その名は「ワグネル」 ロシアの“謎のよう兵集団”とは?元メンバーが語る

NHK
2022年9月28日 午後4:20 公開

公式にはその存在すら否定されている、その“よう兵集団”は、世界各地で市民の殺害など残虐な行為にかかわったと指摘されています。

金でよう兵を雇い、戦場へ送り込む民間軍事会社「ワグネル」。

ロシア大統領府は否定しているものの、「ワグネル」はプーチン大統領とも関係が深いとされ、ウクライナだけでなくこれまで中東のシリア、アフリカなどで動きが伝えられてきました。

今回NHKはその元“よう兵”だという男性を取材。「ワグネルとロシア政府はつながっている」という証言を得ました。

闇に包まれた“よう兵集団”を使い、ロシアがひそかに進める戦略。その一端が明らかになって来ています。

(クローズアップ現代取材班)

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存在すら否定される「よう兵集団」

ワグネルの部隊とされる画像

 

ロシアが軍事侵攻しているウクライナで、ロシア軍に加えて送り込まれていると指摘されているのが、民間軍事会社「ワグネル」です。

プーチン政権はその存在自体を否定しているものの、欧米各国は、「ワグネル」はプーチン大統領に近い実業家・プリゴジン氏が代表を務めているとして、制裁を科しています。

そして今月(9月)、プリゴジン氏は自身がワグネルの創設者であることを初めて認めました。

ブチャの被害(現地の市民が撮影)

 

イギリス国防省は、ロシアによるウクライナ侵攻で「ワグネルの武装メンバー1000人以上がウクライナに送り込まれた情報がある」と発表。また、ウクライナの捜査当局は、「首都キーウ近郊での住民の拷問や殺害に、ワグネルが関与していたこと突き止めた」としています。

公式には存在すらしないとされる武装集団が、規制や監視を受けないまま、暴力を市民に向けていることが明らかになってきているのです。

 

ロシアはなぜ「ワグネル」を利用?

ロシアが正規の軍隊に加えて、よう兵を集めた「民間軍事会社」であるワグネルを利用する理由はどこにあるのか。取材から見えてきた目的をまとめると、次の3点があげられます。

 

①責任の所在をあいまいにできる

通常の軍の場合、市民の虐殺などの人権侵害を行った場合、その兵士だけでなく上官、兵士を派遣した国の政府の責任が問われることになります。しかし民間軍事会社ならば、実際には政府が裏にいたとしても、「あくまで民間会社のやったこと」として、政府の責任はあいまいになり、追及を逃れることができると考えているとみられます

②ロシア国内の世論対策

戦地に派遣した兵士の犠牲が増えれば、派遣の判断への批判や疑問が高まりかねません。しかし民間軍事会社であれば、犠牲を公式に発表する必要もなく、その大きさを言わば“矮小化”できます。

③派遣の見返りへの期待

ロシアがワグネルを派遣したと指摘されている中央アフリカでは、その見返りに金の鉱山の利権を与えられたのではと指摘されています。

  

今回、こうしたロシアの思惑とワグネルの実態について、元“よう兵”だと言う男性に話を聞くことができました。2015年ごろから2019年ごろまで、ワグネルに“よう兵”として所属していたと言うマラット・ガビドゥリン氏。所在を明らかにしないことを条件に、闇に包まれたワグネルの実態を語りました。

  

元“よう兵”の証言で見えてきた実態

かつて職業軍人だった経験を持つガビドゥリン氏。その経験を買われてワグネルに勧誘され、高額な報酬を目的に、ウクライナ東部やシリアで、紛争地での戦闘に参加。隊を指揮する立場にもいたことがあると言います。

ガビドゥリン氏は、ワグネルは「実質、国によってつくられた非公式の軍事組織」で、その活動にはロシア政府の強い関与があると明言しました。

マラット・ガビドゥリン氏

 

ガビドゥリン氏

「私たちは自分勝手には戦えません。シリアでは私たちはロシア軍の一部として、完全にロシア軍の統制のもとで活動していました。

シリアでのワグネルの主な任務は、『戦争で勝利すること』と『犠牲者の数を隠蔽すること』でした。ロシアの指導部が、シリアにおいて最小限の犠牲で勝利をおさめると声高に唱えたので、その構想を何としてでも支えるため、よう兵部隊を使ってでも勝利をおさめるのです。公式な統計に、よう兵の犠牲者は含まれませんから。

ワグネルは犠牲をいとわず、前進して、叩き潰し、すべてを踏み潰すのです」 

シリアに派遣されていた当時のガビドゥリン氏

 

何にも縛られない 戦うための集団

ワグネルに所属している人たちは、非常に豊富で高度な戦闘経験を有し、その戦力は「小国の軍事力をしのぐ」と話すガビドゥリン氏。戦場において、任務遂行のためには手段を選ぶことはないと言います。

 

ガビドゥリン氏

「(ワグネルは)戦争のためだけに存在しています。軍と何が違うかと言えば、彼らは兵役についてるわけではなく、何の法規や軍規にも縛られることがない、ということです。

ワグネルは、表向きではロシア国家と関係ありません。だから何をしても、犯罪として罰せられることもありません」

 

さらに、ワグネルが活動しているのは、ウクライナや中東だけではありません。ロシアはワグネルを利用して、イスラム過激派との紛争が続くアフリカの国々でも、軍事面での影響力を強めています。

ワグネルが活動するマリの市内にはロシア国旗も掲げられていた

 

ガビドゥリン氏

「中央アフリカには希少な鉱物があります。マリには石油があります。ロシアの政治家や事業家たちに言わせれば、資源を持つ国と関わりを持っておくことは悪くない、ということになります。ただ、それをどのような手法で実施するか、そこが問題です。

アフリカのリーダーは、軍事クーデターで権力の座についた人たちが少なくありません。困難な問題でも手段を選ばず解決するワグネルのやり方に共感しているのです」

 

これまでワグネルの関与が指摘されている国は少なくとも7か国。

そのひとつ、マリでは軍と共にワグネルが行動し、市民を巻き添えにしているとの指摘も出ています。3月、マリ軍がイスラム過激派の戦闘員200人あまりを殺害したと発表した中部の村、ムーラでは、ワグネル所属のよう兵が加わった作戦で数百人の市民が殺害された疑いがあるのです。

襲撃を受けたムーラの村

 

マリの旧宗主国であり、過激派の掃討のために軍を派遣していたフランスは、ヨーロッパなどほかの15か国と共同で声明を発表。「これまでも派遣された国で拷問や処刑などの人権侵害を繰り返している『ワグネル』が、ロシア政府の支援を受けてマリに送りこまれた。マリ当局が外国のよう兵と契約した」として非難しました。

マリ当局はこれを否定しましたが、フランスなどは、「ワグネル」による処刑などの人権侵害があったとして、国連の安全保障理事会に国際的な調査を求めました。しかし安保理の議論では、ロシアの外交官が「いわゆるロシアのよう兵に関する情報操作は、地政学的なゲームに過ぎない」と述べて、全面的に否定しました。

国際的な調査は、ロシアや中国の反対があって、実現のめどは立っていません。

 

ワグネルを生んだロシアの“病”

ガビドゥリン氏は、ワグネルで参加したシリアでの戦闘で大ケガを負い、のちに組織を離れました。

自らの命の危険をおかしてまで、「存在しない“よう兵”」として戦地にいた期間をどう思っているのか。尋ねると、ガビドゥリン氏はワグネルで最初に派遣された、ウクライナ東部ルハンシクで感じたことを振り返り、ワグネルを辞めた理由を話し始めました。

 

ガビドゥリン氏

「初めてルハンシクに派遣された時は、私も、現地にはナチスやファシストがいると信じ込んでいました。しかし現地で見たのは、親ロシア派勢力がまるでロシア革命での赤軍兵士のように、権力を奪取しコントロールしていた。実質、軍事クーデターのようでした。

私たち(ワグネルの兵士)は、契約書にサインし、『自分たちは存在しない』ということを受け入れました。お金さえ払ってくれればそれでよかったのです。

しかし、しばらく時間が経ってから、私は自国の人材をそのように扱ってはならないと感じるようになりました。その後、2018年の終わり頃には、これは異常な状況であり、社会にはびこっている非常に重い病気、ロシア社会の病気の結果、こうなっているのだと考えるに至りました」

 

ガビドゥリン氏

「私はワグネルにいたことを悔いてはいません。そこで経験した、感情的な揺れによって、私は『知性の眠り』から覚めることができました。多くのロシア国民同様、上から命じられることを信じ続けていた状況を脱することができた。そうでなければ、私もいまだに国旗を手に持って振り、あの忌々しい『Z』の文字を胸につけていたかもしれないのですから」

 

受刑者を勧誘するワグネルのトップ、プリゴジン氏とされる画像(テレグラムより)

 

ウクライナで侵攻を続けるロシア軍の兵力不足が指摘される中、イギリス国防省は今月16日に分析を発表。「ワグネル」が関わる形で、ロシア人の受刑者に対して、減刑や金銭と引き換えに戦闘に加わるよう勧誘する動きを活発化させていると指摘しています。

今月、国民に対して、予備役の部分的な動員が発せられたのに加え、ワグネルによって「存在しない“よう兵”」が集められている。そのロシアの状況を、ガビドゥリン氏は「狂っている」と評します。

ガビドゥリン氏

「法律で禁止されている組織がパラレルに存在するという、異常な状態です。この会社(ワグネル)はロシアの国内法ではあってはならない。法律の外にある、違法な軍事組織です。しかしそれは、堂々と存在し、堂々と宣伝までしています。

権力を手にしたワグネルのトップは、刑務所の門を勝手に開け、警備や事務の職員たちを脇に立たせ、堂々と服役中の者たちに対して勧誘を行います。そして、それら服役者を集めて現地に送り込むのです。国内法では、そのような形での仮出所は認められていません。

こういうことが、ロシア国内では実際に起こっているのです。すでにこの国は、法のもとにいることをやめ、何もかも完全に狂ってしまっているのです」