子どもの心の不調 児童精神科 入院治療の現場から

NHK
2022年12月6日 午後4:25 公開

「ケガのように目に見えるわけでもなく、原因がはっきりしないので、何をどうしたらいいのか全くわからない。無力感でいっぱいでした」

子どもがメンタルヘルスを崩したときの、戸惑う保護者の声。今回の取材を通して、数多く耳にしました。また、近所の目や保護者自身の抵抗感もあって、なかなかメンタルクリニックや児童精神科に行けないと話す方もいらっしゃいました。

児童精神科には馴染みがない、どんな治療をしているのか想像がつかない、という方も多いのではないでしょうか。投薬ばかりされるのではないか? という不安を抱えている方もいるかもしれません。児童精神科として日本で最も長い70年の歴史がある、国立国際医療研究センター国府台病院の児童精神科を取材しました。

(クローズアップ現代 取材ディレクター・谷 花菜子)

医療者がチームとなって子どもの心と向き合う

国府台病院の児童精神科の入院病棟

〈国府台病院の児童精神科の入院病棟〉

ここには摂食障害や自傷行為などで命に危険があると判断された子どもや、不安障害、強迫性障害などさまざまな病気や症状のある子どもたち、45名が入院しています。

子どもたちが自分で病棟を見学して、自らの意思で入院治療をしようと決意することもあります。親元を離れての治療は、子どもだけでなく親にとっても簡単なものではありません。サポートするスタッフたちも時間をかけて、子どもや家族と向き合っています。

病棟のナースステーション

〈病棟のナースステーション〉

毎朝、入院病棟で行われる、申し送りの様子です。
児童精神科の入院病棟では、日々さまざまな事件が起きます。

食事を食べない、突然突っ伏して動かなくなる、など治療に関わることから、病棟内で子ども同士のいざこざが起きたり、図書室の漫画が破かれる事件が起きたりなど、子どもだからこそ起きるトラブルもあります。どんな問題も、医師、看護師、心理士、ソーシャルワーカー、さまざまな医療者がそれぞれの立場から意見を出し合います。

病院の敷地のすぐ横にある院内学級

〈病院の敷地のすぐ横にある院内学級〉

医療者以外にも、朝の申し送りに参加している人たちがいます。
院内学級の教員たちです。病棟のすぐ横には入院中の子どもたちが通う院内学級があり、そこの教員たちが週に2回申し送りに参加しています。

投薬やカウンセリングなど治療を行いながらも、子どもたちの学びを途絶えさせないよう、院内学級の教師と医療者が連携をしています。申し送りでは、病院で起きた出来事を教員も把握。同時に学校での様子などを医療者に伝えます。

教育・福祉・医療、さまざまな立場から複眼的に子どもと関わる場が、児童精神科病棟です。児童精神科で大切にしている治療方針について、診療科長の宇佐美政英(うさみ・まさひで)さんが語ってくれました。

児童精神科診療科長 宇佐美政英医師

〈児童精神科診療科長 宇佐美政英(うさみ・まさひで)医師〉

宇佐美医師

「子どもの精神疾患では適用できる薬も少ないですし、薬ですぐに効果が出ることは多くありません。ですので、ここでは人と人との関係性を使って治療をしていきます。主治医と話しながら、担当の看護師と話しながら、もしくは同じぐらいの歳の子たちと話しながら、その関係性の中で自分のこころを整えていきます」

“他者とかかわり合う場所”としての病棟

病院では医師や心理士との面談やカウンセリング以外にも、子どもがさまざまな大人や同年代の子どもと関われる機会を設けています。「集団療法」とよばれる、病棟内の治療プログラムです。

入院している子どもたちの多くは他者と関わるのが苦手です。そこで、病棟の医師、看護師、臨床心理士、ソーシャルワーカーと患者である子どもたちが同じ目線で語り合います。一般的にはコミュニティーミーティングと呼ばれていますが、ここでは『病棟ミーティング』と呼んでいました。

私も輪に入って参加させてもらいました。

大人が車座になって、子どもたちが空いている席に来てくれるのを待つ

〈大人が車座になって、子どもたちが空いている席に来てくれるのを待つ〉

『病棟ミーティング』は週に1回開催されていて、参加は自由。誰も来ない日もあれば、たくさんやってくる日もあります。この日は取材カメラが入っていましたが、3人の子どもが参加してくれました。

大人は話を促すことなく、基本は聞くだけ。子どもが話したいことをとりとめもなく話す場です。取材した日は、携帯電話やゲーム時間、漫画の取り扱いなど病棟内のルールについて子どもたちが話していました。

子どもたちが自由に発言し、医療者は傾聴に徹する

〈子どもたちが自由に発言し、医療者は傾聴に徹する〉

ある子が『ルールを増やして厳しくしたほうがいい』と意見を言うと、もう一人の子は『ルールは増やさないほうがいい』と反対意見を言いました。意見が対立したときにどうなるのか、医療者たちが見守るなか、中立の立場の子が冗談を言って場を和ませてくれました。

大人たちはこのミーティングを通じて、参加している子どもだけでなく、参加していない子どもも含めた病棟全体の人間関係や雰囲気を定点観測しています。また、以前はそういう場面でうまく対処できなかった子どもが、反対意見を受け止められるようになったなど、子どもの成長についても、医療者同士で確認し合います。

他にも、中学生の女子グループや男子グループなど、さまざまなグループをつくり、関わり合う場をもうけています。こうしたグループ活動や病棟生活を通じて、医療者は子どもが他者とどのように関われるようになったのかを診ていきます。

心の治療と同時に、子どもの成長をうながす

医師だけでなく、心理士、ソーシャルワーカー、看護師、院内学級の教師たち、さまざまな大人がそれぞれの専門性を持って子どもに関わる。そのねらいについて、宇佐美医師が語ってくれました。

宇佐美医師

「子どもは成長しなければいけないので、病気を治すと同時に、健全な成長をうながしています。入院治療では、同じ歳の集団の中で成長させていくということも、大きな目標の一つにしています」

「病気というものを越えて、成長して、自分が出来上がってくので、患者さんと僕ら医療チームで対話をしながら、こころが成長していくように導くのもとても大事な仕事だと思っています」

また、チームで関わる体制をとっているのは、児童思春期の心にふれる特有の難しさもあるからだといいます。

“病棟ミーティング”のあとナースステーションにて。子どもたちの様子について医師・看護師・心理士が、それぞれの立場から感じたことを共有する

〈“病棟ミーティング”のあとナースステーションにて。子どもたちの様子について医師・看護師・心理士が、それぞれの立場から感じたことを共有する〉

宇佐美医師

「ここに来る子どもたちの多くは、年齢的には反抗期と呼ばれる年代ですから、大人の言うことを素直に聞けないときもあります。誰でもいきなりこころの問題の核心に触れられたくないですし、子どもたちが『この大人となら話していても大丈夫』と関係性を作ることをまずは大事にしています。関係性をつくったうえで、医療者との対話の中で、子ども自身が自分と向き合い、自分がどうなっていきたいのか、理解していくということが治療の目標だと思います」

「個人個人、性格も境遇も違う子どもたちなので、このようにしたら子どものこころが治療できるという、方程式は存在しません。あいまいだからこそ、子どもの成長のためには、どちらを向いてったらいいのかという方向性を、関わっている大人全員が理解することが大事です。さまざまな職種の大人たちが、それぞれの専門性と視点を持って子どもに関わる。何度も繰り返し話をして、この子の問題、本質ってなんだろうというところをみんなで議論する。その積み重ねによって、一人一人の子どもに適した治療の方向性が見えてくるものだと思います」

編集後記

「子どもですから、成長していきますから。病気を治したからといって、病気の前のその子に戻ることはないんですよ」

わたしが、はっとさせられた宇佐美先生の言葉です。

日々、変わり、成長していく子どもの心の治療は簡単なものではありません。1ヶ月前、1週間前、1日前・・・その瞬間、瞬間でめざましく変化し、成長もしていきます。

そして、子どもはいつも大人に全力で向き合ってきます。医療者に対しても、全力でぶつかってきます。そういった意味でも、医療者の方々にとって心身ともにハードな職場だと感じました。

“心の治療と同時に子どもの成長をうながす”

言葉にしてしまうと、たった一言になってしまうのですが、それを達成するためには、さまざまな人たちが専門性を発揮して、時間をかけて、言葉を尽くして、子どもに向き合っている。そして子どもたち自身も、日々葛藤し、時にはしんどい思いをしながらも、医療者の助けを借りながら成長しようとしています。

手術の現場などがあるわけではないので、撮影をしていて『これが治療です』とわかりやすく提示したり、言葉で説明したりするのが難しい、児童精神科医療。記事を書くにあたって、どうすれば伝わるのか悩みました。けれども“見えにくい”からこそ、その現場で日々、力を尽くしている人たちがいるということを少しでも知っていただければと思っています。

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●クローズアップ現代 2022年12月6日放送 ※12月13日まで見逃し配信

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