家事代行サービス 安心して利用/働くための取り組みは今

NHK
2023年9月27日 午後3:53 公開

2011年にILO(国際労働機関)で採択された、「家事労働者の適切な仕事に関する条約」。家事代行サービスで働く人も、他の業種で働く人と同じ基本的な権利を持つべきだと各国に促す内容で、ドイツ・イタリア・フィリピンなど36か国が条約を批准しました。家事労働者を保護するための法改正(メキシコ)や、家事労働者のための特別法の採択(ペルー)などの対策が、批准各国では進められています。

日本政府は未だこの条約を批准していませんが、国内の家事代行サービス業者たちは利用する人・働く人それぞれが安心して、やりがいを感じながら働けるようにするための独自の取り組みを始めています。その現状を取材しました。

ハラスメントなどに備える

~マッチングサイト3社が作った「ガイドライン」~

2021年8月、家事代行サービスのマッチングサイトを運営する3社が共同でガイドラインを作成しました。「ホームサービス・プラットフォームにおける安心・安全行動原則」と題され、サービスを利用する人・働く人・運営する事業者それぞれが守るべきルールや、禁止事項について定めています。

「ホームサービス・プラットフォームにおける安心・安全行動原則」ホームページより

<「ホームサービス・プラットフォームにおける安心・安全行動原則」ホームページより>

ガイドライン作成の背景には、21年3月に「フリーランスとして安心して働ける環境を整備するためのガイドライン」を国が公表していたことに加え、マッチングサイトの利用が拡大する中で利用者からのハラスメント行為などが起きていたことがありました。

家という「密室空間」で働く家事代行ならではの労働環境。利用者からの暴言や性的なハラスメント行為、依頼時間内での完了が難しい過度な要求などもある一方、働く人側の遅刻や無断キャンセルといったトラブルもあり得ます。

そこで、身体的・精神的・性的ハラスメントや仕組みの悪用、その他法令違反行為には、事業者として厳しく対処するということ。また利用者・働く人それぞれの本人確認を徹底することや、問合せ・通報窓口の開設、このガイドラインを守らない人には解約請求など適正な対処を行うことなども記されました。

同じ業界の異なる3社が共同で声明を出すことは、業界全体の強い危機感と意思が表れています。

働く人を守るために ~あるマッチングサイトでの対策~

ガイドラインを作成した事業者たちは具体的な対策も行っています。その一つ、マッチングサイト「CaSy」では、独特のマッチングシステムでトラブルを未然に防ごうとしています。

「CaSy」の社内(東京・品川区)

<「CaSy」の社内(東京・品川区)>

多くのマッチングサイトでは、働いている人のリストをサイト内に写真付きで表示し、利用者が働く人を選ぶというシステムを採用しています。

一方、この会社のシステムは、働く人が利用者を選ぶというもの。働く人は、あらかじめ勤務可能なエリアなどをサイトに登録。すると、条件に合った利用者の案件が一覧で表示され、働く人は、その中から希望する行き先を自ら選べるようになっています。

働く人が使うアプリ画面。条件に合う案件が一覧で表示されている

<働く人が使うアプリ画面。条件に合う案件が一覧で表示されている>

利用者はマッチングが成立するまで働く人の詳細なプロフィールを見ることはできず、働く人のプライバシーが守られ、セクハラ目的など不適切な利用への防止効果があるとされています。しかも、一度サービスを提供した後には、利用者と働く人それぞれがもう一度相手とマッチングされたくないという意思表示ができるようになっており、相性があわないまま何度もマッチングされることを回避するシステムです。

こうした予防策の中でも、トラブルが起きてしまった場合に備え、この会社では、トラブル発生後の対策にも力を入れています。

その代表的なものが、2年前に導入した「110番通報ボタン」。専用アプリに内蔵され、働く人はこのボタンを携帯して、利用者の家庭に向かいます。想定されているのは、働く人が犯罪行為に巻き込まれるなどの緊急事態。ボタンを押すと本部に連絡が届き、その後警察に通報されるという仕組みです。

さらにこの会社では、毎月1回、働く人向けの研修会を開いています。ハラスメントや“ごみ屋敷”などのサービス退出基準について教えたり、何か問題があったときに利用者に何と言って退出するか、具体的な文言で発声練習を行います。こうした「予防」、起きた時の「対策」、「啓発」の三本柱でトラブルを防ごうとしているのです。

一方で、働く人に起因したトラブルが起きてしまう場合も。たとえば、業務中の過失で「物損」が生じた場合、この会社では「当事者間での解決」という立場は取らず、会社として損害を賠償しています(逸失利益・特別損害・間接損害等は対象外)。

家事代行サービスで働く人を守るための様々な対策。社を挙げて取り組んできた背景について、代表取締役の加茂雄一さんに伺いました。

加茂雄一さん

<加茂雄一さん>

加茂雄一さん:

「予防しても防ぎきれないトラブルがありました。なので、そういうことが今後発生しないようにするために、お客様・キャスト(働く人)双方の登録時に本人確認および反社犯罪歴のチェックを徹底したり「110番通報ボタン」の導入をするなど、安心して働いてもらえるための取り組みを強化してきたことがありますね。

よいサービスを提供するためには、働き手が安心して働けることが大切です。私たちはお客様とキャストは暮らしを支え合う対等なパートナーとして位置づけ、お客様にも働き手にも安心安全ポリシーを守ったサービス利用をお願いしています。禁止行為が発覚した方は私たちのお客様とは呼びません。ルールをきちんとご理解いただいて使っていただいているお客様に対してはきちんとしたサービスを約束したいなと思いますね」

低料金・手軽さなどのメリットを生かし、拡大を続ける、家事代行サービスのマッチングサイト。

加茂さんは、利用者と働く人が“対等な関係”で、共に満足のできる環境を目指していきたいと話します。

加茂雄一さん:

「2014年創業当初だと、まだ少しお客様に“仕える”従属的なイメージがある“家政婦(夫)”のように捉えられていたので、そこを対等な立場でサービスを提供するプロフェッショナルとして家事代行スタッフを位置づけていきたかったという思いはありますね。

最初のうちはスタッフが、『いつもやっている家事でお客様からお金をもらうのが申し訳ない』みたいなことを言っていたりして、従属的なイメージは必ずしもお客様だけではなくて、スタッフ自身も抱えてしまっているところがあった。お客様もですし、スタッフたちもお客様と対等なパートナーとして仕事をしている意識を持っていただきたかったので、その両面からいろいろな取り組みを行ってきました。

依頼者・サービス提供者・事業者とが相互に感謝と敬意を持ち、誰もが安心・安全に参加できるプラットフォームを推進したいです。サービスをご提供していく中で、私たちがかつて想像していた以上に、多くの方が時間がないことに苦しんでいることが分かりました。だからこそ、キャストが行っている家事という仕事には、やりがいと意味が詰まっています。家事をプロフェッショナルに頼ることができる世界、助け合いの好循環が“スパイラルアップ”していくような社会をつくっていきたいなと思います」

高齢者との「温かい関係性」を目指して~“5分100円”家事代行サービスの取り組み~  

家事代行サービスを安心して利用でき、やりがいを感じて働けるようにするための取り組みは、他の事業者でも行われています。ある事業者は働く人の接し方に工夫を凝らすことで、他人を家に入れることに抵抗のある高齢者でも安心してサービスを利用できるようにしています。

首都圏を中心に、5分100円からサービスを手がけている家事代行会社「御用聞き」。サービスの利用者の多くは、自力での生活が難しくなり始めた高齢者。ごみ出し・草むしり・窓ふきなど、介護保険の適用を受けにくいものをはじめ、様々な家事を代行しています。

この会社の特徴は、利用者との丁寧な関係づくり。ただ機械的にサービスをこなすのではなく、スタッフが利用者に積極的に声かけを行い、何気ない会話の中から、本人が中々言い出せずにいるニーズをくみ取るよう心がけています。「会話で世の中を豊かにしたい」、そして「利用者の満足度やスタッフのやりがいを高めたい」と、社長の古市盛久さんは話します。

古市盛久さん:

「以前、ある高齢男性の部屋を、掃除していたときのことでした。作業中、釣りざおが出てきたので男性に尋ねると、昔、釣りが大の趣味だったことが判明。そこで、ふだん男性が寝ているベッドのすぐ脇に飾ると、それまでと打って変わって男性はとても喜んでくれて、一気に心の距離が近くなりました。

私たちはふだん『寄り添い、察する』と言っているのですが、サービスを提供する側も受ける側も同じ生活者であるという姿勢で、(利用者の)背景に何があるかまで気を配って接するようにしています。そんな温かい関係性を、1つでも多く世の中に増やしていきたいですね」

リピーターが利用者全体の8割を占めているこの会社は行政や福祉関係者からも注目されています。

膨大な数の案件に追われ、利用者1人1人に割ける時間や労力には限りのある、行政の福祉サービス。しかし、介護サービスを実施しようにも家の中が散らかっていたり、高齢者から支援を拒絶されるなど、丁寧な対応が求められるケースは少なくありません。そうした難しいケースにも古市さんの会社は対応できると、多くの地域包括支援センター(※)などから、相談が寄せられているのです。

※  地域包括支援センター:市町村が設置主体となり、保健師・社会福祉士・主任介護支援専門員などを配置して、住民の健康維持などのために必要な援助を行う施設。

現在、古市さんの会社では、従来の家事代行サービスに加え、地域包括支援センターと連携した「見守り」サービスや、高齢者の生きがい就労など、新たな取り組みにも力を入れ始めています。

人口の約3分の1を、65歳以上の高齢者が占める日本。高齢化が進む中、古市さんは、行政の福祉サービスと民間の家事代行サービス、それぞれが持ち味を生かしながら、高齢者の日常を支えていく時代がすでに始まっていると話します。

古市盛久さん:

「ご本人からの相談であったり。ケアマネジャーさんからの相談であったり。これは、やはり年々増えていますね」

古市盛久さん

<古市盛久さん>

古市盛久さん:

「『民間が推進する福祉』という思いがありまして。(行政の)歳入歳出のバランスだったり、人口の分布のバランスだったり、昔とは違うわけで。そうなったときに、民間の企業の力をいかに発揮するか。これは非常に未来があるなと自分は思っていまして。

自分たちの取り組みは、社会課題解決だと思っていて。高齢化社会の地域、いかにその現場に立脚した事業であり続けるのかっていうのが、私たちが大事にしなきゃいけないところなのかなと思っています」

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