G7広島サミットが今こそ重要な理由とは 藤原帰一さんに聞く

NHK
2023年5月18日 午後5:59 公開

「核兵器廃絶と言っても広島の人しか聞かず、ほかの人は相手にしないので世の中は変わらない」
この議論は間違っているので、ぜひ避けたいと断言するのは、東京大学名誉教授の藤原帰一さんです。国際政治が専門で、核兵器廃絶に向けた道筋について世界各国の専門家が意見を交わす「ひろしまラウンドテーブル」の議長を務めています。

核をめぐる国際情勢が揺れ動くなか、今回のG7広島サミットがどのような点で重要になるのか聞きました。

藤原帰一さん

藤原帰一さん 千葉大学国際高等研究基幹特任教授・東京大学名誉教授・未来ビジョン研究センター客員教授。専門は国際政治・比較政治・東南アジア政治。現在、「ひろしまラウンドテーブル」の議長を務める。

サミットで問われる岸田首相の選択

藤原帰一さん:
議長国(今回の日本)はサミットの議題、招く国などについてかなりの裁量を持っています。その点で、毎年開かれるサミットだというだけではなくて、世界の主要国の関心を集めるとともに、国際的な発信をする大きな機会にもなります。当たり前のことですが、まずこれを確認しておきます。

岸田首相は広島選出の国会議員としてずっとキャリアを積んできて、また外務大臣も務め、核問題についてさまざまな関心を示してきました。しかし、ここに留保が必要なのは、その岸田首相の核問題に対する熱意と他の外交課題とのずれが生じるということです。
今回のサミットでは、ロシアによるウクライナ侵攻を前にして、そして、中国の軍事的経済的な脅威に対して、G7の7か国がどう結束するかが課題になります。G7諸国間での政策の調整よりも、その外の国であるロシア・中国への対抗のほうが大きな課題です
そういった外交課題と岸田総理の選択がどのように重なり、ずれるのかというところが、今回のサミットをみていくうえで大きなポイントになります。

G7広島サミット

(G7広島サミット 2023年5月19日~21日)

核については非常に長い間、「核抑止によって平和が実現しているんだ」という考え方と、「核兵器こそが平和を破壊する源であり、使用された場合の人道的災害はほかの兵器とは比較にならないから核は廃絶すべきだ」という考え方が対立してきました。「核抑止」か「核廃絶」かの立場で大きな隔たりがあります。

これは今に始まったことではなく、「アメリカと同盟を組むことが日本の安全保障の中心である」という考え方と核廃絶との間の矛盾にも表れています。いわゆる「核の傘」という考え方は、核兵器の廃絶とは正反対の方向を向いている議論です。

外の世界は耳を貸してこなかったわけではない

藤原帰一さん:
この点に関して、私は、2つの考え方に距離を置いておきたいと思います。

まず、「広島は長崎とともに原爆投下という悲劇的な経験を共有し、核の廃絶を呼びかけてきたけれど、外の世界は耳を貸してこなかった、変化がなかった」という議論の立て方です。

この点についてはそうではなくて、核兵器は、米ソ冷戦の終結期に削減の動きが米ソ両方に生まれ、(結果的に実現するのはソ連解体後になりますけれども)アメリカとロシアは核弾頭の大幅な廃棄を進めることになりました。何万もあったわけですけれども、それが基本的には10分の1規模に減っていったんですね(戦略兵器削減条約=START)。

世界の核弾頭数の推移(推計)

問題はそれがいま逆転している真っ最中だということです。オバマのプラハの演説、その後に結ばれた新STARTは、なんとか綻びかかった米ロの核軍縮を進める試みだったんですが、結果的には、オバマ時代にも核兵器の新世代への更新は進めたし、その後のトランプ時代にはINF(中距離核戦力全廃条約)の破棄という、ちょうど逆回しに変化が生まれたということなんです。そして、それがウクライナ侵攻後のロシアによって核兵器を使うかのような脅迫とも見える発言の繰り返しに、一筋につながっているんですね。

核をめぐる緊張はずっと前からあって、いったんはずいぶん良くなったけど、いま急速に悪化し、核の削減についての取り組みが事実上放置されている。STARTは期限がきてしまいますし、後継条約の交渉の目途がたっていないわけです。そして、核兵器による脅迫的発言が行われるという、米ソ冷戦の時代の緊張以上のところにきてしまっているんです。まさに、その緊張感の中でのサミットだということを申しておきたい。

核兵器は“問題の解決”にはならない

藤原帰一さん:
2つ目は、「核兵器は問題の解決なのだ」という議論に対する視点です。

「広島で核の廃絶を訴えてきたけれどその声が届いていないのはおかしい」という声があったとすれば、その外では、逆に「核兵器を制限して日本や世界の安全を壊してしまうことはいけない」という議論が、かなり雑な形ではありますが繰り返されてきました。

一番雑な形のものは、「日本も核武装すべき」だとか、「核兵器を持っている国が増えれば世界は安定するんだ」というものです。これらは議論する必要のない極論だと思いますが、事実としてあることは、日本は一方では核の廃絶を求めながら、他方では核の抑止に依存する安全保障政策を続けてきたということです。
そして北朝鮮も中国も、アメリカが核兵器もっていることを念頭に置くことなしに安全保障政策を作ることはできなかったのです。抑止が働いていると考えるかどうかは別問題ですが、そのアメリカの核兵器の保有が東アジアの安全保障状況の一部になっていることは事実なんです。

ここから、「核抑止力を強化すればより安全になる」という議論が出ています。これは雑ぱくな議論として排除は必ずしもできませんが、専門家から見れば、議論の余地があります。というのは、抑止は破綻する可能性があるからです。抑止は機能する可能性もあるけれど、破綻する可能性もあり、破綻すれば戦争になる。ですから、核抑止力を強化すれば一般に安全が高まるという因果関係を唱えることはできません

話はその先の込み入ったところになりますが、核抑止力が比較的働きやすいのは、核による攻撃に対して核をもっている国が反撃を予告することです。
それでも破綻する可能性があるんですが、核兵器を持っている国の間の核による戦争の抑止、核保有国相互における核使用の抑止は比較的働きやすい。

その先の2つが大きな問題になるわけで、1つは、核兵器を持っていない国の安全を核兵器を持っている国との同盟によって確保できるかという課題です。

これは、核兵器を持っていない国の安全のために、核戦争を覚悟するかどうかという問題。冷戦期においてキューバのためにソ連が核を使うかどうかであり、現在でも、日本の安全のためにアメリカが核兵器を使うかという問題です。学術用語では拡大抑止といいますが、いわゆる「核の傘」の問題です。拡大抑止は核保有国の間の抑止よりも不安定性が高い。つまり抑止が破綻する可能性が高い。これが問題点の第1です。

問題点の第2は、核兵器によって通常兵器による攻撃を抑止する効果はきわめて乏しいということです。

相手が核兵器を使って攻撃しようとして、そんなことしたら核兵器で反撃するぞという脅しの場合には、核抑止は相対的には安定しやすい。効果があるかもしれない。
しかし、核を使わない攻撃に対し、核兵器によって脅すことができるのか、抑止することができるのかといえば、極めて困難です。安定・不安定パラドックス(Stability-instability paradox)と言われるものです。

平和公園 慰霊碑

ウクライナ侵攻と“核兵器使用” の関係

藤原帰一さん:
これらのことをあてはめていくと、サミットの重要性が二重に分かってきます。

今回のG7広島サミットは、言うまでもなく、ロシアのウクライナ侵攻、そして、それに対してアメリカの同盟国を中心とする各国のウクライナ支援という状況の中で展開されています。核兵器に関係ある部分として、何よりもロシアが核兵器を実戦で使用する可能性が問題になります。「ロシアによる核のどう喝を許してはならない。それをどう阻むのか」が、当然のように課題になります。

今のところは、まだロシアは核兵器使用の直前の状況であるとは考えられません。むしろ、「核兵器を持っていることを忘れるなよ」と脅して、それによってNATO諸国の行動を阻み、しかし通常兵器によって戦争に勝とうとする状況がまだ続いていると思います。

この状況自体が不安定なものです。というのは、ロシアが戦争で不利になれば不利になるほど、ロシアが核兵器を実際に使う可能性が残るからです。
ただ基本的には、核で相手の核の行使を脅して、しかし通常兵器で攻撃するという戦争の枠の中に今のところとどまっています。

そこで大きな問題になってくるのが中国です。潜在的にはイラン、北朝鮮もここに入ってきます。中国は核兵器を持っており、それを運搬する手段・ミサイルも持っている国です。しかし、アメリカ、ロシアに対抗できるような数量の核弾頭は持っていません。

ウクライナ戦争の大きな皮肉な結果は、中国とほかの国の対立がこれまでよりもさらに高まったということです。単純な言い方をすれば、ロシアがウクライナを攻めるのだから、中国も台湾に攻めるのではないかという「懸念」が高まった、という言い方になります。私は必ずしも中国の軍事戦略がウクライナ侵攻後大きく変わったとは考えていないですが、中国との関係を考えるときには、核抑止力の強化と通常兵器による抑止力の強化の両方がいま議論されています。

そして、中国に対する核抑止力の強化が日本の安全にとって必要なのだから、核兵器の削減とか緊張の緩和とか軍備管理といったことは望ましくないと考える方が現れています。私は賛成できない議論ですけれど、それが今回のサミットでも大きなテーマになってくるわけです。
中国を前にして、ロシアを前にして、核の廃絶とは、なんてばかなことを言っているんだろうという、そういう意見が出てくるわけですね。

G7広島サミット

“核削減”が緊張緩和になる

藤原帰一さん:
ここから先の議論の進め方は2通りあります。

ひとつは、核兵器がもたらす被害の大きさ、人道的な被害の大きさを確認することによって核の廃絶が必要だということを確かめるというアプローチです。これは人道的アプローチなどという言葉で呼んでいますけれど、広島の被爆、長崎の被爆を世界に知らしめる大きな機会として、この広島のサミットをいかしていくという考え方です。
言うまでもなく、これは日本政府がとっている立場ではありませんが、このように考える方はたくさんいらっしゃいます。ただ、このような人道的アプローチと言われるもの、「核兵器がこんなひどいこと起こすんだから、その実情を目の当たりにしたら政策が変わるだろう」というのは必ずしも十分ではないかもしれません。

そこで、次のステップが必要になるわけです。

広島で、過去10回「ひろしまラウンドテーブル」という取り組みを進めてきたのもそこがポイントでしたが、「核兵器を廃絶するためには、核兵器にたよらなくても安全な状況を作っていかなくてはいけない」ということです。核兵器の削減と、緊張緩和・紛争解決をセットにして考えなくてはいけない。

核兵器の削減が進むこと自体、国際関係の緊張緩和に大きな効果があるのです。廃絶じゃないからダメだという議論があるのは重々承知しているのですが、米ソ冷戦のあとのアメリカとソ連、そしてアメリカとロシアの関係は、核兵器を減らしてもお互いに相手が軍事的脅威じゃないという状況をなんとか作る時代になり、核戦争の可能性は絶対避けようという前提の元で米ロ関係が営まれてきた。残念ながらそれがいま、壊れつつあることは、先ほど申し上げた通りです。

10年前から中国のことを考えてきた

藤原帰一さん:
10年前から我々(「ひろしまラウンドテーブル」)は中国のことを考えていました。中国との対立がさらに厳しくなることは当時も分かっていましたからね。その中国との対立がせめて核戦争の危険をエスカレートさせることがないようにしたい。

中国は航空兵力と地上兵力、そして何より海軍の増強は強めていたのですが、10年前は核兵器の増強は進めていなかったのです。いまは残念ながら、核兵器の増強も進めている。

これは誤解を招く表現だと思いますが、中国は「自分たちの安全が大国の脅しによって奪われている」と、主観的には自分たちの行動を防衛として考えています。これは、他の国からしたら受け入れられることではないのですが、ただ戦争によって勢力圏を拡大してきたロシアと、中国の間にはまだ違いがあると思うのです。

中国は中国共産党の権力を保持するのが最大の目的であって、戦争に訴えて勢力を拡大することが優先順位の第一ではありません。
いま中国から見て大きな変化があるとすれば、中国に対する西側同盟の結束力が高まり、核をもつアメリカと、核をもっていないアメリカの同盟国との軍事的な連携がこれまでになく強化されているということです。

嫌われるのを承知で言えば、中国の大規模な軍事力の拡大に対して、通常兵器による抑止力の強化は、私は残念ながら必要であると考えます。ただ問題は、通常兵器による抑止力は核による抑止に比べてはるかに不安定であること、そして、通常兵器による抑止力は簡単に戦争に発展するということです。

中国に対する抑止力が必要でありながら、同時に紛争と緊張が拡大することをどう食い止めることができるのか、極めて大きな問題です。

政策提言を行う市民の集まり「C7」から提言書を受け取る岸田首相

(政策提言を行う市民の集まり「C7」から提言書を受け取る岸田首相)

核兵器削減への新たな交渉再開を

藤原帰一さん:
ここでサミットの話ですが、岸田首相は、NPT(核拡散防止条約)を過大評価しているところがあると思っています。逆に言えば、核兵器禁止条約の話はしない。

核兵器禁止条約に日本が署名すれば問題は解決するという考え方を私は取りません。というのは、核兵器を保有する国と、核兵器に依存し「核の傘」にある国は、まだ核兵器禁止条約に署名していないからです。

ただ、ここから出てくる問題は、核兵器禁止条約が問題の解決だという見方でもなければ、もちろんNPT再検討会議が問題の解決だという議論でもなくて、(NPTがそもそも実行されていないから、核兵器禁止条約が生まれたという因果関係があるわけですが)核兵器禁止条約に署名した国と署名していない国の距離が極端に広がっていることです。その中で、核兵器の禁止という目標を共有しながら、核兵器による抑止に対する依存をどう減らすことができるのかという課題が残るのです。これが「ひろしまラウンドテーブル」で我々がしてきた作業でもあったのです。

核兵器禁止条約の締約国会議に、たとえばオーストラリアは、オブザーバー参加しています。日本はオブザーバー参加さえしませんでした。私は、核廃絶を訴えている国でありながら、オブザーバー参加もしないのは、核兵器の削減と廃絶へのコミットメントが実はごく表面的なものに過ぎず、むしろ核兵器の与える抑止力が日本の安全の中心であり、それを変えるつもりがないのだなという印象が避けられないです。問題はここにあります。

今回の会議では、間違いなくロシアが大きな課題になりますし、おそらくイランも課題になるでしょう。どこまで議論の俎上にのぼるか別にして、核に関してはこれらが議論になります。

イランはいま、核保有国に向かっているまっただ中にあります。また、北朝鮮についての議論も行われるものと思われます。中国の脅威に対する議論も広く行われるでしょう。

中国の軍事的脅威なんてない、西側が作り出したものだ、などという議論を採ることなく、この緊張に対して、通常兵器による抑止力を否定しない一方で、核戦争にエスカレートする可能性をどう避けることができるのか、そしてこれも難しいですが、中国を核をめぐる多国間協議の場にどう引きずり出すことができるのかが課題になります。

少なくとも岸田首相がやらなければいけないのは、STARTの新たな交渉の再開を、ロシアだけではなくてアメリカにも求めることだと思います。また、難しいことを承知で言えば、中距離核兵器の条約は、これからは中国を入れないで議論することは意味がありません。こうした枠組みをどう作っていくのかということをやらないといけないです。

グローバル・サウスとの関係はこれからもずっと問われる

藤原帰一さん:
最後に1つ申しあげておきたいのが、グローバル・サウス(アジアやアフリカなどの新興国・発展途上国)についてです。

この前の外相会議でも、林外務大臣はグローバル・サウスを大きなアジェンダとして立てたかったんですが、主要な議題にはなりませんでした。岸田首相の海外歴訪でもグローバル・サウスに行っています。一方、目を向けないといけないのは、国際社会のウクライナ侵略に対する非難というときに、グローバル・サウスとは、すごく大きな溝があることです。このグローバル・サウスの諸国は、核兵器禁止条約には多くの国が署名しているのです。

このグローバル・サウスと、欧米のサミット諸国との間のかけはしに日本はならなくてはいけないということを、岸田首相は言っているけれど、具体的には、中国と経済援助の競争をするということにしかならないんですね。

それだけでは問題は解決しない。問題は、各サミットで言っている国際社会が、実はかなりアメリカの同盟国と同じになりかかっているということですね。一方ではアメリカ及びその同盟国があり、もう片方には、ロシア、中国、北朝鮮、イランがあり、いわば、その間の地域のとりあいをしている最中です。

グローバル・サウスとの関係をどう組み立てるのか、まさに岸田首相が言っていることですが、日本が具体的な提案として何を出すことができるのか。経済協力の話ばかりしていても仕方がないんですね。

むしろ、自分たちが国際政治の主体として認められていないことに対する反発が、ブラジル、ロシア、インド、中国、そして南アフリカなどに、ほぼ共通しているんですね。ASEAN、ラテンアメリカにも目を向けて連帯を作っていかないといけないですが、これもいま全然ありません。

たくさんお金を出すということではなくて、これらの諸国を含む国際秩序を立てていくことが大きな課題です。少し大きいことを言い過ぎていると思われるかもしれないですが、これが、これからずっと問われていくことになると思います。

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