“認知症になる前”に知っておきたいお金の話

NHK
2022年11月14日 午後5:24 公開

超高齢社会の日本。認知症の高齢者の数は、600万人以上といわれています。

認知症などで判断能力が十分でないとされると、銀行口座からお金が引き出せなくなるなど、いわゆる“資産凍結”をされる可能性があります。凍結された資産は、家族でさえも動かすことは難しくなります。

そうなってしまう前に、どういった対策を取るべきか。
ファイナンシャルプランナーの黒田尚子(くろだ・なおこ)さんに聞きました。

(クローズアップ現代 「親のお金をどう守る」取材チーム)

【目次】

■         認知症になると資産が凍結される!?
■         資産凍結されたら「成年後見制度」に頼るしかない?
■         判断能力が低下する前に出来る対策はたくさん
■         自分で後見人にしたい人を選べる「任意後見」
■         財産管理を家族などに任せる「家族信託(民事信託)」
■         信託銀行などが行っているパッケージ型の「認知症に対応した信託」
■         預貯金を代わりに入出金できる人を決める「代理人カード」「代理人指名手続き」
■         凍結されるのはお金だけじゃない 他の資産の管理も考えておく
■         財産管理以外の支援もしてくれる「日常生活自立支援事業」
■         認知症と診断される前の準備が大切 親の認知症に気づくには

認知症になると資産が凍結される!?

高齢化率28.9%と超高齢社会となった日本。認知症の高齢者の数は、600万人以上といわれています。認知症などで判断能力が不十分だとされると、問題となるのが“資産凍結”です。銀行口座から自由にお金の出し入れができなくなったり、不動産の売買が自由にできなくなります。こうした資産は、三井住友信託銀行の推計によると総額255兆円にものぼるとされています。

判断能力が十分でないとされ、一度資産が凍結されてしまうと、本人はもちろん家族でさえも銀行からお金を引き出すことは難しくなります。本人の意思確認が取れない状態では、不正な取引となる可能性があるからです。例えば、高齢の親が認知症となり資産が凍結されてしまうと、本人の医療費なども子どもや親族など周りの人が負担せざるを得なくなるかもしれません。

資産凍結されたら「成年後見制度」に頼るしかない?

一度凍結された資産を再び自由に使うことができるとされている方法がひとつあります。「成年後見制度」と呼ばれている制度です。2000年4月1日から始まった、国が定めた制度で、成年後見人として選ばれた人は本人に代わって、財産の管理や必要な福祉サービスの契約などをすることができます。資産が凍結されても成年後見制度を利用することで、本人に代わって、再度、資産を自由に使うことができるようになるのです。

しかし、「成年後見制度」にまつわるトラブルも多いといいます。判断能力が不十分とされてから後見人をつける手続きをした場合、その後見人は家庭裁判所によって選ばれます。後見人は親族とは限らず、第三者がなることもあり、そうした場合に本人のことをよく知っている親族と意向が沿わずにトラブルに発展することも少なくないといいます。

黒田さん

「判断能力が低下した後に財産管理をするには、成年後見制度(法定後見)しかありません。しかし、後見人は自由に選ぶことができず、家族が本人のためと思っても自由にお金を使えないなどの制約も生まれます。後見人に対しては、本人の財産から報酬が支払われるのでコストもかかります。財産の「管理」はあくまでも保全にとどまり、積極的な資産運用や相続対策などは含まれないといったデメリットもあります」

「やはり大事なのは、判断能力が低下する前に、本人が置かれている環境や希望、財産の内容によって、どのような選択肢があり、どのような手続きが必要なのかを知っておくことです」

ファイナンシャルプランナー 黒田尚子(くろだ・なおこ)さん

ファイナンシャルプランナー 黒田尚子(くろだ・なおこ)さん

判断能力が低下する前にできる対策はたくさん

判断能力が低下してしまった後では、「成年後見制度(法定後見)」という方法しかありません。しかし、その前にできることはたくさんあると黒田さんはいいます。

例えば、

・後見人にしたい人やしてほしい内容を本人が選べる「任意後見」

・本人の財産の管理・運用を家族など信頼できる人に託す「家族信託(民事信託)」

・信託銀行などが行っているパッケージ型の「認知症に対応した信託商品」

・本人の口座から預金等を引き出す人を決められる「代理人指名手続き」「代理人カード」

・あらかじめ子どもなどの口座に一定額を入れておく「預かり金」

・福祉サービスの利用援助や相談にのってくれる「日常生活自立支援事業」

判断能力が低下する前であれば、選択肢は多くあります。どのように選べばいいのか、それぞれの特徴を黒田さんに教えてもらいました。

自分で後見人にしたい人を選べる「任意後見」

判断能力が低下した後に唯一取れる方法として紹介した「成年後見制度」。この制度には後見人の選び方に2つの方法があります。

家庭裁判所が後見人を選定するのは「法定後見」と呼ばれます。
一方で、自分自身で後見人にしたい人を選ぶことができるのが「任意後見」です。

この2つの主な違いは、契約時点で本人の判断能力が十分か否かです。「任意後見」として契約したい場合は認知症などで判断能力が低下する前に準備しておかなければなりません。

黒田さん

「任意後見については、自分の判断能力がある間にこうしてほしい、ああしてほしいということを自由に選べるという点でメリットが大きいです。ただ、本人の自由意思を尊重する観点から、法定後見のような取消権はないので、トラブルが起きたときに代わって取り消すことはできません」

※取消権:不必要な高額な商品の契約などをしてしまったときに、その契約を取り消すことができる権利

財産管理を家族などに任せる「家族信託(民事信託)」

次に紹介するのは、本人の財産の管理や運用、処分方法を家族など信頼できる人に任せる「家族信託(民事信託)」です。預貯金や不動産といった資産を信頼できる人に託し、契約時に決めた方法で管理や運用をしてもらう制度で、弁護士や司法書士、信託銀行などで相談できます。

例えば、親から子どもへと家族信託の契約をした場合、財産の名義は子どもへと移りますが、財産から生じた利益は親の介護費や医療費など本人のために使うことができます。子どもの資産となるので親の判断能力が低下した後も凍結されず、その資産は親のために使われるのです。

黒田さん

「家族信託は成年後見制度よりも柔軟な財産管理が可能です。また、遺言の代わりにもなります。遺言ではできない孫や次の世代への二次相続以降のことも本人が決められるので、不動産やまとまった財産を、家族や子孫にしっかりと残しておきたいという方に向いていると思います」

一方で、あくまで財産管理が目的になるため、福祉サービスなどといった健康に関連したサポートには適していなかったり、初期費用や管理費用などがかかることがデメリットとしてあげられるといいます。

黒田さん

「不動産があるかどうかや依頼する専門家によって金額が変わってきますが、手数料や登録料などで30~100万円ぐらいはかかります。そのため、例えば資産が1億円以上ある人など、それなりの額の財産がないと、あまりメリットがないともいえます。また、自由度が高い分、設計するのが大変です」

黒田さんによると、以前は限られた専門家しか扱えず、個別の信託組成やサポートの費用が高額になりがちでしたが、最近では、ノウハウが普及したことで初期費用を抑えた家族信託も登場。信託財産が自宅不動産+金融資産3,000~5,000万円程度の方でも利用するケースも増えており、今後の広がりに期待しつつ注目していきたいといいます。

信託銀行などが行っているパッケージ型の「認知症に対応した信託」

近年、信託銀行などでは認知症対策に特化したパッケージ型の信託商品も出されています。

こうした信託商品では、契約時に家族など代理人を指定し、その後、契約者本人が認知症と診断された場合に指定された代理人が本人の医療や介護などに必要な費用や生活費などを引き出すことができます。

黒田さんによると、こうした信託商品は、あらかじめ一定以上の金額を預け入れて元本保証の金銭信託で運用するもので、資金使途について他の親族への透明性を確保しつつ、スムーズに出金することが可能です。金融機関によっては認知症を発症した後も生活費などを口座に振り込んでくれる定額振り込みサービスや、スマートフォンのアプリから請求手続きを行えば、指定された代理人の指定口座に振り込んでくれるサービスもあるといいます。

信託銀行で説明を受ける高齢者夫婦

預貯金を代わりに引き出せる人を決める「代理人カード」「代理人指名手続き」

「任意後見」や「家族信託」は、手続きが複雑だったり、経費が多くかかってしまう可能性がある中で、もっと手軽に親などのお金を介護費用等に使いやすくしておく方法として黒田さんがあげるのが、本人の代わりに銀行口座から預貯金の出し入れができる「代理人カード」です。

ほとんどの金融機関では、口座を持っている本人が手続きすれば無料で作ることができます。

黒田さん

「各金融機関によって誰が『代理人カード』を作れるか、作成できる枚数は何枚までなど異なりますが、一日あたりの引き出し限度額が50~100万円なので、ちょっとした出費はこのカードで済ませることができます」

また、判断能力が低下する前の元気なうちに銀行口座から入出金できる人を決めておく「代理人指名手続き」のサービスを導入している金融機関もあります。代理人カードと同じく、本人の判断能力がある間に手続きを行い、原則として配偶者または二親等以内の親族などを代理人として指定するものです。

黒田さん

「一般的に、銀行での取引は本人あるいは成年後見制度に基づく後見人に限られています。しかし、この手続きをしておけば、本人の判断能力が低下した際に、代理人が所定の診断書等を金融機関に提出して、それ以後は代理人が本人に代わって、預金の入出金や金融商品の売却、住所変更等ができます」

多額でなければ「預かり金」という方法も

「代理人カード」や「代理人指名手続き」の他に、黒田さんが手軽に介護費用等を確保できる手段としてあげるのが「預かり金」という方法です。

黒田さん

「もっと手軽に費用がかからない財産管理の方法として『預かり金』というものがあります。親が判断能力が低下して預金が凍結される前に、あらかじめ100万円などまとまったお金を子どもの口座に入れておき、『自分の判断能力が低下したときや要介護状態になったときのために子どもに管理してもらう財産として預けます』といった覚書を書面で交わしておきます。実際に親の判断能力が不十分になって、介護費用などが必要になったときにそこから使うという方法です」

以前に比べて、認知症の親の銀行口座からお金を引き出すことが認められるようにはなりましたが、その際、医療費や介護費の請求書が必要です。「預かり金」にしておくと、交通費など請求書のない経費にも対応できるので使い勝手もよいといいます。

注意点としては、親族の間で揉めないように、入金する口座は普段使わないものを利用して、お金を使った場合には明細書や領収書など記録をしっかり残しておくことなどが大切だと黒田さんは指摘します。血のつながった親族で他人行儀と感じられるかもしれませんが、ちょっとした疑いや不信が大きなトラブルにつながるのです。また、口座に入金した時点では贈与にはなりませんが、相続が発生した場合には相続財産として計算しなければいけない点も注意が必要だといいます。

凍結されるのはお金だけじゃない 他の資産の管理も考えておく

判断能力が不十分とされて凍結される資産は、銀行等の預貯金や不動産だけではありません。契約している生命保険や株式などの証券も凍結されてしまいます。

こうした資産の凍結の対策方法についても、黒田さんに聞きました。

黒田さん

「生命保険の内容照会や契約内容の変更、給付金請求も、認知機能が低下するとできなくなることのひとつです。基本的に生命保険の各種手続きは本人しかできません。契約内容も本人にしか教えてくれないので、代理で保険金を請求できる人の登録をちゃんとやっておいたほうがよいです」

代理人が本人に代わって保険金等を請求できる「指定代理請求制度」の他、契約者の代わりに契約内容を確認できる「家族登録制度」を導入している保険会社もあります。

また、介護費用や老後資金の確保のために、保険金の受取人を変更しておくのも一つの手だといいます。  

黒田さん

「例えば、夫の生命保険の受取人が子になっている場合、妻に変更しておくという方法もあります。夫が亡くなったら妻に受け取ってもらうようにしておけば、妻の介護資金や老後資金に使うことができます。相続税が課税されるかどうかも考える必要がありますが、子どもが独立したら受取人を誰にするか改めて考えておくとよいと思います」

株式や投資信託についても、証券会社に相談しておくとよいといいます。

財産管理以外の支援もしてくれる「日常生活自立支援事業」

銀行等の預貯金や不動産など資産の管理も大切ですが、認知症になると不安に感じるのが身の回りの世話だと思います。

そのどちらも行ってくれるのが、地域の社会福祉協議会が提供している「日常生活自立支援事業」です。福祉サービスの利用援助や情報提供、日常的に使う金銭の管理のサポートを行ってくれます。オプションで、重要書類の預かりサービスなどをしてくれることもあります。

黒田さん

「日常生活自立支援事業に向いているのは、判断能力はあるけれども、足腰が弱って、自力で福祉サービスを利用したり、銀行からお金を出し入れしたりするのが難しい人です。契約時には、ちゃんと契約内容を理解できる程度の判断能力が必要なことがポイントです。基本的なサービスは1時間あたり1000円程度で、生活保護世帯は無料です。費用を抑えたい人にはよいと思います」

イメージ)日常生活自立支援事業

日常生活自立支援事業では、日常的な金銭管理のみ対応をしています。介護や手続きの代理、身元保証人にはなれない点については注意が必要です。

認知症と診断される前の準備が大切 親の認知症に気づくには

今回紹介した支援やサービスについては、いずれも判断能力が低下する前に手続きをすることが必要とされています。つまり、事前の準備をしっかりしておくことで、認知症などになったとしても資産凍結されずに本人も家族も安心して生活が送れるということです。

普段からちょっとした変化に気づける関係を作っておくことが大切ですが、ある一定の年齢になるとより一層注意して見守っておくべきだと黒田さんは指摘します。

黒田さん

「高齢者が要介護状態になるのは、男性は75歳から、女性は80歳からが約8割を占めています。親がその年齢ぐらいになると、いくら元気でも過信は禁物です。普段の体調や生活ぶりに注意を払うようにして、ちょっとした変化を見逃さないことです」

また、以下のようなサインが見られるようになったら、今後のことを話しておいたほうがいいといいます。

□ 急に痩せてきた

□ 転倒・けが・やけどなどがある

□ 片付けができなくなっている

□ 不要な買い物が増えている

□ 身なりに気をつかわなくなった

黒田さん

「ご自身が認知症かもしれないと思ったら、まず財産の状況を把握しておくことが大事です。判断能力が低下しているとか考えたくないという場合でも、まだ判断能力が十分あるうちに年金、預貯金、不動産、負債などがどれぐらいあるのか。家族信託や後見人制度を検討するほどの財産があるのか。これで自分たちの老後や介護費用がまかなえるのかということを確認して、口座や保険の情報を子どもなどに知らせておく。必要に応じて、代理人カードなどを手続きしておくといった行動を取っておいた方がよいです」

何からしたらいいか分からない、どうしたらいいのか分からないという人には、65歳以上の高齢者のよろず相談所である「地域包括支援センター」に相談してみましょう。介護サービスのことだけでなく、例えば、離れて暮らす親が自立して生活できるサポートや福祉サービスに関して情報も提供してくれます。財産管理については金融機関やファイナンシャルプランナーなど相談にのってくれるところもあります。

認知症など判断能力が低下する前には、その人に応じて利用できる選択肢がたくさんあります。選択肢が多いうちに、きちんと親族や信頼できる人に財産管理や身の回りの世話について話しておくことが安心した生活を送れる第一歩となります。

【関連番組】

●クローズアップ現代 2022年11月14日放送 ※11月21日まで見逃し配信