ロシアによるウクライナ侵攻開始から5か月あまり。いまウクライナでは、ロシアによる「戦争犯罪」と疑われる行為に対する裁判が行われはじめています。
そもそも「戦争犯罪」とは何か?
ウクライナで行われている裁判では、誰を、どのように裁くのか?
ポイントを解説します。
(クローズアップ現代取材班)
関連番組:クローズアップ現代「“戦争犯罪”は裁けるのか ウクライナ検察・知られざる闘い」
そもそも「戦争犯罪」とは
「戦争犯罪」には2種類あり、ひとつは「侵略」。もうひとつは「戦地のルール違反」です。
いまウクライナの検察が捜査している「戦争犯罪」は後者で、その裁判は国内法に基づいて⾏われています。⼀般の刑事司法と同じように、敵国の被疑者を捕らえた場合、戦争が終わっていなくても、そのまま⾃国で裁くことができます。
ウクライナは、ロシア軍による民間施設への攻撃や民間人の殺害など、“戦争犯罪”が疑われるケースが2万6000件にのぼると主張しています。
裁判は「公開」 ウクライナの国内法で裁く
ウクライナでは先月までに、3件の裁判が開かれました。
取材班は、北部の街・チェルニヒウで行われた裁判を取材しました。
被告はロシアの地方出身の兵士。上官の命令で市民が暮らすマンションを砲撃し、死傷者は出なかったものの、大きな損害を与えたとされています。
(手前左が被告・右がロシア語の通訳)
裁判ではロシア語の通訳や弁護士もつけられ、法廷の様子はメディアにも公開された状態で進められます。
難航するウクライナ検察の捜査
ロシア兵の“戦争犯罪”を立件するために奔走しているのが、地元の検察官たち。ウクライナでは、“戦争犯罪”が疑われるケースの捜査は、警察ではなく検察が行うことになっています。しかし取材を進めると、検察官たちに立ちはだかるさまざまな壁が浮き彫りになってきました。
【人手不足】
チェルニヒウでは、“戦争犯罪”と疑われるケースが1200件以上あるのに対し、捜査にあたる検察官は20人ほど。被害があまりにも大きく、捜査の人手は足りていません。しかも検察官たちは、軍事侵攻前は窃盗や汚職などの捜査が専門だったため、手探りの状況が続いています。
(捜査を担当するチェルニヒウの検察官たち)
【証言・証拠の不足】
誰が、いつ、どのように命を奪われたのか。裁判に必要な証拠を集めることは簡単ではありません。すでに町を離れ避難した市民も多く、現場で証言を集めることも難しくなっています。
【関与したロシア兵の特定が困難】
関与したロシア兵の身元を特定することは、捜査で最も難しいポイントのひとつです。
ロシア軍はすでにチェルニヒウから撤退しており、現場にいた兵士の人数やデータ、顔写真などを入手するのも簡単ではありません。
(戦車が行き交う中、検察官は捜査を進める)
【身柄を確保しても捕虜交換に】
捕虜として身柄を確保し捜査で証拠を揃えても、ロシアとウクライナの間の「捕虜交換」で兵士の身柄がロシアに引き渡されてしまい、裁判が開かれないケースもあります。
戦火の下で“戦争犯罪”を裁く意味は
今回のウクライナのように、侵攻を受けている国が、同時に戦争犯罪を裁こうとするのは、前例のない事態です。第2次世界大戦、旧ユーゴスラビアの紛争、ルワンダの虐殺などでは、終結後に国際社会の場で臨時の裁判所が設定されてきました。
なぜ戦闘と同時並行で、裁判を行うのか。戦争犯罪や国際刑事司法に詳しい、立命館大学の越智萌准教授は主に二つの狙いがあると指摘します。
立命館大学 越智萌 准教授:
「ひとつは国際社会へのアピールです。ウクライナは武器供与や外交的な場面で国際社会の支援を必要としている立場。国際社会が求めているものを、必死に頑張っているところを示さなければいけません。
もうひとつは、歴史的な真実を確定させたいというねらいです。刑事裁判には、証言を集め、証拠を保全することで、あとから歴史の修正ができなくなるよう、歴史を確定する効果があります。 仮に今後ロシアがウクライナを占領してしまったら、どんな犯罪が行われたか闇に葬られてしまうかもしれない。その前に証拠を保全し、法的な解釈を踏まえて判決として残していくためにも、同時進行で裁判を進めていくしかないのです」
国際社会が裁く場は…
現在ウクライナで行われている裁判は、戦場で罪を犯したとされる兵士を対象としています。
では、兵士へ命令を下した司令官や指導者の責任の追及は、どのように進められるのか。
大きな役割を期待されるのが、2002年に発足した「ICC=国際刑事裁判所」です。条約に基づいて常設された裁判所で、捜査部門と裁判部門に分かれ、現在100を超える国と地域が参加しています。
今回のウクライナで行われた疑いのある戦争犯罪や、人道に対する罪に対しても、ICCのカリム・カーン主任検察官が現地入りし、本格的な捜査に乗り出しています。
一方で、ロシアはこの条約に参加しておらず、ロシアの関係者を裁くことは容易ではないと限界も指摘されています。
こうした現状を受け、ウクライナは国際社会への働きかけを行っています。
先月14日、ICCがあるオランダのハーグで開かれた国際会議に、ウクライナのゼレンスキー大統領とクレバ外相がオンラインで参加。ICCのカーン主任検察官や欧米など40を超える国の外相や大使を前に、「軍事侵攻という重大な犯罪に関わる決定をした者たち全員に、処罰は免れないという原則を適用しなければならない」と強調し、ロシア政府や軍の指導者の責任を確実に問うことができるよう、特別法廷の設置を訴えました。
これに対し、オランダの外相が前向きに検討する姿勢を示した一方で、ICCのカーン主任検察官は「できないことではなく、できることに集中したい」などと述べるにとどめています。