変貌する漫画海賊版サイト 5年で経た“3つのフェーズ”

NHK
2022年7月19日 午後4:50 公開

漫画の海賊版サイトが広く知られるようになったのは、約5年前。出版社や作者は警察とも協力して海賊版サイトの対策を次々に打ち出し、撲滅を目指してきました。

しかし、海賊版サイトは追及を逃れるため、わずかな期間にすさまじいスピードで巧妙化と国際化を進めてきました。

取材を進めると、海賊版の変貌の歴史は大きく3つのフェーズに分けられ、今、最も対処が難しい新たな局面に入っていることがわかってきました。その攻防の歴史です。

(社会部記者 田畑佑典)

 

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〈フェーズ1:「ウチ→ウチの時代」 代表的な事件=「漫画村事件」〉


【漫画村事件】

「漫画村」は2017年秋ごろから多くのアクセスを集め、海賊版が社会問題化する契機となった。運営グループは日本に拠点を持ち、日本向けに漫画や雑誌の海賊版約5万点をアップロードしていた。タダ読みされた被害額は約3,200億円と推計されている。2018年にサイトは突然閉鎖され、翌年20代の元運営者が逮捕され去年懲役3年の実刑判決が確定した。


無断で作品をアップロードして広告収入を稼ぎ、心血を注いだ作者から利益をかすめ取る海賊版。初期は国内の運営者が日本の読者向けにサイトを開設する、いわば「ウチ→ウチ」の形でした。

その歴史で象徴的な存在が「漫画村」です。海賊版サイトの存在を世に知らしめたと位置づけられ、追随するように多くの海賊版サイトが開設されていきました。衝撃を受けた漫画界は、読者に対し、「このままの状態が続くと作品が作り続けられなくなり、日本の文化が滅びてしまう」という異例の声明を発表。警察に捜査を求めました。

そして2019年、漫画村の元運営者を福岡県警が摘発。この時期、漫画村をはじめ海賊版サイトの運営者は日本に拠点を置くケースが多く、警察の捜査の手が及ぶ範囲にいたのです。この検挙により抑止効果が期待されましたが、その期待は裏切られました。運営者が国外へ拠点を移す動きが一気に加速したのです。

一方、この漫画村事件を受け、インターネット上の著作権侵害対策を強化できないか、国での議論も活発化しました。特に強力な対策として注目を集め、賛否の議論となったのが「サイトブロッキング」です。

サイトブロッキングとは、悪質なサイトへのアクセスをプロバイダーがブロックし、遮断する技術のこと。国は悪質サイトに対するブロッキング要請を検討しましたが、プロバイダー事業者団体などは事業者がアクセス内容をチェックすることになり「通信の秘密」の侵害にあたるとして反対。国は結局サイトブロッキング導入を見送りました。

 

 

〈フェーズ2:「ソト→ウチの時代」 代表的な事件=「漫画BANK事件」〉


【漫画BANK事件】

「漫画BANK」は2019年の12月に存在が確認された巨大海賊版サイト。警戒を強めた大手出版4社はアメリカの裁判所に対し、運営者の住所や氏名などの情報開示をグーグルに命じるよう申し立てを実施。去年11月これが認められたことで、中国・重慶市に住む運営者の特定につながった。出版社側の情報提供を受けてことし6月、現地の行政当局が元運営者を摘発。他のものも含めすべてのサイトが3月までに完全に閉鎖された。日本向けの海賊版サイトに対し海外当局が摘発したのはこれが初めて。


海賊版サイトの運営者たちは、警察の摘発を逃れるため、海外に拠点を置き、日本に海賊版を発信する「ソト→ウチ」のタイプへと変化していきました。その代表格が今回摘発された「漫画BANK」です。漫画村の「後継サイト」として、急速に利用者は拡大。開設されていた2年間のアクセス数は10億近く、被害額は、漫画村に匹敵する規模の2082億円と試算されています。「サイトブロッキング」という強力な対策が見送られるなど、抜本的な解決策が見出せない状況下での新たな問題でした。

集英社編集総務部 伊東敦 部長代理

「漫画村は、日本人向けに海賊版サイトを運営すると、多数の人がアクセスして、非常に多くの広告収入をあげられるということを、日本国内だけでなく全世界に知らしめてしまった。そういう意味でも罪深い存在だったのです。今の海賊版サイトは、海外に住んでいるから日本の警察は手が出ないだろうと安心しきって海賊版サイトを運営しているような印象さえ受けている」

 

6月15日、中国の重慶市の行政当局が、漫画BANKの元運営者に対し、犯罪収益として約30万円を没収したうえで罰金60万円を命じました。ここにいたるまで、2年半の月日が流れていました。

「ソト→ウチ」のサイトが増加する中、2020年以降はコロナ禍による巣ごもり需要もあいまって、海賊版へのアクセスは急増しました。去年1年間の上位10の海賊版サイトのアクセス数の合計は37億5600万、これをもとにしたタダ読みされた被害額は1兆19億円と試算され、前の年の実に4.8倍と過去最悪の水準となりました。紙と電子をあわせた正規の漫画市場が去年6,759億円だったことと比較するとその被害の甚大さがわかります。

 

 

〈フェーズ3:「ソト→ソトの時代」 国際連携が不可欠に〉

そして、今、最大の課題となっているのは、「ソト→ソト」という新たなタイプのサイトです。海外に拠点を置き、海外の読者向けに運営される海賊版サイト。つまり日本が生み出した作品に便乗して海外の違法サイトが収益をあげ、海外の読者が対価を払わずに違法な形で作品を楽しんでいるのです。

出版社などで作る一般社団法人「ABJ」によりますと、現在確認されている海賊版サイトは約1,000。このうち実に約8割がこの「ソト→ソト」のタイプとみられ、英語を中心に様々な言語に訳されて発信されているのです。この新しいタイプの海賊版サイトによる被害は「ソト→ウチ」を大きく上回ると考えられています。

 

国境の壁は捜査を阻む要因となっています。被害者が日本の作者や法人であるため、特に著作権を保護する制度が整っていない国では自国の被害が小さいと考え、当局の動きが鈍いという声は関係者の中で少なくありません。サーバーも、さらに別の第三国であるケースが多く、運営者を特定するためには国をまたぐ連携が不可欠だといいます。

その第一歩として、ことし4月、日本の出版やアニメの会社で作るCODA=コンテンツ海外流通促進機構は新たな国際連携組織「国際海賊版対策機構」を立ち上げました。アメリカや東南アジアなどの著作権保護団体や政府機関が参加し、違法なサイトの情報を調査して各国の捜査機関に提供したり、捜査を促したりすることにしています。

新たな局面に入った、海賊版サイトの戦い。長く険しい道のりが続いています。

コンテンツ海外流通促進機構=CODA 後藤健郎 代表理事

「海賊版対策は国によって格差があり、著作権法という法律があっても運用されていない国もあるほか、自国のコンテンツに対する侵害がないという理由で対策の優先順位が低い国もある。著作権侵害という問題意識を共有して各国と連携したい」

 

 

最後に、自らのすべてをかけて作品作りに取り組む漫画家の声です。

 

真鍋昌平さん 漫画家・「闇金ウシジマくん」や「九条の大罪」などの作品で知られる

「海賊版サイトを利用することは、漫画家にいくはずのお金を犯罪集団に流すことだ。海賊版サイトで漫画を読む人は、犯罪者に加担しているという自覚がないのだと思う。漫画家は、取材し、話を考え、絵を描き、ほとんどの時間を漫画に使って自分がやれることを全部捧げている。それでもうまくいかず、結果がすぐ出ない漫画家も多い。売れなくても見守れるくらい出版社にも体力が必要だが、海賊版によって、新しい漫画家を生み出すための資金が漫画業界に入ってこないということに危機感を持っている。違法に流れたお金が制作費に充てられれば、ずっと面白い漫画が出てくると思う。ただ、無料で漫画を読みたいという人たちは絶対にいて、このままでは海賊版サイトをすべてなくすことは難しい。犯罪者の資金源になる違法なサイトは潰し、無料で読めるシステムは残して漫画家にお金が回すことができれば一番いいと思う」。

 

 

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