時と、お父さんの体を少し楽にしてあげようっていうのがたまたま重なった、そのタイミングだったからやったんです」
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臓器移植を通して、気づいたこと
臓器移植から4年。今、駿河さんは一家全員で、義行さんの術後を支えています。
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<免疫抑制剤を飲む時刻に鳴る、かおりさんのスマホのアラーム>
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<免疫抑制剤を飲む義行さん>
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かつて、仕事一筋だった義行さんも、今では家族と一緒に過ごす時間を大切にするようになりました。
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夫 駿河義行さん:
「感謝の表現になるのかなと思って。あとは楽しいです、自分も」
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<移植後は、一家4人でJリーグ観戦に行くのが新たな日課に>
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夫 駿河義行さん:
「(移植後)分かるようになったっていうのが大きいなと思います、(妻の)気持ちとか大変さとか。『子どもが小さい頃はすごい大変だったんだよ』とか、『あの時こうしてほしかった』とか、そういう話を今になってはするので。だから、少しでも実践しようと思ってやっている」
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<息子の駿河高道さん>
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息子 駿河高道さん(大学3年):
「家族って一番近い存在なので、そこが仲良いってことは、自分にとっても落ち着く場所になるし、とても、ありがたいというか良い環境だなって感じます」
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夫婦で臓器を分け合うのか。
離婚寸前の状況で、互いに向き合い、話し合いを重ねた駿河さん夫婦。
それは、かおりさんにとって、血のつながらない夫婦という関係、そして、
自分自身の気持ちを、今一度見つめ直す時間となりました。
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妻 駿河かおりさん:
「一度は本当に気持ちが離れてしまって、他人のようになってしまったと思った相手ではあったんですけど、何か本当に自分の気持ちをかき分けていくっていうような状況の数か月間で、そしたら、あ、私まだこの人が好きだっていう気持ちが残っているって思った時があったんですよ。
それが本当に大きな心境の変化。私の自分の中の気持ちに気づいたっていうのが、大きな心境の変化でした」
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【その1の記事はこちら】
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